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椎名耳かき店 一人目のお客様・耳垢の出ないお客様

作者:井上みなと

「おかしいなあ、カサカサと音はするんだけど」
 男は小指を耳につっこんで、グリッと回した。
 しかし、引き抜いた指には少しのカスがついてくるだけで、音の元であると思われる耳垢はくっついてこなかった。
「う~ん、入ってると思うんだけどな」
 そんな風に気になりながら、三日が過ぎた頃、男はある店を見つけた。

『椎名耳かき店』

 看板に書かれた文字と店の外装を交互に見ながら、男はしばし思案した。
「耳かき店……?」
 そんなものがあるんだろうか。
 でも、どこかで聞いたような気がする。
 男がそう思ったとき、耳の中でまたもや耳垢がカサッといった。
「…………」
 もしかしたら、ここ数日悩んでいた耳垢を取ってもらえるかもしれない。
 男はあまり期待を抱かず、その店の扉を開けた。

「いらっしゃいませ」
 店内には二十代半ばの女性がいた。
 おっとりとした柔らかい雰囲気の店員だ。
 奥を見ると、美容院にあるような椅子が二つ。
 耳かき店と書いてあったが、一見すると、床屋か美容院のようだった。
「本日はいかがいたしますか?」
 店員の女性は男にメニューを差し出した。
 そこには、耳かき、イヤースコープ、耳毛剃りといった見慣れぬ文字が並んでいた。
「ええと、耳かきで……」
 男は無難なところでシンプルな耳かきを選んだ。
「かしこまりました。それではこちらにどうぞ」
 店員は椅子に男を案内し、男が座ると、シートを少し斜めにした。
「寝転がるんじゃないんですか?」
 耳かきというと寝転がるイメージのあった男が聞くと、店員は柔らかな微笑でうなずいた。
「はい、寝転がってしまうと、取った耳垢が耳の中に落ちてしまう恐れがありますので」
 なるほどと納得し、男は店員に身を任せることにした。
 店員は温かいタオルを取り出し、男の耳に当てた。
 両耳と首が温められ、男は少しリラックスした。
 首はもちろん、男は耳も柔らかくなった気がした。
「それでは始めますね」
 店員は道具を台に並べ、男の耳にいくつか道具を当ててから、使う物を決めた。
 選ばれたのは煤竹の耳かきだった。
(うちにある耳かきより細いな)
 男がそんなことを思っている間に、耳かきが耳の外側である耳介の部分をかき始めた。
 くるっとカーブになっている部分や、少し深くなっている部分を丁寧にかいていく。
(うん……意外といいものだ)
 ススーッと軽く動いているが、割と汚れている部分があるらしく、カーブの部分をかいた後には、店員が黒い紙の上に耳かきをトントンとやって、軽く耳垢を落としていた。
 耳かき店というのはどんなものかと思っていた男だったが、耳介を丁寧にかかれていくうちに、男の緊張がまた一つ解けた。

「それでは中のほうをかいていきますね」
 店員がそう前置きして、耳穴に耳かきをそっと入れた。
 耳穴といっても、まだごく入り口だ。
 外から見られるくらいの場所だろう。
 だが、そのごく入り口に耳かきが差し掛かった途端、男の耳の中でバリバリッという音がした。
「おおっ!」
 男が思わず声を上げると、店員が落ち着いた声で返した。
「耳の入り口のすぐそばに耳垢があるんですよ」
 店員がその耳垢を、ちょんちょんと耳かきで触れた。
 その瞬間、男の背筋にぞくっとするような痺れが走った。
「そ、それです、取ってください!」
 懇願するように言ってしまったことに、男は恥ずかしくなった。

 しかし、店員は笑うことなく、丁寧に答えた。
「はい。少しずつ取っていきますね」
 店員の女性はそう請け負うと、再びゆっくりと耳かきを耳穴に差し入れた。
 耳かきのさじがちょんと耳垢に触れるだけで、男の背筋がまたゾクッとした。
 こそばゆく、早く取って欲しいという気持ちでいっぱいになった。
 店員は大物耳垢があるとおぼしき場所のそばをカリカリっと軽くかいた。
 カリカリ、カリカリ、パリッ……。
 パリッという音がしたとき耳のかゆさが最高潮に達し、男は思い切りガリッとやってほしいという衝動に駆られた。
 だが、店員はガリッと強くはかかず、大物耳垢の違う淵の部分をかき始めた。
 べったりとくっついているらしく、店員はしつこい汚れを落とすように、細かくカリカリかいていく。
 カリカリ、カリカリ、パリッ……。
 再びバリッと言う音がして、男は小さく身震いした。
 しかも、耳垢は少し剥がれただけらしく、ぷらぷらっとした部分が耳の壁に当たり、ますます、痒さが増した。
「少し強めにかきますよ~」
 店員の女性の言葉が耳に入るだけで痒みが増幅される気がした。
 しかし、強くかくと聞き、男の期待が高まった。
 耳垢がまだ張り付いている部分に耳かきが入ると、サクッという音がした。
 そして、そのまま店員がまずはシャリシャリと細かく、そして、だんだんと強くカリカリ、ガリガリとかいていった。
 カリ、カリカリ、ガリ、バリバリバリッ。
 バリバリと言う連続音がした途端、耳垢が剥がれる感覚がした。
 耳垢を剥がした耳かきはそのまま慎重に耳の壁を通っていき、すっと耳かきが耳穴から出た。
「取れました」
 店員が黒い紙の上に、取った耳垢をのせた。
 男が思わず体を返して見てみると、そこには小指の爪の半分くらいの耳垢があった。
「これだったのか」
 濃い茶色をした、かさぶたのようなそれを男はマジマジと見つけた。
 この耳垢が原因だったらしく、店に入る前に感じていた耳の中のカサカサという音はなくなっていた。

「もっと耳の奥に何かついてるんだと思ったんだけど……」
「意外と多いんですよ、そういうこと」
 店員は手振りで男にもう一度体を椅子に預けるように促し、話を続けた。
「耳がガサガサ言うから、耳の奥に耳垢がついてるに違いないって思って、耳の奥を探っても全然出てこなくて、実は別の場所についてるって事が」
「なるほど……」
 男は納得して、店員に身を任せることにした。
 大物を取ってもらった今、店員に耳を任せることに不安はなかった。
「それでは先ほどの場所の残りの耳垢を取っていきますね」
 残り? と男が不思議に思っていると、先ほど、大きな耳垢が取れた部分の近くを、店員が丁寧に柔らかく、しかし細かにシャリシャリとかいていった。
 まだ付いていた耳垢が少しずつ剥がされていき、耳の中に何度も快感が走った。
 男はその気持ちよさと安心感で、いつの間にか眠りに引き込まれていった……。

(終)

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