異世界の冬季お仕事事情①
一、二月って季節は、それ以外の月に比べて仕事量が大幅に減ってくるもんらしい。
まぁ、これは以前にも言った気もするけど、結局は季節――もっと言えば気候的な問題だね。
特にこの辺りの地域は暦と季節の重なり方が日本的な感覚なんで、一月、二月は特に寒い時期って事になる。
気温の低下に加えて、雪なんかによる路面状況の悪化を考えると、この時期は行商の類も酷く少なくなってくるし、行商による流通が滞ると経済活動自体が縮小傾向になるってのはこっちの世界でも同じ事。
それ以外にも例えば鍛冶業界なら夏場以上に製鉄に必要な燃料が増えるだとか、そもそも季節的に農閑期で仕事の一部が減るとか理由はあるけどな。
で、そんな今日この頃。
俺達運び屋ヤムラが何をしてるかってぇと――
「・・はい、必要書類の方は確認させていただきました。次に注意事項ですが・・」
商業ギルドの一室で屋台運営に関する説明を受けていた。
ルリィが家に来た事で本格的に考えていた屋台運営だったけど、運び屋――最近は殆ど何でも屋っつーか土建業的な意味合いが強くなってきてるけど――稼業の傍ら、調べてみると意外にキチンとした制度が作られていて驚いたんだよなぁ。
いや、まぁその方が経営する側からしても、安心できる部分はあるから良いのは確かだけど、資格がいるってのにはちょっとビックリではあった。
何て言うか、こう・・・。
ファンタジー世界で言う屋台ってのは、比較的自由に店を出してるってイメージがあって、制約があるにしてもギルドに届け出だして税金納めりゃそれでOK、的なもんだとばっかり思ってたんだけど、そう言うもんじゃなかったって訳だ。
もしくは以前に行われたって言う区画整備の際にでも、キッチリとした制度として作られたのかも知れない。
で、屋台で扱おうって品物にもよるけど、結構細々とした決まり事があるんだわ。
まず、扱う品物云々に関わらず、屋台運営に関する資格が必要で、発効して貰う為にはギルドで講習を受けて屋台営業に関するあれこれを覚えなければならない。
そしてそれが終わったら次は扱う品ごとに分かれて、屋台自体に関する注意事項を聞かされる。
これがまた、結構細かいんだ。
俺達がやろうとしてるのは、鳥のから揚げなんかを扱う料理屋台な訳だけど・・・まずは調理に必要な熱源は魔石を使った魔流紋――魔力回路の事な――を使ったものでなければいけないだとか、台の高さはどれ位だとか、色々な決まり事がある。
まぁ、余りに奇抜なデザインを許したりすると屋台通りの景観を壊す事になるだろうし、変に飾り布なんかを使われたら火事の危険も高まる事になるだろうしで、運営側の元締めたるギルドとしては気の付けなければいけないってのは確かな事ではあるね。
と、こんな具合に結構細かい所まで規則がある訳で、それらについて学ぶ講習期間もそれなりに掛かる。
仕事の合間に一~二時間行けば良いや、では済まない訳で仕事の少ないこの時期にやっちまおうって事にしたんだ。
いや、まぁ実際に料理屋台に出るのはルリィではあるんだけど、ルリィの年齢は14歳。
セイリームでの成人年齢は15歳だから今はまだ未成年って事になる。
その場合、屋台をやる事自体は問題ないにしても、保護者・・・ってよりは運営責任者かな?
それを立てなきゃならんので、俺も一緒に講習を受けてるって訳だ。
まぁ、これはある意味仕方ないっちゃ仕方ない。
いざ屋台が火事に~、みたいな事になった時に責任を負い切れるかどうかって点もある訳だし。
現代日本と違って保険制度なんてもんがないこっちでは、責任の全てが自分に掛かってくる。
まぁ、これ自体は良いにしても未成年者ではそれを負い切れないってのは、やっぱりこっちでも変わらない。
奴隷制があるこっちでは、出た被害額を捻出する為に当事者の財産で足りなければ、身売りさせて得た金額を保障に当てる事になるんだけど、未成年者の場合は身売り金もそうそう高値が付くって事は少ない。
いや、よっぽど才能――この場合は学問だけじゃなくて魔法適性もって事――に溢れた才児だとか、将来は絶世が付く程の美女になるだろうって位に優れた容姿をしてたりすれば別だけど、まぁ、まずそんなのはあり得ないのは確か。
で、なんで未成年だと安いのかってーと、まぁ、ぶっちゃければ『性行為への同意』が出来ないからって言うかなり色ボケた理由があったりするんだが・・・俺としちゃネリンさんトコで副店やってる娘さんの体験談聞いてた訳で、『は?』と思ったさ。
その娘さんも例にもれず。ネリンさんが買い求めた奴隷の一人ではあるのだが、両親が居らず幼い弟を養う為に10歳其処らから娼館で働いてたって聞いてる。
娼婦とは言え市民権を有した自由民な訳で、そっちが10やそこらで娼館勤めが可能なのに、奴隷は保護とかちと訳が解らんだろう。
普通は逆だろうと思ったんだが、こちらの世界的にはそれが正しいのだとか。
自由民は自身の意思で職種を選択できるってのが、まぁ、建前上の再前提な訳で、その考えに従えば10歳だろうが自分でそれに付く事を選んだのだから問題ない。だが奴隷は基本的に行動指針を主の意思に委ねられる訳で、意に沿わぬ性行為を強制されるには未成年は幼過ぎるのだ、ってのがその理由なんだそうだ。
・・・うん、聞いてるだけでもスゲェこじ付けっぽいと思うよ、マジで。
なら実際はどうよ? ってぇと
『肉感的にも足らない未成熟のガキを抱くのに、余計な金なんぞ出したくない』
っつー貴族や豪商――一部例外はあるけど――の意見と、
『両親の庇護が必要な未成年の身売りである以上、早期買い戻しが可能なように値段の高騰を制限すべき』
って言う教会含めた有識者の意見に加え、
『肉体的にも精神的にも未熟な以上、売り物として通じるレベルで教え切る事の出来る範囲は限られている』
って言う奴隷商側の意見。
その三者の意見の妥協点ってだけらしい。
こう聞くと色々と汚いわなぁと心底思うけどさ。
一応付け加えとくと、成人以上になると高くなるってのには『成人してんだから自活出来てなんぼだろーが』ってな考え方があるからってのもある。
職種も限られ、給金的にも安くなりがちな未成年の身売りの場合、基本的な責任はその庇護者――つまりは両親にある訳だ。
事業の失敗、または飢饉による凶作だとか色々理由はあるにしろ、子供を売らなきゃならん生活した親が悪いんだから、早いトコ自分を買い戻せるようにしとくべき。対して、成人であれば最悪親元を離れての自活が可能な訳だから、身売りも自己責任。なら、ある程度の金額上昇は認めようってのが国の基本方針なんだそうな。
っつっても、こうなるまでは『加護持ち』に対する扱いみたいに、バカ貴族の横暴やら営利に走った奴隷商の暴走やらで結構な犠牲が出ている。
で、案の定と言うか何と言うか、やっぱり神罰喰らったおバカ様が出てからこうなったらしいけどな。
と、そんな奴隷売買への裏話は置いとくとして、最低限、被害額の補填の為にある程度高値を付ける事の出来る成人に保障させると言うのがギルドのやり方って訳だ。
まぁ、一種の担保って事だろう。
地球との違いはそれが土地や財産以外にも、身柄――奴隷売買を含めた――が含まれるって所にあるけど。
ついでに言っちゃうと、ルリィは今俺の奴隷な訳だから未成年云々を抜きにしても、主の参加は絶対条件ではある。
奴隷自身が主の所有財産である以上、個人的な財産の持ち合わせなんてないからね。
いざとなったら保証しますって言う主の許可は必要な訳だ。
っつー訳で講習を受けている俺達。
今日は都合四日間の講習の最終日である。
うん、実はルリィの勉強とコニィの体調面以外にも、この講習なんかの日程があったから、今まで屋台の話を進めてなかったんだ。
飛び飛びであっても四回受ければ良いよ、じゃなくて連続四日受けなきゃならんのがこの講習の難点。
ネリンさんから『冬場になったら仕事減りますよ?』的な事を前もって忠告された身としては、本業である運び屋業を休んでまでそっちを優先するのは問題があった訳で、どうせコニィの体調の事もあるしって事で、ルリィには料理を含めた勉強をしてて貰った訳である。
でもって、丁度依頼が途切れたこの四日間を使って、屋台の話を進める事にした、と。
そう言う訳だ。
あぁ、いや、再前提がルリィの料理の腕にあるのも確かなんで、どっちにしろ暫く家出の練習期間はとっただろうけど。
と、そんな事を回想しつつも職員の講習を聞いていく。
辺りに夕闇が迫って来た辺りで、漸く講習が終わった後は屋台の手配に関する問題だ。
「それで屋台の方ですが・・・ギルドの方で手配致しますかな? 勿論、個人的に職人に当てが御有りでしたら、それでも構いませんが」
講義をしてくれていた職員さんと入れ替わる様にして入室してきたのは、年嵩ではあるけどがっしりとした体格をした男性職員で、どうやら工業部門の担当らしい。
体格とか見る限りは職人上がりって事かな?
何と言うか、握手した時の掌の感じとかが若干、オッサンと似た様な感じがするし。
と、人物考察は良いとして、まずは質問に答えなきゃな。
「一応、オルガ村に居る知り合いの技師を訪ねてみようと思ってます」
そう言うと、職員さんは小さく頷いて長い顎鬚を扱く。
「ほぅ・・オルガ村と言いますと・・・、ボガディ夫妻の営む工房ですかな?」
「えぇ、まぁ」
「ふむ。・・・しかし、良くお知り合いになられましたな? あの男は腕は確かですが、何分偏屈な性格ですからな。こう言っては何ですが、ヤムラさんの様な年代の方が伺っても、普通は叩き返されて終わるものですぞ?」
そう言って苦笑する職員さんの言葉を聞いて、俺とルリィもまた、顔を見合わせて苦笑。
まぁ、実際叩き返されましたわな、違う意味で。
なんて事を思いつつ、
「あはは、まぁ、身内が知り合いでして。その縁と言いますか・・」
と返す。
うん、間違ってない。
流石にクーリアの関係者じゃなかったら、ネリンさんのジッパーに関する交渉が終わった時点で、関わろうって気にはならなかったろうし。
それを考えると、縁・・・ってのも間違っちゃいないな、うん。
そんな事を考える俺に、職員さんは再び頷いて続けた。
「成程。良い職人との縁は得難いものでもありますからな。大事になさるが宜しかろう。幸い、この街とオルガ村の道行は、この時期であればまだ問題なく通行は出来るでしょうからな。・・・これが来月となると、少々危うい所もありますが」
あぁ、成程。
ここらじゃ降雪が多いのは2月辺りな訳か。
ふむ、その辺りも含めて後でネリンさん辺りに確認とっとこう。
降雪量次第じゃ、二月中の運び屋稼業はちと考えにゃならんからね。
如何にオフロード上等なマローダーとは言え、余りに降りが激しい様なら運転は見合わせたいと思ってる。
特にバナバ周辺は荒野みたいな感じなんで、雪が積もろうもんなら一面白の世界で道はおろか、下手すりゃ進行方向の目印的なものも見えん可能性が高いからなぁ。
一応カーナビはあるけど、日本と違ってキチンとした道がある訳でも無し、荒野の真ん中に踏み固められた筋があるって程度なこっちの世界でナビ便りの走行は遠慮したい所である。
まぁ、その辺りも含めて帰ったら家族会議かな?
値段設定その他は実際に屋台が出来た後、ギルドにもう一回来た時に相談する様にって言われてるんで、まぁ、それからにしてもだ。
最近のルリィの料理の腕の上がり具合を見てると、当初予定してたから揚げ以外にも売り出しても良いかもって気もしてるのも事実。
そこら辺も含めて相談して、どんな屋台にするかを決めるとしよう。
この辺りは屋台関連の情報が少なかったのが、ちと痛かったなぁと思うわ。
やれどんな資格が必要だ、みたいのは解ったけど細かいトコは実際に講習聞いてからだって感じだったからなぁ、調べられる範囲って。
まぁ、本業の方が何だかんだで大事ばっかりだったってのもあるけど、公開されてる情報が浅い範囲のものが多かったのも事実。
一応、その都度その都度『検索エンジン異世界版』で当たっちゃいるけど、イリアさんの時みたいなキーワード不足って事もあり得るしで、万全とは言い難い。
その辺りを考えると、異世界来ようが仕事関連で『万全』だとか『完璧』ってのはあり得ないんだなっては酷く実感する所である。
取り敢えずは家族揃って『最善』目指して頑張ろうか。
そう決めて、俺はルリィと帰路を辿った。