一路キリグ村へ③ 「何故に付き合わにゃならんのさ・・・」
カーナビが奏でるBGMは、丁度良い事にテンポの速いハード系。
そんな音楽を聞きつつ、ハンドルを握り直す俺を見て、イルワさんが何かを理解した様に頷いた。
「あ、あぁ、そっか・・・。アンタ、『寵愛』の加護持ちだもんね。当然、それに見合った戦闘スキルは持ってるか・・・」
あ~・・・頷いてるトコ悪いけど、俺の戦闘スキルなんぞ初心者レベルを出てないからな?
何せ俺の職種は、限定職種だって言うドライバー。
この限定職種って奴は、変更不可能な特殊職業の事だ。
解り易く言えば『勇者』だの『魔王』だのと同じ様なもんかな?
一度神によって選定されて勇者になると、その後、何があろうが職種の変更はないんだそうな。
いや、まぁ余りに御乱行が過ぎたりすると、『堕ちた勇者』やら『狂った勇者』なんて風に変わるらしいし、逆に偉業を達成してファンタジーお約束の王位継承なんてもんを行うと、『勇者王』みたいな具合に変化するらしいけど。
で、勇者にとっちゃ剣と魔法は付き物・・・って言うか、まずそれがないとお話にならないんで、『勇者の職業スキル』の中に剣術や魔法なんてものは含まれているし、職業が『騎士』とかみたいな人よりも剣術なんかのLVは上がり易い。
だけどその半面、『勇者と言う職業』に関係のないスキル――例えば商業とか――のスキルは、LVがどうこう以前に会得出来ないって縛りがあって、俺の『ドライバー』もこれに当たる。
つまり、運転系の技能以外は後付け出来ないって訳で、どう頑張ろうが戦闘系の技能スキルは得られない。
実際、始めてから一カ月近く立つ杖術も、『杖術LV0』すら出てないしな、俺のカード。
この世界に存在してる職業レベルってのは、訓練を始めましたって言う『見習い=0』からスタートして、『駆け出し=1』、『一人前=2』、『一流=3』、『達人=4』、『神業=5』と分かれてるらしい。
で、例えば『将来冒険者になるぞ!』って人が剣の練習を始めると、その時点で『剣術LV0』がカードに記される事になるそれが出ないんだから、まぁ、俺は戦闘系は何時まで経ってもLV無しって訳だ。
じゃぁ、逆に俺が今取得してるのはって言うと――
ドライバーLV3
○通常走行LV3
○荒地走行LV2
○戦闘走行LV1
って言う感じになっていて、付け加えればこれは飽くまで『車種:マローダー』に関しての技能レベルって事かな?
俺が持ち込んだマローダー、軽トラ、2トンダンプ、ユンボ、トラクターにはそれぞれの運転レベルが別個で存在してる訳で、普段から使ってるマローダーはそれなりなレベルまで上がってるけど、殆ど運転してないユンボなんかは殆どの運転レベルが1のままだ。
それとは別に、車自体にもレベルと個別スキルなんてもんが存在していて、それを知ったクーリアは『その辺りは、神から賜った神剣や聖剣なんかと同じなんですね・・』って、呆れとも驚きとも付かない表情を浮かべていたんで、どうやら『聖剣○○』なんて言われる勇者付きの剣には、勇者個人のLVとは別に剣自体の固有LVとスキルがあるっぽいね・・・って、あぁ、何か話がずれて来た。
うん、まぁ、話を戻すと期待されても俺、弱いからねって言う情けない事になる訳だけど――
「さてと、クー。確り掴まっててな?」
居住区のクーリアに声を掛けて、右手をシフトレバーへ。
「はい、大丈夫です」
確りしたクーリアの返答を確認して、クラッチを踏んでギアを三速、四速と引き上げて、アクセルを踏み込む。
そして、マローダーに付いて全く知らないだろう盗賊達にすら、明らかに解る程に速度を上げたマローダーは盗賊達に向け一直線に付き進み――
直前で――っても、最小回転半径の都合上、それなりの距離はあるけどな――で右にカーブ。
そのまま大きく弧を描くようにして、盗賊達を避けて後ろの街道へと舞い戻った。
サイドミラーには、何が起こったのか解っていないのか、ポカンと大口を開けて間抜け面を晒す盗賊達の姿、そして助手席には――
「え~っと・・・うん、あれ?」
と目をパチクリさせたまま、状況についてこれていないらしいイルワさんの姿が。
対する俺はと言うと、別段そんなもん――特に依頼人でもない盗賊達なんぞ気にしてやる必要もないので、そのままの速度でさっさと街道を突き進む。
まぁ、イルワさんには悪いけど初めての――それも対して整備されてない道で速度出すんだから、落ち着かせるのは後回し。
そのまま進んで、盗賊の姿がもはや影も形もなくなった辺りで速度を落とし、タコメーターを確認。
うん、こんだけ距離話せば追いついてこれんな。
そう考えつつ改めて煙草を取り出していると、漸く我に返ったらしいイルワさんがこっちに身を乗り出してきた。
「あ~、イルワさん? 申し訳ないけど、運転中に身を乗り出すとかしない様に。路面次第じゃ行き成りガクンってのも在り得るし、普通に危ないからね?」
「って、違うでしょう!? 何で戦わないのよ!? 貴方、『寵愛』の加護持ちで強いんでしょ!? だったら」
あ~、うん。
何か解ったわ、俺・・・。
あのギルドでの交渉は必死だったんだって思ってたけど――
このイルワさんって人、基本的にこう言う人だった訳だ。
何つーか、こう・・・頭の中に理想形の答えがあって、それ以外だと中々納得しない的な?
一種、直聞きバカのオッサンを迷惑の度合いを少なくして、方向性をもうちょっとマシにした様な? あの思いこみの激しさ・・・って言うか、我を通そうって辺りが良く似てるんじゃないだろうか。
う~ん・・・大事な依頼人にこんな事思いたくないんだが・・・
何でこっちに来てからの俺の周り――あぁ、クーリアは当然除くぞ? あと、一応はネリンさんも――って、どっかしら一本付き抜けた様な個性強めな人が多いのさ?
っつーか、何故ここで責められにゃならんのか、普通に解らんのだが――
「あのさ、イルワさん? 何故、盗賊避けて怒られにゃならんのか、フツーに解らんのだが。っつーか基本さ、衛兵なり盗賊狩りのクエスト受けた冒険者でもなけりゃ、盗賊の類ってスルー推奨なんじゃないの?」
俺としては、確実にそんなもんだろうと思うのだが。
だってそうでもなけりゃ、何の戦闘能力もない一行商人であっても盗賊討伐は絶対の義務って事になる訳で、無茶ぶりも良いトコだと思うんだけど、それ。
「ぶっちゃけ、俺らが引き受けたのってさ。イルワさんの村まで、資材を最速かつ安全に運ぶ仕事な訳だから、避けられる危険は避けるのが当然だと思うよ?」
そう言った俺に、イルワさんは沈黙。
まぁ、そりゃぁね。
イルワさんとしては、あんな連中は確実に葬って貰った方が安心ってのは確かなんだろうけど、態々避けられる戦いに嬉々として突っ込むってのはねぇ・・。
盗賊連中が剣やら弓やら用意して待ってるからって、態々マローダーから下りて『さぁ、いざ尋常に勝負!』とかあり得ないでしょ?
何故、連中の土俵に合わせてやらにゃならんのだ。
あんなもんはスルーするに限る。
馬が隠してあるのかどうかは知らんけど、もし在ったとしてもマローダーの移動速度に追いつける筈もないしな。
「それで、イツキ様? あの盗賊達についてはどうなさるお積りです?」
速度が緩んだのを確認して、席の間から顔を出したクーリアが尋ねてくる。
まぁ、クーリアは直接見てないとは言え、俺がマローダーでオーク撥ね殺したの知ってる訳だし、気にはなるか。
それにある意味、連中がやろうとしてた事って、そのままクーリアの境遇にも繋がる訳だしね。
そんな事を考えながら、長くなってきた煙草の灰を灰皿に落とすと、クーリアに答える事にする。
「どうするも何も・・・コイツの移動速度なら、キリグ村に荷物卸しても、昼過ぎ位にはバナバに戻れるしねぇ。素直に衛兵さん達に目撃証言だして終わりかな?」
盗賊連中が居たのは、丁度距離的にバナバの街から馬車で一日って位だし、どう頑張っても俺達よりも早くキリグに着くとか不可能だし、再び俺達たバナバに取って返して衛兵に報告する方が普通に速い。
で、バナバ位の規模の街なら、馬よりも数倍早いゲイルウルフって魔獣に騎乗する、騎獣隊なんて部隊も配属されてる訳で、今からキリグ村に付いて資材降ろしてって時間を考えると大体三時間半・・位かな?
目撃からその程度の時間での通報なら、この世界じゃ早過ぎる部類って事を考えれば、騎獣隊の出撃で片が付く可能性が高い。
何せ、乗っているのがゲイルウルフ・・・英語だと解釈して直訳すると、疾風狼な訳で、姿形もそのまま馬サイズに巨大化した狼なら、嗅覚の鋭さは魔獣化に伴って普通の狼を凌いでるって言うから、匂いを辿って追跡も可能だろうし。
まぁ、流石に魔獣だけあってテイマースキルが無ければ扱えない上、敏捷性に優れ、戦闘能力を持つ代わりに馬車みたいな物資運搬みたいな役目には向かないんで、ゲイルウルフに馬車を引かせるってのは無理らしい。
何でも狼同様に気位が高いらしくて、自分がパートナーと認めた騎士以外を乗せる事を激しく嫌うんだそうで、昔、何とか馬車を付けようとしたテイマーを食い殺した事もあったと聞く。
で、そんな凶暴ではあっても互いに信頼を築いた騎士にとっては、最速最良のパートナーになる訳で、コイツらに乗る騎獣士諸君に追われて逃げ伸びた族は、今の所いないって話だ。
いや、ある程度は話が盛ってある可能性はあるけどな?
ただ、そんな部隊があるってのに、態々俺らが処理する必要はないだろうって事。
ぶっちゃけ、そんな暇あるならさっさと仕事進めるべきだと思うんだよ、俺は。
さっさとキリグ村に辿り付き、必要な物資を降ろす。
で、その上で追加の物資なんかを依頼されたりとかがあれば、再度走る。
それに元々、今回の依頼は一日二回配送を前提に計算してる訳だし、ここで盗賊倒して衛兵に連絡→衛兵の現場検証を待って報奨金受け取りとかやってたら、それこそ今日は二度目の配送にかかれない。
そうなると、必然的に物資の配送自体が遅れる訳だから、キリグ村の再建自体も遅くなる・・・と、こう言う訳なんだが、この辺りの事にイルワさんも遅まきながら気付いたらしい。
「はぁ・・解ったわよ。村の人間としては、倒して貰った方が安心出来るけど・・・資材が遅れても困るものね」
うん、納得してくれて何よりです。
あぁ、いや別にイルワさんが納得しないからって、態々轢きに戻るとかはしないけどな?
それこそ、時間の無駄の最たるもんだし。
漸く落ち着きを取り戻した車内に安心しつつ、新しい煙草を加えて火を点ける。
紫煙越しの視界でカーナビを見て見れば、丁度村まで後半分は切った所だ。
で、ここまでの所要時間はってぇと・・・うん、まぁ、予想通りって所だな。
盗賊の襲撃かわすのに速度上げたから一時間を切ってる訳だけど、元々その辺りは誤差の範囲内って考えていいだろうし、路面状況が解ったから帰りからはもう少し速度も出して良いだろう。
そう考えると・・・・。
「上手く行きゃ、三往復位可能かもなぁ・・・」
隣のイルワさんに聞こえない様に、小さく呟く。
無理に急ぐ必要はないし、そのつもり自体毛頭ないけど、時間的に行けそうなら三度めを走るのも良いかもしれない。
特にこの仕事は、早ければ早い程良いって仕事な訳だし。
流石に夜までぶっ通しで配送続けるって真似はしないけど、日の暮れるまでの余裕と後は体力次第では三走目は多分行けるだろうと思う。
まぁ、俺だけ行けてもアレなんで、その辺はクーリアにも要相談な訳だけどね。
特に慣れない作業ばっかりだから、体力は兎も角、精神的な疲労が溜まってるだろうし、無理をさせて事故を起こしたってのは本気で洒落にならない。
居住区付きのマローダーを使いながら、夜にはバナバの街に帰る計画でいるのも、住み始めて数日とは言え一番リラックス出来る自宅に戻り、ネリンさんも含めた何時ものメンバーで過ごす事で、緊張をほぐす為のもんな訳だしな。
その辺も含めて、クーリアとは後で少し話とかないとな。
・・・イルワさんの居ないトコで、ってのは大前提になってくるけど。
そんな事を思いつつ、俺は再び前方へ視線を移したのだった。