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死にたいという心を生きている

僕が死んでいくのが分かる

作者:藤夜アキ
 また嘘を吐いた。
 細野さんの笑顔に、僕は笑顔を返した。
 細野さんは誰にでも優しい。
 その優しさを、冷たさの裏返しだなんて言った誰かの言葉に毒されて、僕はすっかり細野さんのことを嫌いになった。
 入社してすぐの頃は、好きだったはずなのに。週末の予定が埋まらなくてつまらないなんて独り言に、気が楽にもなったのに。
 今はもう、細野さんの顔を見るだけで、僕の中に黒いものが蠢いていく。
 細野さんが僕に向けてくれる何もかもが、社交辞令の域を出ないもので、むしろ僕が取るべきなのは同様の振る舞い。そんな風に考えるようになって、もうどれくらいが経つだろう。
 さっさと誰かのものになってしまえ、そう願ったのに、未だに細野さんの十指は自由極まりなく、いやらしい手つきでキーボードを叩いている。
 社内には細野さんに仕掛けた人もいくらかはいて、その度に玉砕したのも知っていた。その度にホッとする自分がどこかにいて、その度に嫌気が差す自分がここにいる。
 いっそ細野さんが唐突に解雇されてしまえば良いなんて、そうまで考えてしまうくらいなのに、そんな僕の心の叫びは聞こえるはずもなく、細野さんは僕に笑いかける。
 優しくて、綺麗で、恵まれているあなたが、僕の隣の席で、悪びれる素振りもなく、僕にも愛想を使う。酷い話だ。好きにさせた責任は、取ってくれないくせに。
 でも、本当に責められるべきは、誰にでも優しい人は、本当は心の中で誰にでも冷たいなんて、そんな話を僕に聞かせた人で、何より、それに感化されてしまったこの僕だ。
 人生は、そんなことの繰り返し。
 受け容れるべきじゃないものを受け容れ、認めるべきものを認めない。
 誰かのマイナスを、僕のプラスみたいに取り込んで、僕は死んでいく。
 また細野さんが笑いかけてくれる。
 僕はそれに、嘘で応える。
 僕が死んでいくのが分かる。
細野さんは至る所にいます。

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