メニューを決めよう
長い気もした講義期間も終え、オルガ村のオッサンに屋台の注文も終えた。
と、そうなりゃここらでメニューについても本決めにしとかにゃならん。
から揚げを出すってのは決まってるんだけど、何だかから揚げ一品のみってのはちとメニュー的に寂しい気もする訳よ。
たかが屋台、されど屋台。
安くてお手軽な屋台ものは、住人にとって立派に胃袋を満たす場所でもある訳で、人によっては三色全てを屋台ものに頼ってるなんてのも居る位だ。
まぁ、流石に三食全てを、なんてのは田舎から出て来たばかりの駆け出し冒険者を除けば、極一部の物好き位なものではあるんだけどな?
依頼内容に応じて報酬が決まる冒険者は、基本的に収入が不安定だからね。
特に実績も信頼もない駆け出しだと大きな依頼を受ける事も出来ないから、大体がその日暮らしな訳さ。
そんな彼ら彼女らにとっては、ベッドがあるだけの安宿は兎も角食事付きの宿を取れるだけの収入を得るのは難しい。
だから安宿で寝床だけ確保して、食事は屋台物で済ます事が多いってのは仕事柄人脈の広いネリンさんに聞いた話。
実際、ネリンさんが雇っている奴隷娘さん達の中には、元冒険者なんてのも居たりするんで、その娘から聞いたらしいけど・・・ま、そう言われれば納得だよなぁってのが感想だったりする。
俺達がバナバに来て最初に止まった宿、『火鼠の衣亭』。
バナバの街でも値段的には上中下の中で『中』程度らしいんだけど、二人一部屋で銀貨一枚、食事は別に一食銅貨15枚掛かるからね。
一度見物がてら冒険者ギルドを覗いた時にボードに張られた依頼なんかも見てみたけど、駆け出し冒険者が受けられるランクの依頼って大概が銅貨10~20枚位だったし。
あれじゃ食事付きの宿に泊まろう、なんてのはちと無理があるのは確かだと思ったもんだよ。
・・・っと、何だか横道にそれた。
まぁ、そんな訳でたかが食事屋台と言って馬鹿には出来ないって訳だ。
そして食事屋台ってもんがメジャーである以上、俺達以前からやってる人も当然ながら沢山いる。
そんな中で新規参入しようって言う俺達が売り上げを出そうと思うなら、やっぱりメニューが大切になる訳だ。
って言っても、香辛料のタップリ聞いたから揚げみたいなのって、このセイリーム世界じゃ滅多に見ない――当然、富裕層なんかは別だけど――料理らしいから、その点に関してはまず一歩リード。
実際、クーリアを始め今までから揚げを食べた皆からの評判は良かったし、『今まで食べた事のない美味しさだ』って喜んでもらえてるしね。
ただ、こう・・・・。
現代日本出身の俺としては、から揚げ一品しか売ってない店ってのがちと物足りない感じが、ねぇ。
って訳で、本日開催したのが『屋台メニュー決定会議』と言う名の試食会な訳だよ。
会場は当然ながらヤムラ家。
参加メンバーは俺とクーリア、ネリンさん、イリアさんにルリィとコニィ。
でもってついでに女神さん・・・って、おいっ!?
何時の間に!?
「えっと、つい先ほど新しいお茶が出来たからと、お届けに居らして下さいまして・・」
あ、あぁ、そうなの? クーリア。
うん、まぁ、それは出迎えありがとな?
にしても・・俺、試食会するとか言ってない筈なんだけど、何故満面の笑みでスタンバってますか女神さん?
「ふふふ、甘いですよイツキさん? ことこのセイリーム世界において、主神たる私の目を欺く事等できません」
いつも通りのふんわり笑顔のまま、心なしか自慢げに旨を張って言う女神さんの言葉に、俺は少し記憶を探り、そして手をポンと打ち合わせた。
「あ~・・・そう言やぁ主神だったね、女神さん。何かすっかり忘れてたよ」
うん、かなり本気で忘れてた。
神様なのは知ってたし、とんでもないお偉いさんなのも覚えてたけど、何つーかこう、友達気分のが強くてなぁ。
だってこの女神さん、ふらりと来てはお茶会したり女神チャットで談笑したりと余りにもフレンドリーなんだもの。
俺の認識的に『茶飲み友達』の欄に登録されてたわ。
なんて事を思っている俺に女神さんは何だか嬉しそうな笑顔を向けて、クーリア達は・・・『まぁ、イツキ様ですから』的な苦笑をね。
うん、まぁ、何となくグッサリくるけど気にしない事にしとこう。
あんまりこれで時間とると冷めちまうし。
ここは素直に試食してくれる人が増えたと喜んどこうじゃないか。
なぁ、俺。
よし、自己防御完了。
んじゃ、行こうか。
「で、取りあえず屋台で売れそうなもんって事で幾つか作ってみた。右から順にハンバーガー、から揚げバーガー、フライドポテト。から揚げバーガーは見ての通り、普通のとチリソースの二種類あるから、それぞれ評価宜しく」
そう言って、俺はクーリア、ルリィと一緒にリビングの炬燵の上に皿を並べて行く。
と、蛇足ではあるけどついこの前、頼んでた炬燵が出来たのだよ。
って言っても、床に座る文化がないこの地方に合わせて、椅子の使える足の長いタイプのだけどね。
本体作成はオッサン、魔流紋はミギーさん、でもって上にかける布団の類はネリンさん経由で寝具なんかを作ってる職人さんに依頼した特別製である。
値段にして金貨2枚程と、結構なお値段にはなったけど後悔はない!
やっぱり炬燵は良い物だ!
・・・って、だから話を逸らしてどうするよ俺。
心の中で自分に突っ込みつつ、料理を並べて席に着く。
ルリィが入れてくれたお茶――今回は女神さんの伯母上、アルマナリス神の奴らしい――をお供に試食会の開催だ。
すっかり我が家では御馴染になりつつあるこの『世界中の葉茶』だけど、それぞれ色も香りも味も違うので全く飽きは来ない。
ちなみに、女神さんのは緑がかった金色で甘みと後味のスッキリ感が丁度良い感じ。マナリアース神のは緑茶以上に緑が強い若草色で甘みが強く、アルマナリス神のは青みがかった緑色で後味のスッキリ感が強い。
何と言うのか、その味の違いもあってヤムラ家では朝は女神さんのお茶で体を温めて、昼はアルマナリス神のお茶でスッキリして午後に備え、夜にマナリアース神のお茶で疲れを癒して寝る、なんてサイクルが出来ていたりする。
今回は試食会・・・それも油ものが多いんで、後味スッキリなこのお茶は最適な訳だ。
「それじゃ、イツキさんとルリィの力作ですし温かい内に頂きましょう!」
そう言って早速手をつけたのは、もはや我が家のムードメーカー的な存在になったネリンさん。
それに続く様にそれぞれ手を出して行くけど、どうやら俺が紹介した順番にって言う暗黙の了解でもあるのか、全員が同じ品物である。
いや、最終的に意見を言い合えれば良いだけなんで、どう言う順番で食べて貰っても良いんだけどな?
「ほっほ~、イツキさんこれ中身はお肉ですよね? 見た目何のお肉かは解らないですけど、これ美味し~ですねぇ」
「えぇ、確かに。柔らかくて簡単に噛み切れますし、噛む度に肉汁が染みだしてきて、ソースとの絡みも丁度良いですね」
意外に早いペースで食べ進めながら表情を綻ばすネリンさんと、一口が小さいのか少しゆっくり目に、だけど美味しそうに食べ進めるイリアさん。
「美味しいよ、お兄ちゃん! それにお姉ちゃんも!」
満面の笑みを浮かべながらパクパク食べるコニィと、そんな彼女に
「あらら、コニィちゃん。慌てて食べちゃだめですよ? ほら、お口を拭きましょうね」
と何だか母親か姉貴かとでも言わんばかりに世話を焼きつつ自分の食事を進める女神さん。
うん・・・馴染んでますね、女神さん。
っつーか、女神さんに世話して貰ってるコニィってある意味スゲェな、おい。
でもって、我が家の厨房を預かるクーリアとルリィはってぇと――
「ルリィ、これってお肉を一度挽いてから捏ねてるんだよね?」
「そうです。それで、卵とみじん切りにした玉ねぎを加えて・・・」
目を閉じてゆっくり味わいながら作り方を推理するクーリアと、こちらもゆっくり食べながらその答え合わせみたいな感じで料理談義を交わすルリィ。
クーリアも最近は奴隷どうしでなら丁寧語じゃなくても話せる様になって来たんで、俺としては密かに喜んでいたりする、
と、それは兎も角、今回は屋台に出す品って事でクーリアには悪いけど、ちょっと作るのは遠慮して貰ったのだ。
普段から家の料理に関わってるだけあって、作ってる内に大体味の見当が付く様になっちゃってるんで、セイリーム初の地球式料理――と言うにはジャンクな感じだけど――を屋台で出す料理の感想を貰う為に出来あがるのを待って貰った訳だ。
ぶっちゃけ、初めて見る料理なんて見た目で買おうか買うまいか判断されがちだからね。
パッと見美味そうかどうかって意見がまずは欲しい訳さ。
っても、バーガーとは名ばかりで見た目はサンドイッチのパンが厚めってな感じになっちゃったけど、まぁそれは仕方ない。
こればっかりは材料の問題だからね。
こっちの世界・・・と言うか、このバナバの街で『パン』って言うと、地球で言う所のフランスパンみたいな感じなのが一般的だ。
これは表面を固く焼く事で持ちが良い様にって理由らしいけど、柔らかくてふわふわしたパンってのはランク高めな食事付き宿の食事か、でなけりゃパン屋に直接交渉して食事事に手配する様な富裕層位しか食べられないみたい。
ま、これは地球と違って品質を維持できる設備が整っていないって言う環境が原因だから仕方ない。
王都何かの貴族御用達、なんてとこじゃ魔石使ってある程度の時間なら品質も維持できる様にしてるらしいけど、この街の規模じゃそれはちょっと無理な話だろう。
設備に掛かる費用に対して、売り上げが少ないし。
と、まぁそんな理由からパンに関しては地球で言う所のバーガー用のパンズみたいな感じではないんで、言ってみればバーガーモドキか、でなけりゃストレートにハンバーグサンドイッチが正しいのかも知れないけど、そこら辺は気にしない。
単に『○○サンド』より『○○バーガー』の方が俺的に好きなのだ、音的な面で。
幸いってのも変だけど、こっちの世界に本家本元のバーガーを知ってる人なんていないんで、突っ込まれる事はないしね。
そんな感じで順番に食べて行った訳だが、評判の方が結構良かった。
一番評価が高かったのは、意外ってのもあれだけどチリソース仕立てのから揚げバーガー。
ま、これはチリソースの味自体がこの世界――特にここら変じゃ珍しいって事も理由の一つではあるんだけど、『寒さの厳しいこの時期に、辛めの味付けは有難い』ってのもあるらしい。
イリアさん曰く、チリソースは勿論ないものの、この辺りでも冬場は辛めに味付けした食事で体温を上げて寒さを凌ぐってのは一般的なんだそうな。
なんで、それもあってこの時期に売りだすならそれが一押しだとの事。
「ただ、人によってはやはり辛さが苦手な方もおりますので、これ一品だけではなく、絡みの少ないものも置くべきだとは思いますが」
って言う追加もあったけど、まぁ、それもそうだ。
うちのメンツは一番幼いコニィですら平気で食べてるからあれだけど、地球時代の数少ない友人を思い出すと辛い系は全く駄目ってのもいたし。
と、そんな感じで色々盛り上がってきた試食会。
流石にあれだけ食べれば当面は腹も一杯なんで、他にはどんな料理が良いだろうなんて話題で盛り上がる。
やれスープ系はどうだ、だとか、いっその事弁当みたいな感じになんて無茶な意見も出たりしたけど、結構楽しいもんである。
まぁ、再前提が『屋台の調理人はルリィ』なんで、あんまり無茶はきかないのは全員理解しての発言だ。
将来的にルリィがもっと大人になって、コニィも大きくなってきたなら色々幅も増えるだろうけど、コニィはまだ年齢的にも簡単なお手伝いが精一杯だし、そんなコニィの面倒を見ながら料理しなきゃいけないルリィも余りに料理の品数が多過ぎると手が回らないのは確か。
一応、ルリィが屋台に出てる時は神殿で預かろうかなんて話も、この前の神殿からの依頼で知り合った神官長のサーラさんが言ってきてくれていたが、他ならぬコニィがそれは嫌らしい。
『コニィもお兄ちゃん達にお世話されてるだけじゃなくて、ちゃんとお手伝いするの!』
だそうである。
ルリィと一緒に居れば、最悪何かあっても亜空間車庫に逃げ込めるし、コニィが居れば呼子みたいな簡単な事は出来るからと、ルリィにも頼まれて許可を出す事にしたのだ。
勿論、『勝手に出歩いちゃダメ』だとかみたいな約束事はちゃんと作ったともさ。
そんな経緯もあるんで、ルリィとコニィの張り切り様は結構なものがある。
さっきの弁当云々みたいな冗談ですら、確りメモをとって頭の中で出来るかどうか考えてるみたいだし、ある意味で本決まりと言って良い品の一つ、から揚げに関しても細かい味の修正案を聞いてみたりとかなり熱心だ。
さて、屋台が完成するまで後一週間。
ルリィ達が営む屋台はどんな風になるのだろうと想像しながら、俺はお茶を飲むべくカップを手に取った。