アルマナリス神官の依頼③
オルガ村との交渉を終え、材料になる木材やゴール部分の制作を依頼してから一週間後、依頼していた木材やゴール部分なんかを引き取って来た俺達は、とうとうアルマナリス神殿の中庭で作業を開始した。
測量なんかは既に終えて、ゴールポストを建てる場所は杭で目印をつけてある。
なんで、まずはその杭を抜いてユンボで穴を掘る所からスタートだ。
ゴールを支える太い二本の柱を建てる為には、確りと土台部分が出来ていないとならない訳で、これが現代日本なら鉄筋コンクリートでも使う所だけど、こっちの世界にはコンクリートなんてものが無い。
その代わり、魔石を使った継続魔法『硬質化』を使って地面を固くして、柱を支えられるだけの強度を持たせるってのが一般的なやり方なんだってのは、今もなお定期的に食料を輸送してるキリグ村にて、建築の陣頭指揮を取っているミギーさんに聞いた話だけど、実はこれ、結構画期的な方法なのではと思ったね。
クーやイリアさん達みたいな普通の魔法使いが使う魔法――口頭で呪文を唱えるか、空中に印を描いて発動させる魔法を、『詠唱魔法』もしくは『口語魔法』と呼ぶのに対して、魔石を使った『陣』を敷き、魔力を供給する事で術を発動させるのが『継続魔法』って言うらしいんだけど、この『継続魔法』って陣が壊れるか、魔力がなくなる事で効果を失う。
つまり、魔力供給を止めるか、陣を壊すなりすれば単なる地面に逆戻りって事で・・・。
大規模な土台工事を行って鉄筋コンクリートの土台を作る、地球の建築物に比べて取り壊す際の手間も省けるし、単に地面の硬度を上げただけだから、上物が撤去さえされていれば即座に畑を作るなんて事も出来る。
この辺り、地球で家屋解体なんかをやれば必ず出てくる土台部分のコンクリート除去作業と、それに際して出てくる砕けた破片なんかの回収作業が無い分、確実に早く終わるし、そうなれば当然安くもなるって訳で、コンクリの再利用なんかを考えなくて済む分、よっぽどエコなのではなかろうかと感心したもんだよ。
で、この『継続魔法』なんだけど、俺が何よりも凄いと思ったのって、『魔力供給を止めれば効果が切れる』って部分だったりする。
つまり今回の依頼で言うと、コートを使用する間だけ魔力を供給してやれば地面が固くなってドリブルなんかがしやすくなるし、バスケが終われば供給を切る事で普通の地面に戻せるって事だ。
バスケコートとして使う事だけを考えるなら兎も角、子供達への剣術指導なんかもここでやるらしいから、固いまんまってのは不都合があるし、コートのライン代わりにする芝の手入れもあるから、こっちの点から見ても硬いまんまは問題だったんで、そこらを一気に解決出来る『継続魔法・硬質化』は正にうってつけだった訳だね。
柱を埋め込む穴を掘り、ユンボと人力の合わせ技で穴に埋め込み部分を入れた後、土を入れて確りと固める。
ユンボのバケットで叩き固めるだけじゃなく、直径30センチ、長さ40センチ程の丸太の両脇に150センチ位の棒を取りつけたものでも確りと叩いて固める。
当然、柱が垂直に立ってないと危ないから、水平機を使っての確認も怠らない。
同じ様にもう一本を建てたら、その二本を支える為の支柱を立てて、柱部分への作業はお終いである。
ここから先のゴール部分の取り付けとかは、流石に専門職の大工さんに任した方が安全だし、日曜大工程度にしか――それも高校の頃に家のモノを直す程度にしかやった事のない俺がやるより、よっぽど確実だろう。
なんで、俺達がやるのは反対側のゴール用の柱を建てる事と、コートにする地面の整地作業、整地を終えた後に行うラインの仮線引きとそれに沿って芝生を植える作業って事になる。
これだけの作業で金貨50枚は高いんじゃなかろうかとも思ったんだけど・・・イリアさん曰く神級神代機器=車の使用料が大部分なんだそうな。
『あの車と言うのは、イツキ様にとってはありふれたモノなのかも知れませんが、このセイリーム世界では完全に神級神代機器に当たります。そして、受けた依頼に際して神代機器を使用する場合は、その分だけ料金が高くなると言うのは、この世界での経済観としては当然の事なのです。特に一級以上ともなれば、使用する事の出来る者も限られますので、使用者の時間を拘束する意味合いも含め、法的にも保障された権利でもあるのです』
ってのがイリアさんの説明だけど、三級指定の神代機器を扱う冒険者なんかを雇うとすると、同ランクの冒険者に比べて割高になる、みたいなのはこっちの世界じゃ常識らしいのと、それで文句を言う人ってのも居ないんだと言う。
つまりは、それだけ神代機器を所持しているって事は強い影響力を持っているって事で、神代機器に対する信頼・・・って言うか、イメージかな? その点は強いものがあるって事みたいだ。
実際、行商を生業とする商人にとっては、神代機器を保有する冒険者を雇う事が出来るってのは、一種のステータスになってるらしいし、買い手の側からも神代機器所持者を雇わない行商人よりも、雇っている行商人の方に信頼を寄せるんだそうな。
と、まぁ、その辺りは良いとして。
それでも料金的に高いって考えてた俺に、イリアさんはこうも言った。
『これは法的にも保障された、労働者への正当な権利でもありますので、下手に無視する方が問題になります。もし、余りにも高過ぎると言うのであれば、頂いた後に余剰分を寄付すると言った形を取るのは構いません。ですが、最初から規定価格を割る値段に設定してしまうのは問題になります』
まぁ、聞けば納得って感じではあったな、アレ。
リロードが使える俺は燃料代は掛からないし、まだレベルが低いとは言え『オートメンテナンス』のスキルが付与された亜空間車庫がある訳だから、維持費って面では基本的にタダな訳だ。
地球での土建業者なら当然必要経費に計上される燃料代なんかがない分、安く上げられるのは確かだけど、だからって相場を無視した値段設定を行って良い筈もないし、一度安くしてしまえば他の仕事もそれを基準にした値段設定にするしかなくなってしまう。
値段に対して文句言われて、『アレは神殿相手の特別価格ですから』で通る筈もない、と。
だったら値段に関しては相場に応じて設定して報酬を得る。
で、その後に神殿が営む孤児院やらの慈善事業に寄付するなりして、余剰分を処理した方が建設的ではあるね、確かに。
『神殿』もしくは『神殿直営の孤児院』への寄付なら、『神官個人』相手の寄付と違って賄賂だなんだって事にはならないし、ある程度以上の財産を持っている場合は慈善事業への寄付は奨励されても居る訳で、その点に対する文句はほぼ来ないと思って良いらしい。
まぁ、いずれにせよ車両群を使用する時点でそれなりの報酬は見込んでおく必要があるって訳だね。
そしてそれに伴って気をつけるべきは、やっぱりキリグ村の二の舞を踏まない事、かな?
一応、報酬は金銭のみって条件付けはしてあるし、アルマナリス神殿を中継にした分割払いが機能してくれれば、流石に『この娘が報酬だから』ってのはなくなるだろうけどさ。
そんな事を考えながらも、仕事の手は休めない。
二つ目のゴールの柱も無事に建て終えたのは、丁度昼を回った辺りの頃で、井戸を借りて手を洗い、顔を洗ってスッキリするとクーと二人で用意してきた弁当箱を取り出して昼食にする事に。
もち米を混ぜて炊いた白米に細かく刻んだ青菜の漬物を混ぜた握り飯と、卵焼き、鶏のから揚げ、ほうれん草の胡麻和え、きんぴらごぼうなんかのおかずが詰められた重箱が用意したお弁当だ。
実はこれ、最近一層料理に力を入れているクーとルリィが作ったものだったりする。
この前、イリアさんとオルガ村に出向いた時もそうだったけど、俺やネリンさんみたいなメンバーには、クーとルリィ作のお弁当が用意される様になったんだよ。
って言っても、流石に二人にまかせっきりってのは、まだ料理の種類もあって無理っぽいんで、指導役も兼ねて俺も見てはいるけどな?
そんなお弁当は俺は勿論、ネリンさんやイリアさんなんかにも大好評で、帰って来た後に『今日も美味しかった』って言われたり、米一粒も残さない様にキッチリと食べ尽くされたお弁当箱を洗う二人は凄く嬉しそうにしていた。
まぁ、そのおかげなのか、イリアさんやコニィなんかも料理に興味を示してるんで、その内教えてあげるのも良いかもしれないなぁ、なんて思ってる。
他愛ない話をしながら、美味しいお弁当に舌鼓を打っていると、こうなったら保温容器の弁当箱も欲しくなってくるなぁ、なんて思ったり。
あの円筒形の弁当箱――土方弁当なんて呼ばれたりもするアレって、何気に優れもんだと思うんだよ。
これから寒くなってくるこの時期、暖かいお味噌汁とご飯、おかずが食べられるアレは間違いなく役に立つだろう。
・・・まぁ、俺の場合は亜空間車庫でも開いて、マローダーのレンジ使えば良いだけっちゃだけなんだけど。
でも保温の効く水筒位は欲しいかなぁ。
飯食った後の熱いお茶は格別なもんがあるし。
なんて事を考えていると、手早く昼を済ませたのか、サーラさんがやってきた。
「お疲れ様でございます、ヤムラ様、クーリア様」
青を基調とした神官服を身に纏ったサーラさんがそう言って頭を下げるのに、俺達も食事の手を休めて頭を下げる。
「お食事中に申し訳ありません。午前中は少し所用が入っておりましたので・・」
そう言って申し訳なさそうにするサーラさんだけど、立場を考えれば忙しいのは当たり前なんで、こっちとしても仕方ない事だってのは解ってるから気にはならない。
「あぁ、いえ。お忙しいと言うのは聞いてますので、お気になさらず」
と、そこで気付いたけどもしかしたらこの時間って事はお昼まだなのかも。
そう思った俺は弁当箱の中身を見てみる。
幸い、重箱の中身は余裕を見て作ってあるんで、一人増えた位は問題ないかな?
元々俺もクーもそこまで大食いって訳でもないし、仕事もガッツリ肉体労働って訳でもないんで、昼が多少軽くなっても問題ないのは確かなんだけど・・。
うん、まぁ、聞くだけ聞くか。
「サーラさん、お昼はもうお済みですか?」
そう尋ねると、サーラさんは小さく苦笑を浮かべた。
「いえ・・恥ずかしながら先程まで外に出ていましたので。丁度、戻ってきた所に御二方をお見受けしたので挨拶に上がったのです」
「お疲れ様です。どうでしょう? 良ければ俺達と一緒に食べませんか? 幸い、量はそれなりに作って来てますので、十分に足りると思うんですけど」
多分、足りるだろう。
サーラさんが極端に大食いとかでもない限り・・・ってそりゃないか、清貧を旨とする神殿関係者だし。
俺の言葉を聞いて、サーラさんは僅かに目を開いて「よろしいのですか?」と尋ねてくるんで、俺は即座に首肯を返した。
「えぇ、勿論。実はこれらは私の故郷の料理なんですが、それをクー・・クーリアとルリィの二人に教えまして。近々、ルリィの腕がもう少し上がれば料理屋台を任せたいと思っていますので、試食して感想をお聞かせ願えれば、と言うのもありますんで」
俺がそう言って笑うと、サーラさんも口元に手を添えて笑った。
「あら、そうでしたか。それでしたら、有難くご一緒させて頂きますね」
そう言って敷いていたレジャーシートに座るサーラさんに、クーがリュックの中から取り出した木の取り皿とフォークを渡す。
俺は勿論、最近はクー達も練習して使える様になった箸を使ってるけど、流石にサーラさんは箸使えないしね。
突発でコニィなんかが来たりした時の為に備えて、予備の木皿とフォークなんかは弁当と一緒に持ってきてるって訳だ。
木皿を受け取ったサーラさんは「有難うございます」とクーに笑みを見せてから、被っていた頭巾を脱いで軽く畳み、脇に置いた。
「ヤムラ様の故郷の料理と聞きましたが、ヤムラ様は異国の出なのですか?」
改めて重箱の中身を見て、感嘆の声を上げたサーラさんが尋ねて来たので、再び首肯。
「えぇ、まぁ。遠いだけあって、知ってる人も殆ど居ない様な所ですけどね」
とちょっと口を濁したけど、流石にこれは仕方ない。
実は横暴やらかした神様に殺されて、この世界で主神やってる女神さんにこっち連れてこられました~なんて言えんし。
サーラさんは神殿関係者だから、ある意味余計にね。
下手に言って『神の御使い』なんて祀りあげられたりとかは御免だしさ。
ま、幸い深く突っ込んで聞いてくる事はなかったんで、安心したけど。
「あら、このゴボウは随分と柔らかいですね・・」
「きんぴらごぼうと言うそうです。細く切ったゴボウとニンジン等を醤油と言う調味料をベースにしたスープで煮込んで・・・」
やっぱり女性ならでは、って言うのか楽しそうに料理談義をしているクーとサーラさんを眺めつつ、おにぎりにかぶりつく。
さぁて、コレ食べて一休みしたら整地作業の続きだ。
子供達も楽しみにしてくれてるって言うし、午後も張り切って働くとすっかね。