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ジュース屋さん、今日も何処かで開店中

ジュース屋さん、今日も何処かで開店中

「おすすめのコクサンストロベリージュースはいかがですかぁー?」

 私の耳に能天気な声が聞こえた。

 可愛らしい女の子の声がする。
 魔物ではない。

「………いかがですか」

 それに続いて小さく低い男の声が聞こえる。
 何か馬車のようなものがゴトゴトという音を立てて近づいてくる音がした。

 そんな馬鹿なと思う。
 ここはダンジョンの地下7階だ。

 結構な高難易度で、でも慣れているからと油断していたら魔物にやられた。
 高ランクの女戦士たるこの私が、慣れているダンジョンなら余裕だと思った。

 それが、突然出てきたいつもの魔物の変異種にやられた。
 最後の力で、安全地帯の広場まで辿りついた。
 動けなくなって飲まず食わずでかなり経つ。
 死ぬ間際に聞く幻聴なのだろうか。

「ねえねえ、この魔法の車。ジュース欲しい人の所に自動で行ってくれるんだよね?」
「そう。サクヤ様がそう言いました。神様に」
「マーブルくん、今のは不安になったから聞いたんだよ」
「そうですか」
「そうでーす」

 そんな、ダンジョンに似つかわしくない不思議な会話がダンジョンに響いている。

「マーブルくんともっと言葉のキャッチボールしたいなぁ。あ、それはそれとして、ねえ!」
「はい」
「そろそろダンジョン広場じゃない? そこにお客さん居るよね! また冒険者の方かなー」
「はい」

 能天気な会話が続く。
 私は力を振り絞って広場の床から体を起こした。

 「ジュース」と言っていた。
 果実を搾った贅沢な飲み物の事だろう。
 大好きだ。冒険の報酬が入った時に自分への褒美としてよく飲む。

 金は持っている。
 飲み物を分けて貰えるかもしれない。
 あわよくば食べ物も。

 私が広場の入り口の方を見ていると、

「なに………! そんな馬鹿な!」

 そんな叫びが口をついた。

 ………ダンジョンには異様過ぎる。
 ………そこには王都の祭りでしか見たことのないような飾り付けられた屋台馬車がいた。

 馬車の形状はしているが、馬は居ない。ひとりでにゴトゴト動いている。
 赤や青や黄色のふわふわとした浮いている玉で全体が飾り付けられている。
 様々な色のジュースが描かれた看板が目を引いた。
 キラキラと光る小さな玉が馬車を縁取っている。

 屋台のカウンターから身を乗り出して、女の子が手を振っていた。
 馬車は、さっき魔法の車と言っていた。全体に魔法が使われているのだろう。 
 こんな大掛かりな仕掛けの車を動かすとは驚きだが。

「お客さんだー! いらっしゃいませー。おすすめのコクサンストロベリージュースはいかがですかー? 甘酸っぱくてビタミンシーたっぷり。フレッシュさがたまらないです」
「いかがですか」

 貴族のメイドのような服を着た可愛い女の子、14~18歳位の女の子がこちらを発見して笑顔で手を振った。 
 黒髪黒目で肩までの真っ直ぐな髪。笑うと花が咲いたように明るい雰囲気のある子だ。

 その後ろには無表情な短い巻き角が生えたドラゴンの獣人が居る。
細面だが、多分男かな。銀と金の髪が混ざり合って、目も左右で金と銀と目の色が違う。
後、柑橘系なのか何かジュースを合間合間にひたすら吸っている。
持ってる杯がえらいデカイ。

 先ほどからおすすめされている『コクサンストロベリージュース』とは何か分らない。
 分らないが、幻覚でも幻聴でも良いから飲み物が欲しい。

「貰おうか」
「はーい。ご注文ありがとうございます! コクサンストロベリージュースは1杯500シルバーです!」

 女の子が屋台から出てきて、ダンジョンの床に座っている私から500シルバー硬貨を受け取った。
私の様子を見て痛ましそうに眉を寄せたが、すぐに笑顔になって屋台に入っていく。

 角度的によく見えないが、女の子が透明な大きな杯に赤い果物らしき植物を入れた。
 魔法で出したのか氷らしきものを入れた。
 とたんに、ギュウー!!と大きな音を立てて透明な杯の中身がすごい勢いで混ざり合う。
 混ざったものを紙でできている杯に入れた。

「はーい、どうぞー!」

 女の子がまた屋台から出てきた。渡してくる紙の杯を受け取って中をのぞく。
 夏に木になる赤いルッツの匂いがした。
 甘酸っぱい独特の香りだ。
 多少泡立ち、黒い小さい種らしきものが浮いている。
 何かの罠だとしても、その爽やかな匂いに我慢できなくなった。

 少し杯に舌を差し込んで味を確かめると、ルッツより濃く甘い味がする。
泡立っている泡が芳醇な空気で泡さえも味わい深い。
 そのまま一気にあおった。
 切ないほどに甘く酸っぱい味が喉を駆け抜ける。

 一瞬、この果物のたくさん生っている森に立っているような、そんな感覚がした。

 目をつぶってこの果物の余韻を十分に追いかけてから、目を見開いた。
 体の奥から力がみなぎってきていた。
 これは魔法の飲み物だったのだろうか。
 まだ体は少し痛むが、立ち上がれるようになっていた。

 そんな私がやる事はただ一つ。

「おいしかった。ありがとう、ごちそうさまだ。金は持っている。他にもジュースをくれないか」

 ありったけの感謝を込めて、女の子を見つめた。
 女の子は私を微笑んで見返す。

「もちろんです! 他にもメロンにブドウにバナナにいーっぱい! あ、マーブルくんのおすすめはー?」

 女の子は手を打ち合わせてから、カウンターの上においたつるつるした紙を指し示す。
 振り返って、マーブルくんとやらに聞くと、

「………みかん」
「だそうですー! どれでも1杯500シルバーです。良かった、今日も良いお客さんに会えて」

 一瞬、自分でも少しいやな考えが頭をよぎった。
 この見たこともないジュース屋のジュースを腹一杯に飲むだけの金はある。
 だが、この素晴らしいジュースを作る車と女の子を自分のものにしたら………。

 ふと、笑顔の女の子の後ろからマーブルくんとやらがこちらを睨んだ。
 マーブルくんは、先ほどの果物を混ぜた透明な杯を洗っている。
 だが、私から視線を外さない。
そして、ジュースをすすっている。

 ………無理だ。
 ドラゴンの獣人に勝てるわけもない。

 私は小さくため息をついた。
 今まで飲んだこともない美味しすぎるジュースを飲んでしまったから、ちょっと良からぬことを考えてしまっただけ。
 この不思議なジュース屋に助けてもらった。
 恩をあだで返さない。

「みかんとメロンを貰おうか」

 今はただ、ジュースを味わおう。
 私は500シルバー硬貨を2つカウンターに置いた。
 さあ、ジュースで腹がたぷたぷになるまで飲むか。
 私は自然と満面の笑顔になっていた。

+++++

 ジュース屋さんに憧れていた。

 私、木下咲耶(きのしたさくや)は物心のついた頃から虚弱体質だった。
 お母さんが私の栄養や運動に気をつけて、日本各地の医者を回った。
 にも関わらず原因不明の体質だった。
 一年に学校へ行けるのは本当に数えるほどで、やっとの思いで出ても病院か家のベッドへ逆戻りだ。
 旅行先でどうにかなってしまっては困るので、旅行は一度もしたことはない。

 ベッドの上で一日中、本やネットをして過ごした。
 自分で歩いてどこまでも行ける普通の人が羨ましかった。

 そんな私に、お母さんが屋台でジュースを買ってきてくれた。
 病院の近くの広場に毎日のようにその屋台は来ているそうだ。
 綺麗なお姉さんが、ミキサーで色々な果物をその場で混ぜて作りたてを売ってくれるそうだ。
 季節によって商品は色々変わる。
 国産の様々な品種のイチゴ、葡萄、林檎、白桃や黄桃、洋ナシ、スイートコーンのコーンポタージュ、その他いっぱいの果物がラインナップだ。

 ベッドの上から窓の外の景色を見て、一日一杯のジュースを飲む。
 ささいな事だったけれど、外に出れないストレスが少しそれで収まった。
 日本各地、世界各地の果物がジュースとして私に入っている。
 ジュースを飲むと、少しだけその場所に行けたような気がしていた。

 いつか、具合が良くなったら。
 ジュース屋さんを開きたい。
 皆に美味しい日本各地世界各地の果物を味わってもらいたい。
 それがいつの間にか私の夢になっていた。

 だから、本当に具合の良い時を見計らって食品衛生責任者の資格を取ったりもした。
 本当になんとか死にそうになりながらだけれど。
 全てはジュース屋さんの夢のために。

 ・・・・・・だけれど、原因不明の虚弱体質は直らなかった。
 16歳で私は死んでしまった。
 ある日、寝たらそのまま起きれなかったのだ。
 苦しかったという記憶はないから、そのまま眠るように死んでしまったのだろう。

+++++

「申し訳ない! 全て僕が悪い!」
「は、え? と、突然なんですか?」

 次に目を開けたときには、何故か神社の板の間風の所にいた。
 神社の奥にある、神主さんが白いやつを振る所みたいな所。

 そこで、神主さんみたいな袴を着た人が私に向かって土下座をしていた。
 本当に寝たところからいきなりだった。

 私はその人の前に、椅子に座っている。

「え、ここどこ?」

 周りをキョロキョロしながら思わず立ち上がった。
 立ち上がってハッとする。
 楽に立ち上がれているのだ。
 咳き込まないし、体が重りを付けた様にだるくもない。

 夢かと思ったけれど、体にはしっかり手ごたえがあって周りの空気を感じる。
 板の間の板の匂いもするし・・・・・・。
 手を伸ばして、目の前の男の人の後頭部をさわさわした。

「サラサラしてる!」

 お父さん以外で、男の人の髪の毛なんて初めて触った。
 すっごいサラサラ! すっごいサラサラ!

「ここは死後の世界だ。咲耶さん、君は死んでここに来た。僕がここに呼んだんだ」

 私の動作に男の人が弾かれたように顔を上げた。
 真剣な目に私は呆然とする。
 冗談だと、何故か笑う事はできなかった。
 男の人が言ったことは全て本当だ、と頭が強制的に納得していた。

「君が虚弱体質だったのは、君の担当だった僕が未熟だったせいだ。手違いを起こしたまま魂を固めて地球に送り出してしまった」

 私の虚弱体質がこの人のせい。
 私は固まったまま話を聞くしか出来なかった。
 あんなに苦しんだ体質がこの人のせい。
 どうリアクションをとっていいか分からない。

「お詫びに僕が消える事は神の端くれである以上できない。地球の転生枠は今からだと何百年後にしか取れない。それ以外でいいなら、出来る限りお詫びに望みを聞く」

 神様の力なんだろうか。めちゃくちゃな言葉が全て真実として体に染み渡る。

 ああ、私の人生この神様のせいで夢がかなえられなかったんだ。
 お母さんとお父さん、そしてジュース屋さん。

 体は丈夫になっているのに、力が抜けてうずくまった。
 涙が後から後から出てくる。
 何でもできそうなほど元気なのに、何もしたくなかった。

 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・

+++++

「というわけだったの! マーブルくん!」
「そうですか」
「そうでーす」

 マーブルくんに今までの事情を話し終わった。
 マーブルくんはいつものように簡潔な答えしか返さない。
 そしてジュースをすすっている。
 みかんのジュースが好きみたいだ。

 『いきさつを一応聞いておきたいです』と言ったのはマーブルくんなのにね。
 ジュース屋さんの車で移動中は暇だからと、前世と神様とのやりとりを頑張って話した。
 なのにこの有様だ。

「マーブルくんは助手なんだから、もっとコミュニケーションとりたーい」

 と、私が強く訴えると、マーブルくんはその金と銀のマーブルな美貌をしかめた。
 私の事を面倒くさいと思ったのだろうか。

「コミュニケーションとれています」
「ほんとー?」
「本当です。サクヤ様は前世で虚弱体質で死んだ。神様の手違いだった。だからお詫びにジュース屋さんをやらせて欲しいと言った」

 マーブルくんの長文に私はうんうんと頷く。

「この無尽蔵な魔力の宝庫のジュースワゴン車と助手の俺をつけてもらった。助手の俺は短い巻き角でドラゴン族からは嫌われている」
「私は好きだよ」

 マーブルくんは私の言葉にまた顔をくしゃっと歪めた。
 綺麗な顔にしわが付かないか心配だ。

「果物好きで戦闘能力のある俺は、サクヤ様の助手に適任として神様にここに連れてこられた。ジュース飲み放題と引き換えに」
「そうだね!」

 マーブルくんはよく分かっていた。コミュニケーションは取れていたみたいだ。
 私が嬉しくて自然に笑顔になって頷くと、マーブルくんはため息を吐いた。
 そして、みかんジュースをすする。

「サクヤ様が天然で世間知らずで精神年齢低めな理由が分かりました」
「世間は知ってるよ。病院でテレビ見てたし、ネットも見てたし。勉強もしてたし」

 私の反論に、ゆるい首振りが返ってくる。
 呆れた表情のマーブルくんも綺麗だ。
 男なのに綺麗なんてすごいなぁ、と思う。

「知識と経験がまるで釣り合っていません」
「私のせいじゃないけどごめんね」
「そうですね。神様が悪いです。そして、そんなサクヤ様の事嫌いではないです」

 口の端だけでマーブルくんが笑った。
 つまり嫌いではないという事は、どういう事だ?

「私の事好きって事?」

 嬉しくて満面笑顔になっているのが自分でも分かる。
 マーブルくんは軽いでこピンをくれた。

「ドラゴン族はそう簡単に心を渡しません」
「私はマーブルくん好きだよ。初めての友達だし、初めての仕事仲間だし。誰かと何かを協力してやるって幸せだね!」

 欲を言えば、この幸せな状況をお父さんとお母さんに報告できたら良かった。
 私が少し俯いたら、マーブルくんの少し温度低めな手が私の頭をサラサラ撫でた。

 マーブルくんは優しい。
 マーブルくんが例え私と同じように好きじゃなくても、私は大好き。
 それでいいの。
 ガンガン言葉にしていかなきゃ、病気じゃなくたって人間はいつ死ぬか分からないんだからね。

 私は気を取り直して、ハニーレモンジュースを作って飲んだ。
 レモンの酸っぱさが喋りすぎてカラカラの喉にしみこむ。
 大好きなレモンジュースだ。
 だけど、マーブルくんとお話した後だとなんかいつもと味が違う気がする。
 ・・・・・・・・・とっても甘酸っぱくて切ない味がした。

+++++

「はーい、少々お待ちくださいねー! こちらの方に曲がって並んでください!」

 色々ありつつも今日も今日とてジュース屋さんは開店中だ。
 自分でやりたいと言ったことだし、年中無休くらいの勢いでやりたい。
 健康な体なんだし。

 最近は、あちこちで飲んでくれた冒険者や町の人、行商人の人などが行列になって飲んでくれる。
 列が他の邪魔にならないように、町の防護壁の外でジュースは売っていた。
 この店は魔物を寄せ付けない不思議仕様なので、門の外でも安心だ。
 私のジュース屋台を2重3重に囲んで列になっている。
 大人しく並びながらも、ワイワイガヤガヤと喋って並ぶ時間を潰しているみたいだ。

 一時期、商人がジュースを買い占めようとしたので、お持ち帰りは一人一日5杯という制限をつけた。
 新鮮な内に飲んでも欲しいし、しょうがない。
 屋台の前で飲む分には無制限だ。
 ただし、たくさんの人に飲んで欲しいから、やっぱり注文は1人5杯ずつだけれど。
 それ以上はまた列の後ろに並びなおしてもらっている。

「高ランク冒険者もオススメのコクサンストロベリージュース早く飲みてぇー。有名な女戦士ジャンヌおすすめならさぞかし・・・・・・・・・」
「飲むと体が軽くなるし、疲労もほどほど回復するみたいだってな」

「私は肌がつるつるになるハニーレモンジュース。酸っぱいのが強いレモンが良いみたいね」
「新商品のストロベリーミルクも飲む。5杯一気に買うぜ」

「おい、聞いたか。噂では王族もここのジュース飲んでるみたいだ」
「まじか」
「まじまじ。時々、列割り込んでくる嫌な奴らいるだろ? マーブルさんに睨まれて並びなおしてるけど」

「メロンジュース5杯!」

 だいぶ、日本の果物名は浸透したみたいだ。
 異世界の人の口から日本の果物名が一杯出ると、なんか嬉しい。
 日本とつながってる気がする。
 自然に顔も笑顔になる。

「メロンジュース5個お待ちどうさまでーす」

 冒険者らしい剣を背負った男の人に、メロンジュースを渡してお金を受け取る。
 メロンジュースを5個手一杯に抱えて危なそうなので、ジュースをセットする紙トレーをサービスした。

 この人メロンジュース好きなんだなぁ。
 嬉しくて笑いかけると、冒険者の男の人は顔を赤くした。
 あれれ? 熱なのかな?

「ちょっと待ってください」
「あ、はい」
「こちらはサービスです。しょうがを入れた紅茶です。熱に効きますよ」

 メロンジュースの隙間にアイスしょうがティーを置いてあげた。

「ありがとう」

 男の人はどこかボーっとした顔で去っていた。
 大丈夫かな。
 アイスしょうがティーの効果はあると思うけど。

 ウチのジュースは、神様が無限に用意してくれている食材で作っている。
 神様が用意した食材だからなのか、日本で気休め程度しか出なかった食材の効果がよく出る。
 ブルーベリージュースとかは、すごく遠くが見えるようになるって冒険者が驚いていた。
 人によっては暗闇の中でもよく見えるようになるらしい。

 後は、果物によって攻撃力や守備力や素早さとかにプラス補正が出るのもあるらしい。

 冒険者の人がよく朝に飲んでいくわけだなぁ。
 私はもうせっせせっせとジュース絞らないと!

 私は腕まくりして、猛スピードで果物をミキサーに放り込み続けるのだった。

 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・


「サクヤ様。囲まれています」
「えっ?」

 カウンターから若い女の子の冒険者にメロンソーダを手渡した所で、マーブルくんに声をかけられた。
 キョロキョロすると、並んでる列の人たちがスッと屋台から離れていく。

 皿洗いをしていたマーブルくんが、いつの間にか私の横に立っていた。手にはまだ洗剤が付いている。

 屋台から離れていった人たちと入れ替わるようにして、真っ黒いフルフェイスの鎧を着た人たちが屋台を囲んだ。
 黒い鎧には、今ジュースを売っている国の紋章が描かれている。

 シーンとしている中、

「王族の私兵・・・・・・・・・」
「・・・・・・屋台独占・・・・・・」
「妃に・・・・・・・・・」

 と、離れていった人たちがひそひそ言っているのが聞こえる。
 時折冒険者の人たちが、屋台を守ろうとしてくれているのか、前に出ようとするが他の町人や冒険者に止められていた。

「ジュー・・・・・・スは飲まないですよね。そのフルフェイスじゃ」

 まさかと思ってジュースを勧めようとしたけれど、重そうな全身鎧を着たままじゃ多分飲まない。
 隙間から・・・・・・・・・飲まないか。
 私は首を傾げた。

 たっぷりとしーんとした後、一番前に出ているフルフェイスの鎧の人から声が聞こえた。
 多分、その人が喋っている。
 顔見えないから分からないけれど、

「女に告ぐ。王のお召しである」

 とシンプルに喋った。

 隣に居た鎧の人が白い紙みたいなのを広げると、読めないけど何か書いてあって赤い判子が押されていた。
 いや、私に見せられても読めないし。
 隣に立つマーブルくんを困って見上げると、

「サクヤ様。あれは城への召喚状です。王の直筆でジュース屋を開いているサクヤという女を城に招待する、と」

 やれやれとでもいうように短いため息を吐かれた。
 王様もジュースを飲みたいのだろうか。
 お城の使いっぽい人がジュースを買っていってるのに。

 私は更に首を傾げた。

 ウチはデリバリーはしていない。
 欲しい人のところへ車が勝手に行くことはあるけどね。

 冒険者の人もひそひそ言ってるし、行かないほうがいいのかな。
 でも、王様って偉いんだよね。
 一応、どうもその人の領土でお店開いてるし。
 行った方がいいのかな。
 行っても行かなくてもマーブルくんは着いてきてくれるのかな。

「どうしよう、マーブルくん。こういう時異世界ってどうするの?」

 首を傾げたまま、マーブルくんを下から見上げる。
 あ、異世界とは言ったけど、仮にこういう事が日本で起きてもどうするか分からないや。

 そんな私をマーブルくんは冷めた目で見た。
 少し頬が赤い。
 わぁ、美形がそういう顔すると、グサッとくる。

「そんな顔しても、ドラゴン族はそう簡単に心を渡しません。俺は落ちません。落とさせません」
「えっ、どういうこと? 私、マーブルくんとコミュニケーション取りたいなぁ。言葉のキャッチボール的な」

 私はもう心底色々分からなくて90度以上に体全体を傾げる。

 マーブルくんは、みかんジュースをどこからか取り出して一気飲みした。
 ぷはー、と無表情で言う。
 そして、真剣な顔で私を見た。

「好きなようにして下さい。俺はそれを全力で助けます。ドラゴン族の俺に勝てるものなんて数えるほどしかいない。城に行くのもよし。どこか別の場所へ行くのもよし」

 私はマーブルくんの言葉に戸惑った。
 好きにするという事はどういう事か。
 私はようやく異世界でジュース屋さんという好きな事をやっている。
 これ以上はもうマーブルくんに迷惑になるのでは、と思う。

 前世で病院に居たときもいつも考えていた。
 人の重荷になる事、いつも病院に来てくれるお母さん。
 私の病院代を稼ぐ為に働きづめのお父さん。
 周りの看護師の人もにこにこしているけど、本当は重荷じゃないかって。

 俯く私の頭に、マーブルくんの少し体温の低い手が乗っかった。
 ゆっくりと撫でてくれる。

「前言撤回です。こんなに俺の胸には溢れているのに、人間は言わないと伝わらない」

 穏やかな低いマーブルくんの声が切なく響く。

「どういうこと? ねぇ、私どうすればいい?」

 誰か教えて欲しいの。
 私はどうすればいいのか。
 前世も今もどうすればいいのか。

「サクヤ様の事、俺は好きってことです。世間知らずで天然な所が好きです。笑った可愛い顔が好きです。ジュース売りに一生懸命な所が好きです。男女としても仕事仲間としても友達としても」

 マーブルくんのシンプルな言葉に思わず顔を上げる。
 マーブルくんはにっこりと微笑んでいた。
 その笑顔を見ていると、私も体の奥から元気が湧いてくる。

 私もマーブルくんに習って、常備しているハニーレモンジュースを一気飲みした。
 酸っぱいレモン味が喉を駆け抜けた。

 よし、喉の調子は万端だ。

「私の事好きって事?」
「そう、好きって事」

 それが分かれば、私も何をしたいかどうしたいか分かる。

「私もマーブルくん大好き! マーブルくんとずっと屋台であちこちでジュース屋さんやりたいの。やってくれますか?」
「はい」

 私が手を差し出すと、マーブルくんがぎゅっとそれを握った。
 今の私のやりたい事、大好きなマーブルくんと大好きなジュースを売りたい。
 色々な人に飲んでもらいたい。
 私の住んでいた世界はこんなに美味しかったんだと、皆に知ってもらいたい。

「おめでとー!」
「まだくっついてなかったのー? おめでとう!」
「お幸せにね!」

 屋台の外から歓声が上がって振り返る。
 そこでは、鎧の人たちを押しのけて冒険者や町の人たちが私たちを笑顔で祝福してくれていた。
 私とマーブルくんは笑顔で皆に手を振る。

 マーブルくんや冒険者や町の人たちの笑顔は、お父さんやお母さんとそっくりな表情だった。
 さっきは少しお父さんとお母さんを疑ってしまった。
 だけれど、私をいつも笑顔で見守ってくれていた。
 きっと、私の事好きって事。私もお父さんとお母さんが好きって事。
 だから重荷なんかじゃない。
 とても簡単な事だった。

 +++++

 マーブルくんが告白してくれた後の話だ。

 私を強引にお城へ連れて行こうとした鎧の人たちは、マーブルくんにあっさりと城へ突き帰されていた。
 マーブルくんがドラゴン族で強いのもある。
 けれど、いつも飲んでいたみかんジュースは攻撃力を高めるものだったらしい。
 なんかまるで猫か犬かを持ち上げるみたいに、鎧の人たちをまとめて持っていた。

 そして、マーブルくんが王様とお話したらしい。
 こういう事はもうしないように、と平和的に話したら王様は分かったと言っていたらしい。
 良かった。さすがマーブルくんだ。

 私たちは今日もジュースを異世界の色々な所へ売りに行く。
 マーブルくんと二人、とっても幸せだ。
 お父さんとお母さんに、また地球に戻れた時報告できたらいいな。
 私は異世界で幸せになれたし、地球でもお父さんとお母さんの子で幸せだったって。

「おすすめのコクサンストロベリージュースはいかがですかぁー?」
「いかがですか」

おわり

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