依頼交渉は大荒れで?
「・・・全く、この前の依頼の際にも多大なご迷惑をお掛けしておきながら、未だに学ばんのかお前は!」
「け、けどよ親父・・村にとっちゃ」
「けど、ではないわ! この馬鹿娘が! 確かに我らキリグの住人にとっては村の皆が家族同然なのは確かだ。だがな、この方々はそうではなかろう!? 村に住んでいる訳でもなく、我らが請うて仕事をお頼みする。違うか!」
「だけどさぁ」
「えぇい、まだ言うかっ!」
リアルタイムで行われる親子喧嘩を傍観しつつ、既にゲンナリ気味な俺とちょっと困惑気味に見守るクーリアとネリンさん。
イリアさんと言えば・・・うん、顔や耳所か首まで真っ赤にして只管に小さくなっとりますな。
まぁ、一言で言えば――
「・・・親子喧嘩なら外でやってくれよなぁ」
と、これに尽きると思われる。
さて、これだけじゃ当然何がどうなってるのか解らんと思うけど、何の事はない。
理由はイルワさんの暴走が原因だろう、確実に。
屋台の方も何だかんだとありつつも軌道に乗り、女神さんの暴走も粗方落ち着いた今日この頃。
日に日に太陽は高さを増して行き、気温もそれつられて温かさを増していく。
そんなある日、そろそろ我らが運び屋ヤムラも本格営業開始だなぁ、なんて思っていた所に、ドンドンと乱暴に玄関をノックする音が。
何なんだと思いつつ、玄関を開ければ――
「よっ、また頼みたい事が出来たから来てみたんだよ」
なんてのたまいつつ、全開の笑みを浮かべたイルワさん。
・・・うん、正直この時点でまた何か面倒事の臭いはしてたんだよなぁ。
っつっても、『どうぞお帰り下さい』なんて対応は出来ないんで、一応通した訳だけどな。
で、依頼応対の接客室も兼ねたダイニングに通した後、お茶――バナバで入手したそれなりのランクのお茶。断じて『世界樹の葉茶』ではない――を煎れた後、話を聞いてみる事になった訳だ。
同席したのは代表でもある俺と、補助作業員兼相棒のクーリア、受付を含む事務一般を取り仕切ってるイリアさんに加え、今日がちょうど自分の店『森の衣』のシフトで言う休日だったネリンさんの四人。
ルリィとコニィは既に屋台の仕事で出てるから、ある意味ヤムラ家メンバー勢揃いだった訳だね。
テーブルを挟んでイルワさんの反対側のソファーに俺とクーリア、俺達から見て90度の位置にあるソファーに筆記用具を備えたイリアさんが座り、会話スタート。
まぁ、以前の依頼では散々ってレベルで引っ掻き回された感があるけど、それでも一応は依頼人。
話を聞かない事には始まらないんで、普段通りに対応した訳なんだけど・・・結論から言えば、イルワさんはやっぱりイルワさんだった、って事かな?
あぁ、いや、依頼内容はしっかりとあったよ?
我らが運び屋ヤムラ最初の大事業でもあるキリグ村再建依頼。
あれは元々、キリグ村が土石流に見舞われた事が始まりだ。
例年通りらしい儀式の最中に起こった事で人的被害こそなかったものの、家屋を始めとした村自体は壊滅状態。
これから厳しい冬を迎える為にも、早急に雨風と寒さを防げる家屋が必要だって言うんで、その為の材料を求めて一番近い街であるバナバに来ていたイルワさんに出会った訳だ。
まぁ、依頼自体は色々ありつつもこなせた訳で、俺達と同じく、こちらは建築技師として招かれたミギーさんもしっかり仕事してくれたらしく、村の再建は何とか終った。
ただし、それは『建築』って分野ではって言う但し書きがつく。
幾らなんでも、アレほど大規模に荒らされたキリグ村を元の様な農村にって言うのは、流石に時間が足らな過ぎるんで、時期的に作物が育たなくなる時期に差し掛かっていたのもあって、家を重視した再建を終えたって事だね。
じゃぁ、その次はってなると、まぁこれは当然として『畑』になる訳だ。
キリグの主力産業は農業。
元々肥沃な土地柄って言う事もあるけど、年間を通して乾期・雨季みたいな激しい変化ではなく、穏やかな変化の四季があるこのバナバ周辺では、農業主体の村が多い。
キリグ村もその例に漏れず農業主体な訳だけど、畑の方の再建が終っていない。
再建に使った物資への対価に、今年度の作物の優先取引を出している以上、何としてでも例年並みには収穫量を出さなきゃいけないんだけど、その準備が終ってない訳だ。
なんで、前回も力を貸してくれた俺達の力を借りる事が出来ないか、って意見が出てきたらしい。
まぁ、これは解らないでもないかな?
あの大荒れに荒れたキリグ村跡地を、一応は再建可能なまでに整備したのって俺らだし。
何だかんだで作業の間に村の皆とも仲よくなってたし、作業の時間的なものを考えても俺達に依頼が来るってのは、まぁ、妥当と言えば妥当だろう。
ただ、さ・・・。
「イリアをまだ売り払ってないって事は、娶る気で居るんだろ? だったら、お前も私達の家族だ! って事で、家族価格で格安にしてくれるんだよな!」
なんて言葉が出てくる辺りが、イルワさんがイルワさんたる所以なんだろうな、と心底思う。
キリグ村ってさ、基本的に村の中で結婚するんだよ。
まぁ、これは移動手段やらその間の安全やらを考えれば解るよ?
一番近いここ、バナバの町ですら馬車で10日。
その間もやれ盗賊だ、やれ魔獣だと危険がある訳で、『俺は絶対に冒険者になるんだ!』みたいな人でもない限りは、あの村の中で一生を終える人が多いんだろうし、そうなれば村の中で結婚・出産って流れになるのは頷ける。
だからか、キリグの村では村全体=家族って考えが強く根付いてる、と。
まぁ、これも解らなくはないかな?
以前・・って言っても相当前だけど、日本もそんな感じはあったらしいし。
ただ、ねぇ・・・。
俺がイリアさんを売り払っていないのって、奴隷制って言うか、人間を売り買いするってのがどうにも割り切れないって言うか、まぁ、そう言うのが理由なのであって、別に好きあって結婚するから、とかって理由じゃないんだけど・・・。
当然、それを知ってるイリアさんは姉――いや、俺の譲渡奴隷になった時点で、家族の血縁やらは切れてしまうって言う法律らしいから、元姉かな? そのイルワさんにしっかりと事情を説明したんだけど――
うん、まぁ、やっぱりイルワさんはイルワさんな訳で。
「何言ってるのよ。普通ならお金・・・それも白金貨何枚の大金になるって言うの売らないなんて、その子が好きで好きで溜まりません! って言ってる様なもんよ?」
と聞く耳持たない訳だ。
その後も独自理論を展開しては「って訳だから。頼んだよ、義弟くん?」なんて連発してくるイルワさんに、一同揃ってどうしたものかと頭を抱えてた所に、村長さん――つまりはイルワさんのお父さんがご来訪って事で今に至る。
ここに着いた村長さんは、それはもう大慌ても大慌てだったよ。
何でも、話を聞いた限りでは今回の依頼交渉は村長さん主体・イルワさんは勉強も兼ねて傍観役って筈だったらしい。
で、暫く前のアルマナリス神殿との依頼の際に作った分割制度を使おうって事に、村の会議で決まってたんだそうな。
なんで、分割制度に必要な手続きとその制度の勉強の為に、まずはここバナバの街のアルマナリス神殿を訪ねる事にした、と。
昨日の夕頃にバナバに着いた村長さん達は、ひとまず宿をとって翌日――つまりは今日だね。
今日の朝に神殿を訪ねたらしいんだけど、神殿で分割制度について説明してくれていた大神官のサーラさんとの話にひと段落着いてみれば、イルワさんの姿が見えない。
聞けば昨夜から『イリアが嫁入りって事はアイツも既に家族だよな』なんて事をブツブツと言っていたらしく、『あぁ、こりゃまた、あの馬鹿娘が先走りやがった!』と言う判断の元、運び屋ヤムラ――つまりは我が家に急行。
果たして、予想通りに暴走していたイルワさんに拳骨一発を下した後、こうなってるって言う、ね・・・。
正直、勘弁して欲しい。
キリグ村至上主義なイルワさんが暴走するのは今に始まったこっちゃないし、そんなイルワさんを次期村長として育てなきゃならない村長さんが怒るのも解らんでもないけどさ。
何故、その喧嘩を我が家でやるかね? って話だよ。
しかも、さっきから何だかループしてるしさぁ。
『イリアが嫁いだんだから、イツキの奴も家族だ!』
『それと依頼の話は別だ!』
ってのが、さっきから手を変え品を変えで繰り広げられてる話の内容なんだよな、アレ。
っつーかさ、まずもって俺はまだ未婚です、と。
前回の依頼料として送られたイリアさんは確かに売り払ったりしてないけど、だからと言って恋愛感情があるかって言われれば、俺もイリアさんも首を傾げるしかないと思う。
いや、イリアさん自体は好きだよ?
ただ、仲のいい同僚とか、学校で言えば部活仲間とか、そんな感じ?
今の所、好いた惚れたじゃないきがするんだよなぁ。
イリアさんにしてもそんな感じだろうしさ。
で、付け加えれば、例えイリアさん嫁に貰ったとしても、それと依頼料は別ってのは村長さんに同意。
家族料金なんて制度設けたら、それこそこんどはこっちが財政難に陥るわ。
俺だって、クーリア始めヤムラ家メンバー養ってく必要があるんです! と声を大にして言いたい。
言いたいが・・・・恐らく言った所でイルワさんは極々自然にスルーかましてくれるのが解り切ってるんで、獲り合えず放置。
まぁ、あれだ。
村長さん、頑張れ!
と、そんな感じで茶でも啜りつつ傍観者してようかな?
「ね、姉さんっ! 父さんもいい加減にして下さいっ!!」
あ、イリアさんが爆発した。
「いやぁ、申し訳ない。この馬鹿娘がどうもご迷惑を・・」
「父さんもですっ! 何をよそ様で大喧嘩してるんですか! 私はもう、恥かしくて恥かしくて・・・」
「? 何で? 別に嫁いだ事なんか恥かしがる必要」
「姉さんはいい加減その認識を改めてくださいっ!」
おぉぅ、イリアさん真っ赤・・・ってか、既に涙目。
もはや苦笑するしかない俺とクーリア、ネリンさんの前で未だに解ってないらしいイルワさんが『嫁入りって恥かしいのか?』とか首をひねってたが、村長さんが畑仕事で鍛えたらしいゴツイ拳骨をゴガッ! と頭頂部に叩き込んで漸く黙った。
「・・・重ね重ね申し訳ない。この脳タリン娘はよ~~~っく躾ときますんで」
あ、あはは・・・、ヤバイ位に実感篭っとりますな、村長さん。
と、そんなこんなで漸く始まった依頼交渉。
ソファーに座る俺達ヤムラ家組みと村長さん、そして部屋の片隅で正座させられたイルワさんと言う、ちょっとおかしな光景だったけど、まぁ、それはそれ。
交渉自体は普通に行われた。
依頼内容としては、全開の復興作業の続きに当たる。
畑作地域の復興が作業内容だ。
一応、あれからの日々で大きな岩やら倒木やらは、村の皆が頑張って撤去したらしいんだけど、その代わり日数がずれ込んで耕したりってのが間に合いそうにないとか。
ま、あれだけ大規模な土石流にやられれば、土も必要以上にしまってたりとか問題ありそうなのは解る。
本来なら倒木やら岩やらの撤去に加え、固まった土を細かく砕いたりとか色々あるんだけど、村の人数的にも間に合いそうにないらしい。
で、白羽の矢がたったのが俺達運び屋ヤムラ。
前回、村の整地作業をあの短期間で終らせた俺達なら、ってことらしい。
と、ここまでを吟味した限りでは、出来なくはないかなってのが感想。
幸いにして亜空間車庫にはトラクターとロータリー数種、固まった地盤を壊すサブソイラーもあるし、それを使えばいけるだろう。
具体的には、サブソイラーを使って固まった土を砕いてから、作物によっては深耕ロータリーを使ってのロータリーがけ。
トラクター自体は一台しかないけど、それでも手作業で耕すよりはよっぽど早いしね。
ただ、まぁ注意すべきはやっぱり・・・。
「それで、父さん。お支払いはどうなさるつもりです? 今回の依頼もイツキ様の神代機器の使用が前提です。それなりのお値段になってしまいますが」
と、イリアさんが尋ねたけど、まぁ、それだろうな。
前回みたいに娘さんでお支払いとか、マジで勘弁だし。
一応、分割制度使うつもりみたいだし、大丈夫だとは思うけど。
ま、交渉は慎重にって所かな?