第009話 初陣(2)
薄暗い草原。そこに合計5人の男が居た。
いや……“居た”という表現は適切ではない。
5人の男が殺し合っていた。お互いの命と尊厳を賭けて。
ジュンはホラフキンの手下2人と
モトヤはホラフキンと
5人は己の命を賭け殺し合っていた。
タッタッタッタ
ホラフキンは飛び込むように斬りかかってきた。その頭上めがけてくる攻撃に対しモトヤは剣を横に払いホラフキンの剣を振り払うが、ほぼ一方的にモトヤが後方に弾き飛ばされた。
――!! なんだこりゃ!? 俺だけが吹き飛ばされた??
モトヤは素早く体を起こすと、この現象の原因を急回転で探った。動物は相手の体の大きさやその行動をみて相手の力強さを予測し対策を練る。基本的には人間も同じだ。実際に喧嘩となるとその相手の身なりや言葉遣いや体格から強い弱いを判断する。だがここは【 キャッスルワールド 】なのだ。そんな浮世の常識はここでは通用しない。
ホラフキンは自分の体を眺めながら感嘆の言葉を洩らした。
「やはり凄いな、レベルUPというものは」
キャッスルワールドにはステータスというモノが存在する。能力値と言い換えてもいいだろう。その能力値は職業ごとに異なっているのが普通であった。モトヤは魔物使い、ジュンは戦士、それぞれ初期ステータスが違った。例えばモトヤの魔物使いは魔物を仲間にできるという特性をもっているが能力値は平均的といった部類だろう。杉原淳二の戦士は力とHPとスタミナのステータスが高く重装備可能なタフな前衛職だ。
そしてホラフキンの職業は騎士、力と技術のステータスが高く得意武器である剣の攻撃力には補正がかかる前衛職だ。つまり剣と剣で戦う事において職業の時点でモトヤは大きく負けているのだ。更にここにレベルUPが加わるとどうなるのか。
レベルUPとは経験値を積む事により、ステータスの値が増える事を指す。どれほど増えるかというのは職業によって異なるがゲームの花形である『騎士』に関しては、どのゲームでも伸び率が高い。そしてこのキャッスルワールドにおいてレベルというものは自分も他人も見る事ができた。
――レベル4だと!??
モトヤはホラフキンが呟いた直後からその姿を凝視したが、そのレベルに驚愕せざるを得ない、一体何人殺したらレベル4に到達するのだろうか?
少なくともホラフキンはつい数時間前までレベル1であった。という事はホラフキンはこのたった数分の間にレベル4に到達するほどの人を殺したのだ。キャッスルワールドにおいてレベルUPをする為には人を殺さなければならない。モンスターを殺しても決して経験値は増えない。
モトヤの頭の中に今までのホラフキンの言動が蘇る。ホラフキンはとても普通の好青年に思えた。更にリーダーとして責任ある発言をいくつもしてきた。エルメスと対立した事だって元は竜虎旅団の皆の命を守る為だ。
たった数日のつき合いだがモトヤはホラフキンをリーダーとして信用していた。
まるで学校の先生のようにも感じていた。
その男が自分の団員を簡単に手にかけたのである。レベルがUPしたというのはそういう事であった。どう斬ったかは分からない、だが逃げていく相手を斬ったことだけは簡単に想像がついた。エルメスの取り巻き連中はエルメスが殺された時点で既に戦意を喪失していたのだから……。
――その連中を殺したんだ、まるで蚊を潰すように!
モトヤの中に二つの気持ちが同時に噴出した。
==ゆるせないコイツ==
という心と
==なぜなんだホラフキン!!==
という心
数時間前まで仲間であったというそのモトヤの心がホラフキンを理解することを猛烈に拒絶していた。だがホラフキンを理解することは第三者から見ると非常に簡単だった。
ホラフキンは合理的な男だった。
彼は現実世界ではそれなりの地位にいた人物だった。合理的で物事の理解が早く、少々の事には動じない強さがあった。彼はこのゲームに巻き込まれてすぐに自分の身を守る方法を思いついた。いち早く集団として固まり、そのトップに自分がなることで味方を盾にし比較的自分を安全な場所に置く事ができると考えたのだ。当初の目論見はある程度は成功したと言っていいだろう。竜虎旅団というクランを作り自分がそこのトップになったのだから。あとはこのクランを強くしていく事で自分の安全度が増す……ハズであった。が、すぐに誤算が表面化した。エルメスのような人物の台頭である。彼女はせっかく自分が作り上げた組織を二つに割ろうとしていた。しかも非現実的な主張によって。
合理主義者というのは理想論を嫌う。
合理主義者は概念や道徳というものにあまり興味がなく、むしろ足かせだと考える。彼らが大事にする言葉は「HOW」という言葉だ。
「HOW」とは「どんな方法で」という意味だが、つまりやれることについてどれだけの実効性があるか、という事がまず最優先にくる。
そこに辿りつくまでの道筋は分からないが理想だけはある。こんな人物は合理主義者には理解不能な人物にうつる。ホラフキンにとってエルメスとはそういう存在であった。
更にホラフキンにとって不可解だったのはそんな彼女の意味不明な願望に耳を傾ける人が多くなりはじめた事だった。彼女の存在は組織の弱体化を進行させた。
ホラフキンにとって竜虎旅団とは自分を守る防具であり盾だった。自分を守るために存在するハズの彼らが自分の意志とは違う行動をおこしている現状に対し、ホラフキンは抜本的な対策をしなければいけなかった。なんとかして竜虎旅団を自分の強い盾にしなければいけなかったのだ。
「そんな事、簡単じゃねーか。 エルメスを殺ればいいだけだ」
ホークマンは得意げに言うが、ホラフキンは戸惑う。
「なにが簡単なんだ! そんなことをすれば僕の信用は失墜する!」
「バレなきゃいいんだろ?」
「馬鹿な! もし暗殺でもしてみろ、最初に疑われるのは僕だ!」
「そうだな、そうなるだろうな」
ホラフキンはホークマンの適当さに憤慨しそうになった。だがホークマンは次々に案を出してきた。
「例えばこういうのはどうだ? エルメスが実は俺達を裏切っていた……、というのは」
「どういう意味だ? もう少し詳しく話すんだホークマン」
「つまりだ、あの女が平和平和というのは俺達を殺す為に弱体化を狙ったどこかのクランが仕組んだ、というのはどうだ? これならあの女を悪者にできるぜ」
ホラフキンは鼻で笑った。
「誰がそんなエルメスにメリットの無い話を信じる」
「メリットはあるさ、エルメスはそれで大金を手に入れたってことにすりゃいい」
「なに? どうやってだ? 証拠がないと皆信じないぞ」
「へへへ、証拠は作る」
そう言うとホークマンは自信ありげにアイテム欄から何かをとりだした。
「これはリネームカードと言って、ネームを変更できるアイテムだ。結構なレアアイテムなんだぜ。まぁ販売しようとしてる奴を殺すと脅して2枚奪ったんだがな、くくく。で、こいつを使って俺の配下の一人の名前をエルメスにする。すでにネームが重複しているヤツを確認しているからこのリネームで新しい「エルメス」というキャラを作ることができる。名前だけだがな」
ホラフキンはこのホークマンの話を真剣な目つきで聞いている。
「ここで俺と偽エルメスは一度竜虎旅団から脱退して小クランを作る。脱退者を把握できるのはクランリーダーだけだ……ここを逆手に取る。そして脱退した俺と偽エルメスでクランを作る。そこで大事なのがクラン名だ。小クランの中からターゲットを選び、それに極めて似た名前のクランを作る。最後に一文字分の空欄を作るとかでな」
「あとは簡単さ、俺の配下全員が限度額ギリギリまで銀行に金を借りる。もちろん無担保無利子のな。その金を俺が作った偽小クランの口座に集め、そこから偽エルメスの口座に全額送金する。その時、銀行側に記録が残るから、この記録を保管する。それで『ターゲットの小クランがエルメスに大金を送金した』という証拠を手に入れる事できるってわけだ。もちろん金はすぐに俺の配下に返すがね」
ホークマンはアイテム欄から二枚目のリネームカードをとりだし更なる説明を続けた。
「そしてもう一枚ある“この”リネームカードで偽エルメスを元の名前に戻す。これでキャッスルワールドに存在するエルメスは、またアイツ一人に戻る。まぁとりあえず送金の時の証拠だけが残ってりゃいい。この証拠があればエルメスを大金に目がくらんで仲間を売った女にできるぜ。なんせ証拠の信用能力は銀行が保証してくれるんだしな」
ホラフキンはここでようやく口を開いた。
「面白い……が、おそらく彼女は反論するだろう。身に覚えが無いとな。その小クランも探し出すなどして徹底的に調べるに違いない」
ホークマンはその話を聞き笑いだした。
「団長! あんたは本当に甘ちゃんだなぁ……。ここは現実の世界じゃねーんだぜ。誰もが裁判を受ける権利でもあると思ってるのかよ。ここはキャッスルワールドなんだぜ? 一つの証拠と先入観で人なんて簡単に殺せるんだよ。刑法の基本である“疑わしきは罰せず”なんてこの世界じゃ通用しねー“疑わしきは殺して安心を得る”それがこの世界の鉄則なんだ。だからよ、疑いの種をまけよ。そして証拠でその疑いを増幅させろ! そうすれば大丈夫! 皆あの女を殺すさ、この世界じゃな」
ホラフキンはホークマンの言ってることの具体性に驚いた。
これが成功すれば、政敵であるエルメスを排除でき、竜虎旅団の幻想を見ているメンバーの目を覚まさせ自分の為の優秀な盾に育てることができ、更にエルメス達を殺し経験値にすることによって自分達もレベルUPができる。正に一石三鳥。
更に幸運な事にこれを達成する為の手段はすでにホークマンが用意してくれているのだ。
モトヤが提案した分裂案は自分達の人数が減るだけだが、ホークマンの提案はホラフキンにより大きな利益をもたらす。
そして何より自分の僕達がまたエルメスが台頭する前のように自分に忠実な僕となるのだ。
尚もホークマンはホラフキンを説得する為に喋り続ける。
「それにな、レベルUPはいいぜ団長! ステータスが飛躍的に伸びる。俺はそうすることで力が倍増し誰にも負けないような気持が出てきたぜ。HPも伸びるし俺達個人の事を考えてもレベルUPは今後の安全につながる。俺の策に乗っかれよ団長! いいことずくめじゃねーか、アイツを裏切り者にして殺すだけで……」
ホラフキンはここまで来るともう心は決まっていた。ホークマンの策に乗ることこそが最も良い選択肢であると思えたからだ……しかし、一つ引っかかる……。
「ホークマン……。なぜだ? なぜこんなにも僕に協力する?」
「別に団長と目的は同じさ。俺は生きて帰りたい。ただ、それだけだ。その為にはアイツが邪魔なんだ」
ホラフキンは得心がいった。
そしてホラフキンはホークマンのエルメスを裏切り者に仕立てて殺すという策を実行に移す決断をしたのであった。
だが、ここで予想外の出来事が発生する。
モトヤに会話を盗み聞かれていたかもしれないという問題だ。
「アレはどういうことだホークマン! 聞かれたのか? 聞かれてないのか?」
「分からねーな」
「もし聞かれていたとしたらマズイぞ!」
「しょうがないな。団長、もう手元にやれるだけのカードは揃っているんだ。この計画の為のエルメスの送金記録も用意できている。もうモトヤに計画を聞かれたという前提で行動するべきだ。つまり計画を前倒して今行動するんだ! 今! これしか手はない!」
「……」
「団長!」
「……いや、僕もそう思っていたところだ。やるぞホークマン」
そして現在に至る。
あと一息だった。この計画が完成するまであと一息。目の前のこの男を殺し口封じすれば、全てが完成する。また自分の為の竜虎旅団が戻ってくるのだ。
「死んでもらうぞ、モトヤ君」
今のホラフキンは自信がみなぎっていた。レベルUPをしたからだ。そして最初に剣を交えたことによって分かってしまった。
==モトヤ君は僕より遥かに弱い==という事を
ホラフキンはニタニタと笑う。気持ち悪いことにこれが本来のホラフキンの笑みであった……そしてこれは勝利を確信した笑みだった。
この実力の差はモトヤも感じていた。恐らく一撃喰らえばおしまいであろうことも。
――このまま戦い続ければ……死ぬ……。
モトヤはあまりの実力差にこの事実を感じざるを得ない。ただ唯一モトヤに味方したものがあった。それは剣を交えてた事よって相手の力が分かった事だ。
――間違っても剣を受けることはできない。剣と剣をぶつけることも。剣が弾かれればその時点で終わりだ。他の戦い方をしなきゃダメなんだ俺は!
だがこの恐怖心しか感じない状況でモトヤを奮い立たせるものがあった。それはリーダーのホラフキンがレベル4の仲間殺しの殺人者であるという強烈な事実だ。これはモトヤにとって“裏切り”だった。
モトヤ達はあのロビーでまさしく彷徨える子羊だった。
ゲーム開始当初のあの状況を救ってくれたのはホラフキンに違いなかったが、この結末を見るとまるで騙し討ちにでもされたような気分さえした。この感情はモトヤが高校生なことも関係しているかもしれない、モトヤはまだこのような自分が切り捨てられる残酷な結末に精神が対処しきれない。
モトヤにとってホラフキンはこの世界で最初に自分を救ってくれた先生だった。
だがその先生が自分達を食い物にしたのだ。
モトヤはホラフキンの表情を見る。何にも責任を感じていない表情だ。ただニタニタと笑っているだけだ。そんなホラフキンをモトヤは許せず、口を開きハッキリと意思を伝えた。
「責任を……、責任をとってもらうぞ! ホラフキン!」
モトヤの発言にホラフキンは笑いだした。そして剣を強く握りしめ……強く叫んだ。
「無能なヤツは何でもリーダーに責任を負わせて知らんぷりだ。ここでも現実世界でもね。リーダーの苦労なんて誰も知らないのさ。責任? 責任だって? 僕になんの責任があるんだい? こんな状況を招いたのは安田のくそったれ将軍の責任で、まるで僕は関係ない。ああ一切関係ない。あとはエルメスだ! あの女だ! 恨むなら安田将軍とエルメスを恨むことだね。彼女にこそ今回の責任はある。せっかく僕の盾になりそうなヤツをうまく騙して僕のクランに引き入れたのに、僕の盾達を洗脳して僕の命令を聞かないように改造していきやがった!! あの馬鹿女がそうしなければ皆僕の盾として僕を守る事ができたのに!!」
モトヤはここにきて初めて本物のホラフキンと喋っている気がした。
――そうか、俺が見てたと思っていたホラフキンはただのホラ野郎だったわけか。
モトヤは中段の構えを崩し下段の構えに転じる。
知らないうちに頬を涙がつたっていた。人の本音を聞くのは本当に辛い、俺はしょせんコイツにとって使い捨ての盾程度の存在だったのだ。
「そう思ってんなら、最初からそう言えカス野郎!!」
「甘ったれんなよ! このクソガキが!!」
ホラフキンはまた上段の態勢でモトヤに飛びかかった。モトヤはこれを受けるわけにはいかない、なので左にこれを躱わした。だがホラフキンはこちらが受太刀(相手の斬り込んできた剣を剣で受け止める動作)をしないことを予想して、すぐさま剣を振り回した。
ホラフキンはこれでいいのだと思っている。どこにでも触れればその時点でモトヤは死ぬ、更にモトヤは受太刀出来ないのでホラフキンに近づく事は不可能なのだ。それもあってホラフキンはどんどんとモトヤを追い回し続ける。
ホラフキンの攻撃を躱わすことしか許されないモトヤのとる選択肢は自然と一つに絞られていった。
――距離をとり続けるしかない!
モトヤはホラフキンとの距離を保ち続ける努力をする。距離を保つということは草原の中を逃げ回るという事だ。ホラフキンはそれを追い回した。
だが草原を動き回るデメリットは双方にあった。草原にいるモンスターの目に付きやすいことだ。動くたびにモンスターの縄張りに入ったかどうかを警戒しなければならない。
そして、ついに両者の視界にはチラチラとモンスターの姿が目に付くようになってきた。
二人の戦いは最終局面に近づいて来ていた。