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~それは城を奪い合うデスゲーム~  作者: りんご
第Ⅰ章 キャッスルワールドへようこそ
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第008話 初陣(1)


「おおおおおおおおおお」


 ホークマン、ホラフキンら竜虎旅団がモトヤとジュンとエルメスの取り巻き連中に襲いかかってきた。

 こちらが15人なのに対し、あちらも27~8人程度の人数である。だがこの数少ない15人は統制がとれない。エルメスの取り巻き連中はエルメスが死んだのとほぼ同時にパニックをおこし、裏路地の元きた道を引き返し逃げて行く。竜虎旅団のホラフキンをはじめとする大半はそちらを追いかけていった。

 モトヤとジュンのみが始まりの街の出入り口付近に残る。この二人を殺す為に竜虎旅団がさいたメンバーは7人だった。ホークマンはそのどちらにも加わらず戦況を把握し指示を出しているようだ。


 ――2対7


 モトヤは剣を構えた。しかし構えるといっても何をどう構えていいか分からない。隣のジュンを見る。その二刀流を構えた姿は男のモトヤから見ても惚れ惚れするような凛々しい姿だった。まるで100戦この世界で戦って来たかのような立ち姿……そして思う……剣道の構えでいいんだよな、剣道の構えで。


 ジュンに触発されるようにモトヤも剣道の中段の構えをする……だが、両手の握りも足の幅も何もかも自信が無いような構えだった。


 石畳(いしだたみ)の上には無残に放置されたエルメスの首があり、今は何も見る事がないその瞳は。モトヤに己の無念と怒りを伝えてきた。

 それを見るとモトヤは自分の未来を見るようで恐ろしい……数分先の……いや数秒先の自分の未来の姿かもしれないのだ。


 ――集中!! 考えるな! 集中だ!


 モトヤは昔、中学生の頃、上級生にカツアゲを喰らった経験があった。ナイフを使って脅してくる上級生に対し、モトヤは恐怖のあまり終始動けず。ほぼ無抵抗で蹴られ財布を強奪されたのだった。あの頃の強烈な経験からモトヤはあることを学習していた。

 恐怖は己の体を麻痺させる最大の毒物だと。


 ――考えるな、恐怖を感じるな、何にも心をとめるな!


 モトヤはすでに自分の膝がダンスみたいに動いている事を知っている。なので自分に向かって何度も呪文を唱える様に“心の声”を言い聞かした。何度も何度も繰り返した。そうすることによって少しでも恐怖を和らげる必要があったのだ。この場面で恐怖に心が囚われたら、その時点で死ぬであろうことが分かるからだ。


 ――心をコントロールするんだ! 集中!


「おりゃああああああああ」


 モトヤから見て右斜め前方の一人がこちらめがけて斬りかかってきた。


 ――!!


 走馬灯のように昔の記憶が蘇る。


「なぁ淳二……俺、お前のように強くねーのに、何で俺を剣道の稽古相手にするんだよ」

「別に理由なんてないさ、モトヤが俺のダチだからだよ」

「俺、剣道部員じゃねーのに、全国行くお前の相手なんて出来るかよ」

「まぁ確かにそうだが……モトヤも剣道やればいいんじゃね? 結構才能あるぜ」

「はぁ?」

「もっとリラックスしろよ、お前自覚ねーかもしれねーけど……時々鬼みたいに強いぜ」


 ――リラックス……確かにその通りだ。


 モトヤは敵が目前に迫っているのに深呼吸を始める。

 そして1mくらいに迫った敵がモトヤめがけて剣を振り下ろした。


「死ねぇええええええ」


 次の瞬間モトヤは自分の剣を上手く相手の剣にぶつけ、相手の剣を払いのけた。相手は驚愕の表情を見せたあとに自分で足を滑らせて転んでしまった。そして、その男はそのまま剣を放り投げ四つん這いで逃げてゆく。


 ――サンキュー淳二、おかげで周りがよく見える……足の震えもおさまってきた。


 ジュンは二刀流で二人を相手に戦っている最中だ。

 この戦いに加わろうとモトヤが一歩踏み出すと、一部始終を見ていた左斜め前方の男が緊張した顔のままモトヤに突っ込んできて、剣を大きく縦に振った。モトヤは踏み込んだ足をひっこめ、更にこの攻撃を相手の左側に回り込むように()わした。それと同時に上段の構えをする。


 この時、左斜めから突っ込んできた男は突っ込んだ勢いもあり剣を縦に振った後に大きく前かがみにバランスを崩した。


 それは左にまわりこむように()わしたモトヤから見ると、男の背中と首が丸見えなのである。これはモトヤが剣を首に振れば必ず絶命する位置に自分と相手がいるということだ。


 一瞬、罪悪感にも似た感情がモトヤの体を支配し、剣を振ろうとする腕をためらわせる。だが、エルメスの首が視界の右端に映る、慈悲を持った者の末路の姿が。慈悲とは美しいものであり、称賛されるべきものだ。だが、この世界は違うのだ。美しい者は死に、穢れた汚物のような者こそが生き残ることができる世界なのだ。モトヤは選ばなければいけなかった。美しく死ぬか、穢れて生き残るか。


 答えは決まっていた。


 ――生きる! 俺こそが生き残る!!


 モトヤは己の感情を振り払い上段の構えから首めがけて剣を縦に振った。


 首に攻撃があたる瞬間、手に男の首の肉の感触が伝わる。そして、そのあとに骨の感触が伝わり、剣の刃は男の首と胴を切り離した。切り離し終わると、モトヤはまた素早く上段の構えをとった。男の首が転げ落ちゴロゴロと石畳を転がってゆく。


 ドクン、ドクン


 モトヤは自分の心臓の鼓動が聞こえるような感覚に陥る。


 モトヤが男の首を斬っていた瞬間は時間にすると僅か0.5秒程度のものだろう、だが体感時間は別だった。首の肉、首の骨、男が絶命する瞬間、その時間が何時間も続いたように感じた。


 モトヤの頭に“ある映像”がよぎった。


 ゴボッゴボゴボボボボ


 マイマイの中で酸素吸入器を外され自分の体すら動かせずに溺れ死ぬ男の映像が。

 どれほど苦しいだろう、どれほどつらいのだろう。


 ――ダメだ! 想像するな! 心が囚われれば死ぬぞ俺! しっかりしろ!


 モトヤは再び“心の声”を自分に言い聞かすことによって己の心に麻酔をかけようと努力する。

……だがその瞬間であった。


「モトヤ危ない! 後ろ!!」


 ――え?


 モトヤがちょっと考えていた隙にいつの間にか後ろに回り込んでいた別の男が斬りかかってきた。モトヤは上手く回避できず、右脇腹のあたりを横に斬られた。


 ――やられた!!


 モトヤはすぐさま上段の構えから剣を振り下ろすが、その男はすでに3mほど下がりモトヤが攻撃できる範囲にはいなかった。


 モトヤはすぐにHPの確認をした。

 HPとは視界の右上に表示されている自分の残りの命だ。ここがゼロになると死ぬ。

 HPメーターは残量が緑色のバーで視認できる形になっており、この緑のバーが全部無くなるとHPがゼロという事になる。


 モトヤは今の攻撃でHPの半分くらいを失ってしまった。


 命が誰かによって削られるというのは高校生のモトヤにとっては物凄い衝撃だった。病院に行ってレントゲンを見ながら病院の先生に「え~これは癌ですね……」と言われた時の衝撃に似たものがある。

 もちろんモトヤは癌でもなんでもないが、はじめての“命を奪われるかもしれない”という体験は、心の中に強大な恐怖心を植え付けるには十分すぎる衝撃だった。


 モトヤの心に黒い影が忍び寄る。その影はモトヤ頭に“ある音”を響き渡らせた。


 ゴボッゴボゴボボボボ


 その音はモトヤの恐怖が作りだした音だった。

 マイマイの中で酸素吸入器を外され口から大量の空気を吐きだし、身動きすることもできずに水が体に侵入してくるのを待つしかない未来がすぐそこまで迫っているという恐怖が作り出した音だった。


 ――考えるな! 自分に殺されるぞ!


 モトヤは必死に自分の心を立て直そうとする。しかし、なかなか上手くいかない。

 気持ちが追い込まれれば追い込まれるほど弱気になった。

 モトヤはとにかく少しの間でもいいから時間が欲しかった。心を立て直すための時間が。その為にジュンに逃亡を提案する。


「ジュン!!逃げよう!!」


「おう!!そうしようぜ!!」


 ジュンはモトヤの提案に簡単に応じた……というよりもジュンもそれしか手がないのだという判断なのだろう。多勢に無勢とでもいうのか、モトヤもジュンもこのままではホラフキン達に斬り殺される未来しか想像できなかった。

 そこでモトヤとジュンは方々を警戒しながらはじまりの町と草原を隔てている出口付近に近づく。

 そこを先ほどモトヤに斬りつけた男が立ちふさがった。


「どけよ!」


 モトヤは戦闘を避けるためにその男に力一杯の大声で怒鳴るが、男は無言だ。

 恐らく男は仲間が来るのを待っているのだろう。それまで防御に徹するつもりであろうことは構えを見れば分かる。腰がひけて手を精一杯伸ばし俺と距離をとろうとしているからだ。


 その瞬間、モトヤの脳裏をかすめたのは最悪のイメージだった。


 この男が防御に徹しモトヤ達の足止めをし、エルメス一派の殺害を終えた竜虎旅団のメンバーがこちらの戦闘に加わり、多人数で一斉に斬りかかり俺とジュンはあっけなく殺されるというイメージだ。そして俺達はキャッスルワールドからも、現実世界からも退場するというわけだ。マイマイの中で溺れる事によって。


 頭の中で再び“あの音”が聞こえてくる。


 ゴボッゴボゴボボボボ


 モトヤに分かるのはこの男を数秒以内に殺さなければ、殺されるのは自分達であるという事だけだった。


 ――俺を殺しに来る。


 圧倒的な被害者精神は加害の意識を急速に育む。

 モトヤの心を怒りに似た感情が支配しはじめた。


 ――お前たちはそうまでして俺を殺したいか!


 その感情は瞬く間にモトヤの中の恐怖を上回り、また相手への思いやりの気持ちを小さくさせた。

 モトヤの目から炎があふれた。その炎はまっすぐ向かい合うその男に向けられた。


 この戦闘においてモトヤの迷いが消えた瞬間だった。


 モトヤはまず中段の構えをとる。

 そしてスルスルと男に近寄ると、中段の構えから相手の手首あたりに素早く剣を振った。モトヤは経験上腰が引けて腕を伸ばしている相手の弱点が籠手であることを知っていた。


「コテッ!!」


 腕を精一杯伸ばしている男はモトヤの素早い籠手攻撃に反応できない。

 すると男の右手が手首あたりから、バスッ! と切れて地面に落ちた。

 中学時代に嫌というほど剣道稽古で淳二の相手をしたモトヤにとって「コテッ!」というのは防具の「籠手」を叩く事であった。


 だがどうだろう? 手首辺りから手が落ちる……これこそが本物の「コテッ!」なのだ。



「うわあああああああ」



 男は叫び声をあげた。その後、口を半開きにさせ地面に落ちた自分の右手を凝視し茫然としている。その姿勢はまるで無防備で“斬ってくれ”と言わんばかりのものだった。

 モトヤの目から見てもこの男にもはや戦意がないことは一目瞭然だった。


「どけ!!」


 こう怒鳴ることこそがモトヤにできる精一杯の善意であった。

 モトヤの声に驚いた男は先ほどのような妨害行動はせず、絶望の表情を見せたままその場を去って行く。


 ――相変わらず嫌な感触だ……。


 モトヤはキャッスルワールドのクオリティをこの瞬間ほど憎んだことはない。誰が肉や骨の感触まで再現しろと言ったのだろうか……このゲームが普通にプレイできるゲームだったとしてもハッキリ言ってかなり要らない機能だ。肉と骨を断つ瞬間を楽しむ人間など何処にいるのだ。


 フォンフォンフォンフォンフォン


 その瞬間モトヤの耳に風切り音が聞こえた。

 それは聞き覚えのある音だった。エルメスの首が落ちる前に聞いた音。


 モトヤは咄嗟に地面に伏せた。

 するとモトヤの頭の上のあたりをトマホーク(手投げ用の斧)が物凄いスピードで通過し、近くの街路樹の幹に突き刺さった。


 ガスッッ!


「畜生!!」


 ホークマンが遠くから叫んだ。

 モトヤは思わず声の聞こえた方向を睨みつけるとホークマンと目が合った。その目は殺意に満ち溢れていた。

 モトヤにドス黒い感情が湧いた。


 ――エルメスを()ったのはコイツだ。そして次は俺を狙いやがった。


 モトヤがもし猫であれば頭を低く構えおしりとしっぽを高く上げ唸り声をあげてただろう。だがそんなことをしなくても目は雄弁に語る。モトヤが言葉を発していなくとも、モトヤの黒い意思はホークマンに対し十分に伝わった。

 だが、ホークマンという男はむしろこの目を笑い、むしろ更にモトヤを挑発した。


「おいおい俺を()りに来るってーんならそれでもいいんだぜ!!むしろ手間が省けるってもんだ!」


 隣のジュンが“逃げるぞ、挑発にのるな”というジェスチャーをモトヤにした。


 ホークマンは再びモトヤに叫ぶ。


「やっぱり逃げるのか腰抜け! だがな俺達にはレーダーがあるのを忘れちゃいねーか?お前が今どこに逃げようがすぐに追いつけるんだぜ?」


 ――そうだった!


 モトヤはつい数分前に言われた言葉を綺麗さっぱり忘れていた。そしてそれと同時に重大な事実に気付いてしまった。


 ――このまま逃げてもダメなのか?


 そうダメなのだ。急いでクランを脱退しないかぎり、ホラフキンのクランレーダーにモトヤ達が映り続ける事になる、そんなままでの逃亡ほど愚かなことはないだろう。


 モトヤの心の中に新たに「焦り」という感情が芽生えた。


 ――急いでクラン脱退処理をしなければ


 その時である。始まりの町の出口付近から見ると始まりの町方向から3人の竜虎旅団メンバーがこちらに向かって走ってきた。エルメスの取り巻き連中を追いかけていた奴らの一部だ。その中にはホラフキンもいる。距離にして50mくらいだろうか?


「ジュン走るぞ!!」


「おう!!」


 モトヤとジュンは草原方面に逃げながら、クランの脱退処理を行おうと剣を持っていない左手でオプション項目の操作をしはじめた。

 しかし、ほとんどここの項目をいじくったことがないモトヤは何をどうすればクランの脱退手続きをすることができるのか、さっぱり分からない。

 そうしている間にもホラフキン達がどんどん距離を詰めてくる。


 ――ここじゃない、いやこっちか? クソ! 違う!


 モトヤはホラフキン達に追いかけられる事でオプション項目を冷静に見れず、検討違いの説明書の欄をぐるぐると操作した。

 まるで火事の時に「急いで電話しなければ」と思い119番に電話するつもりが、いつも頼むラーメンの出前の店の電話番号を押してしまうような心理だろう。


 つまり焦燥感は恐怖に並ぶ感情の毒なのだ。だがそれに対応する方法をモトヤは知らない。

 焦燥感というのは顔や態度にあらわれた。まず落ち着きがなくなり、動きが無意味に増え、その動作の一つ一つが無駄に早くなりミスを繰り返し、声をあらげる場面が多くなる。顔はほほのあたりから引きつったようになり、口元のあたりが人によって固有の反応を示す。


 モトヤはまさにその典型であった。オプション項目を上から下までくまなく見る動作を繰り返すが、何も頭に入ってこず、何も見つけられず「クソ」だの「おい」だの声を荒げる、手足の動きが無駄に多くなり、ほほが引きつり、唇のあたりを噛みだしたのだ。


 そんなモトヤの様子を見て、ホラフキンと残りの二人は走る速度のギアをあげた。

 ジュンが叫んだ。


「モトヤ!! 逃げながらじゃ無理だ!! もう戦うしかない!!」


 ――くそったれ神も仏もねーのかよ


 モトヤがしかめっ面をすると

 ジュンが怒鳴った!!


「死にたかねーだろ!! もう操作を止めろ! 戦うぞ!」


 ――くそったれ!!


 モトヤはこのジュンの言葉で戦う覚悟を固め、オプションの操作を止め、迎え撃つ為に剣道の中段の構えをする。モトヤの心にはまだ焦燥感が残ったままだ。


 竜虎旅団の3人がモトヤとジュンの目前まで迫っていた。

 ホラフキンが連れている二人に手で指示を出す“二人はそっちに行け”

 “了解した”とばかりに2名がジュンに向けて走り出した。


 思わず俺は声を出した。


「ジュン!!」


 すると自信たっぷりな声で杉原淳二が返事をした。


「まかせろ」


 ジュン(杉原淳二)は二刀を上手く使い、二人の突撃をいなす。


 それとほぼ同時にホラフキンがモトヤに飛びかかってきた。

 ホラフキンはモトヤの頭を陥没させるために剣を縦にふった。モトヤはそれを()すために、自分の剣をホラフキンの剣にぶつける。

 その瞬間物凄い衝撃がモトヤの体を駆け抜け剣が思い切りはじかれた。


 ――!! これはなんなんだ?


 その様子を見てホラフキンは満足そうに微笑んだ。


「やはり凄いな、レベルUPというものは」




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