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鬼の遊び 前編
作者:佳生
かごめかごめ。
この歌を忘れてはいけないよ。
かごめかごめを、僕と一緒に歌ってみようか。

かごめかごめ
籠の中の鳥は いついつでやる
夜明けの晩に 鶴と亀が滑った
後ろの正面 誰?

ほら、いい歌だろう? なんたって君のための歌なんだから。
この歌はね、僕らを守るための、そして導くための歌なんだ。こんな風に遊び歌にしてしまったのは間違いだったと思うよ。
本当に遊び歌になってしまった。
でも、僕たちはその歌の本当の意味を忘れちゃいけない。
かごめかごめはね、鬼と神の戦いさ。信じられないかな? じゃぁ、昔話だと思って聞いていてよ。桃太郎とか、そんな話と同じように聞いてもいいよ。今は。
でも、忘れちゃいけない。君が二十歳になるとき、鬼還しの年になるとき、この話を思い出すといい。そうすれば君はきっと大丈夫だから。
忘れないで。僕のことは忘れてしまってかまわない。だから、“かごめかごめ”だけは忘れないで。




  +++++




十分に眠ったと思ったのに、疲れが一向に取れない。
八月の十三日。やっとの事で二十歳を迎えた青年、神吉継じん よしつぐは肩を回しながら、ぼんやりと窓から目を差す日光に目を細めていた。
一人暮らしを始めて、はや三年。昔は兄と暮らしていたのだが、今はいない。失踪したことになっているが、実際のところどうなのか吉継自身よく分かっていなかった。失踪する理由があるようで、ないような人間だった。ただ、柔和な笑みがよく似合う人間だったのは覚えている。そして、博識だった。
そう考えてから、ふと、どうして三年前に自分を置いて失踪してしまった兄を思い出しているのかと。
そして夢を思い出す。あれは兄の声だったのだと。映像は浮かばない、けれども声だけが延々と聞こえてくる夢。
「“かごめかごめ”ねぇ」
怠惰に思いながらも起き上がった吉継は、敷布団を適当に畳んで、押入れに押し込む。
フローリングだったマンションの床を畳にしたのは兄だったのだが、その兄がいなくなったからと言って、畳からフローリングにしようなどと考えたことはなかった。もとから和室であったここだけは押入れがあるのだが、ほかの場所はクローゼットだ。開けにくいったらない。
その開けにくいクローゼットからセットで引っ掛けてある洋服たち。その中から気分に合わせて引っ張り出したものに着替えて、ベランダの植物に水をやる。それから玄関の花瓶の水を替えて、神棚に塩と米と水を上げて、さっと家の中を掃除する。
あれもこれも、兄と共に住んでいた数十年で週間となってしまった行動だ。
ともあれ、その行動を終えてしまった後に吉継に残るのは、暇という一言だけ。
大学の三年になる彼だが、今は夏休み、それにお盆の初めの日だ。誰も彼もが実家に帰ってのんびりしているだろう。
適当にテレビをつけて見ても似たような番組ばかりだし、それに本来それほどテレビを活用していない彼には興味のない言葉の羅列だけだ。
「……かぁごめ、かごめ…」
暇を持て余して、夢を回想しながら畳に寝転がった吉継の口から出てきたのは、あの歌だった。
“かごめかごめ”
遊び歌としては、意味を深く考えてみると少々怖い感じのする歌だ。その歌の仮説はたくさんある。兄の話を素直に信じていた頃、さまざまな蔵書を読み漁って、それを兄に教えていた。
それに兄は苦笑して、自分の頭をなでるだけだ。
その後に、“かごめかごめ”の本当の意味はね…と、何度も何度も同じことを言う。
今でも確りと覚えているのは、何度も何度も聞かされてきたからでもあるし、兄の声音が印象的だったからだろう。残響の残る、甘いような透き通るような、女か男か分からないような、綺麗な声。いうなれば、春の朝日のような、柔らかで温かい声。


かごめかごめは、僕達の先祖のことを言っているんだよ。一つの歌に、それぞれ別々の解釈を添えて広めたんだ。
それに尾びれ背びれがついて、吉継が読んだ仮説になったんだろうね。でも本当の、僕と吉継の為の話とは違うんだ。
共通しているのは、歌の中に登場する動物が表しているものだけ。
籠の中の鳥は、人間。
鶴は、神とか神の眷属、その血筋の者、それに神々すら崇めたあまの剣。
亀は、鬼とか魔の眷属、その血筋の者、それに魔の者達すら恐れるふちの剣。
そして、僕たちは鶴なんだよ。でも僕たちは神様じゃない。人間だよ、わかるよね?
そう、僕らは神の血筋を引く者。そして、天の剣を手に立ち上がれる者。
僕も、君も、それを越えないといけないんだよ。二十歳。気をつけるんだよ。鬼還しの年、僕らは……


そこまで思い出したところで、不意に玄関のチャイムが鳴った。しかも、嫌がらせなほどに連打している。
少し苛っとしながらも玄関先に出て、チェーンをかけたままで扉を開けると、そこには大きなカバンとコンビニ袋をもった友人が笑顔で立っていた。
「……」
「あ! なんで閉める!? 入れてよ、こんな朝早くに来てやったんだから!」
「頼んでねぇ」
「だから、閉めるなって! 痛い、足! 足挟まってるから、痛い!」
その青年は押し売りのセールスマンの如く、わずかな隙間に足を滑り込ませて扉を開けようとする。しかしチェーンをしてるので、ある一定以上には開かない。どのみち、一度締めないと開けることはできないのだ。
「分かった。そんなに入りたいなら、チェーン外すから足はどけろ」
「……信じていいんだね?」
「信じれないなら、そんまんまで突っ立てることになるけど」
「……分かった」
渋々ながらも足をどけた青年と吉継は一度だけ目を合わせ、そして扉を閉める。そして次に聞こえてきた音といえば。
ガチャン。
「……」
チェーンを外した音だろうと思って、扉が開かれるのを待っていた青年は、三十秒近くしてからようやく気付いた。さっきの音は、もしかしなくても、鍵をかけた音。
「うわあぁぁ! 騙したな、吉継! 馬ぁ鹿馬ぁ鹿!! 嘘吐きいぃぃ、お前を信じた俺が馬鹿だったって言いたいんだろ! そうだよな、お前ってばいっつもそうやって……」
「分かった。分かったから、とりあえず叫ぶな、ドア叩くな、壊れる」
鍵を掛けられたと気づいた瞬間、両手をフルに使って殴打される扉の騒音と、身に覚えのない事まで叫ばれた吉継は、鍵を開けて、降参したように、けれども慌てることなく青年を部屋の中へと招く。
入ってくる際、扉にかばんを閊えさせて引っ繰り返る失態を難なくやってのける青年は、帆鳥伝ほとり つたえという。
黒い短髪の吉継とは違って、少し長い髪を赤色にして、左端の前髪にまぎれさせるような感じで、こげ茶色のエクステをぶら下げている。ほかの髪よりも明らかに長いので、それがエクステだということは直ぐにばれそうなものだが、意外と地毛だと思っている人間もいるようだった。
「で、こんな大荷物でどうしたんだよ」
とりあえず、今に座らせてお茶を出した吉継は切り出した。その表情には不機嫌さが見えて、本人も隠そうとはしていない様子だった。
しかし、伝はそんなことを気にした様子もなく、熱い熱い、と言いながらもお茶を飲んでいる。そうしながら、吉継の問いにどうこたえるべきか迷った伝えは、お茶を置いて、気まずそうに笑う。
「うぅ…なんて言ったらいいかなぁ。お前、二十歳だろ?」
「お前と同い年なんだから当たり前だろう」
「まぁ…で、さ」
と、そこでまたお茶を飲んで、熱い、と肩をはね上げてから、伝は涙目で続ける。
「“かごめかごめ”」
「!」
その一つの言葉に反応した吉継を見た伝は、安堵したように息をつく。
言われた方の吉継としてはたまったものではない。息をのんで、その驚きを顔に出してしまった。
「これ言って分かってくんなかったらどうしようかと思ったよ」
「お前…なんでそれ…」
「え?」
さも当然のように振舞う伝に、驚愕しながら問う吉継。
それに答える伝は、これも当然と言わんばかりの平然とした笑顔で肩をすくめた。
「だって、俺、“籠の中の鳥”代表だし」
「………はぁ?」
「だから“かごめかごめ”の、“籠の中の鳥”。吉継は“鶴”だろ?」
ふうふうとお茶を冷ましながら飲む伝は、上目遣いで吉継を観察している。吉継の方は表情を険しくし、視線を斜め下に落とす。
何を考えているのか想像もつかない。
そして、腕を組んで眉を寄せていた吉継が、ふと顔を上げて最初に言った言葉は……。
「“かごめかごめ”って……本当の話だったのか?」
「そこっ!?」
いきなり吉継の口から飛び出た言葉に、湯のみを倒さん勢いで突っ込みを入れた伝は、切り返した手で何とか湯呑を支える。いたって真面目な表情の吉継に、拍子抜けした表情しか返せなかった。
傍観するしかない籠の中の鳥としては、神たる鶴が、自身の伝説口伝を信じていないなどとは思いもしない。その真実を知っているのに。
「君の伝説じゃん。何で信じてないの」
「いや……信じてたんだけど…そんな、別に何も起こらないし」
時の流れとは恐ろしいものだ。物事を忘却するには、人の信用を失うには、これほどの短い期間、平穏を与えておけばいいのだろう。
驚愕を通り越して、失望したような表情になった伝はため息を吐いた。
「何も起こらないんじゃない。何も起こらないように細工した人がいるんだ。吉継が好きだから」
「は?」
「吉継、あのさ、君のお兄さんだよ……」
「……」
「三年前、俺ん家に来てさ。吉継を頼みますね、みたいなこと言ってたって……昨日親父に言われた」
かなり遠まわしな言葉だったがつまりは、失踪する前に吉継の兄に言われた言葉が気になって、伝の父親が、伝を吉継のもとによこしたということだろう。昔から帆鳥の家とは仲良くしていると思っていたら、そういう理由だったのか。
「……そうだったのか」
「そうだったんですよ。……って、あれ? もしかして吉継、帆鳥と神、白川の話とかは知らなかった?」
さっきまでの切なそうな表情とは一変、しまったというような表情になった伝は、気まずそうに口元を隠して、吉継の顔を凝視している。
見つめられても、決して面白いとは思わない。それより、勝手に落ち込んだり一人で気まずくなったりと、伝の変わり具合についていくのがやっとだ。
「…白川って……誰だ?」
「あれ、やっぱり知らない?」
「俺は……兄貴から、“かごめかごめ”の口伝しか聞いてない」
「マジっすか……」
「それに、兄貴が今どこで何してるかも、死んでるか、生きてるかも分かんないし」
「……あぁ、っと。ごめん。勝手にいろいろ」
「別にいい。それに、俺が二十歳で、兄貴は二十歳は鬼還しの年は気をつけろとか言ってたし」
冷めかけの生暖かいお茶を飲みながら、吉継は気にした様子もなく、相変わらずの様子ですまなさそうにしている伝を許す。話題を変えて、本題に入れるような道を作ったその気遣いに、伝は気がついたようで、曖昧に笑顔を浮かべて、また姿勢をただす。
「そうなんだよ。二十歳二十歳。俺はそこら辺はよく知らないんだけどさ、“かごめかごめ”が関わってるみたいなんだ」
「そりゃぁ、まぁ」
そうだろうな、と吉継は頷き、はたと動きを止める。
「でも、“かごめかごめ”の解釈はそれぞれに違うんだろう?」
登場するのは神と魔とそして人。それぞれがそれぞれに、自分らに一番近くするために当てはめ考えたその仮説。さらに分岐していった物語の意味。
その原点たる三つのうち、二つがここにある。
「そう。帆鳥は“籠の中の鳥”だから、鶴と亀の戦いはすげぇんだぜ、っていう話だったけど」
「……もっと、こう、詳しく」
「詳しく…?」
“かごめかごめ”とは、輪になって、中心に誰かがいて、歌い終わった後に、誰が後ろに立っているのか当てるゲームだったと記憶している。
しかし、伝は、違うという。
「確かにその通りなんだけどな。知ってる?あれって、後ろに誰も立ってなかったら鬼で、誰かが立ってたら神様になるってやつ。周り回ってんのは神様の集団で、真ん中にいるのは人間。神に見放された人間が鬼になるんだって」
「そうだったのか……?」
「帆鳥はそうやって教えてるよ。だから俺らにとっては手毬唄変わりだった訳だ。鬼になったら大変だもんな」
もし“かごめかごめ”を実行したことによって、本当に鬼になったりしたらば、一体その人間はどうなるのだろうか。と、考えた吉継の頭に、またあの声が蘇る。
「俺達の“かごめかごめ”とは違うな……」
兄が言っていた、“かごめかごめ”
「この歌は、鶴が亀をくだし、鳥の中に紛れたという意味らしいんだ。だから、魔を滅した神が、人の中に紛れたってことでいいんだろうな」
「うん、たぶんそれでいいんだよ」
気がつくと、もう日は真上に昇っており、不意に伝の腹が鳴った。しかも結構長い時間をかけて。
「……そういえば、俺、昨日の夜に家、追い出されてからなんも食ってないや」
「歩いてきたのか!?」
「三時間歩いたよ」
「馬鹿か、お前は……」
バスがなかったんだよ、と苦笑する伝だが、普通は歩いてこない。歩いてくるくらいなら、次の日の朝一番のバスに乗ってくればよかったのに。とも思ったが、伝と彼の父親の力関係を考えれば、致し方ないことなのかもしれない。
「……とりあえず、飯にするか」
うん、と嬉しそうにうなずく伝に、荷物の整理を促してから、吉継は冷蔵庫の中身を確認して何を作るべきかを考えた。こう言ってはなんだが、自分一人しか暮らしていない為に、冷蔵庫の中身はその容量に見合わないほどに少量だ。
「伝、なんか食えないもんとかあったけかぁ?」
「特にないよ〜……あ、納豆嫌い」
「納豆冷蔵庫に入ってないから問題ねぇよ」
そんな会話をしながら、無難に焼きそばを作ろうとした吉継の手が止まる。ソースがない。
「あ、俺、ちょっとソース買ってくる」
「待って! 俺も行くって!」
「いいよ」
「よくないですよ。二十歳の鶴は狙われやすいっていいますから」
「そういうこと」
玄関の傍らに置いてあった帽子を片手に玄関のドアノブに手をかけた吉継を慌てて追いかけた伝が、半笑いをうかべて、吉継と扉の間に立つ。それから、吉継を庇うような形で先に扉を開ける。
瞬間的に流れ込んできた熱気にひるんだ伝は、まとわりついてくる熱にさからって、真夏の室外に足を踏み出す。後に続いた吉継も同じような表情になって、痛いほどに照らしてくる日光を、手をかざしながら見つめる。
空にある太陽はアマテラス。空ゆく鶴は神の血筋。それらが崇める、天の剣。
まさか自分がその血を引き継いでいるだなんて、にわかには信じられない話だ。実際、普通に暮らしているのだから、信じろという方が無理な話だろう。
けれども、信じなくてはいけない。
その時が来てしまうから。




++++++++++++




今日は少し怖い話をしようか。
“かごめかごめ”の鶴と亀は、神様と鬼だって話はしたよね? ちゃんと覚えてたのは偉いよ。
それで、僕たちの“かごめかごめ”の最後に、
後ろの正面 紛れ鳥
ってあるだろう?
そう。それはね、鶴が鳥たちの中に同調していったということで、その血を引くのが僕達ってことなのさ。でも亀の方はそうじゃない。
彼らは人の中に紛れているんだ。確かにまぎれている。でもね、人間じゃないんだよ。
彼らは、僕達が最も心を許した人間に扮して目の前に現れる。一番、心を許せる人間になって現れる。分かるね?
だから、僕たちは誰のことも信用しちゃいけないんだ。本当に、全てをさらけ出すほどに信用してはいけないよ。それだけで、僕達は命を失うことになるんだから。
一番自分に近しい人間が敵だよ。最後の最期で油断しちゃ駄目だからね。




+++++++++++




その人影を見つけた瞬間、思わず買い物袋を落としてしまった。
吉継が落とした買い物袋を慌てて拾った伝は、いきなり走り出した吉継に度肝を抜かれた。。
後ろから伝の呼ぶ声が聞こえたが、吉継はそんな事にかまっている余裕はない。三年前まで共に暮らしていた、あの人物。少し身長が増していたが、あの後ろ姿は間違いないと思わせるオーラがある。
人間というには余りに存在感のある人物。
一瞬見失いかけた影だが、しかし、彼が通った後には必ず人の視線が向く。
すれ違った二人組の女性の視線が、すっと小道に向いているのを見て、吉継もその路地へと走る。一瞬、煙たいな、と思ったら、すぐそこの家で何やら焚き火をしていた。確か、迎え火とかいうやつだ。
しかし、こんな昼間からやっていいものだったろうか。
それに気を取られていた吉継は、次の角を曲がった瞬間、肩をはね上げて止まることとなった。まるで自分を待っていたかのように立ち止まっていたその人物は、柔和な笑みを浮かべて、自分を見下ろしていたのだから。
三年の月日なんて忘れてしまうくらいの衝撃。
「あ、兄貴……」
昔と全く変わらない彼の表情に、逆に吉継の笑顔は曖昧で固いものになる。暗くはないが、影が濃い裏路地は、不自然に静かだ。
妙に緊張してしまっている自分を、深呼吸で落ち着かせようとしたが中々上手くいかない。
「………あ、兄貴。兄貴だよな?」
「……」
無言のまま、笑顔だけを向ける彼に感じるのは、すでに喜びよりも恐怖だ。
ここはあまりにも静かすぎる。
と、吉継はあることに気がついた。後ろから追ってくるはずの伝が追ってこない。何でだ。
「なぁ、なんか言ってくれよ、兄貴」
「……」
「兄貴、鬼還しの歳ってなんだよ、俺、どうすればいいんだよ」
「………」
「亀は倒したんだろ? だったら、何で今更」
「後ろの正面」
「!?」
その言葉は、待ちに待っていた言葉だったはずだ。しかし。
「後ろの正面、だぁれ?」
そう言った瞬間、一瞬にして不気味に歪んだ兄の笑み。動こうとしても動くことが出来ない。どうしてだろうか。何があったんだろうか。
とりあえず何かを考えないと、正気を保っていられない気がして、吉継は考える。
後ろの、正面を。
「吉継!」
後ろから、息を切らした伝の声を聞いた。
吉継は思った。



俺の後ろには伝がいる。けれども兄の後ろには……誰もいない。




+++++++++




後ろに誰もいないと、鬼になるんだって。



気がつくと、自分の部屋の畳に寝かされていた。横にいたのは伝で、開口一番にこう言った。
「お腹すいたね、吉継」
「……そうだな」
携帯を開いて日付を見ると、八月の十四日。昨日が誕生日だったことを考えると、昼からずっと眠ったままだったらしい。畳で寝たせいか痛む体に顔をしかめながら、吉継はため息をつく。
「お腹すいたけど……昨日はどうしたのさ。いきなり走り出したりして、それに倒れちゃうし」
「あ……兄貴が」
「え!? 会ったの?」
「………?」
昨日倒れた原因で、伝に名を呼ばれるまで、そして伝が自分歩み寄り、気を失うまで目の前で笑っていた兄。間近にいたというのに、伝は気がつかなかったのだろうか。
「いただろ、俺の前に」
「何いってるのさ。いなかったよ、誰も」
「そんな……馬鹿な!」
「どうしたのさ、あんまり急に動くと体に悪いよ」
がばっと起きた吉継は、気遣う伝の予想どおり、ふらりと体制を崩し、何とか畳に手をつき自分を支える。一瞬、息をすることすら忘れた。
兄の姿は、伝に見えていなかったのだから。





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