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野良怪談百物語

おるすばん

作者: 木下秋

 あるところに、今年で五才になるタカシくんという男の子がいました。




 今日はお父さんもお母さんもお出かけの用事があって、一人ではじめての“おるすばん”。


 タカシくんは言いました。



「だいじょうぶだよ! ひとりでおるすばん、できるよ!」



 お父さんもお母さんもとても心配でしたが、タカシくんがそう言うので「水は出しっ放しにしちゃダメよ」とか、「火はつけちゃダメよ」、「知らない人が来ても玄関を開けちゃダメよ」、「おトイレはちゃんとドアを閉めるのよ」というような注意をたくさんして、家を出るのでした。




 ――さてタカシくんはどうしたのかというと……。とりあえず、お母さんに“しちゃいけない”と言われたことを、全部してみることにしました。なぜならお母さんはいつもタカシくんに厳しかったので、お母さんがいない今のうちに“しちゃいけない”と言われていることを、全部試してみたかったのです。


 まずタカシくんは台所に行くと、蛇口をひねり、水を出しました。



 ――ジャアァァァァァァァァァッ……



 水はいきおいよく蛇口から噴き出して、シンクを叩きつけました。


 次にタカシくんはガス台のスイッチを押し、火をつけました。



 ――チッチッチッチッチッチッチッチ……ボッ



 青く、透明な火がゆらゆら揺れました。ひとまず、タカシくんは大満足。




 その後、タカシくんは“開けっ放しにしちゃいけない”と言われていた、トイレのドアを開けに行きました。



 ――ガチャッ



 すると……。



 ――ピ~ンポ~ン



 玄関のチャイムが鳴りました。


 向かうと、そこには郵便屋さんがいました。



「一人でおるすばん? えらいねぇ~」



 荷物を受け取ると、郵便屋さんは褒めてくれました。タカシくんはさらに得意になって、いい気分。




 ――その後もタカシくんは“しちゃいけない”と常日頃言われていることを、どんどんやりました。“走っちゃだめ”と言われている廊下を走り、“食べちゃだめ”と言われている仏間にお供えしてあったお饅頭を食べ、“乗っちゃだめ”と言われているテーブルの上でお昼寝をしました。



 タカシくんは、とってもいい気分で眠りにつきました。




     *




 ……タカシくんが目を覚ますと、辺りは真っ暗。――気付けば、夜になっていたようです。


 タカシくんが起きた理由は、他でもなく。……“おしっこ”がしたくなったからでした。


 テーブルから降り、とりあえず部屋の電気をつけようと思いましたが、タカシくんはまだ小さいので電気をつける為のスイッチに手が届きません。それでもいつもは“おもちゃ箱”に乗っかってスイッチを押すのですが、それも今は自分の部屋にあります。……つまり電気を点けるには、暗い家の中を一人で歩いて、その“おもちゃ箱”を持って来なくてはならないのです。


 タカシくんは急に心細くなり動けなくなってしまったのですが、このままでは“おしっこ”を漏らしてしまいそうです。……ついに決心し、ゆっくりと部屋を出ました。


 暗い洞窟のような廊下を、一歩一歩……ゆっくりと歩きました。とても静かで、トクン……トクン……という自分の心臓の音だけがしていました。


 角を曲がってまっすぐ行くと、そこにタカシくんの部屋はありました。……ところが。その角を曲がったところで、タカシくんはとんでもないものを目にするのです。




 ――それは正面の、開けっ放しになったトイレのドア――。



 ――中では、誰かが座っていました。




 ……実はその存在は――皆さん知らないでしょうが――どこの家のトイレにも、夜になると現れるものなのです。――夜の家の、トイレの中。便座の上に――ひっそりとただ座っている。――“それ”は、そういうものなのです。――ですが、それは光に当たるとすぐに消えてしまいます。――つまり――皆さん夜にトイレに入る時には、もちろん電気をつけますでしょう……? ――だから皆さんがそれを見ることはないのです。――ですが――。



 タカシくんはお母さんの言いつけを守らず、トイレのドアを開けっ放しにしてしまいました。



 ――だから、それを見てしまったのです。



 タカシくんは、それを見た瞬間。逃げ出そうと思いましたが――それは無理でした。


 トイレの中で座っていた“それ”はタカシくんを見つけると、喜びに絶叫しながら、トイレを飛び出しました。



 ――無理もありません。“それ”はいつもトイレの中で、ひとりぼっちですから。――いつも、さみしい思いをしているのでしょう。



 タカシくんを捕まえると、泣き叫ぶ彼を無理やり引きずって、トイレの中に連れ込みました。



 ――バタンッ




 ……トイレのドアが閉じると、辺りには静寂が戻りました。




     *




 ――家にお母さんとお父さんが帰って来た時、もうそこにはタカシくんはいませんでした。


 警察を呼んで捜査してもらっても、見つかりませんでした。



 ……実は、タカシくんはその家のトイレに、ずっといるんですけどね。……でも、やはりお母さんもお父さんも夜、トイレに入る時は電気をつけますから。……すると、“それ”に捕らえられたタカシくんもやはり、消えてしまうのです。



 だから、タカシくんはもう、一生お母さんとお父さんには、会えないのでした。



 ……これを読んだ皆さんは、気をつけましょうね。……トイレのドアを開けっ放しにしてはいけませんよ。……そして、夜トイレに入る時には、ドアを開ける前にちゃんと電気をつけましょう。……さもないと……。



 あなたも、連れて行かれますよ。

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― 新着の感想 ―
[一言]  秋さんの作品に感想を書くの、すごく久しぶりな気がします。 よーし、書くぞー。  姿が見えないだけでトイレの中には常に・・・・。家のトイレが急に怖くなりました。トイレの中にいるときに停電…
2014/08/25 12:44 退会済み
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