蒼
私たちはよく似ているといわれる。事実、私もそう思う。違うのは髪の長さぐらいだろう。妹の翠を見ているのも、鏡を見るのも同じぐらいだと思うくらいだ。私自身、私が嫌いなのに・・・同じ顔を見ていると吐き気がしてくる。
朝、朝食を食べている私に、翠は笑顔で声をかけてきた。
「蒼お姉ちゃん、一緒に学校行こ」
彼女は私と違う学校にもかかわらず、毎日のように私と一緒に学校に行きたがる。
「やめとく」
翠の誘いを断った私は、同じ顔が歩く光景を想像し、食欲が失せた。そして翠の次の言葉を避けるため、自室に戻った。
しばらくすると、母が部屋に入ってきた。
「そろそろ学校に行きなさい。蒼は早く出ないと遅刻しちゃうでしょ?」
そうだった。私は翠と少しでも遠い学校に行こうと思い、通学に片道1時間かかる学校を選んだのだった。私は時計を確認し、ぎりぎりの時間だという事に気づいた。そして慌てて準備をして出る事にした。
「行ってきます」
私は親に対しても、あまり喋らない。喋る必要なんてないと思っているからだ。
家から出て、しばらく歩いていると翠が走ってきた。私のそばまで来て、はあはあと息を切らしながら喋る。翠は私が彼女の事を嫌っている事を知っているのだろうか。もしかしたら知っていて、嫌がらせで付きまとうのか?
「お姉ちゃん、一緒に行こって言ったじゃん。歩くの早すぎ〜」
私は喋り続ける翠に構わず、駅へと急いだ。翠は駅に乗らなくてもいい学校に通っているので、駅で翠と別れることが出来る。学校と駅は私の安らぎの場所といっても過言ではないだろう。
翠
みんなは私とお姉ちゃんはよく似ているという。でも、私はそう思わない。お姉ちゃんの方が綺麗だし、頭もいいからだ。私はお姉ちゃんのロングヘアーも、大きな瞳も、スマートな手足も、みんな好きだ。お姉ちゃんに近付きたいと思い、髪を伸ばしているほどに・・・
今はまだ肩ぐらいのミディアムヘアーだけど、いつかはおねえちゃんの様な腰までのロングヘアーになりたいと思っている。あんなに長いのに枝毛ひとつないつややかな髪の毛、本当に憧れる。
「蒼お姉ちゃん、一緒に学校行こ」
私はいつもお姉ちゃんと一緒にいたいので、いつも話しかける。それに対してお姉ちゃんは、あまり話しかけてくれない。今日も自室へとこもってしまった。でも、私はそんなお姉ちゃんがクールでかっこいいと思っている。
私も部屋に戻り、本を読む事にした。私は字が多い本が苦手で、高校生になった今でも絵本を読んでいる。お姉ちゃんはいつも難しそうな本を読んでいる。私も読んでみたくて、無理を言って借りて読んでみたが、全然分からなかった。本当にお姉ちゃんはかっこいい。私の憧れであり、自慢の姉だ。
「行ってきます」
お姉ちゃんの声が小さく聞こえた。もう学校に行くんだ。お姉ちゃんは頭のいい学校に行っている。私も入りたかったが、入試試験で落ちてしまった。
「行ってきま〜す!」
私は慌ててお姉ちゃんを追いかけた。走って何とか追いついた。お姉ちゃんは何を考えているのか分からない顔で私を見た。もしかして、息切れしている私に幻滅しているのかな?
「お姉ちゃん、一緒に行こって言ったじゃん。歩くの早すぎ〜」
なんとか追いついたけど、駅のすぐ側だった。お姉ちゃんと一緒に歩きたいだけなのに・・・なんか空回りしている気がするなあ。
蒼
学校が終わり、帰るときに猫を見つけた。よくみると、捨て猫のようだ。私の中で何か黒い感情が湧き上がり、この猫の首を締め上げたい欲求に駆られた。そして私は猫を持ち上げ、頭に手を当てた。
「蒼お姉ちゃん!」
翠だった。珍しく帰るタイミングがあったようだ。翠は私に近付いて、私が抱えている猫に気づいたようで猫を見ながら話しかけた。
「蒼お姉ちゃん、その猫どうしたの?」
私は先ほどまでの黒い感情を隠し、なんでもない風を装って答えた。
「捨てられてたみたい」
すると猫をじっと見ていた翠は、とんでもない事を言い出した。
「ねえ、飼おうよ。可愛いじゃん、この子」
とんでもない。私は猫が飼いたいわけではない。湧き上がる黒い感情を抑えるため、殺そうと思っているのだから・・・
翠は私の黒い感情に気づいてないのか、私から猫を取り上げて言った。
「なんて名前にしようかなあ。私が翠で、蒼お姉ちゃんが蒼だから・・・赤とかどう?」
私は聞いていて頭が痛くなってきた。どうしてあんな猫を飼う気になるんだ?私は翠の考えが理解できなかった。
無邪気に猫に笑顔を向ける翠、その光景は『笑顔を猫に向ける私』に見えて仕方なかった。私は猫を可愛いとは思えない。むしろ憎たらしいとさえ思える。
私の心中を知ってか知らずか、翠は私の手を引っ張って走り出した。一刻も早く家に帰りたいのだろう。家族の許しを得るために・・・
翠
学校が遅くなったので、私は急いで家に帰った。
帰る途中で、お姉ちゃんが猫を拾い上げたのを見つけた。お姉ちゃんってクールに見えて実は優しいんだ、と思った。やっぱりお姉ちゃんは素敵だ。
お姉ちゃんは猫の頭を触っていた。飼おうと思っているのかな?
「蒼お姉ちゃん!」
私は思い切って声をかけた。お姉ちゃんに声をかけるだけなのに、あんなに緊張するとは思ってもみなかった。お姉ちゃんは少し驚いたような表情を一瞬だけ見せたが、すぐに無表情になってしまった。私は猫について聞いてみる事にした。
「蒼お姉ちゃん、その猫どうしたの?」
「捨てたれてたみたい」
やっぱりお姉ちゃんは捨て猫を飼おうとしていたんだ。私はお姉ちゃんが抱いている猫をじっと見た。その猫は泥で汚れてはいたが、凄く可愛かった。
「ねえ、飼おうよ。可愛いじゃん、この子」
私は一目でその捨て猫に惚れてしまった。クールな捨て猫・・・まるでお姉ちゃんみたいだ。私は捨て猫をお姉ちゃんからもらい、話し始めた。
「なんて名前にしようかなあ」
お姉ちゃんと私と関連のある名前にしたかった。だって、私がこの子を飼う気になったのは、可愛いからもあるけど、お姉ちゃんに似た感じがするからだ。
「私が翠で、蒼お姉ちゃんが蒼だから・・・赤とかどう?」
お姉ちゃんは少し呆れた顔を見せた。猫の名前には相応しくないのかなあ?でも、私はこれにしようと決め、お姉ちゃんの手を引っ張り、家路に着いた。この捨て猫を、お姉ちゃんに似た猫を飼う許可を得るために・・・
蒼
翠は猫を飼える事になって嬉しかった様だ。片時も離れず、ずっと猫の側にいた。私からすれば、それは喜ばしい事だった。
何故かというと、翠に付きまとわれる必要がないからだ。後、猫を殺したくても殺せない状況にあるので、私自身が壊れずにすむ。
だが、私は心の中の黒い感情がふつふつと湧き上がるのを感じていた。何か、壊したい。心の中はそれで占められていた。心の隅で私の良心が言っている。『何かを壊したら、自分も壊れるんだよ』・・・と。
それでも私の中の黒い感情はどんどんと膨らんでいく。壊したいと思う気持ちが膨らんでいく。そして、それは猫の赤へと向けられていった。
私は夜中、家を抜け出して赤を連れて公園へ行った。赤は大人しくついてきた。そういえば、この子は私と翠の区別が出来ているのだろうか。
公園に着いた赤と私はまずは滑り台へと行ってみた。誰もいない公園は普段の公園と違い、私の心を慰めてくれた。
「赤、おいで」
私に呼ばれ、赤は来た。そして私は赤の手を、持っていたカッターナイフで少し切ってみた。赤は鳴かなかった。赤の手からは赤い血が流れていた。私はそれを見て、猫も血が赤いんだ、としか思わなかった。
だが、その行動によって、私の黒い感情は少し消えていった。
こうして私と赤の『夜のお散歩』は幾度となく繰り返された。だが、私にはその時から思っていた。
私はきっと赤を殺すだろう・・・と
翠
最近、お姉ちゃんは夜中に出かけているみたいだ。こっそりと出ているので、お母さんやお父さんは気づいていないみたい。私も知ったのはつい昨日の事だ。
昨日は寝苦しい夜だった。私はお茶でも飲もうと下に降りた時に、出かけていくお姉ちゃんと赤を見たのだった。何をしているのかは聞かなかった。見に行こうとも思ったが、行かなかった。ただ、お姉ちゃんが赤と何をしているのだけは気になっていたけど・・・
ある夜、思い切ってお姉ちゃんと赤の後をつけてみた。お姉ちゃんは赤と真っ直ぐ公園へと向かっていた。お姉ちゃんは小さい頃から公園とか、人が集まるところが苦手で行かなかったのに・・・
私は途中で、こんな事をしていいのかな、と罪悪感に襲われたが、つけるのをやめる事は出来なかった。お姉ちゃんと赤が何をしているのか、気になって仕方がなかった。
草陰からこっそりと覗くと、お姉ちゃんは赤の首筋をナイフで切っていた。赤の首筋からは赤い血が吹き出て、お姉ちゃんの黒い服が真っ赤になっていた。
「お姉ちゃん!」
私は思わず草陰から飛び出した。お姉ちゃんは少し驚いた表情で私を見返した。
「死んじゃった」
お姉ちゃんの言葉はそれだけだった。
一人
私は言った。
「隠さないとね」
そうだね、と言い二人で山奥に行く事にした。猫の死体を埋めるために。
「スコップ、持ってる?」
「持ってない」
「取りに帰ろうか」
「そうだね」
そして私達は一旦家に帰り、スコップを持って山奥へ急いだ。急がないと朝になってしまう。朝までには仕事を終わらせないと・・・
穴を掘るのに、どのくらいかかったのかは分からない。だけど、掘った後すでに朝日が見え始めていたから結構かかったのだろう。
「猫をそこに入れて」
私はそういった。
「うん、わかった」
穴はそれ程深くなく、猫の死体を手に持って降りていくのを確認した。そして死体を手に持つもう一人の私めがけてスコップを振りかざした。
そして私は猫と私を埋めた。さよなら、赤・・・さよなら私・・・
一緒
次の日
「翠の姿がないの。蒼、知らない?」
お母さんが心配そうに聞いてきた。私は知っていたけど、知らないと答えた。お母さんはものすごく心配そうだった。
「蒼も探すの手伝って」
私はお母さんとお父さんとそして翠の友達と一緒になって、翠を探した。だけど翠は見つからなかった。
近所の人達も手伝ってくれたが、翠は見つからなかった。
私は今、部屋で一人で手帳を見ている。
翠がいなくなってから、もう3年が経とうとしていた。いまだに翠は見つからず、翠の死を疑うものはいない。
「蒼お姉ちゃん」
私はそういって、お姉ちゃんの髪の毛を取り出した。唯一の遺留品だ。私の髪の毛は腰まで伸び、必要なくなったから部屋の隅にこっそり隠している。自分の本物の髪の毛がお姉ちゃんと同じ長さになったことで、私はようやくお姉ちゃんになれたと思った。
私はずっとお姉ちゃんになりたかった。ずっと一緒に居たかった。そしてお姉ちゃんは自分が嫌いだった。
これは一番いい方法だと思う。双子だった私達は、ついに一生一緒になれたのだから・・・
これからお姉ちゃんと赤に会いに行こう。私は外の月を見てそう思った。その月は私がお姉ちゃんを殺した日の月と、そっくりだったからだ。
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