幕間 年の瀬
時間的フライングな気もしますが、夜になると集中しそうなので今の内に上げさせて頂きます。
さて、年の瀬も押し迫った今日この頃な訳だが。
何つーか、こうして思い出してみるとやっぱり早いね、一年って。
俺がこの世界――セイリームに来たのは確か秋口に入ったかってあたりだったから、そっから既に早数カ月・・・。
異世界転移だけでも無茶苦茶だってのに、違法奴隷だったクーリアが加わったと思ったらあれよあれよと6人の大所帯。
ん? 6人程度じゃ大所帯ってなちとおかしいか?
けどまぁ、感覚的にはそんな気がするんだと納得してくれ、うん。
つっても、色々問題はあるけど。
まず俺以外は全員女性――しかもそれなり以上に容姿が整ってたりする訳で、傍目からはハーレム野郎でも俺的にはちと気分的に肩身が狭かったりするのが一つ。
いや、全員出来た娘達なのは間違いないけどね。
だからこれは俺の気分的なもの。
腹割った男同士でバカやって、バカみたいにはしゃぐってのも偶には欲しいとか思うんだ、やっぱり。
女の子=お上品なんて幻想は抱いちゃいないけど、男同士でやる様なお馬鹿で粗野なやり取りとかはやっぱり出来ない訳で。
そんな男同士の砕けた付き合いってのがちと懐かしい。
まぁ、後はこの家って俺とネリンさん、コニィを除けば全員――っても三人だけど――が奴隷なんで、初めて会う人なんかだと、俺とネリンさんが夫婦でコニィが娘、クー達三人は使用人・・・的な見方をされる事もある訳で、その度その度奴隷制度って身分階級を嫌が応でも思い出させられる。
今更っちゃ今更だし、三人も奴隷抱えといてって言われそうだけど、やっぱり奴隷制度ってな慣れないよなぁ。
と、そんなヤムラ家ではあるけれど、一応上手くは回ってくれてると思う。
こっちで始めた『運び屋ヤムラ』も、何でも屋になりつつある事を除けば軌道に乗ってきたし、ネリンさんのお店で売り出した地球の服もそれなりに儲けを出してくれてるらしいしで、取りあえず資産的な問題はなくなったしさ。
先も言った通りに家庭内も仲良い訳だから、今の所言う事なしかな?
後は来年も頑張ろうって事で良いだろう、うん。
そんな事を思いつつ、ノンビリお茶を飲みつつ夕食後の団欒を楽しむ俺達。
話の内容はこっちと向こうでの年末年始の過ごし方。
これがやっぱり聞いてみると結構違うもんなんだなぁと再確認。
「へ? じゃぁこっちじゃ特に何か祝うみたいなのはないんだ?」
「そうですね。まぁ、王都みたいに大きな街だと結構賑やかに祝ったりもしてますけど、それ位じゃないですかね?」
「はい。王都等の規模の大きな街で賑々しく祝うのは、ある意味王や領主の力を示す意味合いもありますので、相応の規模で祝う事になります。祝いの費用を為政者である王や領主が用立て、民に振る舞う事で『自分には民を養う力がある』と示す事になりますし、他領の貴族に向け、『この規模の祭を開けるだけ民を富ませた』と言う表明にもなるのです」
こっちでは特別なイベント的なもんがないらしいって聞いて、驚いた俺にネリンさん、イリアさんが入れてくれた追加説明を聞いて成程、と納得。
この時期は季節的なものもあって、財政を上げるには厳しい時期だ。
寒さも厳しくなってるから作物の収穫は見込めないし、工業系にしたって日が短くなるにつれて生産量はそれなりに落ちる事になる。
地球ならそれこそ電気つけて明るくすりゃ事足りるけど、こっちじゃ明かりになるのは基本的にロウソクな訳で、余程大きな工房でもない限り明かりの魔法道具なんか入れてないらしいから、日照時間に作業が左右されるのは仕方ない事なんだろう。
加えて、季節的な天候の問題――つまりは雪だね。
交通網と言えるものの大半が、荷馬車と旅人に地面が踏み固められただけの街道で、運搬の基本が馬車の世界じゃ雪が積もったりすれば、そりゃ結構響くだろう。
足場はぬかるむ、場合によっては凍ってアイスバーン状態な上に、雨具もそこまで発達してない訳だから、容赦なく体温を奪われる事になるし。
人間だけじゃなくて馬の方だって寒さで体温奪われれば、体力も余計に使うんだから冬場の運送ってこの時代じゃ結構な難事だよなぁ。
で、そんな時期に費用と糧食を放出して祭を開く事で、この時期にこれだけの事が出来る程に為政者として優れていると証明してる訳だ。
「成程。でも、そうなるとバナバの街は当て嵌まらないか・・」
そう、このバナバの街はその例には当て嵌まらない。
ここバナバは『街』と呼ばれて入るけど実際は地方領主の領地――その飛び地に当たる。
加えて特筆できる様な特産品もない訳だから、常駐する領主が居らずあくまで旅人相手の商売で身を立てる商業都市。
商業都市としても規模は小さい方なんで、領主も態々飛び地のバナバにまで祭の費用は割かないんだそうな。
その代わり、ある程度の自治を認める形を取っている、と。
そしてその自治権を引き受けているのが商業ギルドなんだけど、ギルドと言うだけあって基本は商人の集まりだ。
商人はある程度の採算が合わなければ、そもそも出資したがらない。
それは商人として当たり前の考えではあるんだけど、そう言った理由もあって『街のイベント』みたいな形でのお祝いはしないみたいだ。
うん、とりあえずそこら辺は解った。
けどまぁ、個人的にやる分には問題はない訳で、昔から『盆暮れ正月』なんて言われる程日本人にとっちゃ大きなイベントだ。
何もしないってのは落ち着かないし、それなりにやらして貰おう。
そう決めた俺は、その旨を皆に話す。
計画はこうだ。
まずは新年を新たな気持ちで迎える為の大掃除。
これは皆の方も異論はないみたい。
新年の為に態々みたいな考え方はなかったみたいだけど、綺麗にして迎えられるならそれに越した事はないって感じかな?
後、大晦日の夕食は俺が作る事にした。
俺の習慣的に年越しそばはやっぱり食べたいし、普段よりちょっと奮発して手の込んだ料理でも作るとしよう。
そうして迎えた翌日。
俺達は家族総出で掃除に勤しむ。
一部屋一部屋丁寧に埃を落とし、洗剤を溶かしたお湯で絞った雑巾で壁から床まで汚れをふき取り、水ぶきからぶき。
家具の類もしっかりふいて、布団は確り日干しして――と朝から大忙しな俺達だったけど、何だかんだで楽しんでいるから面白い。
何の事もない掃除も、やっぱり気心知れた仲間と一緒にやってると楽しいもんだ。
で、家の方が終わったら今度は更に大仕事。
セイリームに来てからお世話になりっ放しのマローダーを始めとする、亜空間車庫の車両群の洗車である。
いや、まぁ亜空間車庫のオートメンテナンス能力がある訳で、どれだけ汚そうが地球で搬入した状態のままではあるんだけど、そこはほら、気分的なものがね。
幾らほっといても大丈夫って言っても、せめてこう言う時くらいは自分の手で・・って思う訳だよ。
全戦力を集中したおかげか、午前中に家の掃除を終えられた俺達は、昼食を食べて軽く食休みを取った後、洗車の為にバナバの街の郊外に繰り出した。
っても外で洗う訳ではなく、洗車自体は亜空間車庫の中でやるんだけど洗う為には車を水道の近くに移さないといけないからね。
亜空間車庫のシャッターを開いて車を搬出、で洗う車が水道の近くに来る様に搬入。
・・・・。
うん、予想はしてたけど大仕事だこりゃ。
軽トラと二トン車は兎も角、マローダーはデカイ。
高さもあれば幅もある。タイヤだけでもデカくてゴツイと大変だ。
まぁ、こっち来てからのお世話になり具合考えると、そこまで気にはならんけどさ。
ブラシでタイヤを擦りながら見てみれば、近くで窓を拭いてるクーが見える。
・・・うん、マローダーのタイヤがデカくて助かった。
俺の身長でも立って洗わなきゃならん様なタイヤだったから良かったけど、そうじゃなかったら台に乗ってるクーリアを変な感じに見上げる事になってたぞ・・・。
幾らクーがホットパンツって言っても、下から見上げる様なのは何だか覗き的な意味での罪悪感が湧きそう・・・って、それは置いといて。
窓を拭いてるクーの表情は何だか楽しそうだ。
それを見てて思い出したけど、こっち来てから俺以外で一番長くマローダーに乗ってるのってクーなんだよなぁ。
出会いからこっち、暫くはマローダーの居住区で寝泊まりしてたし、もしかしたら気に入ってるのかも。
そんな事を思いながら見ていたら、俺の視線に気づいたらしいクーがこっちを向いた。
「? イツキ様?」
あぁ、うん、自分から洗車とか言い出しとしてボケッとしてたら気になるか。
「あぁ、いや、何だかクーも楽しそうだなってね」
気まずげに頬を掻きつつ言った俺に、クーリアはクスッと一笑い。
「あぁ、はい。楽しいです。このマローダーには一杯お世話になりましたし、こうしてお掃除してるとこんな事したなぁとか、こんなもの食べさせて貰ったなぁって思い出しちゃって」
そう言って笑うクーリアはやっぱり楽しそうだ。
成程、マローダーの掃除を通して色々思い出してたのか。
ま、あぁやって楽しそうに笑える思い出が多いんなら良い事だ。
よし、んじゃ俺もさっさと続きやりますか!
その後の洗車は、まるでクーリアに力を貰ったみたいにスイスイと進むのが少しおかしかった。
その結果――
「お~っ、綺麗になりましたねぇ」
「だなぁ・・」
感心した様に言うネリンさんの言葉じゃないけど、俺も実際そう思う。
転移に当たって亜空間車庫に搬入する前に綺麗に洗っといたし、その状態がキープされてる筈なんだけど・・・。
こうして洗い終わった車を見てると、やっぱり綺麗なったって感じがするよ。
う~ん、気分的なもんかも知れんけど、まぁ、それならそれで良し。
気分良く年越せるんなら充分である。
「っつー訳で皆お疲れ様」
そう言って皆と軽くハイタッチ。
これは元々、運び屋の依頼終了時にクーリアに教えてやったのが始まりだったかな?
そしたらいつの間にかヤムラ家どころか、キリグ村にも広まってて驚いた。
いやまぁ、うちの連中もキリグの連中も、一仕事終える度に俺とクーリアがやってたから解らんでもないけど、驚くのは驚くさ。
まぁ、これも楽しいなら良いとしとくかな、うん。
そしてついに大晦日の夜。
すっかり綺麗になった我が家のリビングに、俺は渾身の料理を並べて行く。
メインの年越し蕎麦は海老の天ぷらをお好みでトッピングして貰う。
後はちょっと季節感無視な気もするけど、そこは皆の好物優先でって事にして鶏のから揚げ(ノーマルとチリソースの二種類)、ちぎったレタスに細切りにした大根、ニンジンとワカメを乗せたサラダ、浅漬け各種とついでに海老チリ。
酒も用意したが、これはまぁ飲みたい奴だけ飲めば良い。
「イツキ様、この細長い麺は何でしょうか? パスタとは違う様ですが・・」
そう聞いて来るイリアさんは、汁の中に沈んで濃いめの茶色にも見える蕎麦をしげしげと眺めている。
まだ頂きますをしてないんで、箸で持ち上げたりはしないけど何だか興味津々みたいだ。
「あ~、それは蕎麦っていって、俺の故郷に古くからある麺なんだ。で、年越しの時に蕎麦を食べると寿命が延びるとか、今年一年の厄を断ち切ってくれるとか言い伝えがあるんだよ」
そう説明すると、何だか納得したみたいに頷くイリアさん。
「成程。こちらの結婚式の時に兎の肉を食べるのと同じ様なものですか・・」
――食後に改めて聞きだした事だけど、結婚の夜の食事としてこっちの世界では兎の肉を食べる習慣があるんだそうな。これは多産である兎にあやかって、子宝に恵まれます様にって意味があるらしい――
そんなやり取りをしつつ、グラスに飲み物を注いだ所でネリンさんから目配せが来る。
つまりは俺に音頭をとれって事だろう。
内心で苦笑しつつ、グラスを持ち上げる。
「え~、それじゃ今年一年皆さんお疲れさまでした。来年も宜しくって事で、乾杯!」
うん、何だか忘年会みたいなノリも混ざったけど、まぁ良いとしとこう。
読者の皆様方、本年は色々とご指摘等お世話になりました。
本当にありがとう御座います。
良いお年を迎えられる事を祈らせて頂きます。