第022話 乾燥地帯(2)
もう、このサボテン以外全く特徴のない土と砂だけの土地を2日間ほどは歩いただろうか。
モトヤは、ひたすら西に歩き続けた。
いや、西と信じる方向に歩き続けた、太陽だけを手掛かりに。
もしも、ゲーム内の太陽が西から昇り東に沈むなら東に向かっていることになる。
いや、方向なんてどちらでもよかった。町があればそれでいいのだ。
だが、そんなものは一向に見えてこない。
幸運な事にモンスターには一度も遭遇してなかった。
何か理由があるのか……、それともないのか……。それはよく分からない。
とにかく、モトヤにとって幸運だったことは間違いない。
モトヤはサボテンの頂点部分をまた横に切った。
「ドバァァァ……」
サボテンから大量の水が流れ出した。
――今のサボテンはやけに水分が多いな……。しかし……、一体いくつのサボテンの頭を切りゃいいんだろ……。
モトヤは、30mおきにサボテンの頂点部分を切り迷わない為の目印にしていた……。おかげで同じ道を2度通らずに済んでいるわけではあるが、モトヤはこの行為に意味を見いだせなくなってきていた。
――どこまで行ってもサボテンサボテンサボテンサボテン……クソ!!
不意にこのゲームの事を考えた。
――そういや情勢はどうなった?
オプション画面から【 キャッスル 】という項目を呼び出す。
「ピコン、ピコン」
クラン【 りっちゃんと一緒 】に所属している間に教えてもらった事がある。それは、今現在誰がどの城を占領しているかという情報の確認方法だ。
キャッスルワールドでプレイしている全プレイヤーがオプション画面の【 キャッスル 】からこの情報を確認できる。画面の左が城の名前、その城を占領しているクランの名前が右に表示される。
「ピコン、ピコン」
現在5つの城は、既に何かしらのクランが占領済みといった状況だった。
バルダー城 :ベストコンボイ
ミシャラク城 :源氏
アラファト城 :夜明けの騎士団
ライナル城 :オリジン
キサラギ城 :オリジン
――ん?
モトヤは、ある城を占領しているクランが以前と違ったクランである事に気がついた。
――キサラギ城も【 オリジン 】が手に入れたのか? 前に占領していた“鎌使いのドム”率いる【 ストリーム 】はやられちゃったのか……? あそこは、恐ろしく強いクランだって評判だったけどな……。
オリジンというクランは、5月の2週目にはライナル城を占領していたが、まだゲームが始まって1ヶ月程度であるにも関わらず2つ目の城を占領するほど攻勢に出ているのである。
――オリジンはあと一つ城を占領してそれを維持すればクリアだな。まぁ、それほど上手く行くかどうかは分かんねーけど……。
実際のところモトヤには城を保持するという事がどれほどの作業なのか分からない。それが有利なのか不利なのかという事も見当がつかない。
だが、ここに表示されているクランの動きを見る分にはほとんど変化がないように感じた。キサラギ城以外、最初に城を獲得したクランがそのまま占領しているからだ。
――ここ一ヶ月で城に対しどの程度の攻撃があったか分からないが、少なくとも数度の戦闘はあっただろう、そこはそう仮定するとしよう。だとすると、ストリームからキサラギ城を奪ったオリジン以外はいずれも城を守る側が勝利しているという事になるのかな?
――つまり、城を攻めるよりも守る方が有利で城を早く占領すればするほど有利ということなのかな?
モトヤは、あれやこれやと想像してみるが、城の実物さえ見ていないモトヤにとってはこの手の話は空想の域を出ないものだった。
モトヤは、オプションのキャッスルの項目を閉じた。所詮これらの事は暇つぶしにしかならない、早く町を見つけ、食料を食べないと……死んで……ん?
……。
――――うん!!!???
モトヤの目に見えていたのは非現実的な光景であった。
この広い砂漠のど真ん中に石の台座があり、その上にはジュウジュウに焼けた大きな骨付き肉が一個コロンと置いてあるのである。
「肉!! 肉だ!! うほぉぉぉやっほぉぉい!」
嬉しくなって肉に近づこうと20mほどダッシュをする……。しかし、徐々にそれは歩きに変わり、やがてモトヤは歩くのすら止めて立ち止まってしまう、この状況があまりに不自然すぎることが原因だった。モトヤの心は敏感になっていた、この違和感は見逃せない違和感だと体が判断したのだ。
――……なんでこんな所に肉が??
モトヤは2~3秒、目を瞑って考える。
――うーん……………………罠だな。
それは、もう誰がどうみても罠だった。圧倒的に罠だった。
――こんな罠にひっかかるヤツがいるのか? ひっかかるヤツがいるとするならば相当の馬鹿だな。
モトヤは先ほど自分が全力ダッシュしたことを棚に上げ考え込む。
普段のモトヤであれば四の五の言わずにこの場を離脱するだろう。
だがモトヤとしてはSPがギリギリなので肉は食べたい……もしもあれが本物の肉であればの話だが……。
とりあえずアレが罠だとするならばどんな罠なのかを考えてみた。
そこでモトヤは肉の周辺をよく観察してみることとした。
――多分あの石の台座の付近だな、罠が仕掛けられているとすればあの辺りだろう、俺の体重に反応して発動するような罠だなおそらく、この場合は肉自体もまぼろしであったりする可能性がある
――もう一つは肉自体が罠かもしれないってことだ、つまり毒物や麻痺毒などが仕込まれていて、それによって身動きできなかったり死んだりする可能性もある。
――だがどちらにしても確実な事は恐らく俺が罠にハマる瞬間を舌を舐めずりしながら待っているヤツがこの近くにいるはずだって事だ。
――そんな奴が隠れる場所として最も有力なのは石の台座の近くにある馬鹿デカいサボテンの後ろの死角だろうな、まぁ穴を掘って隠れている可能性もあるが……。こんな見え見えの罠を設置するほどのお馬鹿さんならおそらくサボテンの死角なんだろうなきっと……。
――まぁとりあえず1つずつ可能性を潰していくか、まずは肉がまぼろしである可能性だ。
モトヤはクラン【 りっちゃんと一緒 】で学んだ事は多かった、そこで本物とそっくりの幻影を作り出すという魔術を見ていたのだ、そしてこれに対する対処法も分かっていた。
モトヤはまず石の台座から15mくらいの距離まで近づくと、アイテム欄の中の“戻りナイフ”取り出し投げつけた。このナイフには糸がくくりつけてあり手で糸を引っ張るとナイフが戻ってくる仕組みになっている。そして見事に肉にナイフが刺さった。
――よし、まぼろしではないな、この肉は実体としてある肉だ。
次いで、肉に何らかの毒物が仕込んであるかを確認するための作業に移る、モトヤはこれも隣町で買った毒に反応する用紙2枚と麻痺に反応する用紙1枚をアイテム欄からとりだす、この世界の毒はたったの2種類しかない、『蜘蛛の毒』と『トリカブトの毒』と言われるものだ。まぁひょっとすると2週類以上あるのかもしれないが今のところ確認されていない。
モトヤは肉に刺さった戻りナイフを糸を引っ張る事によって引き抜くとこれらの用紙3枚に刃についた肉の脂を塗っていく、こうすることで毒物の反応を見るのだ、もしもこれらの2つの毒と麻痺毒であるのなら用紙が赤く反応する。
――3枚とも反応なし!! 肉には毒も麻痺も仕込まれていない!
モトヤは引き抜いたナイフにまだ付着していた脂をなめる、肉汁の旨味がやばい、そしてナイフからは確実に肉の匂いがした。
――間違いない! これは肉だ! 確実に肉だ!
となると後はあの石の台座付近に罠が仕掛けられていることが濃厚になった。
――ふふん、一番ベタな方法できたか……。おっと、そういえば、その前にやることがあったな。
モトヤは、また“戻りナイフ”を取り出すと、今度はそれを石の台座の近くにある馬鹿デカいサボテンに向かって投げつけた。
ザクッ
「ひぃ」
声がした……。やはり、予想どおり馬鹿デカいサボテンの死角に隠れていたようだ。
「おい!! 出てこい。手を頭の上にあげて、ゆっくり出てこい」
サボテンの死角から手を頭の上にあげて出てきたのは、ガリガリでハゲのノッポの男だった。このノッポには用がある。色々聞かなければならないことがあるからだ。
「おい! ハゲノッポ! お前には聞きたい事が山ほどある。まず最初の質問だ……。この付近に街はあるか?」
「……」
「答えなきゃ殺すぞ」
脅し文句としては古いし俺ももちろん殺すつもりはないが、この世界の住人を説得するにはこれが一番だ。観念したという顔でノッポの男が喋り出す
「ここから南に半日ほど歩いたあたりにサミールという街がある」
――やった! 街の情報をついに手に入れたぞ!
「よし、次の質問だ。この肉は罠であることは分かっている。この肉の罠を外せ」
「罠なんてねーよ」
モトヤは糸付きのナイフをノッポの男の太ももあたりに投げ、それが見事に刺さった。 ノッポの男は自分の太ももに刺さったナイフを見て叫ぶ。
「畜生! このクソったれ!!」
モトヤは、糸を引っ張りナイフを手元に戻し忠告した。
「ウソを言うからだ。次は心臓を狙う」
もちろんモトヤは殺す気などはない。しかし、今のデモンストレーションも含めての脅しは効くはずだ。なんせ心臓はウィークポイント、こんなナイフでも深々と刺さればHPゲージはすぐゼロになるのだ。
「わかったよ……。外せばいいんだろ、外せば」
ノッポの男は石の台座付近までくると、地面を棒でつっつきだした。
ガチャン
すると狩猟で使うトラバサミが石の台座付近の地面から大量に姿を現した。
――マジかよ。痛そうだな。
ノッポの男がこちらを向く
「これでいいかよ!」
もうこのノッポの男に戦意はなさそうだ。モトヤはもう一つノッポの男に注文をした。
「肉だ! その台座にある肉をよこせ、こっちに放り投げろ」
ノッポの男は「チッ」と言いながらモトヤの方に肉を投げた。今の反応からすると肉は相当高かったのかもしれない、モトヤは肉を受け取るとニヤニヤして肉にかじりつく。
ガブリ
「うんめぇ~~~」
SPの値がどんどん回復してゆく。
脳に電気信号を送ることで何をどうやれば味がでるのか知らないが本当にキャッスルワールドはよく出来ている。その肉は最高に美味しい肉であった。ひょっとして空腹だったことも関係しているのかもしれない。
モトヤは最高に満足していた。街の場所もノッポの男から聞きだしたし、肉も美味しい。あとはその街で地図を手に入れてジュンがいるであろう、はじまりのバルダーエリアに戻るだけだ。隣町のボコタには“でん助”がいるから恐らくジュンの所在に関してゴールドを払えば、その情報を手に入れる事ができるだろう。
「くくくく、はははははは、圧倒的勝利じゃないかこれは!!」
モトヤは、これからの事に見通しがついたことで少し安心した。そうすると、既に肉を食べてはいたが、これをアイテム欄にしまうより、そのまま食べきってしまいたい気持ちになり、更に肉を頬張る。このせいで、すぐ近くにいたノッポへの警戒心が薄れてしまう。
「美味美味~。いや~、本当にうめぇ~わ」
モトヤが美味しそうに肉を頬張っていると、目の前のノッポの男が頭の上にのせていた手を上げ万歳のポーズをする。それはモトヤにとって意味不明な行動であった。
――ん?
次の瞬間、もっていたはずの肉が消え、暗い影がモトヤを包んだ。
――は?
ガシャン
時間にすればほんの一瞬の出来事だった。
気がつけば、モトヤは2m四方が鉄格子で出来ている牢の中にいた。まるでマジックである。肉を食べていたつもりが、いつの間にか牢の中にいたのだから。
――何がおこった!? なんで俺は牢の中にいるんだ??
モトヤはすぐさま剣を抜き、思いっきり鉄格子に叩きつけた……。だが、この鉄格子ビクともしない。もう一度やってやろうと剣を振りかぶると、剣を持った右手がいつの間にか鎖に繋がれていた。
――え? はぁ?
よく見ると、両手両足の全てが鎖に繋がれていた。
「はっはっはっは~。全く世の中にゃとんだマヌケがいるもんだなぁ~」
ノッポの男が万歳をするポーズを止めて機嫌よくモトヤに喋りかけてきた。
――やられた!! 油断してしまった!
こうしてモトヤは捕えられたのだった。




