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~それは城を奪い合うデスゲーム~  作者: りんご
第Ⅱ章 バルダー城の戦い
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第038話 ジュン編 第二次バルダー城の戦い(8)


 オリジンとの戦闘開始から1時間、ホークマンは双眼鏡で人質クラン連合の行方を追っていた。


 人質クラン連合は小高い丘の影からでると、全速力とはいかないがそれなりのスピードでバルダー城西側から攻撃するオリジンの背後に近付いていった。

 ホークマンは双眼鏡から戦況を確認し大体どのくらいの時間で人質クランとオリジンの弓部隊と接触するかを割り出した。


「だいたい15分くらいだな」


 ホークマンは小躍りしたい気分になった。もうすぐなのだ、もうすぐ自分が率いる鷹の団、ジロンダン、ボコットケモンスターの3クラン連合が大きく勝利に近づくのだ。後はオリジンの崩壊具合を見て的確な位置に全軍で突撃すれば勝利をもぎとれるハズなのだ。その為には跳ね橋(城門)のある北側のオリジンの軍が大きく崩れなければならない。現状、跳ね橋だけが城の内と外を繋ぐ通路なのだから。必然的に城内から外にうってでる場合はここを通る事になる。つまり城外の敵を叩くならまず北側のオリジンを叩かなければならないのだ。


「西側のオリジンが全滅するのを見て北側のオリジンがどの程度動揺するかだな……」


 こればかりは分からなかった。実際に状況の変化を見てみないことには。そして人質クラン連合がもうすぐで西側のオリジンの弓部隊と接触するところまでやって来た。

 ホークマンはここまで長かったという気になっていた。オリジンと戦うにあたってホークマンは3つの作戦をたてた。それは【キサラギ・ライナル作戦】【バルダー城強化作戦】、そしてこの【人質作戦】だった。


 この作戦はこれまで1勝1敗という所だろう。


【キサラギ・ライナル作戦】は失敗し、次の【バルダー城強化作戦】は攻城塔を使わせていないという時点で十分成功はしていた。そして最後の【人質作戦】こそが一番重要な作戦だった。これは戦いにおける決定的な一撃を相手に与えるという意味で最も勝敗を左右する作戦と言っても過言ではなかった。この効果が今試されるのだ。


 ホークマンはバルダー城西側の壁上から身を乗り出して大声で叫んだ。


「いけえええええ!!! やっちまええええ!!!」


 ホークマンはあと数秒でオリジンの弓部隊が血みどろに蹂躙される様を想像し、その瞬間を頭の中でカウントしながら待ちわびる。


 10、9、8、7、6、5、4

 3

 2

 1!!!!



 そこに広がっていたのはオリジンの弓部隊を斬り裂き、あっという間にバルダー城西側弓部隊を蹂躙する人質クラン……などではなかった。



「……はぁ??」


 ホークマンはこれほど自分の目を疑った事は無い。


 その眼前に広がっていたのは飼いならされた犬のようにオリジンの弓部隊の横に陣どり一歩も動かない人質クラン連合であったからだ。


 ホークマンは一瞬何が起きたのかよく分からなかった。目の前の光景を受け入れられなかったと言い換えても良い。だが明白すぎる眼前の光景がホークマンに痛すぎる事実を突き付けてきた。そうこれはもう疑いようのない事実なのだ。



 人質クラン連合が裏切ったのだ。



「馬鹿な……そんな馬鹿な……」


 人質クラン連合の面々はオリジンの兵の前で体を小さくし、まるで暴れん坊将軍に出てくる悪徳商人のようにへらへらニヤニヤしながらゴマをすっているのが遠くからでも分かるのだ。


「奴等……人質はどうなってもいいっていうのか? 愛する者をそんな簡単に捨てられるものなのか?」


 人質クラン連合は自分達が生き延びる為に人質を見捨てたのだ。

 命こそが全て、愛など所詮命よりも遥かに無価値な存在……。人質クラン連合の決断はホークマンにその圧倒的なリアルを突き付けた。

 ホークマンの中に“裏切られた”という沸々とした憎しみみたいなものが湧き出てきた。おかしな話である。人質クラン連合から見るとホークマンは最初から人質をとってこの戦いに無理やり参戦させようとした敵なので、味方であるつもりなど毛頭ない。だがホークマンからすると作戦の一部として組み込んでいた部分が機能しないという事がすでに裏切りなのだ。なんとも自分本位な考え方であるが、それがホークマンという男であった。


「あいつら許さねぇ!! 絶対許さねぇぞ!! 板東!!!!!!」

「は、はいホークマン様」

「人質達を全員連れてこい!!!」

「はっ、え……でも……」と困惑する板東にホークマンは追い打ちをかける。

「いいからさっさと連れてこい!!!!」

「はい!!!」


 板東は急いで西側壁上から立ち去り、人質のいるバルダー城、城内の人質部屋に向かった。


「アイツ等このホークマン様をなめやがって!!! 約束を破ったらどういうことになるか、ちゃんと教えてやるぜ!!!」


 この時、ホークマンの頭はゆで上がった直後のタコのように真っ赤になっていた。


 しばらくすると板東が人質11人の女性を伴いやってきた。ホークマンは彼女達を処刑するつもりで西側壁上に横一列に並ばせた。人質達はあらんばかりの悲鳴をあげた。


「いやああああああ」

「悪魔!! あんたは悪魔よ!!」

「鬼!!! こいつ鬼だわ!! 助けて!!!」


 人質の女達はそのほぼ全員が泣きわめいていた。


 ホークマンは彼女達の死によって自分の怒りをおさめようとしていた。もうどうしよもならないくらいに怒り心頭だった為だ。


「待って! ちょっとそれ貸して」


 ホークマンが横を向くと人質の女性の一人がホークマンの持っている双眼鏡を貸せと言って来たのだ。

 どうせ冥土の土産だと思いホークマンが双眼鏡を貸すと人質の女性はある一点を凝視し自分の人質クランに対して口汚く罵りだした。


「ジオムラン!!! ウソ!! ウソでしょ?? 死ね!! アンタ達なんてどうせ長生きできないわ!! 自分達のリーダーを殺してまで長生きしようとする連中なんて! どうせすぐ死ぬわ!!」


 ホークマンは彼女が何を言っているのかよく分からなかった。自分を裏切った夫なり恋人なりに罵声を浴びせているのだろうか?


 ホークマンは彼女の双眼鏡をとりあげ、もう一度人質クランの方を見る。すると人質クラン連合はクランごとに長い槍を一本たてていて、その槍の穂先には何やら人の首のようなものが、つけられていた。

 ホークマンは彼女の言っていることの意味がやっと分かった。


「あれは……各人質クラン達のリーダーの首だ……じゃあアレも全部そうなのか?」


 人質クラン連合は全部で11のクランで構成されていた。そこには11本の槍と11個の首があった。その11個の首は全て各クランのリーダーの首だった。


 ホークマンは納得がいった気分だった。最愛の人を見捨てたと思っていたが、人質はリーダーの最愛の人なのであって、その部下の最愛の人というわけではない。リーダーが死んでいる以上、人質達は見捨てられる運命にあったのだ。もうホークマンは彼女達を処刑する理由を失った。彼女達の死を見せつけてやりたい連中はすでに首だけになってしまっていたのだから。恐らく、オリジンにやられたのだろう。全員が揃って首だけになっているという事は、もうこれはオリジンがホークマンを裏切らせるためにやったと見るのが一番自然だった。


 だがここで新たな疑問が浮かんできた。

 人質クランが裏切ったというのは既に分かった。裏切る理由も分かった。人質クランのリーダーが全員死んでいるのは自主的にではなく、おそらくオリジンがそうさせたのだ、という事も分かった。


 だが一つだけ分からない事がある。それはどうしてオリジンが人質クラン達と接点を持っていたかという事だ。


 これは【人質作戦】を知っていないと不可能なことだった。


 バルダーエリアにはそれこそ星の数ほどクランがあり、どのクランが今回の作戦に関与しているか特定するのは事実上不可能なハズだった。更にホークマンは各作戦の口外禁止を徹底させた為に、情報屋だってこの事は知らないハズだった。となると今回の【人質作戦】が内側から漏れたと考えるしかなかった。


「誰かスパイがいるのか? 俺のクランに?」


 ホークマンはその誰にも心当たりはなかった。いや逆にあり過ぎて誰だか特定できないと表現した方が正確だろう。鷹の団では無理やり連れて来て戦わせている連中が多い、ジュンだってその一人だ。ジロンダンとボコットケモンスターは自分達のリーダーを殺された奴等だ。いくら納得しているといっても恨みにぐらい思うヤツはいるかもしれない。この中で誰か一人を特定するのは不可能なことだった。


 ――スパイはいる……で俺達の情報も駄々漏れってわけだ……。では何故奴等は攻城塔(こうじょうとう)を持ってきた? スパイが居るなら俺達がバルダー城を強化する為に堀を作って攻城塔(こうじょうとう)を無効化させている事を知っていたハズだ……なぜわざわざ使えない攻城塔をもってきたんだ? 攻城塔があるだけで行軍も遅くなるし……全く無意味だろ。


 あらゆる可能性がホークマンの脳裏をかすめるが、最も考えられたのがスパイの存在を察知されない為の壮大なフェイクと取るのが妥当だった。だが結局察知された……11個の首をぶら下げた人質クランの存在によって。


「……何故だ?」


 そもそもどうしてオリジンは人質クラン達を“この場に呼んだ”のだろうか?

 もしも、ただ裏切るのであれば戦場に来なければいい。見た所現在だって別にバルダー城の攻撃に加わっているわけではない。ただそこに申し訳なさそうに居るだけなのだ。もしもこいつらがここに来なければ、こちらも人質クランとオリジンが組んでいるという事に気付かずスパイがいるなどという事を察知できなかったかもしれない。


「何か理由があるはずだ」


 オリジンがスパイのいる可能性を察知されるかもしれない危険を冒してまで、こんなところにワザワザ人質クラン達を来させたのは何か理由があるハズなのである。少なくともスパイが察知される可能性というマイナスよりも大きなリターンがあるはずなのだ。


 だがそれが何なのかホークマンには分からない。何も思いつきもしない。そもそも人質クランをこんな所に来させるのはむしろオリジンの失策だとすら思えたからだ。だが無駄と思いつつもあらゆる可能性を検討していく事にする。何故だか分からないがホークマンの野生の勘のようなものが“ここから目をそらすな”と告げていたからだ。


 ――……人質を殺させないためか?


 ホークマンがすぐに思いついたのは“人質を殺させないため”という理由だった。人質クランのリーダーが既に死んでいると分かり、意味のない処刑をホークマンは取りやめた。これを狙ったものだろうか?


 ……だがそんな事をしてオリジンの利益になるはずがない。そこまで意味のないことのためにオリジンはリスクを払わないだろう。つまりこれは違う。もっと他の理由があるハズだ。


 ――俺に精神的なダメージを与えたかったからか?


 ホークマンは全て自分の思い通りに進んでいると思ってぬか喜びをした。確かに相当精神的なダメージはあった。上げてから下げるというのは精神攻撃の基本ではあるが、そんな子供っぽい精神攻撃の為にオリジンはスパイを察知されるかも危険など冒すだろうか?


 ――違う。ここまで策が深い奴がそんなアホな理由の為にリスクを冒すわけが無い。じゃあなんだ?



 ホークマンは少し考え方を変えてみることにした。もしも、人質クラン連合がこの戦場に来なかったら“自分はどうしていたのだろうか”と考えてみた。


 ――戦闘開始時にまずキレたな。いや開始前にキレていたかもしれない。で、【人質作戦】が失敗したことを受け入れ各戦線の敵と味方の兵の状態を常に確認し適度に休息をとらせながらこいつらの100%を引きだす為に奔走してただろうな。



 そして、次に人質クラン連合が来た時の自分のことを客観的に考えてみた。


 ――嬉しくて小躍りしてこの人質クラン連合にいつオリジンの背後を突かせるかという事が思考の第一に来てたな。だがもちろん各戦線の敵と味方の状態を見ていた……。


 だがここでホークマンはある事に気付いた。


 ――アレ?


 ――“今”はどうだ?


 ――敵味方の状態をちゃんと全ての戦線で把握してるか? いざ人質クラン連合を動かすとなった時に俺はバルダー城の味方の動き、敵の動きを把握していたか? 西側ばかり見ていなかったか? ……まさか……まさか……。


 ホークマンは何かに導かれるようにゆっくりとバルダー城の北側を振り向く……そこには先ほどよりも城の中央に軍を寄せているオリジンの姿があった。


 ――あの位置は!!!!


 奴等は一瞬でよかったのだ。ほんの数分意識を北側以外の場所にそらすことができたなら。奴等はそれで良かったのだ。


 ――特に俺の意識。全軍を動かす事のできる俺の意識を逸らしたかったのか! スパイの本当の仕事は情報を敵に届ける事じゃない、本当の仕事は外のオリジンの軍と連動して、この瞬間にこそ動くことだった!!! やられた!! やられた!! そして北側の中央にはアレがある!! アレが攻略されたらもうお終いだ!!!



「くそおおおおおおおおおお!! 畜生!!! クソッタレ!!!」



 ホークマンは大声をあげたと同時に北側に向かって走り出した。北側で一番の手練(てだれ)はジュンしかいなかったからだ。ホークマンは力いっぱい叫んだ。スパイの行動を阻止させるために。


「ジューーーーン!!!!」



 ジュンは“構え”と言いそうになっているのを止め西側の方を向く、するとホークマンが血相変えて北側壁上の方向に走りながら“何か”を大声で叫んでいた。


 戦場では様々な音がする。人々の叫び声は戦場のどこにでも転がっているもので誰か特定の声だけを聞きとるのは難しかった。


 ジュンはホークマンの表情から事の大事を受け取り、叫んだ単語からかろうじて2つの単語を聞きとった。



「スパイ」


「跳ね橋」



 この単語を聞いた瞬間ジュンは全てを理解した。



 =スパイが居て跳ね橋を内側から下げようとしている=



 先ほどから跳ね橋のある城の北側中央付近に不自然に敵が集まって来ていたのもその為だったのだ。

 ジュンの首はぐるりと回り城壁の内側の跳ね橋を上げ下げできる装置のある場所を向く。それと同時に弓をとり矢をつがえるため右手を背中の矢筒に伸ばす。


「ぐああああああああ」


 跳ね橋の上げ下げを担当していた男の断末魔が城内に鳴り響く。

 ジュンの右手が矢筒から矢を取り出し弓につがえ跳ね橋の開閉装置のある方向に矢尻を向けた。その矢尻の先に居たのは……。




 ヴァシリーだった。



 信じられない。信じたくない。ジュンの中に二つの想いが木霊する。その想いは言霊となり口を通じて外に発せられた。



「ヴァシリー!!! やめろ!!!」


 ジュンの声が聞こえたと同時にヴァシリーはジュンの方を振り向く、その手はすでに跳ね橋の開閉する装置にかけられていた。



「全部アンタが悪いのよ……一言でもレビテンスの事を悔いてくれれば私だって私だって――」



 ヴァシリーの顔をみて説得が不可能と悟ったジュンは矢を放つ。その矢はヴァシリーの肩を貫ぬく……が一歩遅かった。



「――私だってこんな事したくなかったのにいいいいいいいいいいいいいいい」



 ヴァシリーの叫びと共に跳ね橋が倒れるように下りた。



 城の内と外が繋がった瞬間だった。


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