一路キリグ村へ② 「お約束だなぁ・・・」
一路キリグ村へ向け、荒野を疾走中のマローダー。
現在の速度は時速40キロ程とノンビリペース。
まぁ、急ごうと思えば幾らでも急げる訳だけど、初めての道でそこまで飛ばす気もしない。
このペースだって、それこそ馬車よりはよっぽど上だ。
「ゴメン、クー。冷蔵庫からお茶取ってくれ~」
ナビから流れる音楽を聞きつつ、咥え煙草でハンドルを握る俺もやっぱりいつものペース。
正式な仕事って意味では初だけど、実績作りの段階でネリンさん乗せて移動とか、何度もやったしねぇ。
今更、依頼人が乗ってる位で緊張とかしませんって。
第一、会社員時代なんか一介の平社員でしかない俺が、何故か部長の代理で注文先の社長を迎えに・・・なんて在り得ない送迎したりしたんだし、それに比べればそれこそなんて事ない。
っつーかアレは、呑気に構えて歓迎の準備してなかっただけなんだよなぁ、あの部長。
俺がいっくら『×月×日の△△時に、○○社の○○社長が来られますが、準備は大丈夫ですか?』って忠告しても、『まぁだ先だろ? 良いって良いって。それよかオレは今、このスウィングの仕方を完璧にしなきゃならないんだから、下らん事で声かけんな』とかほざいて呑気してたからなぁ。
結局、当日になっても準備が全く出来てないなんて事になった訳だ。
アレに比べれば、分刻みの細かいスケジュールが決まっている訳でもないし、道は何処までも一本道で渋滞なんか在り得ない。
これで緊張に身を振るわせろって方が無理である。
そしてそれはクーリアも似た様なもの。
「はい。紅茶ですか? それとも緑茶の方ですか?」
なんて尋ねてくるクーリアの声音にも、緊張の色は一切ない。
何しろこのセイリーム世界で、俺以外でマローダーについて一番知ってるのって言ったら、それはクーリアだしね。
この車の頑丈さ加減と、最高速度がこの世界の常識では想像も付かない域にあるってのは重々承知な訳で、伝説のドラゴンが襲ってくるってなら兎も角、出てもたかが魔獣か野盗の類だけって言うここ等で、どう緊張しろとって事である。
「あ~、俺は緑茶でお願い。と、後イルワさんの分も頼むわ。何か、固まってるっぽいし」
そう言って横目で眺めるのは、今現在マローダーに乗り込んでいる中で、唯一カッチコチに固まっているイルワさん。
ユンボ使った積み込み作業の時点からそうだったけど、バナバの街を出てマローダーを呼びだしたのがある意味で留めになったらしい。
毎度の如く、クーリアには居住区の方に行って貰い、イルワさんは助手席に座って貰ったんだけど・・・こう、あれだ、まるで置物にでもなったかの様に身動ぎ一つしないって言う固まりっぷりを見せている。
流石にこの固まり具合のままってのは気が咎めるんで、俺自身の水分補給に託けて、お茶でも飲まして正気に戻そうかって訳である。
「はい、イツキ様。緑茶です」
「ん、ありがと、クー」
お礼を言いつつ受け取ると、既に飲み口は一度開いて軽くしてあったみたいで、簡単に開いた。
何とも気遣いの出来る子になったもので、正直有難い。
これが地球の舗装道路なら、多少の両手放しも出来ない訳じゃないけど、異世界の荒地じゃなぁ。
ハンドル放した次の瞬間に窪地にガクン、とか普通にあり得る訳だし。
「はい、イルワさん。紅茶をどうぞ」
そう言いながらペットボトルを渡すクーリアに、漸く意識を取り戻したらしいイルワさんが反応。
「あ、あぁ・・済まないね・・・って、何これ? 透明な入れ物に入った・・」
あ~、まぁ、確かにペットボトル見た事なけりゃ驚くわな、あれは。
その辺はクーリアも想定済みだったらしく、
「これはペットボトルと言う入れ物に入った紅茶です。開け方はこうして・・・」
と確り説明してくれている。
何とも有難い事です、はい。
クーリアの説明を聞いて、半信半疑ながらも紅茶を口に含んだイルワさんは、驚いた様に目を開く。
「驚いた・・。本当に紅茶だね。それに何だか甘いけど・・・砂糖でも入ってるの?」
ふむ、確か砂糖も高級品だったか。
それは驚くのも無理はない。
けど、まぁ・・
「あ~、まぁ、そうですね。と言うか、俺が飲んでいる緑茶みたいな一部を除けば、基本的に砂糖入りですよ、ペットボトル飲料って」
と言う事だからなぁ。
無糖って書いてあっても、裏の成分表とか見ると確り甘味料が入ってたりするし、完全に無糖なのって一部のブラックコーヒーか、そうでなければ紅茶以外の御茶の類なもんじゃなかろうか。
いや、完全無糖な紅茶もないじゃないけどさ。
ん?
甘味料なだけで砂糖が入ってなけりゃ、一応無糖は無糖なのか。
この辺り、甘くない奴が飲みたいって時はちと困ったんだよなぁ。
普段飲んでるメーカーのがあれば兎も角、地方の個人商店とか行くと結構マイナーなのしかなかったりして、無糖の文字を信じて買ったら甘かったとかな。
まぁ、今言う事でもないんで言わんけどさ。
兎も角、冷たい紅茶・・それも脳の働きを助けてくれる糖分入りを飲んだ事で、イルワさんの方も幾らか落ち着いた様で、今度は確りと窓の外を眺めてる。
「それにしても・・随分とまた早いわね。これなら、セイリーム最速で運ぶって言うのも納得だわ」
そう言って頷くイルワさんだが・・・これ、結構速度を落とし気味とか知ったらどうなるんだろうか?
あぁ、うん、何となく以前のネリンさんで想像つくから言わんけど。
だって、路面状況も今一解ってないのに最大速度で突っ走れ、とか本気で勘弁だし。
それでもしガツン! なんて来られようもんなら俺やイルワさんは兎も角、クーリアは確実に投げ出されてフロントウィンドーに突っ込む羽目になる。
元々の予定を大幅に短縮出来てる以上は、安全優先で行きたい所だ。
そしてそんな俺の考えはクーリアも解っているので、態々実際の最大速度を言いだすなんて事はしない。
昨日の内に確りと、シートベルトを締めていない事による危険性ってのは放して聞かせたし、クーリア自身軽トラ使った運転練習の時に急発進、急ブレーキを体験してどれだけ衝撃が来るかってのは知ってるからね。
安全の為に3、40キロで運転してた時――それもシートベルトを確り締めて、キチンと椅子に座っていた時ですらそれなのだから、コイツの最大速度120キロを出して、しかも居住区のベッドに腰かけているだけの状態でそうなったらどうなるのか、なんてそれこそ簡単に想像が付くってものだ。
まぁ、後の理由としては手の内を見せないってのもあるけど。
いや、これは依頼人にって訳じゃなくてだな。
野盗だの魔獣だのから逃げる時の為に、なるたけ最大速度は見せたくないってとこ。
流石に120キロに対応できるとは思いたくないけど、知られていて対策されたとか冗談じゃないしさ。
「あ、気を付けてね? この道、見晴らしは良いんだけど時々野盗が出るから・・・って」
うん、イルワさんアウトだ。
この場面でそのセリフは、確実に出てくるフラグだろ?
そしてホントに出てくる、禿だのバンダナ頭だのの薄汚れたマッチョやデブ、反対にガリなお約束の野盗集団。
「あらら、マジに出てきやがったなぁ・・ったく、面倒な」
ある意味、お約束過ぎる出現に驚くよりも先に呆れが来た俺が呑気に呟けば、
「・・・普通は面倒では済まないんですけどね」
と苦笑交じりに返すクーリア嬢。
そんな何とも緊張感のない運び屋ヤムラに対し、イルワさんは大慌てだ。
「ちょっと! 落ち着いてる場合じゃないわよ! 確か貴方達、戦闘能力はそんなに高くないんでしょ!? どうやって切り抜けるのよ!?」
いや、気持ちは解るが少しは落ち着けと。
「っつうてもなぁ。別に慌てた所で自体が好転するでも無し。だったら焦るだけ損だろ?」
「それに、こう言う時に慌ててしまうと、余計なミスを犯してしまう物です。まずは落ち着いて状況を見る。これが大切なのだと冒険者をしていた両親から教わりました」
そう、正にその通り。
余りに落ち着き払った俺達に、イルワ嬢は唖然。
まぁ、気持ちは解らんではないかな?
やっとの思いで村の債権物資を手に入れたと思ったら、野盗に囲まれさぁ大変、だからねぇ。
普通の感性もってりゃ、まぁ焦るわな。
そんなマローダー組に対して、野盗達はと言うと大きく横に広がって通せんぼの構え。
うん、無駄な努力を有難う。
ぶっちゃけ、真正面から突っ込んでも蹴散らせるわ、そんなもん。
12トンの鉄の塊を舐めちゃいけない。
と、まぁそんな事よりも気になる事が一つ。
「俺らが運んでるのって資材な訳だけど・・・んなモン奪ってどうすんだ、奴らは?」
商隊襲って金目のものを奪うってなら解るんだが、俺らは資材だぞ?
いや、まぁ、資材云々以前に積み荷自体見えてないけどさ。
かと言って、マローダーを狙ってるかと言えば、実はこっちの可能性は限りなく低い。
実は神級と名の付く神代機器の殆どが、神より賜った本人――もしくはその血族の様な、限られた極一部の人間にしか扱えないのだ。
そしてこれはセイリーム世界に住む人間なら、誰だって知っている事。
コレクション目的?
いやいや、それこそバカ言っちゃいけない。
使えもしないのに神級神代機器なんて持ってたら、『俺が持ち主殺して奪ってやったぜ!』って大声で宣伝して回る様なものである。
見つかり次第、『神と国への反逆者』って事で、速攻で軍が差し向けられる自体にはなるけど、『おぉ、これは凄いものをお持ちだ』なんて甘い展開はあり得ない。
それにこれってどう考えても――
「タイミング的に、明らかに狙ってるのは資材なんだよなぁ・・」
こんな見渡す限りに何もない荒野である。
そんな中で、偶然ここに網を張ってたとは考えられないだろう、どう考えても。
だって、下手すりゃ通報されて衛兵が動く。
見晴らしが良過ぎて遠くからでも不審な集団が~なんて確認できるんだから、普通に考えりゃこんなトコで待ち伏せとか自首する様なもんだろう。
となれば、俺らが資材を運んでるってのがリークされたって考える方が無難で、奴らの狙いは最初っから資材って事だろうなぁ、十中八九。
まぁ、そんな考えに至るのもリークしそうなバカに心当たりがある訳で・・・。
そう、クーリアの区分変更に行った時、最初に対応したあの職員だ。
あの場で俺に大声で苦情を叫ばれた結果、『まともな契約を交わさない奴隷商』だと見なされたらしく、店の経営も悪化。
抱えていた商品奴隷達はまともな経営状況の奴隷商に移され、職員本人はギルド資格を剥奪の上、在野に下った・・・と言う事だったが、俺らへの嫌がらせはキッチリしてきたってトコだろうと判断。
それに、衛兵・・・と言うか、バナバに付いた初日に対応してくれた隊長さんから、警告を受けてもいたしなぁ。
ったく、本気で面倒な野郎である。
そんな裏事情は知らないにせよ、イルワさんにも襲われる心当たりはあるようだ。
「・・・恐らく物資を奪った上で、改めて村に取引を持ちかけるのね。物資が欲しければ、娘何人と交換だって具合に」
「あぁ、成程。交渉材料の資自体は奪ったもんでも、資材と娘さんとの交換は飽くまでも商売・・・違法奴隷の件には引っかからないと。そう言う訳だ」
この辺りは確実に、奴隷証書の欠点だろうなぁ。
飽くまで、『何に対する対価として、その娘を引き渡す』って言う内容しか記されないから、証書の内容としては正規の取引になってしまう。
『資材の対価』として『娘を引き渡す』って言う取引だからね、飽くまでも。
そこに資材が奪われたものだった、とかは関係ないって訳だ。
「えぇ、そう言う事でしょうね。そう言う取引なら、村の方では冬を越す為にも娘を差し出さない訳にはいかないし、奴らは堂々と『正規の契約奴隷』だって娘を売り払える・・・全く、悪知恵の働く奴が居るわね」
うん、まぁ、この時点であの奴隷商が関わってるのは確実だよなぁ。
俺みたいに『検索エンジン異世界版』なんてもんがあるなら兎も角、そうじゃなければ契約証書の欠点なんて奴隷商を生業にしてる人間か、そうじゃなければイルワさんみたいに、誰かに身売りを頼まなきゃならない立場になる人間位なもので、間違っても一介の野盗如きが知ってるとは思えんし。
そりゃぁ、あの薄汚れの中に、元村長の息子なんてのがいないとは限らんけどさ。
まぁ、その辺りがどうであれ、この状況下でやる事なんざただ一つな訳で。
「そんじゃ、ちとコイツの実力を見せてやるとしますかね・・」
そう言いながら、俺は煙草を灰皿に捨ててハンドルをポンと軽く叩いた。