第003話 キャッスルワールドへようこそ(3)
政府の要職【 老中の真壁 】を名乗る声が喋る。
『さて皆さん、皆さんにとても良い報告があります! 皆さんはなんと映えある「本能闘争における改善および改良法」における第1回目の被験者に選ばれました! いやぁ実にめでたい!』
モトヤとジュンは小高くなっていた丘から降り、歩きながらロビーに入った。そこには辺りを見回すユーザーが多数いる。
――なんだ? 一体何を言っているんだ? なんちゃら法ってなんだ?
『え~知らない人もいるようなので説明させてもらいます。将軍様は長年日本における沢山の問題を解決してきました。その中でも最大の問題と考えたのが日本人の精神性です。かつての日本人はとてつもない強力な精神を有していました。例えば日露戦争における旅順攻略戦です。日本人は銃弾に倒れて死ぬと分かりながらも母国の危機であると立ち向かい前へ進んでいきました。古くは真田幸村による徳川家康への決死の突撃など昔の日本人は死をも畏れぬ精神性を有していたはずなのです。だが腑抜けてしまった。長い平和によってとんでもない臆病者に成り下がりました。そこで我々は考えたのです。少しずつでもいいから昔の勇敢な精神性に戻る方策はないかと……そしてその問題を解決するために「本能闘争における改善および改良法」を作ったのです。この法律は日本人の精神を正すのにどのような手段が用いられても問題ないという法律です』
モトヤは意味が分からなかった。
何故、幕府の老中が突然ゲームの中で演説しているのか? そしてゲームの中に出てきたかと思えばいきなり訳の分からない説明をする……一体なんなのだろう……。
それがモトヤをはじめ周囲の人間の本音だった。
老中の真壁は演説を続けた。
『そこで検討に検討を重ねた結果。実際に死線をくぐる事によってでしかかつての精神性を取り戻せないと判断し、このゲームに参加している被験者の皆さまを敵、味方に分け殺し合いをしてもらうことがベストであると判断しました』
――はぁ?
『殺し合いというのはその名の通り、殺し合いです』
『このゲームでは、ゲーム内で死ぬと本当に人が死にます。キャラが死ぬというのではなく、あなた達自身の本当の体が死に至るわけです。まぁ我々が殺すわけですが』
『どういう風に殺すか……ですが、皆さん今はゲームの中にいるので自覚はないかもしれませんが、皆さんの本当の体がある所はどこです? そうです、仮想現実の世界を体験するためのゲーム機械、商品名【 マイマイ 】の特殊なジェルの中に皆さんの本体が居るのです。裸で酸素カプセルみたいなのに入りましたよね? あれがマイマイです。』
『よほど記憶力が悪い人以外は覚えていると思いますが。皆さん、そのマイマイに入って自分の口に何をセットしました?』
『そう酸素吸入器です』
『これ実は外部から取り外せる仕組みになっていましてね』
『この酸素吸入器を取り外し……中の特殊ジェルを“とある物質”と反応させ“ただの水”に戻します。あとは分かりますね? 水の中で人は生きられません。窒息死します。君達はもしもこれからこのキャッスルワールド内で死ぬとこのような最後になるわけです。よく覚えておいてください』
モトヤは、17年の生涯でこれほど理解に苦しむ説明を聞いた事がなかった。
なぜ自分達は突然殺し合いをしなければならないのか。
なぜ突然戦う事になるのか。
そもそもどうして将軍はそんな事をしようとしたのか。どうしてゲーム内でこんな事をしなければならないのか。
……全てが意味不明だった。
吐き気がした……。
この意味不明の状況に心底吐き気がした。
そもそも何で彼らが世田谷コミックVR店にいるマイマイを動かす事ができるのかも分からなかった。ジョークだと思いたかった。これは全てこのゲームの参加者をビックリさせる為のイベントで、この声だって、ただ老中の真壁を模した偽物の声かもしれない。そうだ。そうに違いない――。
――あ?
モトヤの脳裏にふと“ある光景”が蘇った。
さきほどの女店員が淳二のいる部屋のドアノブの真ん中のボタンを押した光景だ。
女店員は確かにいつもと違う行動をしていた。ほんの些細な違いではあるが、今まで一度も見られなかった行動が今回突然見られたというのは何故だろう。ひょっとしたら深い意味はないのかもしれない。だが、あれは外側から鍵をかけたようにしか見えた。いや、今思うと、そういう風にしか見えなかった。中から決して逃げられないように……。
となると、これは本当の事なのか? 殺し合いをするというのも本当の事なのだろうか?
言い知れぬ恐怖が体の奥底から湧きあがってくるのをモトヤは感じていた。
この国は今独裁者が支配している。
かつて日本に現れたようなエセ独裁者じゃない、本物の独裁者が支配しているのだ。
かつて何をするにも全く物事が進まなかった時代とは違い、独裁者の気まぐれによって恐ろしい程速く物事が進み実行される。こんなゲームセンターの言う事を聞かせるくらい造作もないだろう
安田将軍は今までそんな姿を見せなかった。それに完全に油断してしまっていたのだ。
モトヤは泣きだしたい思いだった。どうして学校を休んでゲームセンターに来てしまったのかと……。悪い事をすれば悪いしっぺ返しが来ると聞いた事があったが、それにしてもあんまりだろうと。
モトヤは逃げ出したかった。
そのために必要なゲームを終了させるためのログアウトボタンを探す……。しかし、それはどこにも無かった。
老中の真壁が説明を再開した。
『え~と……自分でゲームを終了させる為のログアウトボタンに関してはこちらの方で削除させていただきました。どんな手段を用いてもこの世界から脱出することは不可能です……。 何度も検証しましたが、どのような手段を使っても皆さんはゲームクリアか死ぬまではキャッスルワールドの中に居てもらう事になります』
『ここで外部から助けてもらえばいいんじゃないかと思っているあなた、それは無理です。すでに皆さんの本体が置いてある場所のゲームセンターは将軍様の命令により店外から人が入れないようになっております。えーそれでも店外から侵入しようとする人がいると無条件での射殺が許可されております。すでにこの計画がはじまる段階から各店舗には拳銃とマシンガンの両方を置かせてもらっています』
『基本的にはゲームクリアの時までこの状態は続きます』
『逆に言うと……ゲームクリアをすれば皆さんはこのマイマイから脱出できるわけです……。 つまり生きて現実世界に帰る事ができという事です』
『あとこれは補足説明ですが、マイマイに入ってる間の皆さんの健康状態については我々が自信をもって保証いたします。こちらも検証済みでして……既にマイマイに入りっぱなしで3年が経過してる者がおりますが、健康状の問題は一切見つかっておりません。よって我々はマイマイは長時間の使用に耐えれるモノと判断しこのゲームを進めていきたいと思います』
『えーではここで今回の「本能闘争における改善および改良法」に協力してくれた愛国心溢れる店舗を紹介していきたいと思います』
『VRプラント松戸店』
『VRプラントさいたま店』
『世田谷コミックVR店』
『麻布VRメガギガ店』
『電撃ノウスロウ川崎店』
『~~店』『~~店』『~~店』
その後も店名が次々と読みあげられていった。。
店名を告げられた途端泣きだす人もいた。
決定的だった。
ゲームクリアをしなければ死ぬ。
モトヤは思わず周りを見渡す。
皆、表情が凍っていた。言葉が真実だと分かるからだ。安田将軍にはそうしようと思えばできるだけの権力があることは皆分かっているのだ。
絶望の状況下では人は興奮するよりもむしろ凍りつく。極度の緊張状態だと頭に情報が入ってこなくなり、その情報整理に忙しくなるのだ。
『まぁ皆さん真実を知り愕然としているでしょうが、生きてゲームクリアをすれば良いのです。そうでしょう?』
『ではキャッスルワールドのクリア条件を伝えます。準備はいいですか? 少し難しくなりますよ。聞き逃さないで下さいよ』
『キャッスルワールドはこの広い世界において土地を取り合うゲームです。具体的には城です。この世界は5つの地域にそれぞれ城があり、合計で5つの城があります。まずこれをしっかりと覚えておいてください。5つの城です。この世界には5つの城がある。ここまではいいですか?』
モトヤを含め皆がこのゲームクリアの説明を黙って聞く
『皆さんにはこの5つの城をめぐって争っていただきます』
『ここからよーく聞いてください、分かりづらいかもしれません』
『皆さんのうちで最も多数の城を占領しているクラン……これを勝者とします、勝者のみがゲームクリアすることができます』
『そして城を保持する期間ですが、1年後の今日……つまり西暦2061年5月1日の昼の12時きっかりの時点まで占領することとします』
『もしも、その期間まで城の占領を保持できなかったらどうなるのか?当然、その城はあなたのクランが占領しているという事にはなりません』
『逆に4月30日から1日間だけ城を占領した場合ではどうなるのか? 我々が判定するのは5月1日の時点でどこのクランが占領しているかという事のみです。つまり4月30日から1日占領しているだけでもこのゲームでは最終的な占領地として記録されます』
『いいですか? 我々が占領地としてカウントするのは西暦2061年5月1日の時点で占領しているのはどこのクランかという事のみです。それ以前は全く関係ありません』
『え~“最も多数の城を占領するクラン”という意味は分かりましたか? 例えばクランAが城を3つ占領し、クランBが2つ城を占領していた場合。ゲームの勝者はクランAという事になります』
皆このルールを理解しようと懸命に頭をフル回転させていた。
モトヤも同様に全神経集中させこのルールの理解に努めた。
『もう一つのクリア条件は金です。ゲーム内では【 ゴールド 】と呼ばれています。これを最も溜めた者上位100名を勝者としゲームクリアしたとみなします。チーム戦とか得意じゃない人や商才がある人なんかはこっちの方がいいかもしれないですね』
『つまり二つのゲームクリア方法があるわけです』
『城を沢山とるか』
『金を儲けるか』
『我々としてはどちらでも良いです、生き残る為に頑張ってください』
『で……ゲームをクリアできなかった者についてはですが……。 当然死にます。マイマイの中で溺れてね』
『最後になりますが……実はこのゲームは君達の他に“モンスター”という生物が生息しています。行動パターンは様々で草原を好むもの、人しか食べないもの、水地にしか生息しないものと……多種多様のモンスターが存在します。通常この手のゲームではこのモンスターを倒す事によって経験値を得てレベルを上げるという方法がとられます。ですがこの【 キャッスルワールド 】では、この【 経験値 】を【 人を殺す事 】でしか入手できません。モンスターを倒して手に入るのは【 素材 】のみです』
『何故こういうルールにしたかですが……こういうルールにしないと簡単に手を組みやすくなり「死線を越える経験をすることにより、より強靭な精神を得る」という我々本来の目的が非常にボヤけたものとなってしまうからです。殺されそうになったり、殺したり、そうやって死線をくぐることによってこそ我々が待望する人格が形成されます』
『つまり……これはゲーム用語で言う、プレイヤーキル? ですか? これは大いに推奨されております』
『皆さんまわりを見て下さい』
モトヤは真壁に促されるようにあたりを見回した。その場にいた様々な人々と視線が交わってゆく。
『君達の周りの人は君達を殺す事によって得をする』
幾人かの人がモトヤから視線を切った。
『ふふふふ、もちろん私ならそんな輩を信用できません……だが共に乗り越えなければゲームクリアは出来ません』
『裏切り、裏切られ、共に生き、共に死に。そうすることで最終的にゲームクリアをすることを願っています』
『ではゲームスタート』
こうして緊張と静寂につつまれたまま、和泉智也こと「モトヤ」のデスゲームが始まったのであった。