コピペ「幽霊を見る方法」
夏の蒸し暑い夜。パソコンの前に座りネットサーフィンをしていたら、「幽霊を見る方法」というコピペを見つけた。
そのコピペでは、「幽霊というものは人間の心が生み出すものである。つまり、オカルト的なアプローチより、心理学的なアプローチを施すべきだ。」というスタンスで始まり、催眠術のような方法で、自分の脳に幽霊が見えると錯覚させる方法について書かれていた。
オカルト的な儀式は今までたくさん見てきたが、心理学的なやり方で幽霊にアプローチするというのは新鮮だと思い、試してみることにした。
儀式の内容というのは、深夜0時に行うもので、鏡に映った自分に語り掛けたり、髪の毛の入った人形を家の中に隠したり、呪文を唱えながら、風呂桶の中でまるまったりなど、色んなオカルト儀式から要素をパクってきたような怪しげなものだった。スマートフォンでコピペの内容を見ながら実行しているうちに、だんだんこれはただのネタだったのじゃないかと思い始めていた。
それでも、準備にそこそこ手間はかかったので途中でやめるのはもったいないし、うまくいかなくても少しは話のネタになるだろうと思い、続けた。
そうして、儀式の最終段階、自分の部屋のベッドで仰向けに寝転がり、頭の中で赤い三角錐を思い浮かべながら10分ほど睡眠をとった後、部屋の天井の隅を見た。
そこには髪の長い全裸の女がへばりついていた。
頭から異様に長い髪が伸びて全身を覆っているため、全体像はつかみにくいが、両手両足を妙な方向に曲げて、なんとか天井の隅に収まっているように見えた。顔もほとんどが髪の毛に覆われていて表情はうかがえないが、隙間から、ギョロリと血走ったような目がこちらを見ている。
偽物とは思えない存在感だった。
俺はしばらく動けずに、天井にいるものと見つめ合っていた。
そいつも動かず、ただ濁った眼で俺を見つめ返すだけだった。
自分の感覚では、3分くらいはそのまま止まっていたと思う。
女は全く動かなかった。ただそこにいるだけだ。
そうだ。こいつは現実の存在じゃない。俺の心の中だけの幻なんだ。俺は自分にそう言い聞かせると、机の上のスマートフォンを手に取り、カメラを女に向けシャッターを切った。
カシャッ。
画面に、画像が表示される。
なんの変哲もない、天井の隅が映っていた。天井の木目、梁。髪の長い怪女は、映っていない。
俺はため息をついた。
天井の女が、現実のものではないと知り、安心したのだ。
確かに、怖いといえば怖いが、結局は幻覚だ。別に何かしてくるわけじゃない。そう思うと、逆に、興奮が湧き出してきた。あのコピペは、本当だったんだ。催眠術か何かで、望んだ幻覚を見ることができる。
それなら、怪女なんかより、可愛い女の子の幻想でも見られるようにすればよかったのに。俺は、じっとこっちを見ている天井の女にだんだんウンザリしていた。
コピペの最後には、幻覚を消す方法が載っていた。
これは、儀式本体と比べると簡単だ。鏡を自分の前に持ち、「あれは幻覚だ」と3回唱えてから、ベッドで1分目を閉じてじっとするだけ。
俺はこれを実行した。
ベッドに寝ころびながら、手鏡を目の前に、三回唱え、じっと目をつぶってから、再び天井の隅を見た。
黒髪女はまだそこにいた。
何故? 何か間違えたのだろうか。
俺は再び、儀式を実行した。
それでもあの女は消えなかった。
コピペをじっくり読んで、自分が儀式のステップを何も間違えずに実行し、幻覚を消す方法も確かにあっていることを確認した。
それでも、何度やってもあの女は消えなかった。
コピペの内容がどこか間違っているんだろうか。そうだ。コピペというのはそういうものだ。何度もコピーされて、ペーストされたりしているうちに、大事な部分が抜け落ちたのかもしれない。
背中にあの女の視線を感じながら、パソコンでコピペについて調べ始めた。昨日このコピペを見つけたはずのサイトは、ネット上から消えていた。URLを入力しても404エラーが返るだけ。
しょうがないので、コピペの本文で調べることにした。
2chの過去ログを漁ったり、検索条件の時間設定を変えたりしているうちに、オカルト掲示板の体験談投稿スレッドで、ようやくオリジナルらしい5年前の書き込みが見つかった。だが、俺の手元に印刷されたコピペと、文面がわずかに違っている。
5年前の最初の書き込みには、一番最初に「絶対に、実行しないこと」と書かれている。そして、俺の手元にある紙と違い、一番最後の「幻覚を消す方法」がない。俺のバージョンだと、まるで、儀式を実行しても、簡単に治せるように見える。だがそれはオリジナルにはなかった。
この儀式には、最初から、治し方なんてものはなかった。じゃあ、誰が、このコピペを改変したのか?この儀式を実行した結果、幻覚で苦しむ羽目になった誰かが、「他の奴も俺と同じように苦しめばいい」そう思って、コピペを改変したのだろうか。
だが、もうそんなことはもうどうでもいい。
あの女はずっと消えなかった。別の部屋に移動しても、その部屋の天井の隅にいる。外に出たときはほとんど姿を現さないが、時折、建物の影から、目玉が覗いていることがある。あいつはどこにでもついてきた。というより、いつでも、俺の頭の中にいるんだ。
酒を飲んで、散々に酔っぱらっても、あいつは消えなかった。ぐらつくような視界の中で、あの化け物の黒髪だけが鮮明だった。まるで、水彩画の上に油性インクをぶちまけたように、洗い流しようもなく、俺の脳にこびりついていた。
ダメ元で、寺でのお祓いや祈祷も受けてみた。結局、なんの意味もなかった。
あいつは現実のものではない。俺の脳の中にいる。だから、手の出しようがない。
幽霊なら、まだよかったのに。
あいつは今も、天井の隅にいる。
身近にあるもので、実は原理がよく分からないんだけど、分かった気になって適当に使ってるものって、壊れたり、上手く動かなくなると妙に怖いですよね。パソコンのオーディオにイヤホンを差してもスピーカーから音が出続けるので、壊れたアナログTVを直すような気持ちで、本体のオーディオ部分をトントン叩いたら、スピーカーから妙な「ビーッ!」って大きな音が出て、びっくりして強制終了することになったり。
そういうアレで書きました(語彙不足)