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19日目『巧妙の罠』

ジ―――――――


 斜め上からこちらを見つめて放さない真っ黒なレンズを負けじと見つめ返す。

――防犯カメラ・・・

 これぐらいの豪邸であれば備え付けてあるのは至極当然のことだ。しかし、監視されるというのはいい気がしないのも至極当然。現代の日本では、至る所に監視カメラが設置してあるが、これではプライバシーも自由もあったもんじゃない。まぁ、カメラはガミガミ文句を言ってこないし、ましてや命令などしてこないので、誰かさんより数倍マシなのだが・・・。

≪どちら様でしょうか≫

 ふいに、近くから女性らしき抑揚の感じられない声が聞こえてきた。俺は真っ黒なレンズとの睨めっこを止め、そちらに顔を向ける。

 塀に設置されたインターホンを通して聞こえてきた声のようだ。

 俺はそれに近づき、「片瀬緋那さんの友達の霧宮ですが」とインターホンに向かって応える。

≪少々お待ちください≫

 やはり抑揚のない声が返ってきた。

 俺は額から伝う汗を肩で拭った。容赦なく照りつける太陽が鬱陶しい。

 今日は休日。普段の俺なら今頃ベッドの中で惰眠を貪っているのだが、今日は片瀬に呼び出されてしまったので、こうして再び片瀬邸へと赴いているのである。

 くいくいと、Tシャツの袖が引っ張られる。

「ねぇ、まさかドッキリじゃないわよね?」

 瑞穂が目の前の浮世離れした光景に唖然としつつも、驚愕と不安の入り混じった声音でおずおずと尋ねてくる。

「ドッキリでも夢でもないぞ?」

 俺が含み笑いをしながらそう答えた瞬間、鉄柵でできた門がゆっくりと開き始めた。ギイィと軋む門は陽光に照らされ黒光りしている。いかにも頑丈そうだ。

「ほら、行くぞ」

「う、うん・・・」

 俺はどことなく緊張した面持ちの瑞穂を促し、遥か遠くに見える洋館に向かって歩みを進めた。






 玄関では私服姿の片瀬と、執事服を身に纏った初老の男性が出迎えてくれていた。

「こんにちは。綾崎先輩に霧宮くん」

「や、片瀬さん」

 片手を上げて挨拶すると、片瀬はにっこりと微笑んだ。

――へぇ、やっぱりお嬢様なんだな。

 膝まである白のシフォンワンピースの上に、淡いピンクのカーディガンを羽織っている。そんな片瀬の私服姿はどことなく気品が感じられる。この豪邸とも呼べる洋館を前にしても違和感がない。

 それに比べてTシャツにジーパンと完全に場違いな格好の自分・・・。もう少し余所行きの服装にすればよかった。

「緋那ちゃん久しぶり。元気してた?」

「はい、最近はすごく元気です。あ、紹介しますね。こちらは執事の狩谷さん」

 紹介された男性が深々と頭を下げる。

狩谷かりやと申します。本日はわざわざご足労いただきありがとうございます。お暑いでしょうから、どうぞ中へ」

 狩谷という絵に描いたような執事は、俺たちをやしきの中へと促した。

――こいつが、ねぇ・・・。

 白髪に白髭、顔に刻み込まれたしわは柔和な表情を形作っている。背筋は常に正してあり、端正な身のこなしであるのだが・・・・・・

――どう見てもジイさんだ。

 片瀬の言っていたことが本当なら、この老人はいったい何者なのだろう。

 俺はオールバックにして整えられた白髪を凝視しながら、邸へと足を踏み入れた。



「うわぁ、すごい・・・」

 瑞穂が感嘆したように辺りを見渡す。

 俺たちの正面にはヨーロッパの宮殿を彷彿させる大理石でできた階段。壁には著名な画家のものと思われる絵画や、いかにも高級感が漂う壷、磨き抜かれた銀色の甲冑かっちゅうなどが洋館に溶け込むように存在している。俺たちの足元は思わず寝そべりたくなるような絨毯で覆われていた。

「確かにこれはすごい・・・」

 外観も威風堂々たる風貌をしているが、内装もやはり引けをとらないほどに情趣がある。

「ふふっ、二人とも口が開いたままですよ」

 片瀬が口元に手を当てて微笑んだ。そんな些細な仕草もお嬢様っぽい。一度意識してしまうと、なんでも気品に溢れて見えるのだから不思議だ。

 思わず瑞穂と顔を見合わせた。たぶん瑞穂も同じことを思っているだろう。



 すごい娘と知り合ってしまったと。






コンコン――

 扉がノックされる。

「どうぞ」

「失礼します」

 片瀬が応えると執事の狩谷さんがティーセットを持って部屋に入ってきた。

 俺たちは1階の応接室に通されたのだが、どうも落ち着かない。瑞穂も隣で所在無げにそわそわしている。

 片瀬は俺たちと机を挟んで対面にあるソファに腰掛けている。しかし、片瀬も片瀬で先ほどとは違い、どこか浮かない顔をしているのが見て取れる。

 紅茶が狩谷さんを含めた4人全員に行渡ると、片瀬が口火を切った。

「あの、霧宮くんにはこの前話したんですけど・・・」

 片瀬が少し言いよどむ。

「・・・・・・私を襲ったのは、連続通り魔事件の犯人ではないんです・・・」

「・・・え?・・・ええっと、話が見えないんだけど」

 瑞穂が当惑した表情を浮かべる。当然だ。俺だって最初は耳を疑った。

 俺は腕を組んでそのまま静観する。

「私を襲ったのは、その、狩谷さんだったんです・・・」

 片瀬はそう言って自分の斜め後ろに屹立する狩谷さんを見上げる。

 執事はご主人様からのSOSと受け取ったのか、片瀬に代わって話し始めた。

「ここからは私からご説明いたします。先日、緋那お嬢様を襲ったのは私目にてございます。しかし、本当に襲おうと思っていたわけでは断じてございません」

「じゃあどうして緋那ちゃんにわざわざ怖い思いをさせたんですか」

 瑞穂が堪え切れずというふうに口走る。狩谷さんは瑞穂を落ち着かせるように目じりを下げて微笑んだ。

「私は日ごろから、緋那お嬢様お一人で登下校なさるのが心苦しゅうございました。緋那お嬢様は生まれつきお身体が弱く、入退院を繰り返しておいででしたので」

 片瀬が自分の太ももの上に置かれた手をぎゅっと握る。

「だからってそんなの――」

「瑞穂、最後まで話を聞こう」

 立ち上がりそうになった瑞穂をソファへ落ち着ける。

――今まで片瀬の存在に気付かなかったのは、深窓の令嬢って理由だけじゃなかったんだな。

 屋上で片瀬に説明してもらったときは、身体が弱いなんて一言もしゃべらなかった。たぶん片瀬のことだ、気を使わせると思ったのだろう。

 狩谷さんは続けた。

「緋那お嬢様は中学まで一年の大半を病院とこのお屋敷とで過ごす生活をお送りでした。しかし、去年の冬にお医者様からの許可も下りて、今春から普通の高校生として学校に通えることになったのです。高校はかねてからの決定で、御当主様の経営なさる東雲高校に入学なされました。そちらのほうが万一に備えて素早く対処できると、御当主様はお考えになられまして。また、あの高校は緋那お嬢様のために開校されたものですから」

 ほぅ、うちの校長は片瀬のじいさんだったのか。どうりで片瀬が屋上の鍵を持っているわけだ。

 それにしても狩谷さんの話には逐一驚かされる。常識的に考えてまずありえないようなことばかりだ。少女一人のために高校一つ建てるなんて馬鹿げたこと、並大抵の金持ちじゃできないだろうに。瑞穂もこれには驚いたのか、目を見開いている。

「当然、登下校の送迎をさせていただくはずだったのですが、緋那お嬢様は頑なにこれを断りまして」

「だって私、普通の女子高生のように過ごしたかったんだもの・・・」

 片瀬がぽつりと呟く。

「はい。緋那お嬢様のお気持ちは痛いほどよくわかります。しかし、緋那お嬢様を襲っていたのがもし本物の通り魔だったなら、殺されていたのかもしれませんよ。もしそうなりましたら、旦那様や奥様、たくさんの人が悲しまれます」

 狩谷さんは片瀬に微笑む。

「私は、そのことを緋那お嬢様に身をもって知ってほしかったのでございます」

 自分の主人としてではなく、自分の孫の身の上を心から案じるような、そんな慈しみが込められた瞳がそこにあった。

 片瀬は狩谷さんの瞳を何秒か見つめた後、ふいと顔を逸らした。

「爺はずるい・・・。そんなふうに言われたら私、私のわがまま通せなくなる・・・・・・」

「ほほほ、爺はずるいのでございますよ、緋那お嬢様」

 ご主人様を襲うなんてどんな気違いジジイかと思っていたが、どうやらそうでもないらしいな。ちゃんと片瀬のこと大切に思ってるのが伝わってくる。

 まぁ、だからと言ってトラウマ級の迫真の演技をする爺さんの行動全てがせるわけではないが・・・。通り魔事件に便乗するなんて、なかなかにズル賢いことしやがる。

 俺が一人で狩谷さんの忠誠ぶりと策士ぶりに感心していると、その策士によって、事態は思わぬ方向に転がりだした。

「しかし、爺とて緋那お嬢様には普通の高校生としてお過ごしいただきたい」

 狩谷さんが一拍置き、俺を見る。

「そこで一つ、私目から霧宮様にお願いがございます」

 嫌な予感がする。

 片瀬は頭の上にクエスチョンマークを浮かべながらも、少し期待の篭った眼差しで狩谷さんを見つめた。瑞穂は明らかに怪訝な眼差しを狩谷さんに向けて、彼が何を言い出すのかじっと持っている。

「な、なんですか・・・?」

 俺は恐る恐る尋ねる。さっきまで仏のように見えた彼の微笑が、今は怖い。

 狩谷さんの唇がゆっくりと動いた。



「霧宮様、緋那お嬢様とご一緒に登下校なさっていただけませんか?」



――ほうら、俺の感は当たるんだ。
本格的に勉強がマズくなってきましたorz
最近、瑞穂活躍しませんね。
狩谷さんは何と無く好きですw


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