台風一過。されども災害は後処理も大変で
お待たせいたしました。
大変暑い日が続いておりますが、皆様も体調にはお気をつけ下さい。
「いやはや全く・・・ウチの馬鹿娘が本当に申し訳ない」
そう言って頭を下げる現キリグ村の村長さん――イルワさんとイリアさんの父親であるバッドーさんの顔は茹蛸かと思うほどに真っ赤であった。
うん、まぁ、俺もアレ・・・さっきのイルワさんみたいな事を自分の娘がしてたらって思うと恥かしくて溜まらん気はする。
いや、まだ娘とか居ないけどさ。
盛大に交渉を引っ掻き回してくれたイルワさんだったけど、これでは交渉が進む筈もないと判断したバッドーさんの手により、強制排除が実行された。
具体的には、脳天に長年の農作業で鍛え上げたゴツくて分厚い拳骨叩き込んで、痛みにうずくまってる所を猫の子を掴むかのごとく掴み上げて玄関からポイッと。
更には念を入れて玄関の鍵を閉めるって言うね・・・。
いや、わからなくは無いよ?
正直、バッドーさんにして見ればこれからの村の行く末が掛かった大事な交渉だし。
邪魔されたくないってのは心底わかるし、これ以上恥を掻きたくないってのもあるだろうし。
ただ、さ。
ここ、俺ん家兼運び屋ヤムラの事務所だからね、と。
玄関の鍵閉めちゃったら、ルリィたち締め出しちゃうじゃんか、とか、アンタら以外の依頼人来たらどうすんのさ、とか突っ込みたい事は山ほどある。
あるんだけど・・・・多分、鍵空いてたらまたイルワさんが乱入してくるんだろーなーって確信があったりするんで、取り敢えず放置。
・・・近くに座って依頼書の作成してるイリアさんの顔が一際鮮やかな赤で彩られてるのは、多分気のせいじゃないだろう。
突っ込んだら追い討ちになりそうなんで、口には出さんけどさ。
と、俺がそんな事を考えていると、気を利かせたらしいクーリアがお茶を入れなおしてきた。
恐らくは二人の顔の熱と湯だった思考を覚ます為だろう、冷たい奴を。
「えっと、どうぞ・・」
ちょっと遠慮気味な声と一緒に差し出されたお茶を、バッドーさんとイリアさんは即座に煽り、一気に飲み干す。
うん、豪快な飲みっぷりである。
「はぁ・・すみません、クーリア様」
よく冷えたお茶を飲んで、どうにか顔の火照りが引いたらしいイリアさんが、若干疲れた声でお礼を言うと、こちらも落ち着いたらしいバッドーさんもそれに続く。
で、やっとこさ落ちついた所な訳だが、取り敢えずは雑談って流れになっていた。
それ自体は別にいいと思う。
バッドーさんだって前回の依頼料って事で手放すしかなかった娘さん――イリアさんの近況なんかも気になるだろうし、イリアさんだって確りしてるけどまだ18歳。
血は繋がっていないくても我が子として育ててくれた親父さんに会えば、話したいことだってあると思うし。
ただ、なぁ・・・。
今のこう・・、ノンビリと落ち着いた雰囲気って言うか、静かな状況を考えると、最初っからイルワさん抜きで交渉始めた方が良かったんじゃね? っつー気がひしひしと。
その辺りはイリアさんも同じらしく、何故イルワさんを同席させたのかとバッドーさんに尋ねていた。
「まぁ、実際にこうしてご迷惑をお掛けしてしまった以上、言い訳に過ぎないんだが・・・今回はアレに発言権は与えとらんかったんだよ。後学の為に見学、と言っただろう? その言葉の意味そのままに、ただ見て学ぶだけしか許しとらんのだ」
そう言って深~い溜息を一つ吐くと、更に続ける。
「ついでに言えば、交渉の見学と言うのもアルマナリス神殿の神官様方とのものでな。明らかに暴走するだろうこっちの交渉に連れてくる気はなかったんだが・・」
「・・・何か言う以前に既に暴走してた、と」
「そうなりますな・・」
俺とバッドーさんの溜息がシンクロした瞬間だった。
っつーか暴走しすぎだろ、あの人。
次期村長ってだけで、今はまだ大した権力無い筈なんだが・・・その辺、キッチリ理解してるかも怪しい気がするのは、果たして俺だけなのかと問いを投げたい。
投げたい、が・・・恐らく俺の知り合い連中は即座に頷きそうなので投げる気すら失せてくる。
「あの、バッドーさん? こういっちゃなんですが、バナバに連れてくる時点で時期尚早って気もしますよ、私としては」
壁際の机――普段はイリアさんの執務机になってる所に座っていたネリンさんが、気遣わしそうに口に出す。
うん、今まで若干空気だったけど、ネリンさん居たからね?
地球出身の俺と元々は隠れ里に住んでいて、そこから奴隷にされて連れ出されたってクーリアだけだと、正直こっちの世界の商売事情にはあまりに疎いんで、こうやって休みの日とかだと依頼交渉の席に同席してくれてるんだわ。
実際、こっちの世界じゃある程度額が大きくなってきたら『娘さん何人でお支払い』なんてのはキリグ村みたいな、小さな村相手だと普通だったりするんで、依頼する側もそれを前提にして尋ねてきてたりって事はままある訳だ。
まぁ、向こうとしても苦汁の決断な訳なんで、それがどうこうって言う気はないけれど、人身売買を割り切れない俺が居る運び屋ヤムラで、ちょっとそれは不味い訳で。
だからこそ作ったアルマナリス神殿を通した分割支払い制度を進めてはいる。
ただ、こっちの世界じゃ今までにない支払い方な訳だから、向こうさんはちょっと戸惑ったりもする訳で、そこ等辺をイリアさんは勿論、自分自身も商人をやってるネリンさんが旨く説明してくれてるって事。
後は、まぁ、神級神代機器なんて代物使っての商売なんで、報酬はどんなもんが妥当かの判断と、向こうさんとのすり合わせなんかもそうだね。
何かこう上げていくと、俺とクーリアって現場仕事オンリーな脳筋組みな気がするな。
まぁ、ある意味間違っちゃいないんで、涙を呑んで頷くしかないけどさ。
俺もクーリアも勉強はしてるんだけど、俺は常識自体が違いすぎて、クーリアはここにくるまでの経緯もあってちょっと世間知らずな所為で、と中々はかどっては居ないの現状って所。
と、まぁ、そこらはさておき、ネリンさんにそう言われたバッドーさんは、山男宜しくのゴツイ体つきを小さくして頷いた。
「それはまぁ・・・私どもも重々承知してはおるんですわ。ただ、今のまま村に置いておいてもアレの中身は変わらんのも事実。ですので、今回バナバに連れてきたのは商業ギルドへの出稼ぎをさせる為、と言うのが正直な所ですな」
「・・・・無理だろ、それ」
バッドーさんの言葉を聞いた瞬間、即座に口を吐いて出たのがそれだった。
うん、自分でも親御さんの前でその発言は失礼だと思ったわ。
が、バッドーさんは気にした様子もなく、大きく頷いていた。
って、おい、頷くんかいっ!?
「まぁ、私もそう思わんじゃないんですがな。ただ・・この国の法律の事もあって、アレ以外を後継者にするってのは難しいんですわ」
は? 法律的に難しい?
俺が訳が解っていない事に気づいたのか、イリアさんからの補足説明が入る。
「この国の法律では、各集落の長・・・つまりは村長や町長になりますが、基本的には世襲制で定められた血族以外はなる事が出来ないんです。キリグの場合ですと、父の家系には血族としての後継は姉しかいませんし、例外措置として予備になり得た私は奴隷として譲渡されていますので、姉以外の選択肢がない、と言う事になります」
説明してくれた事によると、まぁ、こう言う事らしい。
国の長たる国王は神による裁定によって選ばれた、真に高貴なる血族であり、それ故に国を統治する資格を持つ。
領地の長たる貴族は国王による裁定によって選ばれた血族であり、王族以下ではあるものの高貴なる血族故に領地を治める資格を持つ。
そして村や町と言った集落の長は、貴族による裁定により選ばれた、『平民の中での高き血族』であるが故に、領主に従い集落を修める資格を持つ。
それらは全て『選ばれた高貴なる血統』であるからこそ許された権利であり、義務なのだ、って事らしい。
「まぁ、暴言を覚悟で言ってしまいますと、そうする事で王族や貴族への反抗を抑える為でしょうね。ただ『多少問題があるから』と言う理由だけで村長の血統を替える事を、法として明確に許してしまえば、最悪の場合は貴族家への追求も許される事になります。なので、決定的な過失を出し、集落としての先行きが危ういと言う状況まで追い込まれない限りはその血族以外からの選出は出来ませんし、その場合でも村が属する貴族家への実態報告と新たな血統の選出願いを出し、それらが受理されてからになります」
と、最後に盛大にぶっちゃけてくれたイリアさんの言葉を聞いて、俺は鈍い頭痛を感じ始めていた。
何つー事はない。
様は多少ミスったり横暴かましたりとかで反抗されたくない貴族連中が、まず身近な村長って言う身分ですら変更が難しい様にする事で保身に走ってるっつー事な訳だ。
村長ですらそれ位派手にやらかさないと替えられないってんなら、それ以上に高貴だって事になってる貴族なんかはそれなり程度に好き勝手やらかしても無事だわなぁ。
市制の娘さんを多少強引に妾にしたとか、戦争でもないのに税が高いとか、やられた方にすれば冗談じゃないが、超地自体は一応滅亡寸前まで行ってないんで法律上は問題なしと。
明らかに貴族様々が諸手上げで喜ぶ法律だわな、こりゃ。
まぁ、その法律作ってるのは貴族なんで、自分たちが不利になる様なもんは作らんのだろーけど。
何かこぅ・・呆れとも感心とも付かない気分で更に疲れを感じる俺の正面では、盛大なぶっちゃけかましてくれた血の繋がらない元・次女に引きつった笑みを浮かべつつ、バッドーさんが続ける。
「ま、まぁ、そんな訳でして、私どももアレ以外には選択肢がないんですわ。なんで、極々僅かな、本当に微かな希望であろうとも、他の街の商業ギルドで働く事で、あの針の先程もあるかどうか解らない狭い視野を何とか広げてくれれば、と・・」
い、言うねぇ、親父さんも・・・。
酷い発言だとは思うけど、余りにも同意できる辺りがもはや何とも言えん俺とクーリア、そしてネリンさんは顔を見合わせて引きつった笑みを浮かべるしかない。
「姉もあれで優秀は優秀なんです。ただ、『村の中での事に関しては』と言う但し書きが着くのが厄介と言いますか・・」
「小さな村だからな。起こる問題なんぞ高が知れてるし、そもそも村人全員が知り合いなんだ。問題を起こしそうな奴らも最初っから解っとるんだ。その上ですら問題を解決できんのなら、最早無能以前の問題だろうに」
「問題は、『村の中では優秀』と言う状態のまま、これでどこでも通じるんだと言う意識に固まってしまった所ですね。村以外に住まう方々のお人柄等当然知りませんし、向こう様も姉のあの性格・・と言いますか、思考の飛び方は当然ご存知ありませんから・・」
「村ではアレの中身も知っとる奴しかおらんしな。最悪は思考がぶっ飛ぶ前に誘導しなおして何とかまともな結論に辿りつかせる事も出来るんだが・・」
「「外では無理ですよね(だわな)」」
再び、今度はバッドーさんとイリアさんとで深い深い溜息がシンクロする。
そんな親子を見ながら、俺とクーリア、ネリンさんは別の事が気がかりでならなかった。
「・・どうします、イツキさん? 商業ギルドで働くとなると、まずは受付業務を経験するのが慣わしなんですが・・」
「ヤバイよなぁ、考えるだに。何かこう、俺らへの依頼も『アイツんトコならこん位だしゃやってくれるぞ』的な安請け合いをやらかされそうな気がしてならんのだが・・」
「イツキ様、私達の所はまだマシだと思いますよ。こうして独自の事務所がありますから、最悪は此方へこられた時に説明できますし・・」
「いや、クーさん、それも問題なんですよ・・。商業ギルドで出された見積もりは、言ってしまえば商業と言う世界全体での相場ってのが基本なんです。あっちでは『金貨一枚』と聞いて来たにも関わらず、こちらに来てから『それは違う、金貨10枚だ』とかは信用問題になっちゃうんですよ。」
「つまり、俺らがボッてる、と・・・そう見られる訳な」
俺の言葉に、酷く真剣な顔で頷くネリンさんを見て、マジで頭を抱えたくなってきた。
ヤバすぎっだろ、オイ・・。
ってか、下手すりゃ俺ら、ただ働きになりかねねぇと。
そう言うこったろ?
「イルワさんですからねぇ・・・前回のキリグの様に、災害に見舞われた集落なんかあったりしたら、『金銭なんか受け取らない! 困った時は助け合いの精神だ!』なんて事に・・」
「止めれ! あり得そうで怖いから! っつか、口にしたらマジになりそうだから!」
大型の依頼も来たが、同時にこのバナバに特大の問題もやって来た。
そんな気がしてならない今日この頃。
ぶっちゃけ、今ほど真剣に平穏と安息を神に祈ろうと思ったのは、多分生まれてから初めてだと思う。
――っつー訳で女神さん! 何とか俺に平穏と安らぎを~~!
そして祈ってから思った。
――あっ・・・あの女神さん自体、何気に天然でトラブルメイカー(我が家限定ではあるけど)な気が・・・。
うん、何かこう・・・詰んだかも知れん。