アルマナリス神官の依頼②
更新が遅くなって申し訳ありません。
正式に契約書を交わし、手付金の支払いを確認。
本格的に活動を開始した運び屋ヤムラ。
勿論、敷地調査なんかは正式契約の段階で確かめてある。
一応交渉の段階で、説明の為に書いたバスケコートの図を使って大体の広さを教えてはあるけど、こればっかりは確りやっとく必要があるからね。
いざ材料を揃えて、さぁやろう! って事になってから敷地が足りんとかは本気でマズイし、面積はあっても他に何かで使うとかで、ゴールみたいなのを建てるのは無理って場合もあるし。
そうなった場合、少々変則的だけど半面コートにして、得点するごと、もしくは一介シュートするごとに攻守を入れ替えるスタイルに変更するしかない。
所謂ストリートバスケって奴だね。
これならOne on Oneでの純粋な技術の競い合いも出来るし、場合によってはこっちでも良いかもしれない。
その分、建築費用も安く抑えられるしね。
って事で、実際に敷地面積を確認した際にそれも一応提案はしてみたけど、面積が足りるなら一コート作ってしまって良いと言われた。
「子供達の遊びもそうですが、神官達の気晴らしにも使えますからね。日頃神書と向き合ってばかりで運動不足と言う者もおりますし、これでしたら運動の苦手な者同士で組ませる等すれば、対等の勝負が出来ますから」
そう言って笑っていたのは、この前交渉に訪れた神官でサーラさん。
実は彼女、このバナバの街の神殿を預かる大神官なんだそうで。
うん、普通に気付かなかったよ。
なんかこぅ・・・俺が想像した様な『我こそは大神官』って偉ぶった感じとかしなかったし。
いや、宗教関係知らない俺の勝手な想像って言われれば、それまでではあるんだが。
まぁ、そんな感じで契約が終わったとなれば、次にするのは材料調達。
って、事でやってきたのは既にお馴染みな感のするオルガ村。
今回は材料関係での交渉もあるんで、連れてきたのはクーリアではなくイリアさんに来て貰った。
その間、クーリアはルリィと一緒に料理の勉強をするんだそうな。
うん、勉強熱心なのは良い事だ。
ルリィもなるべく早く料理屋台を開くんだ! って頑張ってるし、コニィもコニィで長い病床生活で落ちた体力を戻すべく、少しずつ運動してるしで、万々歳って所かな?
まぁ、何だか知らんが、そんな中で確り俺の事は気にされてるっぽいのは気にはなるけど。
う~ん・・・何なんだろうなぁ。
あの危なっかしい子共を心配する的な気にかけ方。
俺、何かしたか?
そう考えた瞬間、例の『何処かが壊れてるんじゃ』ってのが脳裏をよぎるんで、最近はあまり考えない様にしてるけど・・何か気になるんだよなぁ、やっぱり。
浮かんできたとりとめのない考えを、頭を振って追い出す。
取り敢えず、今は仕事に集中しないといけない。
特に今回は孤児院絡み。
施設での俺にとっては他人事とは言えない分、力も入る。
とは言え、結局の所交渉するのはイリアさんは訳で――
「で、オレんところに来てるっつー訳か?」
ガリガリと頭を掻きながら尋ねてくるオッサンに、俺は苦笑交じりに頷くしかなかった。
いや、マジでやる事ないんだわ。
その張り切り具合も相まって、本気モード入ったイリアさんの交渉に俺なんぞが入る隙間は全くないし、下手に俺が交渉した結果、またも『家族が一人増えました』とかは本気で勘弁願いたいんで。
キリグ村の復興とその後の俺との生活を通して、イリアさんは俺が出来る限界ってもんは知ってる訳で・・・それに加えてこっちの世界での常識を知ってるから、ある意味俺より交渉役では適任ってのは確かだしね。
まぁ、どっちにしろ、ここでの交渉はオルガ村の特産品――木材加工に関わる事だから、昔から付き合いのあるイリアさんの方が適任なんだろうけどさ。
と、そんな訳で交渉を任せてしまった俺としては、やる事がなくて暇な訳だ。
そんな俺が話す相手となると、もはや村の中では信頼を地の底まで落し、村の仕事に口出しできなくなったオッサンか、でなければまだ小さくてそれらに関わっていない幼子でしかない訳で・・・。
気付いたら、オッサンと仲良く並んで話してたって訳だ。
ま、ある意味都合が良いから良いんだけどさ。
「あ~、オッサン・・・ゴム・・・っつーか、こっちじゃ『ノームの槌置き』っつーんだっけ? あれの加工、出来る?」
そう尋ねる俺に、オッサンは一瞬顔を真っ赤にするものの、即座に血の引いた普通の顔色に戻って一瞬、思案する。
「・・む、ぐぉ・・、ノームの槌置き・・・ねぇ・・。まぁ、オレも一応ドワーフだからな。出来なくはねぇが・・あんなもん、何に使う気だ?」
うん、俺が尋ねた事に一瞬切れて、即座に腕輪の力で強制冷却されて通常思考。
その過程が良く解るね、その解答。
・・・多分、腕輪つけてなけりゃ即座にハンマー振るってたよね、今。
と、まぁそれは良いとして。
『ノームの槌置き』ってのは、こっちの世界でのゴム・・らしきもの。
オッサンと和解して以来、オルガ村に寄った時なんかに尋ねる事もあるんで、そん時に『こんなもんもある』ってな具合で紹介された。
まぁ、商品開発の一環だね。
木材を使ったハンガーみたいなのを提案して作って貰ってる関係もあるんで、素材や何かを見せては『何かに使えんか?』って確認をしてくる訳だ。
こっちの世界の素材何かに疎い俺としては結構助かってるんだけど、その一環として紹介されたのが『ノームの槌置き』。
何でも火と土の精霊力が強い土地では『サラマンダーの血』とか言う『燃える水』が湧き出す事があるらしい。
強烈な異臭と粘性のあるその水は、火をつければたちまちに燃え広がり、雨が降ろうと中々消火される事がないと言う。
で、その『サラマンダーの血』の湧きだす周囲からは、黒い固形状になった石でも土でもないものが採掘される。
これが『ノームの槌置き』である。
弾力性に富み、断熱効果もあるが加工する為には高温が必要な上、金属に比べて耐熱性が低いので鎧なんかには使えない。
かと言って、クッションみたいな使い方が出来る程に柔らかくない、と使い道がないんだそうな。
そんな愚痴と共に紹介された『ノームの槌置き』だけど、俺にとってはかなりの貴重品に思えたね。
見た目や採れ方がどうあれ、ゴムと同じ様な素材があれば、それこそ使い道は沢山ある。
こっちの靴の靴底は樹や金属が一般的な訳だけど、ゴムを使えれば今以上に足に負担のかからないモノが作れるし、振動が酷いらしい馬車にしたってチューブ入りのゴムタイヤを作ればそれだけでも結構振動が抑制できる。
他にも水漏れ防止のパッキンやら何やらと、現代日本における需要を見てもその利便性は明らかな訳だし。
まぁ、ドワーフ位しか加工法を知らないとか、さっきいったみたいに中途半端な耐熱性とかで、こっちの世界じゃある意味『役立たずの代名詞』でもあるみたいだけどね。
と、その辺りは良いとして。
「こんなん、作れないかな~ってね」
本題に戻った俺が見せたのは、見本として用意したバスケットボール。
俺が取り出したバスケットボールを不思議そうに眺めるオッサンの前で、軽くドリブルをして見せる。
うん、ここ数日雨もなくて土が乾いてるし、行きかう村人が踏み固めてるから、一応弾むな。
・・・本気でバスケやろうってんなら、地面に防御魔法かなんかかけて硬度上げなきゃならんけど、神殿と違ってここには魔法使い自体少ない――っつーかミギーさんだけだから無理だけどさ。
取り敢えず、これが『弾む球』なんだって事が解って貰った後は、バスケに関する説明を軽くして、それに必要なもんだって事も説明。
「・・・つまりは、アレか? その変な球使って遊ぼうっつ―事か?」
あ~・・・スポーツって概念がないこの世界だと、遊びってイメージになっちまうのか。
いや、別に間違いって訳でもないけど・・・まぁ、良いとしとこう。
「まぁ、そんなトコ。で、コレの中身なんだけど・・・」
続いて説明するのはバスケットボールの構造について。
全部をゴムでってのは厳しいだろうけど、ゴムで作った風船・・・ってのは表現が可笑しいにしろ、空気を入れる弾む部分の周りに厚めの皮で覆ってやれば出来るんじゃないかと思ってる。
それならゴムボールの部分が多少歪な球形になったとしても、周りの皮で矯正が効きそうだし。
空気入れも構造さえ解って貰えれば、金属加工に長けたドワーフのオッサンなら出来るだろうしね。
流石に最初の一個は俺の手持ちから地球製のを上げるにしても、こっちに全く流通してないってのは色々問題あるからなぁ。
いや、別に今回の一件の後、『バスケが爆発的大人気に!』とは思わんけどさ。
今回の依頼にしたって、コートは一つでもボールが複数あればドリブルなんかは練習できるだろうし、ボールがこっちでも作れる様なら、大きさと空気量なんかを調整してドッジボールなんかの他の球技も出来る様になるだろうし。
うん、そう考えればオッサンに対する説明にも余計力が入るってもんである。
やっぱり根っからのスポーツ好きとしては、地球産のスポーツは恋しいものがあるからね。
まぁ、そう言う点からも、オッサンには頑張って貰いたい所だ。
その後もオッサンとボールの作りについて話し合い、試作を頼んだ後は、村長さんの所で交渉中のイリアさんを待つ事になる。
その間に考えるのは、サーラさんに提案したもう一つの事について。
『孤児達の養子迎え入れと神殿と街の結びつきの強化』
まぁ、これに関しては結構前から聞いてはいたんだよなぁ。
っても、依頼って訳じゃなくて愚痴って感じではあったけど。
依頼に出向けば怪我を負う事も少なくない冒険者、大きな取引に際して宣誓が必要になる大商人なんかなら兎も角、それ以外の人達と神殿との結びつきってのは、そこまで強い訳じゃない。
一応、女神さんを始めとした神様たちのいずれかを信仰してるのは確かだけど、だからって定期的に神殿に出向いて祈りを捧げ、幾ばくなりの寄付をするなんてのは、そうそう居ない訳だね。
これは積極的に寄付を行える程に豊かな人が少ないって言うのもあるけど、それ以上に『神殿』と住人の間に距離があるって所に理由があるらしい。
まぁ、異世界育ちの俺から見ても、『神殿』って言われちゃうと『荘厳』だとか『神聖』みたいなイメージが先に付いて回るんで、『今日は休みだから神殿にでも行ってみよっか』なんて事にはならないわなぁとは思う。
これが日本の寺院的な感じで綺麗に整えられた庭があって、誰でも――入るに当たってお金が必要かどうかはさておいて――散歩できるってんならまぁ、散歩や軽いピクニック気分で出向く人も居ない訳ではないだろうけど、こっちの神殿が一本に解放してるのは洗礼なんかを行う礼拝堂と、診療所だけだからね。
それじゃ、用がない人は余り足を運ばないだろう。
かと言って、神殿の庭を解放すれば良いかと言うと、これもまた違うだろうし。
日本の寺院でそれが可能なのは、整備された庭があるか、もしくは騒々しい都会であっても静けさを感じる事が出来る場所だからな訳で、この世界の神殿にそれが適応されるかて言われると首を傾げるしかない。
なんで、一定以上の距離から近づけていないのが現状だそうな。
いや、まぁ、余りに近づき過ぎても今度は別の問題が出そうなんで、その辺りは要注意な訳だけど。
兎も角、神殿の側としてはもう少し民との距離を縮めたいってのが意見らしいね。
一応、この世界の富裕者をランク付けすると、一位は当然王家として、その次が神殿、その下に貴族って続くらしい。
とはいえ、これには街の規模だって関係するから、神殿の位置付けは結構流動的だ。
バナバの街なんかは規模的に小さくないんで、一般市民よりは豊かでも、中位貴族よりは貧しいって位に当たる。
まぁ、それでも警備に当たる軍への医療支援なんかもあるんで、それなりには金銭は持っているけど、前にも言った通りそれぞれが祀る神様に習った慈善事業を営んでいる居る訳で、大金持ちって程に余裕がある訳でもない、と。
それで今回の依頼元であるアルマナリス神殿は孤児院を営んでいる訳だけど、神殿の側としては孤児達を受け入れてくれる家族が出てくる事を望んでいる。
これは別に『金が大変だから』って訳じゃなくて、血が繋がっていなくても愛情を注いでくれる家族がいるのなら、その方が孤児達の為になるからってのが理由。
実際、子宝に恵まれなかった商家の夫婦なんかが後継ぎになる子供を孤児院に求めるってのは普通にあるらしいんで、神殿側はそれがもう少し広がってくれるのを望んでる訳だ。
前もってそれを聞いていたからこそのバスケの提案とも言えるんだけど・・・もう一つの提案と合わせて、どれだけ効果を発揮してくれるか・・・。
まぁ、その辺りは女神さんに祈るしかないとして、俺達は自分の仕事をこなすしかないんだけどね。
孤児院絡みな分、俺としても他人事とは思えないし力入れてこなすとするか。
そう決めて、まずはイリアさんの戻りを待つ事にした。