アルマナリス神官からの依頼④
神殿での作業開始から凡そ一週間で、セイリーム世界最初のバスケットコートが完成した。
まぁ、下が地面なんで見た目的にはちょっと違和感あるけどね。
で、完成したコートを実際に使ってみましょって事で、取りあえずはコートの地面を硬化させる所から。
ゴールの片一方の裏側に回ると、そこに縦横30cm、50cm位の高さの台があって、その上に小さな魔石が三つ程つけられた魔法陣が描かれている。
当然、描くっつってもインクなんかで書いたんじゃ雨風日差しにやられて、すぐダメになるのが解りきってるんで石板の表面に陣を掘り込んで溶かした金属を流し込むって方法でだけどな。
で、陣はって言うと円形の内側に正三角形が書き込まれ、三角形の頂点に魔石がそれぞれ一つずつって感じで置かれていて、それぞれの魔石の近くに何やら象形文字とも古代文字ともつかない文字が――魔文字って言うらしい――が幾つか書きこまれていた。
この魔石がそれぞれ魔法陣の効果、影響を及ぼす範囲とその方向性ってな具合に振り分けられてるんだそうで、後は魔力を注げば継続魔法発動って事らしい。
ついでに言うと、この継続魔法の硬化時間はあくまでも注がれた魔力の量と、使われた魔石の質と大きさに依存するんだそうな。
魔石の質と大きさがそのまま蓄積できる魔力量を決定するらしく、この魔法陣に使われている大きさと質の魔石なら、最大限に魔力を込めて大体一時間って所らしい。
それ以上に効果を持続させたければ、改めて魔力を込める、と。
まぁ、バスケするだけなんだし、これで十分過ぎる。
主に使うのは子供達なんだし、休憩挟んでも一時間以上ぶっ続けとか今度は逆に体を壊しかねないし。
ある程度体の出来た高校生の部活だって、確りと休憩を挟みながらやるんだし、子供が楽しく遊びましょうって目的なんだから一時間も持てば上等だろう。
神殿運営の孤児院って言ったって、将来の自立支援の為の勉強だとか職業訓練的なものもある訳だし、日がな一日遊びまわってて良いって訳でもないみたいだしね。
と、まぁ、その辺りは良いとして、俺は魔法陣の上に右手を乗せると軽く魔力を注ぎ込む。
個々人によって魔力の量と強さってのは違うらしいけど、どれだけ注ぎ込もうが魔石の容量以上の魔力が流れ込むって事はないんだそうで、ふと脳裏に浮かんだ『大魔導師が魔力を注ぎこんだら魔石がぶっ壊れる』的な事にはならないらしい。
変わってくるのは魔石の充填完了までに掛かる時間が、遅いか早いか位の差でしかないし、この規模の魔石なら魔力の弱い一般市民でも大体30秒もあれば終える位。
なんで一応、この世界でもそれなりに魔力量の多いらしい俺やクーたちなら、1秒掛からないかな?
で、魔力を注ぎこんだらコートに入ってみる。
すると、さっきまで普通の地面だった筈のそこは、分厚い床板を敷き詰めたみたいな感じに硬くなっていて、一度見ているにも関わらず驚かされる。
うん、これならこの世界の建築に使われるってのも納得かな。
ミギーさん曰く
『凄く簡単な陣と一番小さな魔石だから、効果なんて通常建築の十分の一もないわよ?』
って魔法陣でこれなんだし、キチンとした陣を敷いて、ある程度の質と大きさの魔石を使えばコンクリ以上に頑丈そうな気がするわ、これ。
いや、まぁ、目的考えればこれ以上に固いのもちょっとアレなんで、ここはこれで良いんだけどさ。
で、継続魔法の効果で固くなった地面に向けて、持参したバスケットボールを落せば、ポーンと軽い音と共に跳ね返ってくるので、そのまま軽くドリブルをば。
うん、やってみた感じ体育館なんかでやるのに近い感じになってるな。
これなら普通にプレイ出来そうだ。
そう判断した俺は、興味深そうにこっちを見てる子供達を呼び寄せる。
ワッと賑やかな声と共に元気良く飛び出してきた子供達を集めて、まずはドリブルの練習から。
オッサンが頑張ってくれたおかげで、バスケットボールは地球産のを持ち込まなくても大丈夫そうな数は揃えられた。
流石に一人一つって訳には行かなかったけど、三人に一つ程度は行けそうだ。
なんで、まずは三人一組になって貰って、順番にドリブル。
バスケコートを横に使って、端から端までドリブルしながら行って帰って来たら次の子に交代って感じでやれば良いかな?
「うん、三人一組に分かれたね。じゃ、まずはこのボールをついてくのをドリブルって言うんだけど、まずはそれからやってみよう。最初は俺が見本見せるから、同じ様にやってみてくれな?」
そう言ってドリブルしながら歩いて行って、帰ってくるって動きをやって見せる。
で、事前に練習して貰っているクーにボールをパス。
キチンと胸元目掛けて飛んでくるボールをクーが両手でキャッチした所で、子供達に向き直る。
「こうやって味方にボールを渡す事をパスって言うんだ。で、今俺がやったみたいに、ここから向こうまでドリブルして行って、戻ってきたら次の子にパス。受け取った子はドリブルしながら行って帰って来て、次の子にパスって感じでやろう。危ないから、パスの時は相手が取れる様に投げる様にね」
そんな俺の声に、子供達は元気良く「は~いっ!」と返事を返してくれる。
その後は子供達の動きを見ながら、危ない行為は注意して、ある程度覚えてきたかな? と思ったら次の動作をって具合に教えて行く。
基本の基本だけだから、覚えるのは難しくないからね。
覚えるのはすぐだ。
そうなると試合させても良いんだけど、バスケはれっきとしたスポーツな訳で、ルールってもんが存在する。
まぁ、こればっかりは最初っから全部覚えろってのは難しいだろうから、予めルールを書いた紙を子供達のお守訳の大人に渡しておいた。
後は実際にやりながら確認して貰って、子供たちにも少しずつ覚えて貰えば良いだろうと思う。
何せ最初の試合だし、そもそもが仲良く楽しく遊びましょうって目的な訳で、危険行為とか、よっぽど酷いルール違反以外は厳しく見るけど、それ以外は徐々にでもいいんじゃないかって言うのは、サーラさんとも事前に話しておいた。
こう言うとちょっとアレだけど、『真実と正義』を教義に掲げるサーラさんは、ルール順守が絶対かなぁとか思ってたんだけど、子供用にルールを若干緩和するってのには同意してくれて驚いた。
『確かに決まりは守らねばならないものですが、最初から厳格にやるのもなんでしょう。ただ、その場その場でこれはダメなのだ、と言うのは教える必要はありますし、上手く出来た子を褒める事も必要です。訓練ではなく遊びとしての範囲内で、少し緩める位は良いのではないかと思います』
って言ってくれてたんで、取りあえずは一安心。
バスケのルールって結構細かいのもあるから、厳格にやったらそれこそ慣れてないこの試合はまともに出来ないだろうしなぁ。
一試合の内に何回もストップかけられるとか、普通に気力が萎えそうだ。
まぁ、だからこそルールを守るって事が学べるんだって言われればそれまでではあるんだけど・・子供用に多少緩和させる位はねぇ。
そんな事を考えながらの記念すべき第一試合は、まぁ、それなりにうまく行った方じゃないかと思う。
ミスみたいなルール違反は兎も角として、危険行為は出なかったし習いたての急増チームだけに連携も何もない様なもんだけど、運動の特異な子だけが突出して活躍って事もなかったし。
ってか、アレだ。
地球よりもこっちの子たちの方が精神的に大人びてるわ、やっぱ。
大きい子、運動の特異な子たちは小さい子や苦手な子にちょこちょこ気を配ってるし、俺が俺がって出たがるよりも、仲良く楽しめる様にってパスを回してみたりと頑張ってる。
逆に運動の苦手な子たちも、『僕は運動苦手だから』みたいに腐る事無く、回して貰ったボールを何とか前にって苦手なりに頑張ってるし。
神殿の教育ならではなのか、それともこの子たち良い子なのか、もしくは命の危険度が高いセイリームって土壌故なのか。
そこら辺の理由は解らないけど、協力して楽しむって部分に関しては、この子たちはもう既に及第点行ってる気がするよ。
と、そんな上から目線な品評は兎も角として、当初の目標である『子供達に楽しんでもらう』って部分はってぇと・・・。
うん、大丈夫そうだ。
魔法陣の時間制限の一時間、精一杯動いた子供達は額に汗を浮かべながらも楽しそうな笑みを浮かべてる。
まぁ、詳しいトコは神官さん達に確認とって貰わなきゃだけど、一応成功だと思って良いだろう。
で、次。
子供達がコートを出ると、今度は大人の男達が入ってくる。
彼らはそれぞれ身長も高いが、肩幅も広く胸板も分厚いと言う結構ゴツイ体格をしてる。
うん、まぁ体格で解りそうなもんではあるけど、彼らの本職は神官騎士。
別名『神罰の代行者』とか『神代の法の守手』なんて呼ばれる事もある神官騎士は、それぞれ奉じる神の奇跡――神聖魔法と鍛え抜いた武術をもって神敵を討ったり、時に国兵と共同して民を守ったりってのが本来のお仕事。
そんな彼らは日ごろ鍛えているだけあって、素の身体能力も相当なものがある。
だから思いついたんだけど、彼らに試合をやって貰えば結構見ごたえある試合になるんじゃないかってさ。
そうすればサーラさんに前々から聞いていた、『神殿と外部との繋がり』を持つ切掛けになると思ったんだよね。
今は決まった用事があるか、でなけりゃ余程信心深いかでもなければ滅多に神殿に来る人っていない訳だけど、それって逆に考えれば住民が来る様になる理由を考えれば良いって訳で・・・。
パッと思いつくのは何かしらの催し物って所だけど、今まで神殿で開催してた催し物って基本、娯楽性は低いんだよなぁ。
成人の儀・・・みたいなものは兎に角として、今まで神殿側が開催していた催しは、神書の朗読会と神官騎士の模擬試合の見学。
朗読会は信心深い人は兎も角として、週に一度の休日を潰してまで行きたいって人は少ないだろうし、かと言って模擬試合も毎回同じ事を決まった流れでやる訳で、そんなに毎回毎回行こうって人は少ない気がする。
加えて神殿が主催する以上、娯楽性を上げる為の賭博とかは御法度だから、ただ騎士たちの試合を眺めるだけで終わってしまうんだから、純粋に騎士たちの腕前を見て楽しめる様な人じゃないとちょっとキツイ。
その点、バスケの試合ならちょっとした娯楽になるんじゃないかと思った訳だ。
素の状態でも身体能力が高い事に加え、神聖魔法の中には身体能力を更に上げる『強化』みたいな魔法もある。
それらを使っての試合ともなれば、結構派手なものになる筈だ。
まぁ、勿論攻撃魔法なんかは禁止だけど、普段から連携を意識して鍛錬を積んでる彼らなら、バスケ的なチームワークの習得も出来るだろうし。
・・・と思っていた訳だけど。
うん、ちと読み違えたわ、俺。
魔法無しの素の身体能力だけでやってるにも関わらず、結構派手な事してくれてますよ、彼らは。
さすが神官騎士、スペックが半端ないわ・・・。
スリーポイントのラインからジャンプして、そのままダンクとかジャンプ力どれだけだよ。
しかもNBAみたいなスリムな長身細マッチョじゃなくて、世紀末覇王的なガチのマッチョ体系でそれをやるとか、マジで信じられん。
これ、魔法無しでもバスケの技術的なもんが追いついたら、それだけでド派手な試合運びしてくれそうな気がしてならんわ。
あ~、うん、そこらも含めて練習進めつつ要相談、って事にしとこう。
・・・ゴールの強度的な問題も含めて。
場合によってはゴールの方も硬化させにゃならんかもなぁ・・。
最初に思いついた問題点、『神聖な魔法をそんな使い方~』的な問題はなしで済んだけど、予想外の部分で問題は出てたか。
ま、何事も思い通りには行かないって事だな。
そんな事を思いながらも、俺は神官騎士へのバスケ指導を続ける事にした。