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ひまわり館
作者:瀬戸 孝輝
今日も今日とて照り付ける太陽から身を隠し、独り事務所で作業する。私を邪魔する幼子や異常なまでに私に興味を持つ男等――そういう類が居たら、私は大いに困るだろうという仮定であり、実際には居ない――は少しも姿を見せず、快適に作業が進んでいる。否、進んでいる筈なのであるが、実際には目の前のPC画面を前に唸っている所である。
余談ではあるが、私の探偵事務所は依頼主が態々この暑苦しく狭い環境に来る必要の無い、IT社会に適応した依頼受領システムを布いている。とは言え、大それたシステムを構築しているのではなく、メールを利用した依頼が可能だというだけなのだが。通信網が津々浦々に敷かれたこの時代を反映するかのように、依頼は現在の所メールを介したものが半分以上を占めている。
今日も依頼を確認すべく、メーラ『雷鳥』を起動して一つ一つ吟味していたのが先程、そして一つの連なったメール群を確認したのが今である。同じ発信者から来たメールの件名には必ずこう記されていた。

subject::『ひまわり館』

と。



ひまわり館。
それは隣町の海岸沿いに鎮座する館の俗称である。その名の通り、館の周囲にはびっしりと、落ちた飴に群がる蟻の様に、向日葵ひまわりが咲き誇っている。丁度この時期、あの館の周りには満開の向日葵が一斉にその顔を日に向けている事だろう。その光景は美しいを通り越して、何処か虫唾が走るような異常性を感じさせる。
その向日葵の大海の中心に浮かぶ幽霊船の相を呈する洋館が存在する。太陽を遮るものが無く、燦燦と大地を照り付ける日であっても、その館は薄暗さを捨てる事無く、常に影をまとっている。
それも仕方が無いといえば仕方が無い。その館は以前に大きな火事に見舞われたらしく、館の中は全焼、外部は形だけが残ってしまったという事らしい。その火事の跡は未だ周囲からでも確認出来るほどに。
こうして、向日葵の明るい周囲と火事でただれたくらい館の対比から、地元では寄り付く者は居らず、ずっと其処にある物として無視されている。そして、当然の事、そういう何かが出るという雰囲気は危険に惹かれ易い若者達を呼び、ご多分に漏れず心霊スポットへと変貌しているらしい。
彼らの中ではこう呼ばれている。未だに火事の亡霊に侵されている『火回館』。



『突然のメール申し訳御座いません』という文句から始まった依頼文章は五つのメールに分割され、それぞれにデータが添付されていた。フリーメールの限界ギリギリに送ってきたデータ量は写真が相当の枚数に至る事を示している。
取り敢えず、それらのデータは後に残しておき、文章を追い掛けることにする。
丁寧な語調で詳細に書かれている文章は依頼主が几帳面である事をまざまざと示しているのだが、如何せん蛇足が多く、本質に中々辿り着く事ができない。依頼主の家族構成、友人構成、友人の性格、日常生活等がメールの半分程度を占めていた。
私は一度整理する為、備え付けのホワイトボードに必要な情報だけを書き込んでいく。

「要するに、依頼主が大学の友人……えーと四名と肝試しを行う事にした。で、何故この洋館を選んだかって言うと、この四名の内の一人にそいつの友人からメールが届いた事に端を発する、と。その内容ってのが、あの館の中が面白いから来て見ろ、か……」

この時点で胡散臭いモノを感じる。日本語が壊滅的に崩壊している場合には気にしなくても良いが、彼らの通っている大学はそこそこ一流の所で、その怪しいメールの発信者も同じ大学に通っていたらしい。行方知れずらしいが。とすれば、メールの内容の『来て見ろ』という日本語を使うだろうか。あの洋館には誰も住んでいない筈で、『来い』と言うには発信者自体がその中に居ないといけない。
しかし、これは非常に些細な事で、単なる間違いという線も否定出来ない。従って、今は保留。

「で、肝試し当日、依頼主は風邪を引いて欠席。友人四人は肝試しを決行。但し、逐次彼らの状況は電話なりメールなりで伝達されていた、と。はぁ、中々愛らしい友人達じゃないか」

この時に送られてきた写真がメールに添付されているものらしい。

「何事も無く進んでいた洋館内だったが……ある時を境に尋常ではない事態に。彼らが興奮気味に口にしていた事は『びっしりと並ぶ人形』『一斉にこちらを見た』『眼だけが動く』『気持ちが悪い』『人間みたい』」

言葉の断片から、彼らが遭遇した物は顔や眼が動く人間の顔に酷似した人形の大群。顔や目が動く人形であれば、何処の玩具店に行っても見受けられるだろう。これが大量に居れば確かに気持ち悪いであろうし、更に『不気味の谷現象』も相まれば尚の事である。

「そして、更に先へと進んでいけば人影が現れてパニック状態へ。全員が全員避難しようとするも失敗。電話をかけていた友人視点で言えば、突然現れたその人影は逃げ遅れた仲間の頭をもごうとしていたと……通信の最後の言葉が『アイツは殺人鬼で人の顔をもいでは人形を作っている』か」

そして、彼らは未だに自宅へと帰って来ていないとの事。
これで四通目のメールも読み終えてしまった。言うまでも無く、最後の五通目には依頼内容が書かれている事だろう。何を依頼されるのかは疑問だが、難しい依頼となる事は間違いないだろう。私の能力を超えているのであれば、速攻断ろうと思う。
しかし、その前に私はこの四つのメールに添付されているデータを閲覧するとしよう。



携帯で撮られた画像データは全体的にほの暗く、館の中が灼熱の外界とは完全に隔離されている事が見て取れる。玄関ホール、階段、部屋と続いていくデータ。特に異常を感じる点が無いのだが、逆にそれが異常といえる。何せ、この館の別称は『火回館』である。何故、火事の跡が一欠けらも見受けられないのか。
そうして、微かな疑問を持ちつつ、写真データを閲覧していけば、件の人形達の写真へと行き着く。部屋の中に鎮座する人形達、廊下に溢れた様に並んでいる人形達。どれもかれも所謂西洋人形である事は理解出来るが、しかし

「頭が不釣合いにでかいな……」

本来握り拳一つ二つといったレベルの大きさである筈の西洋人形の頭部は人間のソレと変わらぬ大きさを誇っていた。体と頭のアンバランスさが嫌悪感を生む。なるほど、確かにこれは『気持ちが悪い』人形だ。その単体でも気持ちが悪い人形が一斉にこちらへと眼を向けている。首を動かすでもなく、ただその眼を動かしている。益々以って気持ちが悪い。
そして、最後の写真は真っ暗な一枚。何も写していない一枚。
だが何も写してない画像データではあったが、私は薄気味悪い物を感じている。それは意識するレベルの閾値いきちまでは行かないまでも、無意識に感じさせる何かがあるとでも言うべきもの。
早速、このデータを画像編集ソフトで展開、数種の画像加工操作を施す。そうして、輝度、コントラスト等々を操作して浮き彫りになるデータ。

「なんだこれ……」

浮き上がるは、人影とそれが手にする物体とそこから垂れる何か、そして床に不自然にある塊。その手にしている物体に私は覚えがある。私が大学時代に好き好んで調べていたそれは、人間の中枢にして必要不可欠な大黒柱。存在を象徴する頭部と運動全ての根幹となる脊柱に相違無い。垂れるのは血液に引き千切られた末梢神経か。不自然にある塊は背骨を抜き取られた肉体で――そう冷静に分析した所で、吐き気が催される。何だ、この写真は。何を写している?
更に調査しようにもこれ以上調べようの無い事実。
私は何かを祈るかのように、五通目のメールを開いた。



『以上が僕の知っているその日の事実です。
 そして、居なくなってから毎日の様に僕の元には彼らのメールが届きます。いずれも館は面白いから来て見ろ、という内容でした。どうやらそのメールは僕だけではなく、彼らの友人にも送信されているようです。僕は出来る限り被害を抑えようとしていますが、もしかしたらもう何人か行ってしまっているかもしれません。これ以上、僕の友人のせいで被害を大きくしたくないのです。
 ですから、明日僕はあの洋館へ行こうと思います。自分の目で何とか真相を暴きたいと思ってます。
 そこで僕から湯尾様にお願いしたい事があります。それはもし僕が明日何事も無く自宅へと戻り、新たな物件等を持ち帰る事が出来れば、一緒にこの真相を暴いて下さい。そしてもし、僕が帰れず、貴方に僕からの館への招待メールが来た時には、僕の事は忘れて下さい。メールも完全消去して下さい。館にも近付かないで下さい。お願いします。

P.S. 添付したファイルは友人と直接離せなくなった時から運良く録音出来た音声です。』



悲壮な決意のメールだった。
このメールは昨日の深夜に書かれたものであるから、既に彼は洋館へと向かってしまっただろう。今更止める事は出来ず、私には無事を祈る事しか出来ない。
私はPC画面から目を離し、同時に添付されている音声データを再生する。目線はぎらついた太陽に、意識を音声へと傾けて。



ぴこんと、メーラ『雷鳥』が新規メール着信の音を鳴らす。
私は着信したメールを開き、即座に削除した。発信者はあの依頼人。



耳にこびり付いた、あの音声。
今際いまわの際に友人が彼を思って遺した言葉。

『――お前は絶対に来るなっ! 逃げ続けろっ!――』

道端に咲いた向日葵がこちらを向いている気がした。



ひまわり館。
時代を忘却し、周囲からぎ落とされた姿は、輪廻出来ず留まった魂を引き寄せていると言われる。
だから、一部の人間はその館をこう言うのだ。
否廻ひまわり館』と。
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