オッサンとの和解とイツキの歪み
漸く通常営業に戻れた『運び屋ヤムラ』。
とは言え、今日の仕事は一件だけ。
まぁ、それも仕事と言って良いのかちょっと疑問な訳だけど。
「やってる事はキリグ村への物資の配達、ねぇ・・・今度はちゃんと金でくれれば良いんだけど・・・」
紫煙交じりのボヤキが出てくるのも、無理はないと思うんだ、俺。
俺がキリグ村との間に報酬って、資材搬入で幾ら、宅地整理で幾ら・・・な訳で、まさかそれに『報酬を合わせた額と同額の価値を持つだろう奴隷』で来るってのはちと予想外。
ネリンさん達は予想していたらしいけど、その辺りはやっぱり育って来た世界の差が出てるんだろうなぁ。
・・・この世界じゃ、報酬として同額の値があるだろう娘でお支払いって、それなりにあるみたいだし。
娘さんを報酬として受け取った後、それを正式に奴隷商に売り払って報酬にするって方法らしいけど、それはちょっとなぁってのが俺の感想。
幾らネリンさんの意見を聞いて、奴隷関係での考え方が軟化したって言っても、流石に自分から売りに行くってのはちょっと・・・。
一応、世間的に見れば無報酬じゃないから、変な前例にはならずに済みそうだけど、今後の事を考えると『報酬は現金のみ』って縛りは入れにゃならんなぁ、と一人反省。
実際、イリアさんは受け取り後の売買に同意してから、何時まで経っても売る気配を見せない俺に少々不思議そうにしてたしね。
・・・ネリンさんは、受け取りの時点で『家に人が増える』のは解ってたっぽいけど・・・それなら交渉の時点で教えてくれよって気もする。
まぁ、家は同じでも商売は別々なんで、こっちの商売には踏み込まない様にしたんだろうけどね。
こりゃぁ、今後は検索エンジン異世界版フル活用で世界違いの価値感なんかの差を埋めとかないと、今後はマジで大変になりそうだ。
地球みたいなローン制度なんかはないだろうし、そうなると現金一括が唯一の方法って事になるけど、その場合、全開のキリグ村みたいな依頼は受けられない事になる。
とは言え、それ関係は全く受けないってのも色々ありそうな気はするんだよなぁ。
となると、バナバのギルドがキリグ村に対してやったみたいに、次年度の優先取引なんかの別の落し所がいる訳だけど、運び屋の俺達にはなぁ・・。
『次回からも運び屋ヤムラを優先して貰えれば、料金の一部は割り引きましょう』
ってのは、こっちのメリットが少な過ぎるし。
これがアッチの技術をどんどん持ち込んで、それ関係の工場なんかを作りまくろうってんなら、幾らでもアイディアは出てくるんだが・・・。
資金面もそうだし、下手に産業弄るのも面倒事が置きそうでちと躊躇う所である。
「取りあえず、オッサンには穴あき包丁とか頼んどいたし、そっち関係を纏めてイリアさんに頼んで・・・そうなると、ルリィ達とは別の屋台も必要か・・」
そう呟きながら、俺は数日前の事を思い出した。
「・・・何つーか、色々悪かったな、坊主」
説得を終えた後のオッサンの第一声はそれだった。
開店休業中で持て余した時間を使い、オッサンの説得を終わらせる事にした俺とクーリアは、オルガ村へと出向いてた。
まぁ、毎度の如くの襲来があるか・・と思いきや、マローダーのエンジン音を聞いた瞬間に村人さんがオッサンを拘束していたらしく、村長と何人かの男衆、そして簀巻き状態のオッサンがお出迎えしてくれた訳だ。
うん、この時点で改めて解ったけど、オッサン、マジでヤバかったのな、立場。
聞けばマローダーの音が聞こえた瞬間、問答無用で簀巻いたらしいし、こりゃぁほっといたらクーリア達が言った様な事態になってたわ。
取り合えず、俺を見て唸り続けるオッサンに溜息を吐きつつ、事前の打ち合わせ通りに召喚の呪文を唱え、女神さんに降臨願う事に。
一秒と立たずに現れた女神さんは、簀巻き状態のオッサンを見て事情を察したらしく、小さく苦笑した後に、緑色の光でオッサンを包み込んだ。
すわ神罰か、と慌てる村の衆に対して、女神さんは柔らかな笑みを浮かべて口を開いた。
「ご安心を。神罰ではありませんよ。ただ・・・どうにも興奮しておられる様なので、話が進まないかと思いまして。精神を落ち着ける術を使わせて頂きました」
みれば、女神さんの言葉が本当だと示す様に、あれだけ怒りと嫌悪感に濁っていた瞳が理性の光を取り戻しており、自身の身に何が起こったのか解らない、と言う表情を浮かべている。
そして、そんな状態のオッサンに対して、女神さんはもう一度緑色の光を放ち、今度はオッサンの体を包み込んだ状態で留まらせた。
「これで暫くは落ち着いて話す事が出来るかと。その光を纏っている間は怒りや憎悪等と言った感情を抑制してくれますので」
その言葉を聞いて、クーリアがオッサンの前に立ち、以前から何度も繰り返していた話をもう一度、最初から話しだした。
村が襲われた事。
父と母、村人達が殺された事。
無理やりに性奴隷としての首輪を嵌められた事。
二カ月に渡って檻に閉じ込められたまま運ばれていた事。
その最中にオークの襲撃に遭い、俺に助け出された事や、その後に起きた事も全てだ。
初めて正常な精神状態でその話を聞いたオッサンの顔に浮かんだのは、困惑の表情。
まぁ、予想通りと言えばそれまでだけど、オッサンの頭の中に組み立てられていたストーリーと、実際に起きた内容には結構な差があったって事だろう。
そして、その後を引き継ぐ様に、女神さんからも一言。
「『今後、妄りに私の名を出さぬ様に』との伝言を叔母様――アルマナリス様より、お預かりしております。真実と正義。本当にこの重みを考えるのならば、その名に誓いを立てる意味も解る筈だ、と」
そう言って、女神さんは俺達に笑みを残して消えて行ったのだが――
「・・・何つーか、色々悪かったな、坊主」
と言う言葉が飛び出してきた、と言う訳だ。
その後、二人だけで話したいと言うオッサンに付き合い、場所を移してから語られたのは、ある意味じゃ予測済みの内容ではあった。
昔の冒険者仲間であるクーリアの両親――エメルダさんとガロッドさんとは、オッサンが冒険者を志して集落を飛び出して以来の付き合いだったらしい。
「オレはガロッド・・クーリアの親父の奴が捨て子で、幸せな家庭に憧れを持ってるって知ってたからな。エメルダとくっついた時ゃぁ、ミギーの奴と一緒に大喜びしたもんよ」
そうして暫くした後、今度は二人の間に子供――クーリアが出来た事を知り、更に喜んだ。
親友と、そのかみさんがどれ程二人の愛の結晶を望んでいたか知っていた分、その喜びは一入だったって訳だ。
更に付け加えるなら――
「オレとミギー・・・ドワーフとハーフフェアリードの夫婦にゃぁ、まずって言って良い位子供はできねぇ。これがどっちかが純人――あぁ、人族ってこった。それなら話は変わってくるんだがな。だもんで、子供が出来ねぇオレらにとっちゃ、アイツらの子共は自分の子供みてぇなモンなんだよ」
だからこそ、パーティーを解約し、冒険者も引退して田舎に引っ込む事を選んだ二人を引き留めず、自分達も一緒に冒険者を止める事を決めたそうだ。
冒険者は命を常に危険にさらして金を稼ぐ。
もし、クーリアが物心ついた頃にも冒険者を続けていたとして、仕事をミスって命を落としたなんて事になって悲しませたくなかったからだと言う。
「で、そんなクーリアが久しぶりに姿見せたと思ったら、奴隷の首輪が嵌ってやがる。その時点で他の事なんざ頭に入って来なくてよ。クーリアや女房が何か言ってたみてぇだが、さっさと解放してやらにゃって事以外は考えられなかった訳だ」
いや、まぁそんなトコだろうと思っちゃいたが・・・。
ちと杜撰過ぎではあるわなぁ。
そもそも首輪の縛りがあるから、クーリアは三年間は何をしようと解放されない訳で、俺を殺した所でクーリアは他の主人を探す事になるだけだ。
加えて言うなら、俺を殺した時点でオッサンは殺人犯――もっと言えば、強盗殺人・・になるのかな?
セイリームの法的な意味で言えば、奴隷は飽くまでも『主人の財産』な訳で、俺を殺してクーリアを奪うってのは強盗殺人に当たる訳だ。
オッサンの理由がどうあれ、衆人環視の中でやれば立派な犯罪者な訳だから、取得奴隷みたいに所有権が引き継がれるって事はない。
ただ単にオッサンは捕まって、クーリアは奴隷商に引き渡されるってだけである。
今の精神状態ならそこにも気付くみたいだけど、今までの状態だとそこら辺の事まで完全にすっぽ抜けてたみたいだね。
流石にそれはマズイって今なら解るオッサンは、それから腕輪みたいなマジックアイテムを常に着ける様になった。
これは女神さんの使った精神安定の魔法と同じ効果を持つ魔法具で、普通なら余り用いられる事がない特殊なものだ。
何せ犯罪奴隷、もしくは王宮や貴族の家に出入りする医者位しか使わないってものだからね。
犯罪奴隷は兎も角として、医者が使うのは問題行為を未然に防ぐってのが理由らしい。
王族や貴族ともなれば、容姿は優れた人が多い訳で、肌を見る機会もある医者としては、万が一にも誘惑に駆られない様にって配慮だ。
医者自信がどれほど自戒していても、自身の妻や娘を見させる夫や父の立場からは、どれ程小さい可能性でも摘み取りたいって事なんだろう。
で、オッサンの何がマズイかって言うと、何よりもその『超瞬間沸騰』な感情面な訳で、これを使って頭に上がった血を強制的に下げれば、一応ものは考えられる訳だ。
今までは問題を起こそうが、『そんなもの使ってられるか!』って切り捨ててたらしいけど、事ここに至ればそうも言っていられない、と。
まぁ、そうやって落ち着いて話してみれば、まぁ話は解らん事もない。
何より『家族がらみ』な訳だし・・・と俺は納得。
クーリアにもその様に話したのだが――
それから、どうにもクーリアの様子が可笑しい気がしてならない。
何だろう、そこまで気にかかる事があったのかな?
普通、家族が絡めば人間なんてどこまでもバカになるもんだと思うんだが・・・。
今日、そんなクーリアは助手席に乗り込んではいない。
朝、変にソワソワした様子で顔色も余り良くなかったから、家に残って貰ったのだ。
「・・・あれって、もしかして昨日からか?」
記憶を探ってみると、どうにも昨夜から変だった気がするけど・・・。
え~っと、夕食の時は普段通りだったよな?
で、その後の家族団欒・・・・あぁ、その辺りからだな。
確か・・何がきっかけだったか解らないけど、何でか家族がどうの、みたいな話になってたんだっけ?
あぁ、確かそうだった。
そんで、ネリンさんがあちこちの街で『森の衣』を経営してるって言う家族の事を話したり、イリアさんが村長さん一家との暮らしなんかを話して盛り上がってた訳だ。
大家族らしいネリンさんの、大家族ゆえの騒がしさとか、イリアさんが話すイルワさんがらみの話とか、結構おもしろかったからね。
で、その後・・・・ルリィは事情もあるんで遠慮って形になったけど、クーリアが死んだご両親の話をしたりして・・・それで、何故か俺の話になったんだっけ。
まぁ、この際だからと異世界――地球から来た事も含めて話した。
実際問題、こっち独自の価値観やらでサポートして貰わんと、今後の仕事にも支障が出るってのはキリグ村の一件で解ったし、だったら異世界出身って事を明かして、こっちには疎いんだって知らせておいた方が無難だしね。
検索エンジン異世界版は確かに便利だけど・・・それでも検索エンジンである事には変わらない。
つまりは、俺が打ち込んだキーワードに沿った内容しか表示されないんだ。
今回の契約云々に当たって、相場を調べた時には『金貨で何枚』みたいな事は表示されたけど、その中に奴隷との交換みたいな情報がなかった。
イリアさんを迎えた後で、もう一度今度は『奴隷』ってキーワードを打ち込むと、対価代わりとして差し出される娘の基準や、付加価値なんかでのおおよその値段辺りがでてきた訳で・・・つまりは、キーワード不足だった訳だ。
この世界に根を張ろうって以上、流石にそんな状態のままじゃマズイ。
一応、職務上のパートナーって意味ではクーリアがいるけど、クーリアの場合元々が貧しい僻村に隠れ住んでた訳で、商売上の常識には疎いからね。
その辺りを商売人のネリンさんや、次女とは言え村長の家系に育ち、交渉事もこなすイリアさんにサポートを頼みたかった訳だ。
と、そっちはまぁ、問題ないと思うんだよなぁ・・。
俺が異世界出身ってのはクーリアは既に知ってる事だし、他の皆も驚きはしても割とすんなり受け入れてたからね。
まぁ、マローダーやらの神代機器をゴロゴロ持ってるわ、普通に使ってるわの時点で異世界云々は別にしても疑問には思ってたらしいから、『疑問が解けてサッパリした』って言ってたし。
その後・・・・
「あぁ、俺の家族について話してからか?」
地球時代の事を尋ねられて、向こうでの生活やら矢村の家族についても話したんだが・・・それから何だか雰囲気が重かった様な気が・・・。
「う~む・・・何か暗くなる様な事ってあったかねぇ」
その辺りが本気で解らんのだが。
そうして暫く悩んでいたんだが、ふと気付いた。
「あれ? そう言やぁ俺って、家族がらみとなると今まで怒った事ってないのか?」
オッサンの件を『家族がらみだし』って簡単に済ませた事もビックリされたが・・・そう言えばこっちに来る前、地球時代も家族がらみとなると起こった事ってなかったかも知れん。
中々友人が来なくて、寒空の中に放置喰らった上、電話も通じなくて風邪ひいた時も『悪ぃ、急に弟が熱出しちまってな』の一言で納得したなぁ、そう言えば。
織絵あたりは酷く憤慨してたが、俺にはそれが余り良く解らなかったんだよなぁ。
だってそんな事があれば、家族を優先するのは当たり前だろ?
ソイツだって弟の事で頭が一杯になって、俺の事忘れたんだろうし。
なら怒る理由もないだろう、って言った俺に織絵は
『お兄ちゃんは優し過ぎ! そう言う時は、それでも連絡位は入れるもんだよっ』
って怒ってたけど。
まぁ、その時はそれで済んじまったし、その友人も後になって平謝りして来たんで何事も起こらなかったんだが・・・。
オッサン曰くの『やったオレが言うのも何だがよ、家族がらみだからって済ませんのはちと可笑しいぞ』ってのもあるし・・・。
え?
俺って可笑しいのか?
そう考えて、俺は苦笑交じりに頭を振った。
何をバカな。
家族なんてそれこそ、失ったら手に入らない最も大切なものの一つだろう。
それを優先して何が悪い。
その結果の迷惑なら、笑って許せて当然だろう。
そう思いながらも、俺は知らずに呟いていた。
「・・・それとも、これってどっか壊れてっから出てくる意見なのか?」
何となく、その言葉に寒気を感じた俺はマローダーの暖房を強くして、余計な事を考えない様にカーナビの音量を上げた。