ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
そしてまた怪談が生まれる
作者:choco
8月16日12時52分
読みにくいとの指摘を受け本文を修正しました。
執筆段階で彼女についていた名前が作中に登場するようになりましたが、話の筋は今までと変わりありません。
――そしたらさ、そのタクシーの運転手がこう言ったんだよ。
「ああ、あの家の方は赤い目をしているからねえ」
って――
 語りを終えた男は音をたてることなく最後の蝋燭を消し、そして部屋は何も見えなくなった。今までやたらと大袈裟に騒いでいた女が、ひときわ大きな悲鳴をあげた。
 ある男はまるで、ぶちこわしだ、とでも言わんばかりに冷ややかな目でその悲鳴の先を見た。別の女はすっ、と立ち上がり、部屋の明かりのスイッチを探した。その隣の男は喉の奥から沸き上がる悲鳴をどうにか圧し殺し、うわべの平静を保っていた。そして、ある、そこにいる筈でなかった女は、どこか落胆したような様子で部屋から出て行った。背後の窓をすり抜けて。

 彼女は幽霊で、名前はアキといった。
 命を落としたときそのままであろう姿かたちは二十も半ばといったところで、ほんの少しだけくせのついた髪を肩まで伸ばした、やや小柄でやせた女だ。太いしわの目立つキャミソールにベージュのパンツ、真新しげなミュール。首筋にべたりと張り付いたような青あざ。そしてアキのすわりきったような目が、嫌が応にも当時の現場を想像させる。
 アキは毎年、こうして夜な夜な町を徘徊しては、怪談話を聞いて回っているのだ。
 次は、どこか小さな公園にでも行ってみようか。アキは夜の町を滑るように歩いた。時折車が体を突き抜けてゆくのにも、もう慣れてしまったらしい。
 先程の家から一キロ程離れた公園では、案の定近所の中学生達が花火に励んでいた。一掴み程の花火に一度に火をつける少年、火をつけたトンボ花火を人に向けて蹴飛ばす少年、逃げ出す少女二人、乾いた音をたてて飛び上がるトンボ花火。それぞれに趣向を凝らされていたであろう花火達は少年の手の中でいっしょくたに燃え、シロップまみれのかき氷のような光を放った。
 夏の少年少女のあるべき姿だ。アキはその様子を少し遠くから眺めた。彼女が聞きたいのは怪談話、それも先程のような大人達よりむしろこんな子供達によって面白半分に語られるそれ。少年がもっていた花火の束はしぼむように燃え尽き、じゅっ、という音と火薬の匂いを放ってバケツの中に消えた。

 怖い話しようぜ。片付けも一段落し、皆が円を書くようにしゃがみこんでいた時、トンボ花火を蹴飛ばした、短髪で黒いカッターを羽織った少年がにやり、と切り出した。アキは彼らにそっと近づき、その少年の少し後ろに皆と同じようにしゃがみこんだ。ヘアピンの少女はその問いかけに少し嫌そうな顔を見せたが、長髪の少女とキノコ頭の少年はいかにも興味津々といった風に同意した。アキはヘアピンの少女をどこか心配そうに見つめた。

 かくして彼らの怪談話が始まった。
まずは短髪の少年の話。ある女はストーカーに苦しめられていたが、ある時急に嫌がらせが無くなった。不思議に思いながらも女はある日友達を部屋に泊める。すると友達が女のベッドの下に見知らぬ男を見つける、という話だった。アキは、またこの話か、と思った。何年も怪談話を聞いていると、どうしても同じ話を何度となく聞くのだという。
 次にキノコ頭の少年もアキがそれと同じくらいによく耳にしたらしい怪談を語り、長髪の少女は散々悩んだ挙げ句口裂け女の話をして、少年二人にからかわれた。
 そして最後、今までずっと俯いてだまりこんでいたヘアピンの少女の番だ。彼女はおずおずと、
「私も話さなきゃだめ?」
と長髪の少女に問いかけたが、当たり前じゃん、と軽く返された。ヘアピンの少女はふうっ、と呼吸を落ち着けてから、
「お兄ちゃんから聞いた話なんだけどね」
と切り出した。

「三、四年前の夏のことらしいんだけど……」
少女のその言葉に、アキはぴくりと反応した。四年前の八月三日、忘れもしないあの日。
「あの、女の人がいたんだって」
アキは確信めいたものを持った。その『女の人』は、私だ。アキは体を前に乗り出して少女の話を聞いた。
「それでね、その女の人には、彼氏がいたんだって」
少女は言葉を探すようにぽつりぽつりと語った。
「その二人は、何年もずっと仲良しだったんだけど、ある時、彼氏の方が浮気しちゃったんだって」
アキはふと思い出した。自分と同い年の彼氏。若干顔のパーツが中心によってこそいたが、鼻筋の通ったいい顔立ちをしていた。濃いめの水色まで色の落ちたジーンズにすっかり柔らかくなったTシャツ。夏場は殆んど毎日そんな格好をしていた。服装やら何やらといった自分を飾ることにとかく無頓着な男だったのだ。
 確かにあの日まで自分は、彼を愛していた。その彼よりもむしろそれを愛していた自分を懐かしむように、アキは茶色い笑いを浮かべた。

「それで……どうなったの?」
キノコ頭の少年がたまらず聞いた。ヘアピンの少女のもったいぶったような口振りは、どうにも聞く方を焦らせる。
「ああ、うん、ごめん。――それでね」
ヘアピンの少女は大きく息を吐くと、今までよりも一段と言葉をぶつ切りにして続けた。怯えているというよりもむしろ、話を続けるのをためらっているようだった。
「それで、その、女の人と、彼氏とが喧嘩になったんだけどね――」
少女がそこまで言うと、アキはたまらず耳を塞いだ。
「その、彼氏がその女の人を、殺しちゃった、んだって」

 忘れようにも忘れられない。八月三日の夜。
 彼は元来優柔不断な男だった。ファミリーレストランでセットにパンとライスのどちらをつけるか、とかそういったどうでもいいことにもひたすら悩み、ウエイトレスを散々待たせた挙げ句に両方とも頼んで、食べきれずに残してしまうような。
 そのくせ女うけは人並以上によかったらしい。
件の浮気というのも、一月前に告白してきたという別の女の誘いを断りきれず、ずるずると交際をしていたというものだった。彼はその日、アキにそのことを問いただされると、散々どもった挙げ句に、あの娘の気持ちも尊重してやりたい、などと呆れたことを抜かしたのだ。アキが、その女と寝たのか聞くと、彼はそうだとは言わずに、あの娘が求めてきたから、と答えた。 アキはヒステリックに彼に詰め寄った。彼はアキの詰問に答えようともせず、ずっと小さくなって下を向いていた。アキは今までの不満を全てぶつけるように声を荒らげた。彼の膝の上の両手がわななくのを見た。
 理不尽にも彼は怒っていた。黄ばんだ歯をかちかちと鳴らし、顔を紅潮させて。叱責に疲れたアキがふっ、と肩の力を抜き、彼に背を向けたとき、彼は目をくわと見開いてアキのうなじに飛びかかった。アキは事態が飲み込めないまま、なすがままにばたん、と倒れた。アキが自らの首に伸びる毛深い手と髪にかかる鼻息に驚くが早いか、彼は膝でアキの背中を押さえつけた。彼はそのまま獲物を放すまいとする鷹のように首を締め続けた。三分とたたないうちにアキは動かなくなり、彼はその身体に覆いかぶさるように倒れこんだ。

「それで、彼氏はなんか、気が――動転? しちゃったみたいで」
気付けば少年達はみな『そこに本物の奇異を感じるかのように』ヘアピンの少女の話に聞き入っていた。夜風がどこからか駄菓子の袋を運んできて、短髪の少年のサンダルに絡んだ。
「その……女の人をね、車で運んで、山に埋めたんだって」
「それで?」
短髪の少年が身を乗り出して聞くと、少女は困ったように
「え? っと、それで……」とどもりはじめた。
「なんだよ」
「……ごめん! やっぱり、この話、ナシでいい?」
「何でだよ」
少年は不満げにたたみかけた。
「何でって、だって、ほら! この話、全然怖くないし」
「いいから続けろって――」

 彼が、アキを山に埋めて数日たったある日、アキは局所的に露出した赤い土の、つまりは『本体』の上にいた。そこには大小多様な、くすんだグリーンの草木が生い茂っていた。アキは自らのおかれた状況を数秒としないうちに理解した。アキのぼやけた回想の中で、アキは首をしめられたしばらく後、自分を車のトランクに突っ込む彼を俯瞰していた。
 アキがふと天を仰ぐと、十メートル程の高台にいかにも人通りのなさそうな道路が走っていた。彼はきっと、あそこに車をとめて、ここまで私を抱えて降りてきたのだ。そして私にスコップで土をかけて――そこまで考えてアキはどうしようもない憤りを覚えた。
 言うなればそれは殺意だった。あの男を殺してしまいたい。それも可能な限りむごたらしい方法で。アキはまぶたの裏で彼の頸動脈をなで切り、彼になにか凄まじい毒を盛り、彼の手足を縛り鼻面を幾度となく踏みつけた。アキが胸の前で拳を握るとそれはかたかたと震えた。アキへの殺意を覚えた彼のそれと同じように。
 そしてアキは彼の家に歩いた。不思議と道に迷うことも疲れることもなかった。道中の車や自転車が自分に構わず走るのを見てアキは自分が人から見えないことを知った。自転車に轢かれても痛みはなく、まして自分が倒されたり相手が倒れることすらないということも。
 彼の家に着き、ドアを抜けると、彼はさながらアンコウのようにリビングの中央に吊るされていた。照明を取り付ける為の金具から伸びた紐にぶら下がり、腐敗臭と汚物を垂れ流していた。
 自責の念からの首吊り自殺だった。

 ここまでが四年前、アキの身に起きた全てだ。
幽霊としての彼女は、彼に対して何一つ行動を起こしていないのだ。
アキの怨念が彼を自殺に追いやった、などという穿った見方は除くとして、こんな話は怪談ですらない、只のゴシップである。しかし、アキはこのゴシップに一抹の望みを託していたのだ。アキにしてみれば、彼が自殺したことで、自分があれだけ殺意を覚えた相手を殺すことが永遠に叶わぬ夢となってしまったのだから。彼の自殺体を一目したときにアキが覚えた感情は、悲しさでも生理的嫌悪でもなく、この上ない悔しさだった。
 だから、アキはこの話があらゆる方面に伝播し、人から人へ語られる間にいつしか怪談となり、話の中の自分が彼を惨殺する日を夢見ていたのだ。
 その話を耳にすることはアキの望みであり、またそれは彼女にこの上ないカタルシスをもたらすだろう。その根幹は歪みきった念願の達成による悦びであり、あるいは彼のむごたらしい話が語り継がれることにより直接的な復讐すらも成就した感慨である。

 ただ、アキにしてみれば至極残念ではあろうが、今少年少女の輪の中でその話をしているヘアピンの少女は、何の脚色もないゴシップとしてのそれしか持ち合わせていなかった。怪談話を好まず、ボキャブラリーもない少女が『怖い話』として、兄から聞いたいささかグロテスクなこの話を選んた、という、それだけのことだ。少女は兄に聞いた通り、その男を家のリビングで自殺させるだろうし、ましてアキに彼を惨殺させることもない。そして怪談の席は三人と一人の落胆に終わる。その筈だった。

 ヘアピンの少女がなかなか続きを話してくれないことは、その後の話を誰より期待しているであろうアキにとってもじれったいものだった。早く続きを、私か彼をむごたらしく殺す話が聞きたい。四年間待ち望んだその瞬間が、またお預けになるのかと思うと悔しくて仕方がなかった。アキは目を閉じ、眉間を押さえるようにして頭をかきむしった。

「早く、怖くなくてもいいからさ」
アキが目をあけると、それまで自分に背中を向けて立っていた筈の短髪の少年が、アキの目の前にいた。アキの右手前にはおかっぱの少年が、左には長髪の少女がいて、それぞれアキを期待の眼差しで見た。
 アキはヘアピンの少女に乗り移ったのだ。アキは自分の手を、脚を眺めて、間違いなく自分が少女に取りついたのだと確信すると、おもむろに続きを語りだした。
「それでね、その男の人も暫くは普通に暮らしてたんだけど……」

 アキは彼を殺した。夜、風呂場でシャワーをあびる彼の背後に自分の姿を浮かび上がらせて、彼と鏡越しに目を合わせた。アキは彼の首にゆっくりと手を回すと、爪でもって彼の喉を掻き切った。彼のB型血液が心臓の動きに合わせて鏡を何度も真っ赤にすすいで、透き通ったワインレッドが排水溝にさらと流れた。
 そしてアキはくずおれるように倒れた彼の腹を何度も踏みつけた。踏みつける度に彼の頭元に血溜まりができては、隣に転がったシャワーの吐くぬるま湯に流された。一度天井に吹き付けたしぶきが滴り落ちて、ぽたぽたと床で跳ねた。

 彼を気の済むまで踏みつけると、アキはまた短髪の少年のすぐ後ろにいた。ヘアピンの少女はその場にぐったりと倒れていて、他の三人が青ざめたような顔で少女をゆすっていた。
 暫くすると、少女はまるで日曜日の朝のようにふわっ、と起き上がった。
「どうしたの、大丈夫?」
長髪の少女が心配そうに尋ねると、ヘアピンの少女は寝ぼけたように
「えっ――何が?」
と目を細めた。
 三人は気味悪がって、少女に早く帰ろうと促した。少女は事態が飲み込めないなりに彼らに従い、公園を出た。アキはヘアピンの少女を少し不憫に思いながら彼らを目で追った。四人が自動販売機に照らされると、その少女の首筋に人の手のようなアザがあるのが見えた。
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。

▼この作品の書き方はどうでしたか?(文法・文章評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
▼物語(ストーリー)はどうでしたか?満足しましたか?(ストーリー評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
  ※評価するにはログインしてください。
ついったーで読了宣言!
ついったー
― 感想を書く ―
⇒感想一覧を見る
※感想を書く場合はログインしてください。
▼良い点
▼悪い点
▼一言

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項を必ずお読みください。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。