第029話 港町ベール
モトヤとアリスと元囚人達一行はサミール街で一通り食料品や装備などの買い物を済ませた。その後、バルダー城へ行く為の進路の話になった。
モトヤは市場で買った地図を広げあれこれ思案する。
この地図によるとサミール街はアラファトエリアに属すらしい……このアラファトエリアはキャッスルワールドにおいて最も南西に位置するエリアで北上するとキサラギエリアに進む事になる。また東側に進むと大きな河川をまたいでミシャラクエリアが広がっている。もしも陸路を通るならこのどちらかのエリアを通過しなければバルダーエリアへは行けなかった。
――どっちにしろ陸路はえらい時間がかかるな……。
「なぁアリス……アリスにはバルダー城まで行くプランはあるのか?」
アリスは地図の真ん中のあたりを指す。
「イズマ湖を通るのが一番早いわ……ここは4つのエリアに面しているという事で交通の要所になっているの。サミール街から少し南東にいったあたりにイズマ湖に面したベールという港町があるわ。そこで船を調達しましょう」
モトヤはアリスのキャッスルワールドでの知識の豊富さに多少驚いている。が、とにかく一行はまずは南東にあるベールという港町を目指す事になった。
そして南東を目指す事1日半、ようやくモトヤ達一行は【 港町ベール 】に到着した。
モトヤはある意味死にそうだった。なんとここまでアリスの提案で一睡もせずに歩き続けたからだ。モトヤはベールに到着したと同時に地面に倒れ込んだ。
「あ~歩きっぱなしだったなぁ~ここがゲームの中だからあんまり疲れてないけど、睡眠なしで行くのはキツかったわ~。とりあえず宿探そうよ。交通の要所で港町なら宿屋くらいあるでしょ」
このモトヤの発言にアリスが反応する。
「そんな金あると思ってるの? こっちは全員で6人居るのよ、結構な金額をとられるわ。いいから船主探すのよ。船の中で寝ればいいわ」
モトヤは実はアリスに対し多少ガッカリしていた。牢獄の中に居た時はか弱いお姫様という雰囲気の女性だったのだが、牢獄から出てみると実はバリバリのキャリアウーマン風の女性だったという事が発覚し、ある種の神秘性が失われてしまったのだ。
――恋愛は思い込みっていうけど……まさしくそれだな……。今にして思うと“喋らない”から不思議な女性に見えていたのであって、喋っているアリスは……こう……すごくアレだよ。女社長みたいな感じだ……。キチキチして息がつまりそうだ……。
それにモトヤがアリスに対しガッカリした事は他にもあった。アリスはレベル13なのだ。モトヤは現在レベル3の魔物使いだ。だがそれでもそれなりに人を殺してきた……レベル13なんて一体どれくらい人を殺せばそのレベルに到達するのだろうか見当もつかない。だがアリスはそれだけの人を殺してきたのだ。牢獄の中に居た時は虫も殺せない少女に見えたのに……。
――まだまだ俺も女性を見る目が養われていないという事か……。
童貞がこんな感想を抱く事自体おかしな話なのだが、モトヤはいたって真剣だった。
「モトヤは早くバルダー城に行きたくないの? ボーっとしてないで早く手分けして船主探しましょう」
アリスが催促するのに対しモトヤはここでちょっと疑問に思った事を口にしてみた。
「アリス……あのさ……船主って何? ああいや、何となく船の持ち主だって事は分かるけど、その船の持ち主がどうして俺達を運んでくれるんだ? 例えば釣り目的の船かもしれないだろ? 長距離俺達を運んでくれる船の持ち主がいるとどうして分かる? それともそいつから船を買いとろうという話なの? それこそ、そんな金ないよ」
アリスは溜息をつきながらモトヤの方を見る。
「昨日も言ったけど、イズマ湖は交通の要所なの……私は湖の通行だけで儲けてる奴を幾人か知ってるわ、まぁ別の港の話だけどね。同じイズマ湖にある港なのに、この港だけ船の長距離移動で儲けている人がいないというのはおかしいわ。きっと居る筈よ。細々と商売をしてるのか大々的に商売をしてるのかというのは分からないけどね……」
モトヤはアリスの言葉に納得した。
「なるほどね。じゃあバルダーエリアまで船を運んでくれるヤツを見つけるよ」
「OKモトヤその意気よ。あとみんな? 船で運んでくれる業者を見つけても見つけなくても2時間後にこの場所に集合よ。いいわね?」
アリスはそう言い終ると、ベールの街の中に消えて行った。
――なんというか人を使いなれてるなぁ……アリスって元々どこかのクランのリーダーでもやっていたのかな? それとも現実の世界で女社長だったりするのかな?
モトヤがそんな疑問を思っているうちに元囚人達も次々と街に繰り出して行く。モトヤはそれらを見送ると、ようやく船主を探しにでも行ってみるかと腰をあげるが、まず気になったのは船主の行方よりも自分の懐の寂しさだった。モトヤの全財産はあと500G程しか無い。ゴールドに関しては“りっちゃんと一緒”時代に貯めに貯めたつもりだが、先ほどのサミール街で食料品と装備品の購入にほぼ使い果たしたのだ。そこでモトヤは“街の看板”でチェックしたベールの街の銀行へ行ってみることとする。
「いらっしゃいませ、キャッスル銀行へようこそ~」
「あ~すいません……限度額一杯までゴールドを借りたいのですけど」
「はい分かりました。モトヤ様の現在の融資限度額が3000ゴールドとなっておりますので、3000ゴールドをモトヤ様に融資いたします」
シャシャシャシャシャキン
「3000ゴールド入金いたしました。視界左下にあるゴールドメーターからご確認ください」
――早ええな……審査とかないのかよ……。
キャッスル銀行の女性NPCは引き続き借金に関する説明を続ける。
「キャッスル銀行における融資は無担保無利子での貸し付けになっております。また、どこの街の銀行で引き落そうが、もしくは返済しようが、全て一律の口座で管理されており、いつどこで返済されても全く問題ないシステムになっております。裏を返せば、モトヤ様は限度額一杯まで融資をお受けになっていらっしゃいますので、返済が終わるまでは、どの街のどの銀行へ行っても一切融資を受けることができないということでございます。返済期限は1ヶ月後の7月20日になっており、もしも返済が滞った場合、今モトヤ様が所持されているゴールドの全てをキャッスル銀行が没収させていただくことになります」
「すまないが、例えば無い袖は振れないって状態があるよな……つまりゴールドがゼロになって返済できない場合……これはどうなるの?」
「その場合、新たにモトヤ様が入手したゴールドが自動的に銀行に返済されていく仕組みになります」
「金がなくなるの? 俺の懐から? 自動的に? マジかよ……なんというか……給料が入ってくる銀行口座を差し押さえされるみたいなもんじゃねーか……新たに俺が手にするゴールドは全部借金の返済にあてられるのね……あ~~んと……じゃあ例えば返済しないことによるそれ以外の特別なペナルティというのは存在するの?」
「2つございます。1つ目は所持しているアイテムや装備品が自動的に売り払われ借金の返済にあてられることです。2つ目は、当銀行のプレイヤー様の口座を凍結させていただくことになります。戦闘を主とするプレイでは1つ目の不利益の方が大きいようです。銀行に借金が残り続けるかぎり全裸でプレイすることになるのですから、装備品が無ければ当然戦うこともできません。商売を主とするプレイヤーにとっては2つ目がそれなりのダメージを受ける場合があります」
――う~ん、段々覚えきれなくなってきたぞ……とりあえず2つ目に関してはあんましデメリットは思い浮かばないなぁ……、でも確かに1つ目の武器や防具が一切使えないっていうのは、かなりヤバイペナルティだな。
「先ほど説明させていただいたゴールドが自動的に返済されていくペナルティをつけくわえた3つのペナルティは銀行に借金を返済し終えるまで続く事になります。説明は以上になります」
「ああ、多分、分かったと思う……きっと……じゃあ俺はもう行くわ」
「ご利用ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」
モトヤは一通りの説明を聞くとキャッスル銀行を後にした。店内で説明された返済が滞った場合のリスクを考えると、確かに期日までには借金を返済しようという気になってくる。無担保無利子でほぼノーリスクで借りやすいというが、正直とんでもないリスクだ。生きるか死ぬかという戦いにおいて、銀行に返済できなかった場合かなり死ねる状態になる。
――俺も今、念のためにと思って金借りたけど、もしかして借りない方が良かったんじゃあないだろうか……。
モトヤは若干の後悔の念を抱きながら改めて船主を探す為に港町ベールに繰り出した。
その港町はあまり規模の大きな町とは言えなかった。だが町の規模に似つかわしくないくらい多くの人々で賑わっていた。メインの通りは湖沿いにやや歪曲している道で5mおきに街灯が立ち並んでいた。現在の時刻はちょうど昼の15時なので街灯が明るく灯っている様は見れないが、夜になれば美しい景色になるであろうことは容易に想像できた。
モトヤはゆっくりと湖沿いのメインの通りを歩いてゆく、湖は太陽の光で乱反射され、眩しさと気持ちよさの両方の感覚をモトヤに伝えた。次に湖とは反対方向を見ると、何やら沢山の看板と店が乱立するように立ち並んでいる。中には明らかに手作りの小屋みたいな物もあるのだが、そのほとんど全ての店に客が存在し大変な賑わいをみせていた。
――人が多いんだなここは……サミール街とはエライ違いだな……街の大きさとしてはサミール街の方が2倍くらい広かったが、ここ港町ベールはサミール街の3倍くらいの人口がいそうだな。
モトヤはこれをゲーム製作者の設計ミスだと思った。オンラインゲームでもたまにこのような現象はみかけることがある。製作者の意図した街の規模とゲームをプレイしているプレイヤーが実際に溜まる場所が別になってしまったのだ。製作者側はサミール街を港町ベールよりも賑わうハズだと想定し、街の規模を大きく作ったわけだが実際はそうはならなかったわけだ。
――まぁよくあることさ、それに1年後までに金持ちランキングの上位100位に入らなきゃならないんだし、皆、より人口の多い所で商売したがるだろうさ……ん?
モトヤの目に面白い看板が飛び込んできた。
『きっとあなただけの素敵なモンスターが見つかる! 魔物使い専用モンスターショップ “キバ王”』
――な……何だあれは……モンスターショップ?? モンスターショップだと??
モトヤはまるでハチが甘い蜜に吸い寄せられるように、その怪しい店『魔物使い専用モンスターショップ“キバ王”』の中に入っていった。店内に足を踏み入れると右も左も上も下も沢山の檻に入ったモンスター達が所狭しと並んでいた。
「いらっしゃい」
店長と思わしき40代後半くらいの人が話しかけてきた。思わずこちらも挨拶をする。
「あ、どうも……いや……モンスターが売っているという看板を見つけて……この店に入ったのですが……」
「ああ、御覧のとおりさ、これは売りもんのモンスター達だ。どれでも好きなのを選んで棒でつついてくれ、ただその前に代金はいただくがね」
そもそもモトヤは“モンスターを買う”という意味がよく分からない、てっきり倒したモンスターしか仲間にならないと思っていたのだが……。仲間になるモンスターを売り買いなど出来るものなのだろうか?
「あの……モンスターって倒したモンスターしか仲間にならないと思っていたのですが……買うことなんて出来るんですか?」
キバ王の店長はニヤリと笑う。
「あんたモンスターが仲間になる手段は知ってるね? 殺す戦いじゃなくどこも相手を欠損させたり弱点攻撃をしない状態で倒さなきゃならないわけだ。でもね、キャッスルワールドにはそれを出来ないプレイヤーが結構いるんだ。そのために始めたのがこの商売さ。この店は厳密に言うとモンスターの売り買いはできないが、檻の中の身動きがとれなくなっているモンスターを棒でつついて倒す事はできる。あとは運次第だね。運が良ければ倒したモンスターはあんたの仲間になる」
「えーっと……つまり、ここのモンスターを買ったとしても仲間になるかどうかは分からないという事ですか? 普通にモンスターを倒すのと同じって意味ですよね?」
「まぁそういうことかな……。だけど考えてみてよ、それでも一定の確率で仲間になるんだよ? 全く仲間にできないよりはマシだろ? 平たく言えばモンスターを使えるところだけが魔物使いという職業の利点なのに、それを生かしてないヤツがあまりにも多すぎる。もったいない! もったいないよ!」
確かにそう言われると魔物使いなのに仲間のモンスターが一匹もいないなんて状態もったいない気がする。一旦は仲間にした一角セールでさえ、もうモトヤの手元にはいないのだ。
――そういえば一角セールはそもそもなんで一旦仲間にしたのに、仲間じゃなくなったんだろう?
モトヤは思い切ってその疑問をキバ王の店長にぶつけてみる事にした。
「ああ、すいません。モンスターのことでちょっと聞いてもいいですか?」
「ああ、構わんよ」
「一旦仲間にしたモンスターが、ある日突然仲間じゃなくなっている……なんてことあるんですか?」
「ん~~あることはある。まずはモンスターが死んだ場合だね。すぐに復活させると引き続き仲間として使う事ができるらしいが。基本的には死んだらそれまでって事だね。 次は滅多にないケースだけどモンスターにはそれぞれ固有の“命令範囲”というものがあるらしいんだ……人から聞いた話だから詳しくは知らないがね。で、その命令範囲から外に出たモンスターは主人である魔物使いの言う事を聞かなくなる……つまり“仲間ではなくなる”という事らしい。普通は命令範囲から離れるなんて事は滅多におこらないことだけど、たまにそういうことがあるんだってさ」
――なるほど! そういうことだったのか! ……つまり俺がバルダーエリアからアラファトエリアに飛ばされ、命令範囲内に一角セールが居なくなったことで仲間ではなくなってしまったという事だったのか……。
「疑問は解決したかい?」
「あ、はい! ありがとうございます!」
「でどうだ? モンスター買っていかないか?」
モトヤはこの言葉はかなりの言い間違いがある言葉だと思った。正確にはモンスターを買うではなく、無防備のモンスターを倒せる権利を買うのである。つまり当たりがモンスターという商品の宝くじみたいなものなのだ、まぁ宝くじよりは当たる確率は高いが……。でもようするにギャンブルだ。ゴールドが増える可能性が無い分ギャンブルより性質が悪いかもしれない。
「う~ん……ちなみに、この馬みたいなモンスターはいくらですか?」
「これか? だいたい700ゴールドってところかな」
――高い! 高すぎる! 100%モンスターが仲間になる前提ならまだ分からなくはないが、ギャンブルでこれは高い! それにこれからゴールドが必要って時に無駄な金使ったらアリスに何を言われるか分かったもんじゃない。
「すいません……ちょっと高すぎますね……」
「あ~じゃあこっちのモンスターは? 安いし水中に潜れるし」
「すいません、また今度、また今度ね。必ず! 必ずまた来ますから!」
モトヤはそう言うと『魔物使い専用ショップ“キバ王”』から逃げるように立ち去って行った。あの雰囲気だと絶対に何かを買うまで店長に粘られそうだったからだ。
――ふぅ~危ない所だった……しかし、色んな商売があるもんだなぁ~
モトヤはまた湖沿いのメインの通りに戻り今度こそ船主を探す為に歩きだす。通常、港には船着き場というものがある。このベールにもそれはあるはずであった。もう2分ほど歩くと沢山の船がギュウギュウに押し込められたような空間があった。その船の停めてあるすぐそばの陸地にだけ大きな釘のような出っ張りがあり、その出っ張りは約10m間隔ぐらいで陸地にずっと続いている。船は残らずそれらの身近にある出っ張りにロープを縛りつけ船体を固定させていた。
――よく分からんけど、この出っ張りみたいなもんにロープを縛りつけるんだ……へぇ~。たぶんここが船着き場なんだろうな。
モトヤがそんな呑気な感想を抱いていると。10mほど先からアリスの声と老人の声が聞こえてきた。
どうせ船主と交渉しているのだろうとモトヤがソロリと近づくが……そこで交わされていた会話はモトヤの想像とは全く別のものだった。
――……。
――え? 戦い? バルダー城で?? オリジンと鷹の団が戦っているのか???




