一路キリグ村へ 「本格運営開始ってね・・」
クーリア手製の朝食に舌包みを打ち、朝の活力を充填した俺達は依頼にんでるイルワさんとの待ち合わせ場所、商業ギルド裏手の資材置き場へと向かう事にした。
「それじゃ、行ってらっしゃいですよ。旦那様、それもクーさんも」
一緒に暮らすようになってからこっち、殊更砕けたノリになってきたネリンさんに見送られ、俺は若干の苦笑交じり、クーリアは満面の笑みで答えて行き路を辿る。
ちなみに、クーリアの事を『クーさん』と呼ぶのも、最近は珍しく無くなってきた。
『クーリアさん』『クーさん』で大体半々位ってトコだね。
仲が良くて大変結構な事だけど、三人で食材の買い出し~なんて時にもあんなノリなんで、最近は『おや、ネリンさんとこの旦那さんじゃないかい。今日はネリンさんはお仕事かい?』だの、『おいおい、かみさんにばっか働かせて、旦那が遊んでるってなぁ行けねぇなぁ。何なら、ウチで扱き使ってやるぞ?』なんて言われる事が多いんで、気軽に散歩するには気が重い環境になりつつある。
うん、確実に外堀を埋めに来てるよね、コレ・・・。
だって、織絵嬢の兄貴攻略作戦となんか似てるもの。
あの、『他人から嫁と呼ばせる事で強制的に異性として意識させ、その上で自分の女っぷりをアピールして認識を変えていく』ってあれにさぁ。
アレ、本気でキツイんだぞ?
こっちはなるべく意識しない様にって頑張ってるのに、行く先々で『お嫁さん・奥さん』または『彼女』と言われる訳で、その度に隣にいるのが女の子で恋愛対象になり得る存在で、他人からみたらそんな関係にも見える距離にいるんだって知らされるとか、本気で精神削るのよ、アレ。
いや、別にだからって精神削られた末の錯乱状態だったから、織絵と付き合ったとは言わんけどさ。
・・・うん、取りあえず考えるの止めよう。
何か初仕事の前に疲れそうだし。
・・・・・・・・・。
よし、復活。
さて、それじゃぁ行きすがら、手順を確認しとこうか。
「今回、クーには軽トラの運転と、荷物の積み込みの手伝いを頼む事になる訳だけど・・・手順は大丈夫?」
「はい。何度も確認しましたし、昨夜、亜空間車庫で一応実践もしましたから」
尋ねた俺に、クーリアは即座に返す。
うん、良い返事だ。
今回クーリアにやって貰うのは、運転に慣れてきた軽トラの操作と、ユンボで釣り上げた荷を確りと荷台に乗る様に誘導して貰う役目である。
欲を言えば二トンダンプも任せたいんだけど、流石にまだ軽トラに慣れ始めて来た所で、行き成り車体の大きい二トン車を預けるのも問題ありだからね。
今回は練習と違って、幾らギルドの資材置き場って言ったって、一応は街中だ。
操作をミスって建物に激突とか、最悪死角の大きさを読み間違えて人を轢いてしまったとかだって、決してないとは言い切れない。
運び屋ヤムラの信用もそうだし、クーリアの未来に『人を轢いた』なんて傷を残さない為にも、キチンとした練習と習熟は必要不可欠って事だ。
それと仕事が仕事なんで、クーリアには安全面も考えて、いつもとは違う服を着て貰ってる。
それは、ネリンさんに無理を言って試作して貰った、作業服である。
厚手の生地で作られたカーゴパンツと長袖の上着、更に冒険者御用達の皮の手袋を用意して、足元は丈夫なブーツで纏めた。
一応俺も同じ服装――こっちは地球から持ち込んだ品ではあるけど――俺は黒みがかった緑、クーリアは淡い青と奇しくもそれぞれの湯呑と色が被ったものの、これが運び屋家業の時の制服って扱いになる。
ま、熱くなってきたらまた、少し生地だとかを変える事にはなると思うけどさ。
で、流石に背中にでっかく『運び屋ヤムラ』とか入れるのは、余りに恥ずかし過ぎるんで、左の肩口に車の鍵をモチーフにしたイラストを刺繍して貰った。
運び屋ヤムラのトレードマークである。
って言っても、態々従業員で服装を揃え、決まったマークを入れるってのはこの世界的には珍しいみたいで、ネリンさんには『何でまた、態々専用の服を?』って頻りに不思議がられたけど・・・。
すまん、こればっかりは地球で生きてきた弊害だ。
運送業で揃いの制服がないとか、よっぽどの潜りだって先入観には勝てなかったのだよ。
だってほら、黒いネコがトレードマークな宅配会社だとか、大手って言われる所はしっかりした制服があって、ドレスコードで身だしなみも確りしてたし。
あれを知っててなお、『あ? んなもん知らんわ。俺んトコは私服で上等!』とか言える程、豪胆な神経してなかったって言うか、ねぇ。
ペアルックな作業服を着て、腿のポケットに皮手袋をねじ込んだ姿で歩く俺達は、それなりに視線を集める事になっていたが、まぁ、それはある意味想定の内。
これから依頼が増えてくれば、この服を見た時点で『運び屋ヤムラ』の人間だって解って貰える様になるだろう。
つまり、一種の宣伝でもある訳だ。
・・・いや、まぁ、恥ずかしいのは確かだけどな?
そんなこんなで辿りついたギルド裏手の資材置き場には、既にイルワさんが俺達を待っていた・・・って、随分早いな。
まだ約束の時間まで30分はあるぞ?
折角、資材置き場の広さや何かを精査しとこうと思って早めに来たんだが・・・。
「漸く来たね・・・」
如何にも待ちくたびれたって感じで、組んだ腕を指先で叩いているイルワさんの姿に、思わず苦笑が漏れそうになるのをグッと堪える。
まぁ、彼女の気持ちを考えれば、約束の時間がどうこうとか以前に、気が急いて仕方ないわな。
なら、予定より早いが作業を始めるべきだろう。
念の為の再確認だっただけで、一応昨日の内に確認はしてあったんだし、作業に支障はないってのは解ってる。
初めてだから念には念を、の精神で早めに来ただけなのだ。
「お早うございます、イルワさん。早速作業を始めても?」
俺がそう確認すると、イルワさんはやはり当然とばかりに頷く。
あ~、こりゃ、良い感じに気が急いてるな。
いや、当然この場合の「良い感じ」は悪い意味での比喩だからな?
こうやって待ってる間にも、イライラした感じで腕を組み直したり、重心をずらしてみたりと酷く落ち着きがない。
村の為を思えばこそなんだろうけど、個人的にはそう言う時こそ落ち着かなきゃいけないってのが俺の持論な訳だけど・・・まぁ、この辺りは個人差か。
誰もが俺見たいに冷静になれる訳でも無いし、増して村の人達の運命を握ってるイルワさんなら尚更。
交渉に失敗したら、もしこれで搬送が間に合わなかったらと思ったら、それこそ居ても立っても居られないって状況なんだろうね。
そして、既にこの場に居たのはもう一人。
「お早うございます、ヤムラさん、クーリアさん。今日はお仕事ぶりを見学させてもらいますが・・・宜しいですかな?」
そう、昨日イルワさんの対応をしていた職員の人だ。
まぁ、こっちは問題ない。
昨日の段階で見学に来るってのは解ってたし、そもそも、俺達の仕事ぶりを見て貰った方がこっちにとっては都合が良い。
幾らネリンさんが証言してくれたって、結局はギルド加入者ってだけで役付きの幹部とかって訳じゃないからね。
彼みたいに役付きである程度の権限がある人間に、俺達運び屋ヤムラの有用性を知って貰うのは、今後の仕事の上でも十分に役に立つ。
ここで有用性を示せれば、色々と仕事を回してくれる事もあるだろう。
と言う訳で、返すのは勿論この言葉。
「はい、こちらこそお願いします。ただ、作業中は少々危険ですので、余り近くには立ち入らない様にお気を付け下さい」
うん、こんなもんだろ。
幾ら気になるからって荷物の真下とか、横とかに来られたら、風でも吹いた拍子に吊られた荷物が動いて激突、とかあり得る訳だし。
今回誘導作業に当たるクーリアには、ユンボを買った時にサービスで貰ったヘルメットを渡すつもりだし、そもそもが危なそうなら荷物を無視して逃げろって良く言い聞かせてあるけど、あの職員がどれ程ユンボについて理解してるかなんて、それこそ子供以下レベルなんだし。
せめて吊られた荷物は危ない程度は理解してくれてると良いんだけど、『リネーシャ様から賜った神代機器ならば』なんて考えで、常識的な注意まで忘れられたりしかねないから危ないよな。
なんで、再度職員の男性とイルワさんに近づかない様にと念を押してから、俺は亜空間車庫を解放した。
行き成り何もない空中に現れた巨大なシャッターが、俺の合図で一気に巻きあがり、出入り口である黒い空間が姿を晒す。
それを見て驚くイルワさん達に構わず、俺は静かに言葉を紡いだ。
「車種:軽トラ・ユンボ。搬出開始」
その言葉と同時に、黒い空間から白いシャーシの軽トラと、薄緑に塗られたボディのユンボが静かに吐き出される。
そして、亜空間車庫の出入り口はそのままに、俺とクーリアはそれぞれの車体に歩み寄る。
「それじゃクー、丁度良い場所まで来たらブザー鳴らすから、そこまで軽トラ頼むよ?」
そう言ってユンボの操縦席に置いてあったヘルメットを手渡すと、クーリアは受け取ったヘルメットを被りながら笑みを返した。
「はい、お任せ下さい!」
ヘルメットの顎紐は、すでにクーリアサイズで調整済み。
背の中ほどまである、綺麗な髪も作業しやすい様にと首もとのゴム紐――マローダー内にあったものを上げた――で括られていて、その上にヘルメットを被れば恰好だけならもう一人前の土木作業員である。
ただ、土木作業ってイメージには、どう考えても合わない程に中身が綺麗なんで、何とも違和感はあるけどさ。
何つーか、「作業員募集!」とかでカッコ良さ気な男性と、可愛い女性のモデルを使ったポスター的な?
実際、こんな綺麗な子居るわきゃねぇだろって突っ込みたくなる、あの感じに似てるんじゃないだろうか?
いや、本気でそれより可愛いんで、余計に違和感デカイんだけどな。
まぁ、そんな事をいつまでも気にして居ても仕方ないんで、今は仕事中って割り切って作業に入る。
まずは、軽トラをユンボが荷物を積みやすい場所まで移動させる所からスタート。
窓を開け、後ろを確認しながら軽トラをバックさせるクーリアの運転にも、もはや不安な所は見られない。
まぁそりゃ、散々練習したしね。
最初こそバックの感覚が掴めなくて苦労してたみたいだけど、何度か見本を見せて視線の置き場所なんかのコツを教えたら、何とか感覚をつかめたらしく、数度の練習を重ねる内にどんどん上手くなっていった。
これはクーリアが頑張り屋だってのと、後は変な固定観念がないからだろうと思う。
現代育ちの日本人だと、親や周りの人間が車乗ってるなんてのは普通なんで、『バックの時はこうするもんだ』みたいな変なイメージが固まってたりするんだけど、車の存在しないセイリームで育ったクーリアには、それがない。
教習所時代の教官が言ってたけど、地球の若者の中にはゲームとかでイメージを作っちまった様な奴もいて、そんな奴は下手にゲームで良いスコアを出したとかで素直にアドバイスとかを聞かないんだそうな。
『ったく、信じられるか? たかがゲームだぞ? そんなもん、幾ら上手くたって実機乗ってんのとは訳が違う。だってのに、それが解らねぇで『俺は上手い、だからアンタは黙って乗ってハンコ押せ!』と来た。頭ん中、脳みその代わりに餡子でもつまってんじゃねぇのか、アイツらは』
なんて結構辛辣な言い方してたけど、実際そいつ等が乗ってるって言う教習車を見ると、それはもう怖いのなんの。
レースゲームで慣らしたんだろうけど、変にカーブで内に寄ったり速度を落とさなかったりと、お前は何処で何を走らせてる気だと突っ込みたくて仕方なかったね。
対して、クーリアにはそんな慢心とか、変な考え持ってたりしないから、素直に注意は聞き入れて、褒めた点は忘れない様にって努力をしてくれる。
そりゃぁ、運転が上手くなるのも早いだろうさ。
そうこう考えている内に、軽トラの丁度良い場所に来たんで手元のレバー、その上についているブザーのボタンを押す。
ビィーッ、と言う目立つ音と共に軽トラが動きを停め、運転席のクーリアが荷吊り用の両側が輪になった幅広のローブを手に歩いて来た。
クーリアが真っ直ぐに伸ばしたロープの上に、俺とクーリアの二人がかりで何本かの資材を並べ、ある程度が並んだら俺はユンボに戻る。
レバーを操作してアームを動かし、目視とクーリアのハンドサインを頼りに丁度良い場所にアームを持ってくると、アームの先端に着いたショベル、その甲の部分にあるカラビナ部分に、クーリアが荷吊り紐の先端の輪を引っかけた。
勿論、一方の輪に片方の輪を通して、吊り上げた際に資材が締まる様にして、だ。
そのまま二、三度引っ張って確実に掛かっている事を確認すると、クーリアは右手を上げてOKのサインを出してくるので、それを確認してアームを動かす。
変に高さを上げない様に、あくまでクーリアの手が届く範囲に高さを固定したまま、ユンボの車体を回転させて軽トラの荷台に荷物を導く。
その間も、クーリアは荷物に添えた左手で変な方向に向かない様に気を付けつつ、上げた右手でハンドサインを送ってアームの高さや角度の細か調整を教えてくれる。
そうやって、荷台に誘導が終わると、今度は降ろし作業だ。
ある意味、これが一番気を使う。
下手にレバーを動かすと、勢い良く降り過ぎて近くに居るクーリアが危険な目に合うのだから当然だ。
「オーライ、オーライ、オーライ・・・」
クーリアの右手のハンドサインと、掛け声を確認しつつ、目視で確かめながら慎重に荷物を降ろし――
「OKです! 紐、外します!」
成功。
後はこれを繰り返すだけである。
結局、この第一次詰み込みを軽トラ、二トンダンプ共に終えるまでに掛かった時間は、一時間弱。
機械を使ったにしては遅いけど、まぁ、最初だからね。
慎重にやった分、多少のロスは仕方ない。
それに、手積みよりは明らかに速いのは確かだ。
そして、詰み込んだ軽トラと二トンダンプ、ユンボはさっさと亜空間車庫に仕舞ってしまう。
街中を車で走る訳にもいかないし、マローダー何て言う異世界向きの車があるのに、態々荷物積み込んだ軽トラとダンプでバカ正直に走る意味もない訳だし。
目の前で行われた常識はずれの作業に、唖然とするばかりの男性職員とイルワさんに、皮手袋――クーリアはヘルメットもだけど――を外した俺達は、してやったりの笑顔を浮かべてこう言った。
「さて、それじゃぁ行きましょうか? キリグ村、でしたよね? 所要時間、約二時間で到着の予定ですよ」
「運び屋ヤムラの初仕事です。ご期待にお応えできるよう、頑張らせて頂きます」
土木なハーフエルフ…。
妖精好きな人には怒られそうな気がします。