もしも明日死ぬのなら
「明日私が死んだらどうする?」
すでに日課となったこの質問。彼は毎日違う答えを口に出す。
「君の好きなマシュマロを食べきれないほど買ってくるよ。それだけじゃない、好きなものを好きなだけあげる。宝石でも車でもね」
愛しそうにこちらを見ながら、でも悲しそうに。
ふふ、と笑みを零すと、彼も同じように笑みを返してくれる。
「明日私が死んだらどうする?」
私の作ったご飯を美味しそうに食べていたその手が止まる。
「一晩中、いやずっと泣き続けるよ。あまりに泣きすぎて僕の涙で海が出来るんじゃないかな」
またご飯を食べ始める。少し塩多かったんじゃないかな、と言われるが、いつも通りだ。
あなたの涙じゃないの、と言うと、ぼろぼろ泣きながら違うよ、と返された。
説得力のない言葉だ。
「明日私が死んだらどうする?」
彼がゆったりとソファで本を読んでいた休日の昼下がり。
ページをめくるその手が、いつの間にか私の髪を撫でていた。
「今日という最後の日を、君と共に過ごそう。
他愛もない話をして、君の手料理を食べる。そして一緒に綺麗な星を見ながら恥ずかしくなるくらい愛の言葉を囁くよ。朝日が僕たちを照らすまで。そうしたら、君が死んでしまうまで抱きしめ合おう」
いやに具体的だと思いながら、彼の背中に手を回す。髪を撫でていた私よりも随分大きくてゴツゴツした手が、私の背中に移動する。
本は、床に落ちていた。
「明日私が死んだらどうする?」
飼っている犬の散歩中ポツリと呟く。
犬のリードを引くその手が少し緩み、犬が離れてしまいそうだったので慌てて私がリードを持つ。
「毎日墓参りに行くよ。君の好きな花を添えて、それだけだと味気ないから他の綺麗な花も。犬も連れて行こう、きっとコイツも寂しがる。何十年たっても、どれだけ遠くても必ず毎日行く。」
犬と私を交互に見比べながらそう言う彼は、本当に毎日来てくれるのではないかと思うくらい真剣に語る。
ちゃんとお墓は綺麗にしてね、と返し散歩を続けた。
「明日私が死んだらどうする?」
今日は私の誕生日だった。いつもより豪華な食事と、綺麗なネックレスをもらい、予約していたホテルの一室で彼に聞く。
何も誕生日にそんなことを言わなくても、と言った後、私を強く抱きしめながら、彼は泣きじゃくった。
「耐えられないよ、僕はもう君なしじゃ生きていけない。お願いだからその時は一緒に連れて行って、愛してる、本当だよ…」
再び愛してる、と聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声で呟いた後、私に一つキスを落とした。
私の頰に伝う涙は、彼のものだと思いたかった。
「明日私が死んだらどうする?」
今日はどんな答えが返ってくるのかと思って料理中に聞いたが、返事がなかった。
聞こえなかったのだろうか。もう一度言うが、やはり返事はない。
答えのレパートリーがなくなったのかと残念に思い、料理を続けた。
「明日私が死んだらどうする?」
今日も返事はない。
それでも私は毎日同じ問いを繰り返す。
自分の視線の先にあるのは、一つの骨壷だった。
fin.