足音
蒸し暑い。窓は閉め切り、電気さえ点けない部屋には一秒一秒を無慈悲に刻む時計と私の呼吸音だけが響いている。嫌な汗が身体中から噴き出している錯覚を覚える。やはりあんな事しなきゃよかったのに、と今更私は、胸の内で今日、何十回目になろう後悔をする。既に時計の針は十時過ぎを指しており、私はなんとかこの空気に触れる面積を減らそうと身体を縮こませる。
このまま眠ってしまい、朝が迎えられればどんなに楽なのに。と思いはしたが、目は変に醒めており身体は睡眠などという精神の開放はしてくれない。今日に限って親は外出して居らず、この時ほど親が居てくれればと、いつもは邪険に扱う親が恋しくなる。
カラフルなストラップが付いている携帯電話は握り締める力が入っているのか異様に白く変色した手で握られている。
ピリリリン
手中の携帯電話が鳴る。私は恐る恐る暗闇の中、光るディスプレイを覗き込むとそこには恐れていた名前が記されていた。私は携帯電話を落とさぬよう震える両手でしっかりと握り締めると耳元へと持って行く。
「し、しおり、来た、私にも来た……」
私は受話器の向こうで必死に荒い呼吸をしながら冷静さを保つ亜美の声をに耳を傾けるしか無い。またあの嫌な汗が全身に染み渡っていくのが分かる。
「あ、あ、来る。今廊下を歩く足音が聞こえる……どうしようもうどうしよう」
いつもは冷静な亜美の声が荒んで行く。私はまだ一言も発せていない。身体が硬直し発せられない。
受話器の向こうでがちゃりとドアの開く音がした。
「あ、や、やめて! やめて来ないでやだ、いや、こな…………」
耳元の携帯電話からは既に通話終了の電子音だけが流れているのを私はただ聞く。
「な、なんで……なんで」
私はようやく言葉を絞りだした。これで四人。数時間前からこの様な電話が掛かってくるのだ。始めは私もただの冗談だと思っていた。だけど、再び電話を掛けようと、掛からない。
オカルトなど信じていなかった亜美までがこんな助けを求める様な電話を掛けてきた。ただ、
その会話を聞く事しか出来ない私にとっては、次は自分、と言う恐怖心が煽られるだけ。
「ただの肝試しじゃなかったの!? 誰も信じない、ただどこにでもある都市伝説だと思っ
ていたのに! これで四人あと私を含めて二人……」
どことなく笑いが込み上げてくる。
「次は……わたし? 」
涙を流しながら私は口元には笑みを溢していた。もう逃げられない。もう逃げる術なんて無い。どこに逃げたって逃げ切れるモノじゃない。そうよ、現に加奈子は逃げ切れなかった。
ひ、ひ、ひひひひひひひ――
笑いが止まらない。鳴咽混じりの笑い声は蒸し暑いこの暗い部屋に響く。
ぴりりり
再び携帯電話が鳴り響く。残っている仲間の一人のアイコだ。私は先ほどとは違い、何故か自信が持てたように電話に出た。
「しおり! 大丈夫なの? 急にみんなの携帯に電話掛からなくなっちゃったから心配したんだよ! 」
アイコの心配そうな声が聞こえる。
「もう。だめ。私には聞こえるの」
私は込み上げるどうしようもない笑いを抑え、鳴咽のままアイコに話し掛ける。
「足音が。亜美も加奈子も早百合も美香もみんなあの足音で死んじゃった。死んだ、のよ。私
に電話の最中にみんなあの足音に殺された。殺された。殺された。殺された殺された。」
「しおり!? 落ち着いてしおり!! 違うのよ! 実はね、これは」
「もう遅いよ。もうすぐそこまで足音が近づいているの。ほら、聞こえるでしょ? ぴたり、ぴたり、って! アハ、アハハ」
私はまだ必死に何かを叫ぶアイコの声がする携帯電話をドアに投げつけ、再び座り込んだ。足音はもうすぐ側まで来ている。私には聞こえる。
「私も殺されるんだ。死ぬんだ。この足音に殺されるんだ。死ぬんだ」
私の頭に最悪の結末が浮かび上がる。私は殺されたくない。苦しんで死にたくない。そうだ。無防備に殺されるなら、いっそ。
私は立ち上がり、カーテンも閉めずにいたベランダに続く窓を開け、ベランダから外を見回した。
「あんなのに殺されたくない。私は殺されない。私はただ一人殺されないんだ。亜美、苦しかった? 加奈子、恐かった? 早百合、痛かった? 美香、辛かったでしょ? 」
足音がそこまで来た。「あれ」と私を区切るのは薄いドアだけ。ドアだけ。もうすぐそこにいる。いるんだいるんだいるんだいるんだいるんだいるんだ。
私は殺されない殺せない殺されない殺され殺される殺された殺される殺されて殺された殺される殺されたのよ殺されない殺されそう殺されたい殺したい殺す殺されに殺される殺され殺され殺され殺され殺され殺され殺され殺さ殺され殺され殺され殺され殺され殺され殺され殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺さ殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺。
「あ、ああ、あはははあはははああはあはは」
私は勢い良くベランダから飛び出し――――
夏休み前の突然開かれた全校集会で校長は額に汗を滲ませながら沈痛な面持で語っている。
「命は何物にも代えられない尊いものなのです。皆さんは絶対親から頂いた大切な命を粗末にしないでください。……では自殺という悲しい行為で命を落としてしまった吉野しおりさんに全員で静かに黙祷を――」
「しかし、こんなにも上手くいくなんて思わなかったよさすが加奈子じゃん! 」
「けどこんなゲームで自殺までしてくれるなんて思わなかった〜! マジ馬鹿だよねぇ、しおり」
「アハ、言えてる〜! けどいいじゃないの。みんなしおりには死んで欲しいって思ってたんでしょ? 」
「まぁ、そうなんだけど、自殺まではフツーしないよねぇ。……どうしたの、アイコ? まさかびびってるの? 」
「あのね、昨日私が最後にしおりに電話掛けたじゃない。その時しおり変な事言ってたのよ。足音が聞こえるって。私達のは全部冗談とかでしょ? けどしおりには聞こえたって言ってたのよ。足音が」
「……クスッ、まさか〜! まったくアイコは上手いんだから! 私達までびびらせるつもり? 」
誰も居なくなった教室で、アハハと白い花の添えられた机の囲み、笑う四人と一緒に笑みを浮かべたアイコは、ふと昨日の事を思い出す。確かに聞こえた、
ぺたん、ぺたん
という何物かの足音を。
はい、うらめしや。サイレンスです。この初挑戦のホラーどうですか?友達から聞いた話を元にしました。どこにでもある話なんで○○と似ているわ〜!!という苦情は無しで(笑)いや、正直辛かったです。
さて、これは、私が「足音」を執筆していた時のお話です。
そう、それはもう夜中の一時くらいだったでしょうか。その時も私は好きなアーティストの音楽を聞きながらパソコンで執筆をしていたのですが、最後の詰めに近づいた時、
ブチッ
といきなり音楽が途切れました。私は機械の故障かと思い仕方なく再びパソコンの画面に目を移したのですが、小説本文のある一部分が点滅しはじめたのです。私は焦りました。まさか、本物のお……ば……けぃや!!
私はなんとかその一部の点滅を消そうと試行錯誤した結果、その一文を削ることにしました。すると……今まで止まっていた音楽が急に鳴りだし、点滅は消えました。あれは一体何だったのでしょうか?
……実際、体験するとは思っていませんでした。
ひゃーー(泣)
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