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夏の夕立

作者: ぱらさ

ご興味をお持ち頂きありがとうございます。

あなたのSFコンテスト参加作品です。

ここでのSFは、サイエンス・フィクションではありません。詳しくはあとがきにてご説明させてください^^

 アスファルトを踏む靴裏のゴムが溶けているのか、アスファルトが溶けているのか、歩くたびに粘り気を感じる。いや、実際にはどちらも溶けている訳ではなく、重くなった空気の中で泳ぐように歩く私の体のせいかもしれない。やはり空気は重い。息も苦しい。でもそんな重い空気の中に、雨の匂いが強く混じっている。空を見上げると、ビルの合間から見える西の小さな空が黒い。間もなく夕立が来る。夕立に遭いたくは無いので、オフィスまでの道をもがくように急いでいた。何気なく通り過ぎた銀行の前で、妻との昨日の会話を思い出していた。

 そもそもの発端は、妻のメールからだった。そのメールには、こう書かれていた。

 「先月と今月の15日に1万円引き落とされているけど、何に使ったの?」

 銀行のカードも通帳も取り上げられて5年近くになる。カードも通帳も無しにどうやってお金を使うというのか?何らかの方法はありそうだけど、その方法を思いつくことすら出来ない私に、思い当たる節がある訳もない。なので、正直にそう答えた。

 「あなた以外に誰が使うというの?」

 どうやら、妻は私を疑っている。今までの経験から言うと、こうなるとお手上げだ。妻の頭の中では、夫というフォルダーには、「犯人」というタグが貼り付けられている。まともに話し合いも出来る状態では無い。つまり、妻は犯人と話し合いする意思は無いのだから。さらに言うと、これは私が無実だと判明した後も、犯人タグが剥がされることは無く、一生、犯人というタグが付いて回ることも意味している。

 そこで、私は、冤罪を訴え出る作戦は放棄し、1万円の使途を思い出す素振りで妻に返信をした。

 「1万円のところ、項目名はなんて書いてある?」

 すると、そこには「ご返済J」とあると返信が来た。ネットで検索してみると、「ご返済J」というのは、某銀行のカードローンの返済を意味している。となると、誰かがカードを悪用したか、銀行側のミスか、それとも何かの引き落としが足りなくてリボ払いになってしまったか。もちろん、最後の理由がダントツに怪しい。

 「とにかく、銀行に電話して、なんなのかさっさと確認して!」というメールでやり取りは終わった。

 とりあえず、銀行に電話したものの、時間外で繋がらない。営業時間内に再度ご連絡くださいと、一方的に告げられたから、この日の任務も終了した。



 翌朝、妻に繋がらなかった話を報告した。すると、じゃ、今日、必ず確認して、毎月1万円なんて馬鹿にならない金額なんだから!とすこぶる機嫌が悪い。昨日、確認出来なかったのは俺のせいじゃない!って頭の中でのみ反論を試みる。

 「今日、確認しとくよ。通帳貸して?」

 妻から15日に1万円ご返済Jってだけ言葉で聞いているが、現物を見ていないことに気が付き、妻にそう告げた。他の行に何かヒントがある可能性もあるし、通帳も無い本人だと名乗る人間に電話で色々教えてくれるのかという不安もあったからだ。しかし、妻からは、通帳は今出せない。通帳が無くても、確認くらいできるでしょ?必要な情報はすべて出してるんだから!と、火にニトログリセリンを注いでしまったようだ。

 銀行の営業中に電話で確認しなくては!そう思いながらも、朝から外回りをしていた。お客様とのやり取りや、この暑さに銀行への確認を忘れるところだったが、先ほど銀行の前を通り過ぎたことで思い出した。遠く響き始めた雷鳴から逃げるように、オフィスまでの最後の距離を一気に走った。

 オフィスでは涼む間もなく、銀行へ確認の電話を行った。

 「お手元に通帳はございますか?」

 「いいえ。家に置いてあります」

 「1万円の返済にお気づきになられたのは、いつですか?」

 「多分、昨日だと思います」

 「たぶん?」

 「あの、妻が記帳したので」

 「わかりました。毎月記帳されてらっしゃいますか?」

 「いや、わかりません」

 「ご本人様ですよね?」

 「はい」

 通話しながら、なんとなく頭を掻く。何度かのやり取りの末、引き落とし時の残高が足りなくて、カードローンからの借り入れ扱いとなっていること。そして、毎月15日に1万円ずつ返済のリボ払いになっていること。最後の引き落としが1万円ジャストということは、来月も引き落としがあるだろうということ。残高が不足した時がいつなのかは、その時の項目名を見れば分かるということを教わり、お礼を言って通話を終えた。

 なんで、残高が不足したんだろう?その一点のみ釈然としないままだった。

 窓の外は、激しく雨が打ち付けていた。

 「通帳をお手元にご用意の上、再度ご連絡くださいと、言われたよ」妻に嘘のメールを送った。


 

 今朝、家を出るとき、妻に通帳は?と尋ねてみた。忙しいから出せない。という返事だった。通帳のある場所は分かる。だが、勝手に出すと妻が激怒する。どれだけ注意深く棚を開いても、どれだけ細心の注意で必要なものだけに触れても、棚を開けたことが必ずばれる。見えない糸でも張り巡らされているのだと思う。

 「今週は、外出が続くから、来週でもいい?」と尋ねると、「いいよ」という返事。昨日の朝は、すぐにでも確認しろって勢いだったのに、どういう心境の変化なんだろう。もう確認しなくても良いよ位の空気も漂っている。昨日、妻に送った嘘のメールにも返信は来なかった。通帳が必要となった途端に、追求するのを諦める方針になったように見える。

 銀行に再度電話して確認したことにしよう。そして、確認の仕方を無理矢理教えてもらったことにしよう。何のお金か判明させるために通帳見せてって言ってみよう。それらを今夜か、あるいは近いうちに実行してみよう。

 今日も黒い雲が近づいて来ている。子供の頃を思い出す。雨は嫌いだったが、夕立にはワクワクしていた。窓ガラスに映った私の顔は無邪気に微笑んでいた。

最後までお読みいただきありがとうございました。


SF(Shower Flash)。夕立と閃光と言った感じでしょうか?夕立は迫り来る激しい環境。そして閃光には、恐ろしいイメージだけでなくひらめきのイメージもあります。逆境におけるひらめきをモチーフにして作品を仕上げてみました。


抗うことが出来ない恐ろしい妻は夕立の暗雲。抗えないながらも、夫は何かに気付きます。この気づきが雷鳴を伴う稲光です。


雨は嫌いだった。嫌いの感情は、今の妻に対する恐怖の表れでもあり、今の妻が嫌いになっているという暗喩を込めています。


嫌いな雨だけど、恐ろしい妻だけど、今から、ささやかながら抵抗してやるぞ!という不敵な気持ちを余韻として感じて頂ければ嬉しく思います。


他にも色々な言葉をダブルミーニングにしております。お気づき頂けるかどうかわかりませんが、これはこういう意味も含んでいるのかもって思いながらお楽しみ頂ければ幸いです。


あなたのSFコンテスト応募作品です。初めての応募作品で緊張致しました。できれば、もう一作品投稿出来ればと考えております。ご評価よろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。このご主人なら、通帳を取り上げなくても大丈夫だと思うんだけどなあ……と主人公とその妻の姿を想像しながら読ませて頂きました。 ラスト後に修羅場が訪れるのか、気になるところです。…
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