キリグ村再建へ② 「誰か注意してやれよ・・・」
目の前一杯に広がるのは、荒れ果てた荒地。
すぐ横に目を移して見れば、俯いてプルプルと肩を震わせるミギーさん。
それを確認した俺は、クーリアを伴ってそそくさと離脱、距離を取る。
そんな俺達に気付きもせず、さりとて隣のミギーさんにも注意を払っている様子もなく、胸を張って再建計画を語るイルワさん。
「でね? ちょうど・・あの辺りかな。あの辺りにそんなに大きい物じゃないけど、リネーシャ様を祀る神殿を作って、そして・・・」
オイオイ・・・目ぇ輝かして熱く語ってるのは良いだけどさぁ・・・。
そろそろ気付かんとマズイんじゃねぇのかよ?
・・・まぁ、そこで気付く様なら、その時点でソイツはイルワさんじゃないんだけどな?
そろそろ来るなと思った俺は、クーリアに耳を塞ぐ様にジェスチャーを送る。
クーリアはキョトンとした顔で小首を傾げていたものの、大人しく俺の指示に従って自分の耳を手で塞いだ。
うん、グッジョブだクーリア。
そう思いながら、俺も急いで耳を塞いだ次の瞬間――
「ふっざけるんじゃないわよっ! 地均しも何も終わってない状態で、どうやって家建てろって訳!? 予定より早く人の事連れ出しといて、良い度胸してんじゃないの!」
ミギーさんが爆発した。
うん、そりゃぁ爆発するよなぁ、と俺でも思う。
何せ、目の前に広がる、この辺り一面の“荒地”こそがキリグ村の再建予定地な訳でして・・・・。
そこら中にデッカイ岩がゴロゴロ、ぶっとい枯れ木がザクザク突き立ち、アッチやコッチには人が縦に埋まるんじゃね? っつ―様な穴がボコボコと・・・・。
これ、明らかに建築技師呼ぶ段階じゃねぇよな?
せめて宅地整理がある程度進んでからだよな、建築技師が絡むのって。
俺の拙い建築関連の知識でも、この辺りから建築技師の手が居るかって言われれば、即座に否って答えるね。
何せ、現代日本と違って上下水道にガス管、なんて地下に埋設する様なモンがないんだから、上屋物からで良いだろうよ、絡んでくるのはさぁ。
で、ミギーさんとしてもそう言う認識で居たらしく、資材の揃いもそうだけど宅地整理も終わり間近位にはなってるんだろう、って判断してたんだろうな、これ。
だって、イルワさんの暑苦しい程の熱意に折れたものの、『だけどまた、随分と早いわねぇ・・・。普通、この位の期間でどうにかなるもんじゃないと思うんだけど』って、頻りに首を傾げてたからなぁ。
・・・まぁ、俺的には何となくオチが見えてたって部分もあるが。
小柄な体を精一杯に伸ばし、勢い良く喰ってかかるミギーさんに、イルワさんは困惑頻り・・・って、あれだけデカイ声で理由言われても理解してないんか、この人は。
ミギーさんの相手をする顔も、完璧に「何を行き成り怒ってるんだろうこの人? カルシウム足りてないのかな?」的なもんだし、丸っきり解ってないのは確定。
何か、本気でこの村の将来が危うく思えてきたよ、俺・・。
将来、バナバから居を移す事もあるかもだけど、誓ってこのキリグ村にだけは済むまい、と心に決めた。
・・・あぁ、後オルガ村も当然な。
「いや、だから早い内に建物・・・って、親父? どうし・・・って、痛いっ! み、耳! 耳痛いから!? ひ、引っ張らな・・・行く、行くからぁっ!」
ん?
暫く目を離した間に、耳を引っ張られたイルワさんが何処かに連行されとるんだが?
「だ・か・ら! 痛いって言ってんでしょクソ親父! さっさと耳放せってのよぉっ!」
あぁ、親父さん・・・村長さんが出張ってきた訳な?
うん、まぁ、そりゃそうだよなぁ。
態々請うて招いた技師さんに、自分の娘が明らか過ぎる無礼を続行中な訳だし、そりゃぁ村の代表としては動くわな。
なんて遠い眼差しで眺めている俺に、近寄ってくる軽い足音。
「ちょっと。話が違うんだけど、どう言う事な訳?」
130ちょっとしかない小柄な体で、両手を腰に当てた姿は正に『私怒ってます!』と主張する子供の様で愛らしい。
が、イライラに同調するか様に、ユラユラ揺らめく魔力が全身を覆っている辺り、普通に怖いんだけど。
ってか、それを俺に言われたって困るのだが。
「いや、俺に言われてもなぁ。俺としちゃぁオルガ村に行ったのは、予定前倒しの為の交渉だろうって位にしか思ってなかったし」
だってそうだろう。
普通、予定前倒し・・・何て事になれば『予定を早めていついつから開始したい』って交渉を入れて、双方の同意の上で改めて予定を組むんだし。
どこの世界に『行けそうだと思ったからノリで技師引っ張ってきた』なんて次期村長が居ると思うのさ?
それに――
「ってか、ミギーさんがこうしてついて来た時点で、建てられる状況だったんだなって判断してたんだけど、俺ら」
その道の専門家が、態々出張って来たのだ。
詳しい状況を知らない一介の運び屋風情としてみれば、そう考えるのが自然だろう。
詳しい状況やら何やらと、話し合った上での出張だって考えるのが普通な訳だし。
俺がそう言うと、ミギーさんは深々と溜息を吐いて
「・・・その詳しい状況を何ら話さないから、こうして出張って来たのよ。あの子、こっちが何を言っても『一刻も早く家を建てないと』『村を助けると思って』しか言わないんだもの。まぁ、資材なんかは貴方達が動いてるならって安心してたけど・・・これ、それ以前の問題よね?」
と目の前の荒地を指し示す。
その言葉に激しく同意しつつ、改めて再建予定地とは名ばかりの荒地を眺める。
パッと見ただけでも幾つも見えるデカイ岩やら、地面の下から伸びるぶっとい枯れ木やらを取り除くには、正直滅茶苦茶時間が掛かるだろうなぁ。
現代日本と違って、この世界の宅地整理は全面的に人力・・・もしくはあっても農耕馬かなんかを使う程度が関の山な訳だし。
そう考えると――
「ぶっちゃけ冬前所か、今年中の時点で無理なんじゃない、これ?」
「当然、無理に決まってるわよ。冬前なんて、それこそ夢のまた夢ね」
嘆息交じりに呟いた言葉に、即座に手痛い言葉で返すミギーさん。
村の人達には可哀想かも知れないが、否定できないのが痛い所である。
当然、それを聞いていた村側の人間であるイルワさんの妹さん――イリアさんにとっては、尚の事痛い言葉だろう。
薄々解ってはいたものの、ここにきて現実を突き付けられたって訳だ。
そんな沈痛な面持ちで荒地を見渡すイリアさんに同情したのか、クーリアが俺へと縋る様な視線を向ける。
「あの・・・イツキ様、何とかならないんでしょうか・・・?」
いや、そんなウルウルした瞳を向けられると・・・参ったなぁ。
何と言うか、依頼主がアレだって思うとちょっと気が重いんだが・・・。
そんな考えが解ったのか、それとも単に『溺れる者は~』の心境故か、イリアさんまでもが縋る様な視線を・・・。
ぐぬぅ・・・良心にバキバキと来ますよ、その視線。
確りした受け答えをしてくれてるけど、まだ年齢的に幼いのかイルワさんの身長はミギーさんより少し高い位しかないんだよ。
で、そんないたいけな幼子から、縋る様な視線を向けられちまうと、罪悪感が酷い事になる訳で・・・・。
クーリアとイリア嬢、二人の無垢っ子からの視線に耐えきれず、俺は深々と溜息を吐いて――諦めた。
うん。
無理だわ、これ。
イルワさんの暴走っぷりが~とかで見捨てるには、ちょっとばかしハードルが高過ぎる。
そうやって諦めた俺は煙草に火を点け、大きく紫煙を吐き出してから口を開いた。
「出来るか出来ないかって言われれば、何とか出来ない事はないんだが・・」
そう言った途端、クーリアの瞳が輝きを増し、イリアさんの目にも希望が見えたらしい。
「ほ、本当ですか!? ヤムラ様!」
慌てたみたいに詰め寄ってきて、俺の手を両手で握って尋ねるイリアさんに、俺は一つ頷く。
うん、まぁ、出来ない事はないってのは本当の事。
俺が亜空間車庫に入れてるユンボと軽トラ、二トンダンプを使えば、恐らくは一週間かそこらで終わると思うんだ。
これ位の広さならね。
勿論、村の男衆も総出で手伝うって言う大前提は着くけどさ。
ただ、ねぇ・・・・。
こっから先を言うのって、どうにも気が重いんだがなぁ。
俺がそう思っていると、察したらしいミギーさんが代わりに口を開いた。
「彼が出来るって言うなら、嘘じゃないとは思うわよ? 寵愛の加護持ちな訳だから、それこそ変な嘘なんか吐かないだろうし」
その言葉を聞いて、更に瞳を期待に輝かせるイリアさんに――
「でも、良いの? 彼だって無償で働くって事はないのよ? ここで地均しなんかを頼んだら、それは別の・・・資材運搬とは違う新しい依頼になる訳だから、その分の料金は発生するのよ?」
と冷や水を浴びせかけた。
そう、そうなのだ。
どうしたって、これはボランティア精神で受けていい話じゃないんだよ。
ここで『村の人達が可哀想だ。俺に何か出来るなら・・』って受けるのは、良い話ではあるんだろうけど今後の事を考えると、デメリットが過ぎるんだ。
オルガ村行きの事とかでも言った事だけど、ここで変な前例が出来てしまうと本当にマズイ事になる。
しかも、今回のこれは予定変更程度の問題じゃなく、それこそ一大仕事な訳だからね。
本格的に腰据えてやったにしても、一週間程度は掛かるんだ。
そんな仕事を『可哀想だから』なんてタダで引き受けてしまったら、それこそ我も我もと料金を踏み倒す輩が出てきかねない。
事あるごとに『キリグ村へは無料で手助けしたのだろう? ならば何故、我らの村を救ってくれんのだ!』とか言われ続ける様なのは本気で勘弁願いたい。
俺達の精神的な問題以外にも、運び屋ヤムラの評判にだって響くからね。
『運び屋ヤムラとか言う連中は、えこ贔屓の激しいロクデナシだ! その証拠にキリグを無償で救って置きながら、我らの村を救ってくれなかったじゃないか!』
なんて口さがない連中ははやし立てかねない訳で、そんな噂が広がった運び屋になんて、それこそ依頼は来なくなってしまうだろう。
そして、だからこそイルワさんと言う依頼人の前で言うのが憚られたのである。
最優先事項として『村の再建』が鎮座して、それ以外の――それこそ俺達やミギーさんの様な依頼先の事情がすっぽ抜ける思考をしてるイルワさんにそんな情報を与えれば、面倒事になるのなんて解りきってる事な訳で・・・・。
余り考えたくないけど、最悪、バナバの街で『運び屋ヤムラは私の村を救う手段を持ちながら、お金欲しさに依頼を蹴った』とか触れまわる事で、タダで受けるしかない状況を作る・・・なんて事も考えられる。
まぁ、そんな事してくるのはよっぽどダーティーな思考してる奴位なもんだろうし、イルワさんはそこまでじゃないけど、だからってそうホイホイと言える事じゃないだろうさ。
その辺りの事に気付いたのか、イリアさんの瞳も真剣なものに戻る。
「成程・・・。確かに姉さんの手前、気楽に言える事ではありませんね。ただでさえ成るべくお金を掛けず、そして早く再建すると言う事に気を取られ、職人方への配慮でさえお座成りになりつつある訳ですし、そこに今回の事が耳に入れば・・・」
「まぁ、アタシに交渉してきた時と同じになると思うわよ? こっちが何を言っても耳を貸さず、ただただ『村を助けると思って!』って只管に連呼されるんじゃないかしら」
「明確にその様子が目に浮かぶ様だけど・・・それ、普通に精神的な拷問じゃないか、と思うのは気のせいかね?」
イリアさん、ミギーさん、俺の順に言葉を吐いて、そして――
「「「はぁ・・・」」」
大きく嘆息。
でもまぁ、ここで見捨てたら本気でキリグの村人達って危ないんだよなぁ。
そして、それを知りつつ見捨てるっては・・・。
もう一度深い溜息を吐いた後、俺はイリアさんに視線を戻した。
「まぁ、そう言う訳なんで。別途依頼としてなら請け負う準備ありって事で話してくれるかな? あぁ、勿論イルワさんじゃなく、村長さんの方で宜しく」
当然、暴走癖持ちな次期村長ではなく、現村長にって念は押すともさ。
俺のその言葉に、イリアさんはやはり真剣な面持ちで頷きを返す。
「はい。確かに、承りました。姉が暴走しない様十分に注意した上で、父や村の皆も交えて話し合いたいと思います」
うん、そうしてくれると本気で有難い。
なんで、イリアさんの言葉に頷いた後
「じゃぁ、俺達は今日の所は帰る事にするよ。資材の残りも運んでこないといけないしね」
そう言って、俺はマローダーの方を示す。
「お願いします。結論は明日、ヤムラ様方が到着された時に、必ず」
折り目正しく頭を下げるイリアさんの言葉に送られ、俺達は一路、バナバへとマローダーを発進させた。