イツキ達の居ないバナバにて 「あはは、どうしましょうか」
今回はネリン視点です。
~~ネリン~~
「それじゃ、行ってらっしゃいですよ。旦那様、クーさんも」
そんな私の声にイツキさんは苦笑、クーさんは満面の笑みで答えてギルドへ向かって行きます。
その様子を見送りながら、私は自然に浮かぶ笑みを抑えられないでいました。
イツキさんとクーさん・・・クーリアさんと出会ってからまだ一カ月位だというのに、こんなにも自然にやり取りが出来る様になるとは思っても見ませんでしたね。
初めて出会ったのは、この街にある私のお店、服飾店『森の衣』。
イツキさん達は知らなかったみたいですが、実は『森の衣』って結構有名なんですよ?
元々は私のご先祖様が始めたお店で、本店は何と王都にあったりするんです。
ですのでここ、バナバの街にある私のお店は正確に言いますと『森の衣・バナバ支店』になる訳でして、有難い事に本店を含め、各支店の店長は私の一家がそれぞれやらせて頂いています。
まぁ、私達一家は代々純血の兎人族で、子沢山だからこそ出来るんですけどね。
私達獣人族って、やっぱりと言いますか何と言いますか・・・元になったって言うと表現がおかしい気もしますが、どの獣種の血統を引いているかで出生を始めとする生態・・って言うんですかね?
それが変わってくるんです。
代表的な例を上げますと・・・・。
狼人族って言う狼系の獣人さんは嗅覚がもの凄く鋭い上、一番強いリーダーを中心に群れを作る習性があります。
これはそのまま、獣の方の狼と同じですね。
逆にこれが虎人族になりますと、群れを作る事なく一人で動く事を好みますし、嗅覚は兎も角、膂力なんかでは狼人族を上回っているそうです。
私達の生活圏に虎はいませんので、詳しい事はしりませんけど・・こちらもやっぱり獣の方の虎と同じで、そちらもやはり群れを作らずに一匹で縄張りの中で生きているのだとか。
そして私達兎人族はと言いますと、まぁ、こちらも御想像通り。
耳が良くて人族の何倍も良く聞こえますし、足もそれなりに早いですけど・・・基本的に弱いんですよ。
まぁ、跳躍力には多少自信がありますよ?
けど、言ってしまえばそれだけで、どれだけ鍛えても人族に力では勝てませんし、他の獣人族に比べれば足の速さだって負ける事もあります。
基本的に戦いに向いてない種族って事ですね。
だからって訳ではないですが、種族的に弱い分子沢山って言う特徴がありまして、その例にもれず、私も兄二人、姉三人、弟一人に妹四人の10人の兄妹が居ます。
それに加え、現在本店店長を務める父にもかなりの数の兄弟が居ますので、一族経営が成り立っているって訳です・・・と、何だかずれてきてますので話を戻します。
そんな一族経営の店舗の中で、私、ネリンが任されたのがここバナバの街にある支店な訳ですが、そこにイツキさん達がやって来たのが約一カ月程前の事です。
いやぁ、今だから言いますが、あの時は本当に驚いたものです。
店の扉が開いたと思ったら、今まで見た事もない様な服を来た黒髪の男性と、その男性に連れられたやはり見た事もない服を来たハーフエルフの娘さんです。
この時点で驚く所は一杯あったんですが、良く見ればハーフエルフの娘さんが来ている服は、明らかにやっつけでサイズも何もあってませんし、首には奴隷である事を示す首輪が嵌ってるんですから、驚くなって方が無理でしょう。
今でこそバナバの街に居る私ですが、生まれ育ったのは本店がある王都。
他の街に比べ人口が一桁は違うと言われる王都で育った私ですら、今まで数える程しか見た事のない希少種のハーフエルフの少女・・・それも、奴隷の、ですからね。
この時点での感想はって言われますと、正直言って『どうしましょう』って感じでしたか・・・。
イツキさんの手前、言うのは憚られますが・・・・。
ハッキリ言ってしまいますと、ハーフエルフの奴隷って大概が違法奴隷なんですよ。
貞操観念の強いエルフ種の血が流れるハーフエルフは、エルフ種がそうである様にかなり確りした貞操観念を持っていますから、余程の事がない限りは自ら身売りするって事がないですし、父母のどちらが人族かは解りませんけど、エルフと婚姻が結べる程に清い心を持っている訳ですから、周りからの信頼も厚い訳です。
ですので、例えば家族の誰かが病に倒れて急遽お金が必要になった、なんて場合でも知人友人が仕事の斡旋や、もしくは信用貸しでって様にお金の都合をつけてくれる方が多いって位には信用されてますので、その『余程の事』がまず起こらないんです。
まして一部では『森の賢者』なんて言われるのがエルフ種ですから、例え満足に動けずとも床に伏したまま学問を教えるとかでお金を稼ぐ事も出来たりしますし。
そんな理由から、一部の愛好家の間では熱烈に嘱望されている『ハーフエルフ奴隷』って言うのは、まず見かける事すらない程に少ない訳ですね。
まぁ、それならそれで余計に欲しがるって言うのが、お金と暇を持て余した様な連中な訳でして、中には『自分からならないなら、ならなければならない状況に追い込んでしまえ』なんて馬鹿な真似を仕出かす奴が出てくるって訳でして・・・。
そんな連中の餌食になってしまったのが、現在存在しているハーフエルフ奴隷って事になります。
ですから、そんなハーフエルフの奴隷・・・それも、明らかに年頃の少女奴隷が自分のお店に入ってきた訳ですから、それは驚きもしますしどうしようかと悩みもします。
しかも、明らかにサイズの合っていない服を着た状態で、ですし。
違法奴隷の扱いなんて、それこそ家畜以下な場合も多いですし、無理やり奴隷にされたいたいけな少女が、そんな非道な扱いを受ける所とか見てしまったら・・・明らかに夢見が悪くなるのは確実。
だからと言って、私に出来る事は何もありませんし・・・。
そんな葛藤を抱えながらも、何とか普段通りに応対してみて――
またしてもビックリですよ。
主人の黒髪の男性の方はキチンとハーフエルフの少女を気遣い、常に優しげな眼差しを向けてらっしゃいますし、奴隷の少女はそんな主に向けて満面の笑みを返し、嬉しそうに言葉を交わしてるんですから。
後々仲良くなって聞いてみれば、やはり違法奴隷って事に違いはありませんでしたけど、両親と村の人々を殺して無理やりに性奴隷にされた後、売り先に運ばれる途中で、その違法奴隷商の商隊がオークの襲撃を受けた所を助け出されたとの事でした。
予想以上に重い内容に再び驚きつつも、助け出したイツキさん本人は、最初から性奴隷どころか、奴隷ですらない極々普通の少女として優しく接してくれていると聞いて一安心。
態々奴隷区分までギルドに出向いて通常奴隷に変更したそうですし、その時にしつこく売れと迫る職員に対して怒りを露わに怒鳴りつけた、とも聞きましたしね。
まぁ、その時はそんな事は当然知りませんので、珍しい事もあるものだ、位にしか思いませんでしたけど。
まさか、それからここまでの付き合いになるとは・・・私自身ビックリです。
奴隷商に連れ回されている間の経験から、男の視線に恐怖を覚える様になってしまったクーリアさん。
そんな彼女が本来の好みだろう、ミニスカートに視線を送っている事に気付いたイツキさんが、ぽつりと呟いた『ホットパンツ』と『ニーソックス』。
説明を聞いても上手く想像できないでいると、クーリアさんと何やら話して行き成り飛び出して行ったイツキさんは、直ぐに現物を持って戻って来て――
『それで物は相談なんですが・・・この二つ、売り出してみません?』
その言葉で始まった日々は、まぁ、本当に驚く事だらけでして。
てっきり異能で『収納空間』を持っているんだと思っていたイツキさんは、『亜空間車庫』なんてとんでもない規模の固有空間を持ってるわ、その中には明らかに神級指定は確実だろう神代機器はわんさか入っているわ・・・終いには『リネーシャ様の寵愛』と『世界樹の祝福』なんてとんでもない加護を持っているわで、あの時は本当に卒倒するかと思ったものです。
その後もマローダーと言う神代機器に載せて貰っては、その驚異的な速度と安全性に驚き、それらを収める亜空間車庫の桁はずれな性能に驚き――
もう私、一生どころか二生、三生分は余裕で驚いたんじゃないでしょうか?
だと言うのに、まだままイツキさんは私を驚かせたりない様で、ある日夕食にご招待を受けて出向いてみれば、見た事もない様な美味しそうな料理がこれでもかと変なテーブル――後で聞いた所、軽トラとか言う神代機器なんだそうですが――、聞いた事もない・・だけど陽気で楽しい音楽が流しての食事会ですよ?
これを驚かないとか、私みたいな庶民にはどう足掻いても無理ですって。
まぁ、その料理に嵌ってしまって、三日と空けずに食材買い込んで押しかけた私も私ですが。
それでもイツキさんは小さく苦笑するものの嫌がらずに、クーリアさんも二人っきりの時間を奪っていると言うのにも関わらず、満面の笑みで迎えてくれるものですから、美味しい料理と相まって、どんどんあの居心地の良さに惹かれる自分に気付いた訳です、はい。
それと!
何を置いても凄かったのは、あのお風呂!
何なんですか、アレは!
広くて綺麗な湯船にシャワーとか言う便利な代物と、シャンプーにリンス、ボディシャンプーと言う私の知っている石鹸の常識を真正面から打ち砕く、凄まじい効果を持った石鹸!
・・・あれは正に、この世の天国です。
知ってしまえば、もはや元の生活には戻れない禁断の果実ですよ。
それまで私は一人暮らしをしていたんですが、先に行ったような理由もありますので、実は結構危険なのは自覚してた訳でして・・・。
あぁ、イツキさん達と一緒に住めたらなぁ、なんて夢想していた訳ですよ。
そうしたら、そんな所に『家でも借りろっつ―事か?』なんて発言がイツキさんの口から飛び出しましたので、思わず飛びついてしまいましたとも。
イツキさん本人は解ってないみたいですが、クーリアさんへの優しい接し方は勿論、誰にでも分け隔てなく接してくれる温かさに惹かれてた私としては、もはや断る理由なぞありませんからね。
もし仮に体の関係を求められたとしても、後悔なしな訳です。
そんな経緯で決まったこの新たな我が家――いえ、正確にはヤムラ邸・・ですかね?
家賃は払うと言った私に、『流石に一緒に住む女の子に家賃払えってのは、ちと情けなさすぎるからなぁ』なんて苦笑して、結局イツキさんが全部支払ってしまってますし。
兎に角、新たな家は今まで暮らしていた分譲宿に比べて、明らかに広くて便利。
そこを更にイツキさんは、所有する神代機器で更に更にと便利にしてしまいましたので、もはやここは噂に聞く貴族様の御屋敷よりも便利なのではと思う事しきりですね。
まぁ、唯一の不満と言えば・・・私だけ寝室が別って事でしょうか?
最初はクーリアさんにも個室をってイツキさんは仰っていたのですが、クーリアさんは男の視線以外にも一人で眠る事にトラウマ――心理的外傷って言うんだそうで、酷い経験をすると精神的に傷ついて、特定の事に恐怖を覚えるんだとか――を持ってしまっているようで、一番信頼しているイツキさんと一緒でなければ安心して眠れないから、とお二人揃って一緒の寝室です。
しかもダブルベッドで一緒に寝てるとか、ちょっと羨ましい訳ですよ、私としましては。
いえ、そうなった経緯とかも聞いてるんで、ちょっと不謹慎なのは自覚してますが。
ま、まぁ、そんな訳ですので今の生活に文句はないですし、こうして本格的に活動を開始した運び屋稼業にお二人を送り出すのも、初めての経験ながら悪くはありません。
気分的には、夫ともう一人の妻をお見送りする新妻って感じですね。
・・・早くそうなってくれれば良いのに。
なんて事を思いながら、軽く家を掃除して戸締りを確認すると、市場に向かって歩き出します。
そう、今日は久々のお休みなんです。
幾らなんでも私一人でお店が回せる訳もありませんし、若い女の奴隷さんを店員として雇っています。
どうやらイツキさんはクーリアさんの事もあってか、奴隷って言うものに良い印象を持っていない様ですが、私自身にはそこまでの隔意なかったりします。
だって、考え方を変えれば『奴隷を買う』って言うのは、その人の自立を助けるって事ですからね。
色々な理由があったとは言え、奴隷に身をやつしてしまった方を買い取り、仕事を与える事で自分を買い戻す金銭を貯めるお手伝いをする。
その過程で奴隷の人は買い取った私に対して、仕事と言う形でお手伝いをしてくれている訳ですので、ある意味では相互幇助・・・って言うんですか?
まぁ、そんな形になるんですよ。
・・・よっぽど酷い主に当たってしまいますと、そうも言ってられないのは確かなんですけどね。
兎に角、私のお店ではそう言う形にしていますし、使っている奴隷の娘達も喜んで働いてくれています。
一番長い子は私が此処に赴任した直後に買い求めましたので、もうお仕事も全て覚えてくれていて、大抵の事は私なしでもこなしてくれていますので、こうして週に二度くらいではありますがお休みが取れている訳です。
あぁ、勿論、奴隷の子たちにもお休みは上げていますよ?
こっちは彼女達と相談して、自分を買い戻す資金を稼ぐ為にも週一でって事になりましたけどね。
ですので、今日一日はノンビリ街でも歩いてみようかなって思っている訳です。
最近はご飯も美味しくて、毎日確り食べてますし・・・ここらで散歩でもして体を動かしておかないと、その、お腹回りとかがですね・・・。
ちょっと怖い訳ですよ。
クーリアさんはイツキさんと一緒に、毎日朝夕と武術――杖術と短杖術で分かれていますが――の練習をして動いてますが、私はそれもしてませんからねぇ。
兎人族特有の・・・と言いますか、どう頑張っても戦闘向きに鍛える事が出来ない体なんで、あまりそっち系には興味が持てないと言いますか・・・はい。
な訳で、イツキさんが護身用にってくれた『すたんろっど』とか言う神代機器は、本気でありがたかったりする訳です。
勿論、今も確り腰に下げてありますとも。
「ふふふ、この体は愛しい旦那様以外には触らせませんとも」
って、あぁ、いけないいけない。
こんな事街中で、しかも一人で呟いてたら危ない人確定です。
流石にそれは避けなければ――
そう思った時でした。
「あの、お願いします! わ、私を奴隷として買い取って下さい!」
行き成り目の前に現れた女の子――年はクーさんより一つ二つ下でしょうか?
見た感じ、人族の可愛い女の子ですけど・・・・
「へ? あの・・・行き成り奴隷って・・・」
言ってる事はかなりぶっ飛んだ内容です。
と、兎に角どこかで話を聞くのは間違いないとして、ですね・・・。
「あはは、ど、どうしましょうかねぇ・・」
乾いた笑いが口を付いて出ました。
あぁ、イツキさん。
今ここに貴方が居てくれないのが、本気で残念でなりません。
今一番に相談したい相手がいないのって、こんなに不安なんだなぁと思いつつ、問題の少女を連れて先程戸締りした家へと足を進める事になりました。
彼が帰って来たら真っ先に相談しよう、そう心に決めて。