幕間 新人奴隷ルリィの一日
今回はある意味完全な番外編です。
~~ルリィ~~
ピピピピっ、ピピピピっ・・・
「んぅ・・・」
どこか小鳥の声にも似た、妙に耳に残る音を聞いて私はもぞもぞとベッドの中で体を動かした。
そしてベッドから手を伸ばして、泣き続けている置物の真上にある突起を押し込む。
ピピ・・・
うん、やっと止まった。
この目覚まし時計って言う神代機器は、ご主人様からの貰い物。
毎日ちゃんと決まった時間に起きられるから、すっごい便利で助かってる。
「ん~~~っ!」
目が覚めたばっかりで、まだ少し眠気が残っている体を思いっきり伸ばして、眠気を追い出したら、ベッドを下りてタンスへ。
これもご主人様からの贈り物。
妹のコニィと一緒で二人で一つのタンスを使ってるけど、そんな事は不満に何かならない。
背の低い妹が下から三段、私が上から三段って決めて、それぞれ自分達の服を仕舞っている。
引き出しを引いて開いてみると、見ているだけでも着心地が良さそうな、『新品』の服が沢山入っていて、それだけでも気分がウキウキしてくる感じがする。
だって、新品だよ?
私みたいな奴隷・・・ううん、奴隷になる前だって、新品の服を着た事なんてなかったのに、ご主人様は『それじゃ、明日ネリンさんと一緒に服とか買ってきてね』って言ってくれて・・・。
それで、ネリン様が連れて行ってくれたのは、ネリン様のお店『森の衣』。
私の住むバナバの街でたった一軒だけの、新品の服を扱っているお店で・・・ちょっと前の私が本当はやっちゃいけないって言う直接交渉をしてまで、店員奴隷として買って貰おうと思っていたお店。
驚いて固まっている私にネリン様は
『あはは、まぁ、驚くのも解るんですけど・・・お金はイツキさんから預かってますからね。自分の好きな服を選んじゃってくださいな。妹さんの分は・・・下着と寝巻だけにしておいて、元気になったら連れてきて選んでもらうって事にしましょうか』
って笑いながら言ってくれた。
夢なんじゃないかって思いながら、何だかフワフワした様な気持で服を選んで――次の日の朝、目が覚めて直ぐにタンスの中身を確かめて、やっぱり夢なんかじゃないんだって解ってビックリ。
私達にって一部屋を与えてくれて、ベッドだってちゃんと二つ用意してくれたし、ちょっと小さめだけど、テーブルと椅子、それからタンスだってちゃんと用意してくれた。
後、これもビックリしたけど・・・姿見って言う大きな鏡も。
『前にクーにも言ったけど、女の子は着飾ってナンボだよ。綺麗な服着て、どれが似合うかな~って悩むのが楽しいって聞いた事あるし』
そう言ってご主人様は笑っていたけど、こんなに大きな鏡、それこそ幾ら位するんだろう?
何だか、私の値段より高そうな気もしてちょっと怖い。
そんな私の一日は、服を着替えてキッチンに顔を出す事から始まる。
体の弱い妹はまだ眠っているから、起こさない様に気をつけて部屋から出ると、既にキッチンの方から良い匂いがしてきてる。
「おう、おはようルリィ。まずは顔、洗って来な」
「おはようございます、ルリィ。ご飯はもうちょっと待って下さいね」
匂いからしてお味噌汁って言うスープかな?
鍋の前でそのスープを作っていたクーリア様と、その隣で透明な袋に入った野菜にうすい茶色の液体を掛けてモミモミしてるご主人様が、起きて来た私に気付いて笑顔でそう言ってくれる。
うん、何だか今日も楽しくなりそう、なんて根拠もなく思えてきたりして。
そんな二人に私も笑顔であいさつすると、ご主人様が使える様にしてくれた亜空間車庫って場所に続く扉を開いて、それを潜る。
最初はすっごく驚いて、それこそ気絶しちゃいそうだったけど・・・ご主人様の奴隷になって一週間以上が過ぎた今は、ある程度慣れてきた。
それでも、神級指定の神代機器がズラッと並んでるのは、やっぱり驚いちゃうんだけど。
そんな神代機器が並んでいる場所を抜けて、お風呂がある所に行くとお風呂の扉の前に『洗濯機』って言う神代機器と洗面台があって、もう一つの扉を開けるとそこはトイレになってる。
そのトイレもお風呂も、洗濯機だって凄いけど、今の私が用があるのは洗面台。
蛇口って所を捻って、流れてきた冷たいお水で顔を洗うと、眠気はキレイさっぱり無くなって、今日も一日頑張ろうって思えてくる。
顔を拭いて家に戻るころには、もう朝食の準備が出来ていて
「「「「「「いただきます」」」」」」
起きて来たネリン様とコニィ、最近加わったイリア様も加わって、一斉に頂きますの挨拶をして朝食がスタート。
今日の朝食は、白いご飯とお味噌汁、お野菜の浅漬けと焼いたお魚。
「ほうほう、クーさん。またしても腕を上げましたか・・・」
「あ、あの、流石にそこまで言える程に上達は・・・」
「上手くなってるのは確かだよ、クー。っつーかネリンさん、毎回言ってるよな、そのセリフ・・」
「ですが、私もそう思いますよ? ここに来てクーリア様とイツキ様のご料理を食べる機会に恵まれましたが、本当に美味しい物が多くて驚きました。クーリア様は日々、腕を上げていらっしゃいますし、もう毎日の食事が楽しみで・・」
「ですよね~。私もそうなんですよ。御蔭でお腹回りがちょっと怖いんですが」
「あ~・・ネリンさんも俺らと一緒に動くか?」
「私を殺す気ですか、イツキさん!? イツキさん達がやってる鍛錬は、兎人族の私にはハード過ぎなんです!」
何時もの様に、何て言う事はないけど楽しい会話をしながらの朝食は、凄く美味しい。
隣を見ると、妹のコニィもパクパクと元気に料理を口に運んでて、何だかそれが凄く安心する。
ここに来る前のコニィは、ご飯を食べる事も精一杯って位に元気がなかった。
お金がなくて毎日あんまりご飯が食べられなくて、それなのに熱が全然下がらないから、ご飯を食べる位の体力も残ってなかったんだ。
ご主人様のイツキ様に引き取られて、この家に来てちゃんとしたご飯が食べられるなった御蔭で、ここまで元気を取り戻したんだからそれが凄く嬉しくて、安心する。
「それじゃぁ、今日も元気に働きましょうっ!」
「・・・それ、開店休業中の俺らへの嫌味かな?」
ご飯を食べ終わると、今日も元気一杯なネリン様が張り切った様子でお店に向かうのを見て、ご主人様は小さく溜息。
私も連れて行って貰ったキリグ村のお仕事で、あまりにも凄い事をしちゃったから下手にお仕事が出来ないんだってネリン様は言ってた。
うん、あれは私から見ても凄かったって今も思う。
具体的にどう凄かったって聞かれると、上手く言えないんだけど・・、それでも凄かった。大きな岩とか樹とかがドンドンなくなって、ボコボコで穴だらけだった地面がドンドン平らになって行って・・・。
やっぱり、凄かったとしか言えないや。
その後、お茶を飲んでノンビリしているご主人様と、部屋のベッドに戻るコニィを覗いて、私達もそれぞれのお仕事に。
クーリア様はイリア様と一緒に朝食の後片付けを始められ、私はその間にもう一度開いた扉を通って亜空間車庫に向かう。
今回向かうのは、洗濯機の所。
私達とイリアさんが加わって人数が増えたヤムラ家の、お洗濯が本日最初のお仕事なんだ。
普通、六人分のお洗濯って言うと時間は掛かるし重労働だしで、すっごく大変なんだけど、この洗濯機って言う神代機器を使うと、凄く簡単に終わってしまう。
昨日、お風呂に入った時にかごに入れてある洗濯ものを、まずは分類。
ご主人様が教えてくれたんだけど、この洗濯機って言う神代機器を使う時は、色がらもので分けて洗わないと、例えば白い服が黒くなっちゃったりって事があるらしい。
『何で、基本黒か紺なんかが多いの俺の分の服は、まずは別にした方が良いね。流石に、女の子は男の俺と一緒に洗われるのも気になるだろうし』
って言ってたけど・・・ここにそんな人が居るのかな?
私もそうだし、クー様やネリン様なんかも、ご主人様の服と自分の服が一緒に洗われた位なら、別に文句も言わないと思うんだけど・・・。
そう思いながらも、ご主人様の指示だから従う事にする。
それに、私やクー様達の持っている服に比べて、色が濃い目の服が多いのは確かだし、もし一緒にしてせっかく買って貰った服の色が変わっちゃうのは勿体無いし。
なので、まずは解り易いご主人様の服を洗濯機に入れて水を貯め、隣の棚に置いてある『洗濯用洗剤』って言う良い匂いのする水みたいな洗剤を蓋に一杯分入れて、スタートって書かれているボタンを押す。
途端にグルグルと回りだす洗濯ものが、何だか見ていて面白い。
そのグルグルが止まるまでの間に、私は洗濯ものを分類して行く。
淡い青系の服の多いクー様、お仕事が関係しているのか、落ち着いた色合いが多いネリン様、白い服の多いイリア様、そして特に決まっていない私とコニィ。
後、色だけじゃなくて、下着も別にした方が良いんだって。
クー様達が来ているブラジャーとショーツは『ネット』って言う網目状の袋に入れる。
私とコニィはまだそこまで胸が大きくなってないから、ブラジャーはしてないけど・・吐いている下着はショーツって言う三角形のもの。
ネリン様が言うにも、この下着はいままでの短いズボンみたいな下着と違って、着心地が良い分生地が繊細なんだって言うから、これもネットの中に入れておく。
そうやって人数分の洗濯が終わったら、その洗濯ものを持って御庭に移動。
ご主人様が作ってくれた物干し台に、どんどん洗濯ものを干して行く。
そうしながら改めて思うけど、この『ハンガー』って凄く便利。
今までは全部、紐に洗濯バサミで留めるか、全部の服の袖にロープを通すかしかなかったのに、これがあれば一着一着ハンガーをつけて棒に引っかけるだけで済んでしまうし、取り込みだってやっぱり簡単なんだもの。
それから、四角形の樹の枠のあちこちにずらりと洗濯ばさみがぶら下がっているものの前に来ると、私達女の子の下着を順番に吊るして行く。
そうして全部引っかけ終わると、タオルを一番外側に吊るして下着が見えない様にしてしまう。
これを最初に見た時、本当にありがたいと思ったものだ。
私だって、成人を迎えてないとは言え女の子。
自分の穿いている下着とかを見られたりするのは、やっぱり恥ずかしい。
だけど、こうしてタオルで隠してしまえば見られる事もないし、キチンとお日様の下に干して乾かす事が出来る。
やっぱりお部屋の中で干すよりは、お日様の光をタップリと浴びて乾いたお洋服の方が、着ていて気持ちがいいもの。
今までは恥ずかしさの方が勝っていて、お日様で乾かすのを我慢していただけなのだ。
この『ハンガー』と・・・何て言うんだっけ? 忘れちゃったけど枠に洗濯ばさみが一杯下がったこれも、この前知り合ったミギー様に作って貰っていて、服飾関係って事でネリン様のお店で売り出したみたい。
御蔭さまで売れ行きは好調だってネリン様が喜んでいた。
それが終わると、私は自分達の部屋に戻る。
実は私、今の所仕事って言う仕事は殆どなくて、お勉強と妹の世話がお仕事って事になってるんだ。
部屋に戻った私は、タンスの上に置いてあった紙の束を取って来て、椅子を妹のベッドに近づけて座る。
コニィも何が始まるのか知っているから、クッションを背中に置いて体を起こした状態で、わくわくした顔を私に向けてくる。
そんなコニィの様子に思わず笑顔になりながら、私は紙の表面に目を落した。
「それじゃ始めるね・・・えっと、『赤いオーガの涙』 昔々、ある所に一匹のオーガが住んでいました。そのオーガは真っ赤な体と、とても怖い顔をして・・・」
今読んでいるのは、ご主人様の故郷に伝わっている、昔話。
『コニィもただ寝てるんじゃ暇だろうし、読み聞かせてやればルリィの勉強にもなるからね。計算なんかは夜にやるとして、昼間の間はコニィの傍にいてやりなよ』
そう言ってご主人様が渡してくれたのが、この昔話の書かれた紙の束。
ようやく文字を読める様になったばかりの私でも読みやすい様に、大きな文字で書かれたそれは、今読んでいる話も含めてかなりの数になる。
多分ご主人様の故郷に伝わる英雄譚だろう『モモタロウ』『イッスンボウシ』みたいな冒険ものだったり、『ハナサカジイサン』『シタキリスズメ』なんて優しいお爺さんと悪い御婆さん、お爺さんみたいなお話とか、それこそ一杯。
「青いオーガが尋ねます。『君は、何だってそんなに悩んでいるんだい?』。その言葉に、赤いオーガは答えました。『僕は人間達と仲良くしたいんだ。なのに、僕の顔が怖いから人間は皆逃げてしまう。それが寂しくて悲しいんだ』」
話が進むにつれて、コニィは次は、その次はと身を乗り出してくる。
私だって、読んでいて次はどうなるのだろうと気になって仕方がない。
結局、このお話は悪いオーガのフリをした青いオーガから、人間を護った赤いオーガが人間と仲良くなっていた。
だけどその代わり、悪いオーガになってしまった青いオーガは赤いオーガと友達のままではいられなくなってしまい、置き手紙を残して住んでいた山から居なくなってしまう。
人間と仲良くなる事は出来たけど、唯一の親友を失ってしまった赤いオーガはそれを知って涙を流した、って言う所でお話は終わっていた。
ご主人様の渡してくれたお話は、こんな風にどこか考えさせられるものが多い。
この場合、悪かったのは顔が怖いからと、優しい心を持つ赤いオーガを避けてしまった人間なのか、それとも、青いオーガを悪者にする事を選んでしまった赤いオーガなのか、もしかしたら、自分が居なくなる事を知ってそれでも悪役を選んだ青いオーガなのかもしれない。
それをご主人様にお話しすると、ご主人様は苦笑しながらこう言った。
「それが、あのお話の目的なんだよ。立場を変えて見ると、どっちが悪いなんて簡単に変わっちゃうだろ? オーガの立場で見ると、ただ顔が怖いからってだけで逃げた人間が悪く見えるし、人間の立場で見るとオーガなんか居たら逃げるのは当たり前って事になるし。そうやって考えさせる事自体が目的なんだ」
そうやって色々と考える事、色んな立場からの見方があるんだって教えると、段々と心が豊かになるんだって言って笑っていた。
「ルリィは優しいから、赤いオーガが可哀想って思ったんだろ? 本当に心が貧しいとね、そんな風に可哀想とか、どっちが本当に悪いのかな、なんて考えられないんだよ。物語を読んで、その登場人物の立場で考えられる。それはルリィが良い子だって証拠だよ」
そう言って頭を撫でてくれる手は優しくて、ここに来れた事が・・・この人に仕える事になった事が本当に嬉しかった。
その後も、晩御飯を食べ終わると、今度はクー様達も交えて計算を教えて貰ったり、色々大変だけど、でも楽しい時間が過ぎて行く。
お風呂に入ってサッパリして、寝巻に着替えてベッドに入ると、明日は何があるのかなって楽しみにしている自分に気付いて、小さく笑ってしまった。
最下層の身分、奴隷になって初めてって言うのもおかしいけど・・・・。
こうして楽しくて仕方がないと思える一日が、今日も過ぎて行った。