渡会慶介の日課は、近所の川べりを散歩することだった。年も三十に近づき、胴回りはもとより全身の肉付きが気になることもある。しかし。散歩の目的はそういった事とは無関係で、ただ川を泳ぎまわる魚たちを眺めるのが目的だった。
川底には様々な地形があり、その場所によって魚の住み分けがある。深いところには鮒や鯉がその大きな体躯でゆったりと泳ぎ、浅いところにはオイカワや名前も知らないような小魚たちが、腹をきらきらさせながら身をくねらせて泳いでいた。川の辺からそれらを眺めていると、時間を忘れた。
何もかもが虚ろで、砂をかむような味気ない毎日に慶介はほとほと嫌気がさしていた。なぜ人の世界は功も自分にとって住みにくいのか。かつて夏目漱石はその著書の中で「人が作った人の世が住み難いからとて、越す国はあるまい。あるとすれば人でなしの国だ、人でなしの国は人の世よりも住み難かろう」と書いた。だが、漱石は人の世から出たことは無かったはずだから、ひょっとして人でなしの国は暮らしやすいかもしれない。どうにかして、人の世から出ることは出来ないものか。そんな突飛なことまで考えた。
そんなことを考えているから、慶介の心は常に陰鬱だった。しかし、日々の散歩で川を眺めそこで生きている魚たちを見るときだけ、僅かに満たされたような気分になる。打算、計略、そういったものを抜きにして、彼らは生きるために生きていた。そういう清々しさが、あるいは心を満たしてくれる要因なのかもしれない。慶介は川べりに来るたびにそんなことを考えていた。
慶介が最も好んで立ち止まるのは、比較的浅い所だった。川底まで良く見えるし、鮒や鯉と違って小魚たちは動きが活発で面白い。
最近その浅い所に一匹のギンブナが住み着いた。本来、もう少し深い澱みの中に身を潜めている魚なのだが、どうしたへそ曲がりかそのギンブナは突然そこに現れ、住み付いたのだった。ゆったりと泳ぐその体躯は、周囲の小魚に比べればあまりに大きく、力の差は歴然としているようであった。ギンブナが藻を食べに近づけば、先に啄ばんでいた小魚たちも場所を空けざるを得ないのだった。それはまるで川の支配者を気取っているようであり、慶介にとっては甚だ気に入らないところだった。平和だった浅場の秩序を乱されたようであり、不自然で醜いと感じた。
自らの手で本来いるべき場所に移そうかと考えたこともある。しかし、人間の手が介入されることは、より一層不自然で醜い行いのように思えたので、慶介はそのギンブナを憎々しげに見つめることしか出来ないのであった。
ある日のことだった。その日は朝から良い天気で、抜けるような青空が頭上に広がっていた。慶介はいつもの通り川べりを歩いていた。やはり曇っているときよりも、青空の下のほうが良い。魚の腹がきらきらと、一層綺麗に光るからだ。その反面、水面に光が反射するので、多少は見難くなるが、もともと観察を目的としたことではない。従って、そういう点はあまり慶介にとって問題ではなかった。目下の問題は招かれざる支配者、あのギンブナだ。そう考えながら辺から川面を眺めたときだ。ふと、視線の先に奇妙なものが映った。
それは白かった。そして、その周囲が波うっていた。何か泡のような塊で、弾けるたびに川面が揺れているのだろうか。丁度、慶介がいつも足を止める浅場の辺りのようだった。慶介はその正体を見極めるために近づいてみた。
白い泡の塊に見えたものは、魚の腹だった。白い腹を見せ、息絶えていたのはあのギンブナだった。そして、その周りで波を立てているのは、いつもは川底の藻を突いている小魚達だった。一匹や二匹ではない。文字通り無数の小魚達だ。小魚達はあまりに密集して黒い影のようだった。ギンブナの影か川底の藻のようでもあったが、良く見ればその一つ一つが小魚で、その身をくねらせてギンブナの死骸に取り付いている。
ギンブナの大きな体は、無惨な姿を川面に晒していた。白い腹は鰓に近い所で食い破られ、白くふやけた身肉の向こうには、黒々とした内臓が覗いている。そして、その傷口には小魚が何匹も潜り込み、その体を一心不乱にうねらせている。ここからでは見えないが、その口元はせっせとふやけた身や内臓を突いているのだろう。目玉、鰓の隙間、口の中などの柔らかいところはもちろん、鰭や背中などの硬いところにまで群がり、あらゆるところを喰らい尽くそうとしている。この鮒が、白い骨だけになるまで小魚達は入れ替わり立ち代り、その身をせせり続けるのだろう。
慶介は戯れに、足元の小石をその鮒めがけて投げつけた。放物線を描いて飛んだ小石は、鮒に当たりこそしなかったものの、そのすぐ側に落ちて大きな水音を立てた。その瞬間、蜘蛛の子を散らすように鮒から離れる小魚達。しかし、散り散りになって逃げるわけではなく、あくまでも一時的に遠巻きにするだけで、一定の距離を保って鮒の死骸を取り囲んでいる。そして、物の五分としないうちに小魚達は鮒の体を再び啄ばみ始めるのだった。それは何度やっても同じだった。なんと言う貪欲さだろうか。そこには生きるということに必死な者たちがいた。貪欲な食欲、それは純粋な生への執着心とも言える。今の人間たちから失われつつあるものを、今慶介は目の前に見た、と感じた。慶介はその小魚達の姿に、いつしか釘付けになっていた。
鮒を一心不乱に啄ばみ続ける小魚達を見ながら、慶介の頭の中には一つの考えが生まれていた。
ひょっとして、あの小魚達が鮒を殺したのではないだろうか。彼らの領域に侵入した招かれざる者を駆逐し、領域を再び取り戻すために、彼らは行動を起こしたのではないだろうか。さながらリンチのようによってたかって突き殺してしまったのではないだろうか。そして自らがこの領域の支配者であることを、死骸を食い荒らすことで誇示しているのではないだろうか。あの激しいからだのくねりは、不当なる支配者の駆逐に成功した彼らの、その歓喜に打ち震える姿なのではないだろうか。生きるということの力強さと残酷さ、それが眼前で繰り広げられている行為の示すところではないか。人の手を下すまでも無く、彼らの世界は彼らが守るものなのだ。仮に自分が鮒を浅瀬から連れ出すべく川の中に入ったなら、その足元から瞬時に座かな立ちに啄ばまれ、もがき苦しむ中で白骨となるまで苦しむことになっただろう。慶介はその自分の姿を思い描き、背筋が凍りつくような思いに駆られた。
そんな、あまりに壮大なる妄想は、慶介の魂をも歓喜に震え上がらせた。目を逸らしてはいけない、あの鮒が白骨と化すまで、あの残酷で神聖なる行いから目を逸らしてはいけない。慶介は、降り注ぐ陽光を浴び、汗を滴らせながら川面で起こる惨劇をじっと見つめ続けた。満たされぬ心は、いまや溢れんばかりに満たされていた。
そして、その魂はやがて慶介の体を抜け出し、川面のすぐ側にまで近づいていた。まるで小魚達の一匹になったような感覚。それほどまでにはっきりと、鱗の一枚からふやけた身の断面まで、何もかもがはっきりと見えていた。食い尽くせ、我らの領域を守れ、生を脅かすものには死で償わせよ。膨大な歓喜の奔流に、慶介の心が飲み込まれようとしていた。
「ああ、無惨なものですな」
無作法な闖入者の声で、世界は唐突に戻った。歓喜の奔流から引きずり出された魂が体に戻るのを感じた。その途端に日の暑さ、流れる汗の不快さを感じる。隣を見ると、たまに散歩の途中で見かける男が立っていた。
「ありゃあ、鯉ですか?」
「いえ、鮒でしょう」
男の問いかけに、慶介はぶっきらぼうに答えた。何もかもが終わりを告げていた。体中の力を奪われるような脱力感。
「ははあ、鮒ですか」
そう言って男は暫く死骸を見つめた。慶介は何も答えなかった。男は再び口を開いた。
「鯉の洗いは美味いけれども、鮒はどうなんでしょうな」
「さあ?」
食べたことが無いから分からない。そもそも、あの鮒の姿からどうして洗いを思い浮かべたのだろうか。慶介にはこの無作法な散歩者の考えがまるで分からなかった。
「まあ、洗いは鯉のほうがいいのかもしれませんな」
「そうかも、しれませんね」
それから男は会釈をしてから、慶介に背を向けて歩き出した。慶介は改めて水面に目を向けてみたけれど、そこにはもう歓喜の震えも生の力強さもなく、ただ無心に鮒を啄ばむ小魚がいるだけだった。慶介は一つため息をついて、それから男とは反対の方向に歩き出した。
そういえば、近頃洗いを食べていないな。そう考えてしまい、慶介は自分が所詮人間であることを改めて思い知らされた。打算や計略の渦巻く中で生きていくしかない人間であるならば、人間らしく精一杯生きていくことしか出来ないのだろう。いずれ、人として歓喜に魂が震わされる日が、来るかも知れないし、来ないかもしれない。
射し当たって、今度の休みには滋賀に鯉の洗いでも食べに行こう。そう考えながら、慶介は川べりを後にした。
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