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深海魚

作者: 政宗祐太

深海魚


 お酒に酔ったときと真夜中は、考え事をしてはいけない。昔から分かっていることだが、酔って帰ってきた今夜は、殊更それを実感させられた。何を考えても、ネガティブにネガティブに物事が進んでいくように感じてしまう。そんな夜からは何もいいことが生まれてこない。最悪、死すら選択肢の一つとなりうる。

 だめだだめだだめだ……こんなときばかり自己暗示が上手くなる。何かを無性に叫びたくなる。何かを無性に殴りたくなる。何かを無性に壊したくなる。

 それからそんな自分に嫌気がさす。

 自分のことを一番知らないのは、他ならぬ自分自身である。自分なのに自分が分からない自分なんて自分と言えるのか。言えないのだとしたら僕は何なんだろう。

 頭から何度も何度もお湯を被ってみても、答えは出ないし、もやもやは流れてくれない。

 夜が僕らの元へ運んでくるのは、暗闇だけではない。その暗闇に隠されて守られた何かが僕らをこんな気持ちにさせているに違いない。その正体はいくら目を凝らしても決して見えることはないだろう。暗闇は何かを幾重にも包み込んでしまっている。

 もしかすると、何か、とは紛れもなく自分自身なのかもしれない。暗闇を覗くとき、向こう側からこちらを見つめているのは自分自身なのかもしれない。

 だがものは考えようである、と素面の真昼には思うのだ。物事を究極に暗い立場から捉えることでしか見えない何かが、きっとあるはずであると。たまにはそんなネガティブな自分に酔うことも必要であると。

 そこで僕は酔った真夜中の感情を包み隠さず書き留めることにした。誰が読むのか分からない。読まれることがあるのかすら分からない。読まれることがあるとしても、誰も愉快な気持ちになるはずが無いことは分かっている。ではなぜ書くのか。僕の為に、あなたの為に、僕は書く。僕の気持ちを、どこの誰か分からないあなたが分かってくれると証明する為に。どこの誰か分からないあなたの気持ちを、僕も分かると証明する為に。ちょうど真夜中に光る、一つ一つの綺麗な星を、つないで星座にするように。夜でも空はつながっている──

 僕はすでに自身に嫌気を覚えた。つらつらと耳に柔らかい言葉を並べているが、所詮は僕を構成する一部分の自己満足にしか過ぎない、ということを僕のまた別のどこかが知っている。自分の中で自分が何十、何百にも分離して闘争(逃走?)している。酒に酔っていると言いながら自らに酔いしれている。そんなことは自分がよく分かっている。分かっている自分は立派だと少し得意気になる自分がいる。その得意気さに腹が立つ自分もいる。だが腹が立っているというのもただの偽善からかもしれないと疑う自分がいて、偽善なんて、なんともそれらしい言葉を使っていて片腹痛いと嘲笑う自分もいる。

 自分が一つだと誰が決めたのか。自我同一性を確立できるやつなんて本当にいるのか。何十何百という自分を戦わせて、生き残った一人が自分になるのか。それとも全ての自分を上手に混ぜて一人の自分を錬金するのか。

 こんなことを考える自分は深い、と考える自分がいる。そんなことを考えるのは時間の無駄だ、と考える自分がいる。近づけば近づくほど、自分は分裂する。増殖する。

 それでも僕の体は一つで、心は一つである。だけど僕は一つではない。真実と一緒。

 だから何。知らない。僕が教えてほしい。僕は神ではない。


 感情に対して素直に生きようとすると子どもの頃に戻ることができる。

 自分が自分に戻るのを感じる。それと同時に自分が自分でなくなるのも感じる。

 誰か、ではなく孤独を好きだったあの頃に戻りたい。戻りたくない。

 ひとりが嫌いな自分が嫌いだ。

 何かを手に入れると、失うことを考えてしまうから何も手に入れるべきではなかった。

 幸せな不満だろう。不幸な満足だろう。

 真夜中に酔っている。分かってる。分かってるフリをしている。

 あなたは暗いと笑うだろうか。でもあなただって同じことを考えているはずだ。


 ちょっとクサいことを言わせてほしい。ここまでも充分クサかったけど。


 大事な人をつくりたくなかった。僕のことを好きな人を好きになりたくなかった。

 怖いから。怖いから。

 ふざけているわけではない。惚気ているわけではない。そこらのラブソングの歌う生あたたかい不安とは違う。

 恐怖。死に対するそれに匹敵するほどの。失うことへの恐怖。嫌われることへの恐怖。

 それと同時に、悔しさもある。

 好きになるはずはないと思っていたのに、好きになってしまったのが悔しい。

 自分が自分に負けたようで悔しい。

 だからといって、どうすればいいというんだ。

 まあ分かっている。目の前の人を今、全力で大事にしてあげればいいんだろう。

 今が全てで、全てが今。先がどうなるのかなんて心配してもしょうがないから。

 そうやって、この想いに蓋をすれば良いんだ。クサい物には蓋を。

 女々しくてツライ。


 なぜ恐怖を覚えるのか。そのことについて考える。

 結論は意外と早く出る。自分に自信がないからだ。


 僕はなにもできない。

 電話をかけられない。

 人と上手に話せない。

 気が小さい。

 本心を伝えられない。

 すぐ他人の顔色をうかがう。

 力もない。猫背だ。

 すぐにモジモジする。

 言い訳だけが上手。

 人を楽しませることができない。

 逃げるのが得意だ。

 なにも決められない。

 無駄に考えをこねくり回して感傷に浸る。

 やるといってやらない。

 一日を無駄にする。

 すぐに他人を見下す。


 君を幸せにできない。

 君を不幸にできない。

 君を安心させられない。

 君を不安にさせられない。

 君を成長させられない。

 君の心を動かせない。

 

   そんな自分を変えられない。そもそも自分がいるのか分からない。


 そんなことないよ。なんてありきたりなセリフを求めてはいない。

 そう、君は最低だ。なんて奇をてらったセリフを求めてはいない。

 感情を書きとめる僕は、同情も激励も叱咤も何も求めてはいない。

 強いて言うなら、僕は、感情を書きとめることだけを求めている。

 幸せを見つめれば、しばらくしてから不幸せが見えてくる。でも不幸せを見つめれば、幸せが見えてくる。

 みんな繰り返しだ。みんな同じだ。頭では分かっていても、心が分かってくれない。


 もう朝が来た。

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