再びの日常③ 「そう言われるとその気になるなぁ・・・」
「お、美味しい・・・!」
食べ始めて最初に出た言葉は、有難い事にそれだった。
から揚げ――今回は普通の方だった――を口にして、正に至福と言わんばかりのクーリアの様子に、俺の表情も知らずに緩む。
「そっか、なら良かったよ。あぁ、もう一つの方はちょっと辛めだから気を付けて。ご飯には合うと思うけどさ」
そう言いながら、俺はチリソースを絡めたから揚げを口に運ぶ。
うん、丁度良い具合に仕上がってる。
鶏肉のジューシーさと、チリソースの辛みが丁度良い具合に溶け合って、何とも言い難い具合に仕上がっているともさ。
元々、から揚げって時点で結構香辛料が聞いている上に、チリソースの辛みが馴染んだそれは、なんとも食欲をそそってくれる。
口一杯に広がる辛みと肉の旨味に誘われて白いご飯を頬張れば、今度は米独特の優しい甘みと硬過ぎず、柔らか過ぎないあの食感が出迎えて、更に食欲を増進してくれている。
サラダの方も、シャキシャキとした大根とニンジンの食感が彩りを添え、レタスとキャベツの優しい甘みが掛けられたドレッシングの油臭さを打ち消して、さっぱりとした食べごたえを演出してくれていて、濃い目のから揚げ二種類と脂分が気になるサラダの食感を良い具合に打ち消して、味噌汁の飲み口を程良い具合に調節してくれている。
日本人なら誰でも思い描く豆腐と油揚げの味噌汁は、飲み口に対して結構脂っこいんだけど、それよりもなお脂っぽいから揚げとの組み合わせによって、味わい深くて飲みやすいって言う味噌汁に代わってくれているし、濃い目の味付けのから揚げ二種類は、サッパリとしてアッサリ目のご飯で中和されて、良い具合に馴染んでくれる。
この辺り、地球時代に織絵相手に好評をはくしたメニューだが、やっぱりクーリアにも通じてくれて助かった。
鶏肉を使って美味い料理を。
そのお題目でまず真っ先に思い浮かんだのが、から揚げだった訳だけど・・ただ単純に揚げるだけじゃ芸がない。
マヨネーズやワサビと言った小道具を使えば、多少の味の違いは出せるにしても、そんなものは料理人の腕とは関係がない訳で。
だったらって始めたのが、いつどこでってのは忘れたにしろ、テレビでみたチリソースを絡めた一品。
実はこれ、簡単そうに見えて結構難しいんだわ。
単純にチリソースを絡めただけなら、ただ辛いだけで終わってしまうし、エビチリ用ののレトルトをそのまま掛ければ、何か物足りないって印象を受ける。
食べる人の辛みへの耐性を見極め、丁度良い濃さのチリソースを絡めて、始めて美味いって言えるこの料理。
調整が難しい分、美味く嵌ってくれれば他に何もいらないって言うお手軽料理でもあったりする。
辛みを抑えたいなら、チリソースに若干のバターを加えるのも一つの手だ。
まぁ、これも無塩バターを使わないと塩気が多くなり過ぎるんで、匙加減ひとつな訳だけどね。
と、理屈は良いや、今は。
それよか食おう。
クーリアにとっては初めて食べる異世界の料理、俺にとっても久々に食べるレトルト以外の地球の料理だ。
温かい内に味合わないのは勿体無い。
「イツキ様。これ、何て言うお料理何ですか?」
そう尋ねてくるクーリアだけど・・・あれ、言ってなかったけか?
「あぁ、ごめん。言ってなかったけ? この鶏肉の奴はから揚げだよ。んで、こっちはそれにチリソース・・・トウガラシとかをベースにした辛いソースだね。それを絡めたもの。で、こっちのスープは味噌汁って言うんだ」
ちょっとマナー的にどうかとは思うけど、一応自分の皿に盛りつけた料理を箸で示しながら、名前を教える。
うん、行儀悪いのは解ってるから、お叱りは無しの方向で一つ。
そんな俺の説明を聞きながら、クーリアはふんふんと小さく頷き、
「から揚げ・・チリソース・・・お味噌汁・・」
って呟いている。
料理してる時から思ってたんだけど、クーリアって実は料理するのが好きらしい。
野菜を切ったりとかして貰ったんだけど、本当に楽しそうに食材を刻んでいたし手つきもよかった。
俺がやってる下ごしらえなんかを見ながら、「それは何をしているんですか?」って質問してきたりして、その度その度最近は何時も持ち歩いてるメモ帳に熱心に書き込んでたしね。
ちなみに、メモ帳は全部で三冊程クーリアに渡してある。
表紙の色も丁度緑、青、黄色と分かれてるんで、クーリアは車関係は緑、仕事関係は青、料理みたいな日常生活では黄色って具合に使い分けをしてるみたいだ。
いえ、勿論中は見たりしてませんよ?
親しき仲にも礼儀あり。
例えメモとは言え、乙女の文書を覗くとか問題ありでしょ。
兎に角、有効に使ってくれるのは俺的にも嬉しい事なんで、より分かり易く纏められる様にって三色ボールペンも渡してある。
これも最初は驚いてたなぁ・・。
まずは赤と青のインクに驚いて、それが一つのペンに纏まってるって事にも驚いて・・・普段から大きな目を更に大きくして、でも好奇心は隠せずに耳がピクピク。
うん、笑顔のクーリアも可愛いけど、あんなクーリアも可愛いなと思った瞬間でした、はい。
と、まぁ、そっちは今は良いとして。
久しぶりに作った料理は、やっぱり良い物だと再確認。
クーリアも喜んでくれてるし、これなら普段から作るのも悪くないなと素直に思う。
お代わりを想定して、ちょっと多めに炊いたご飯も綺麗になくなり、皿の上には多少の汚れ以外はもはや何もない! って位に綺麗に無くなった。
これだけ綺麗に食べて貰えると、作った側としても嬉しいもんである。
食後は心持ち濃い目に入れた緑茶を飲みつつ、まったり過ごす。
お腹も膨れて丁度良い感じに力の抜けたこの時間って、やっぱり良いよなぁ。
クーリアと過ごして何が嬉しいかって、やっぱりこんな何気ない時間を共有できるってのが一番嬉しいんだよね。
地球の家族もそうだけど、こうやって何するでもなくのんびりと、だけど近くに居られても違和感がない存在って本当に貴重だと思うんだ。
会社員時代の菓子パンとパック緑茶な昼飯とか、温くなったコンビニ弁当を掻きこむだけの夕食とかを思い出すと、余計にそう思う。
だってあれ、味がどうこう以前に、あまりにも味気ないからねぇ。
腹は一応膨れるけど、こう・・・食後の満足感とか殆どないし。
そんな事を考えつつものんびりしていると、クーリアがふと思いついた様に口を開く。
「こんなに美味しいものを食べると、料理屋さんも出来そうだなって思っちゃいますね」
食後特有の力の抜けた雰囲気で話すクーリアは、本当に幸せそうだ。
でもまぁ、料理屋って言うのは・・・
「あはは、喜んでもらえてうれしいけど・・・流石に料理屋は大袈裟じゃないかな?」
実際、男にしてはそれなりに出来る方ではあると自負しちゃいるけど、だからってプロの料理人には遠く及ばない家庭料理な訳だしさ。
って言うか、普通に織絵嬢にも抜かされる程度な腕前で、客からお金取ろうってのはちょっと・・・。
あぁ、うん、せめて織絵程に美味くなってりゃ文句もなさそうな気もするけど、俺はあそこまで本腰入れて練習とかしてないからなぁ。
と、そんな俺の自己評価を聞いて、クーリアはブンブンと顔を横に振って即座に否定。
「そんな事ありません。宿のお料理とか料理屋さんで食べたものより、よっぽど美味しかったです! 私、イツキ様のお料理大好きです!」
「そ、そう? うん、ありがとう・・」
クーリアの勢いにちょっと押されながらも、お礼を言うのは忘れない。
ほら、言われて嬉しいのは確かしだしさ。
そんな俺の様子を見て、クーリアも自分が勢い込んでたのが解ったのか、少し顔を赤らめて座りなおす。
お、またクーリアの可愛い表情を発見したな、俺。
「えっと、兎に角、大げさでもないですし、お世辞でもないです。香辛料をふんだんに利かせているのもそうですけど、このから揚げとかお肉も柔らかいですし、何かに包めば持ち歩きだって出来ます。あまり商売には詳しくはないですけど・・屋台か何かで売り出して見れば売れるんじゃないかって」
あぁ、成程。
料理に感動してくれたのも本当だけど、それだけじゃなくて最近勉強してる商売的な観点からも見た訳だ。
そうなると、こっちとしても真面目に考えてみようって気にはなる。
まず、商売としてやっていこうと思うなら、価格が問題になる。
香辛料や油なんかはマローダーに積み込んであるものを使うし、減ってくれば『リロード』で補充するからタダだと考えていいだろう。
そうなると、必要になるのは材料の鶏肉と持ち運ぶ為の入れ物・・・。
ん?
別に容れ物はいらないか?
コンビニで売ってる奴みたいに幾つか纏めて串に刺せば、それだけで持ち歩きは出来るよな。
あぁ、いやでも惣菜として持ち帰る客もいるって考えれば、それなりに容れ物はいるか。
ふむ、この辺りは要検討だな。
で、鶏肉の方だけど、今日市場で見た限りでは結構安価なお値段で売られているから、原価って意味ではまぁ、問題ないだろう。
問題になりそうなのは、量を揃えられるかって事かな?
から揚げ串で商売するならどうしたって量がいる訳だから、かなりの量を、それも定期的に仕入れなきゃいけない。
これが地球なら養鶏家なんかと契約したりして確保出来るけど、こっちの世界じゃどうなんだろうか?
家畜化された牛や豚がいなそうだってのは、肉屋のレパートリーを見て何となく想像が付いたけど、鶏も同じなのか?
いや、でも鶏卵の方は定期的に宿やら料理屋やらに入荷している訳だし、それを考えれば養鶏は行っているって考えても良いのかな?
う~む、この辺りも要確認っと。
まぁ、最悪香辛料の類みたいに『リロード』するって手もあるんだけど、流石にそれは余りにズルが過ぎる気がして気が進まない。
自分たちが食べるだけなら兎も角として、商売して金を取ろうってんなら通すべき筋はあるんだし、原材料を購入して金を落すってのはある意味筋としては最低限のレベルだろう。
真面目に考えだした俺に、クーリアは「あ、あの、単なる思い付きですから。そこまで悩む事は・・・」と、ちょっと慌て気味。
「いや、ちょっと考えてみたけど、案としては良いかもなぁって思ったよ?」
うん、それは確かだ。
ただ、値段以外にも幾つか問題はあるけどさ。
「今の所は待機が多くて暇な訳だし、やってみるのも面白いかも・・とは思うんだけど、結局は屋台の運営についてとか調べてからかな? ほら、日常的に出してる人じゃないとだめだ~とか、そんな規則があったら出来ないしね」
そう、これが大きい。
料理屋台も面白いかもとは思ったけど、飽くまで俺が目的としているのは運び屋だ。
運び屋家業が始まれば、一日・・下手したら数日は空ける事もあるんだし、そんな不定期経営な屋台に場所を用意してくれるかってのがある。
なんで、それが大丈夫なら、半ば趣味的な扱いでやってみるも良いかなって思ってはいるんだけど。
と、クーリアもその辺りに気付いたのか、小さく「あ・・」と声を上げた。
「確かにそうですね・・・。今は待機が多いですけど、私達の本業は運び屋。街を空ける時間も多いんですよね」
「うん、そう言う事。ま、それでも良いよってんなら、ちょっと考えてみようか。持ち運びが出来そうな料理も結構あるし、今度詳しそうなネリンさん呼んで聞いてみたりしてさ」
俺がそう言うと、クーリアは楽しそうな笑顔を見せる。
「あっ、それも楽しそうですね。夕食会ですか」
「そ。色んな料理用意してさ。まぁ、人数が三人だからそこまで規模のデカイもんにはならないけど、料理食べてお酒飲んで・・・あぁ、マローダーのPC動かして曲流しながらっても良いかもなぁ」
気分的にはバイキングレストランのノリである。
最近はクーリアの運転練習に合わせてマローダーも引っ張り出し、ソーラーパネルを使った蓄電池の充電も行っているので、態々エンジンを掛けて無粋な排気音と排ガスを出さなくてもPCを動かす位は訳もない。
そうじゃなければカーナビを外して持ってきて、内部電源で動かすでも良い。
陽気で軽快なノリの音楽を適度な音量で流してやれば、車だらけな亜空間車庫でもそれなりの気分は出せる筈だし。
「それはネリンさんも喜びそうです。美味しい料理と綺麗な音楽って、何だか貴族がやるって言うパーティーみたいです」
あ、成程。
こっちじゃ音楽聞きつつ料理を食うってのも、そう簡単じゃない訳だ。
まぁ、録再機器がないんじゃ音楽は生の演奏しかないし、態々飯食うだけに演奏家とか雇うとかバカらしいわな。
そりゃぁ、店ならとは思うけど庶民用の食事処に来る客の中には、血の気多めの冒険者なりもいる訳で、せっかく人を雇って演奏しても、酒が入って大きな声で話とか始められた日にゃ演奏なんぞ意味もないわな。
かと言って『騒ぐんなら出てけ。ウチは曲を聞きながら静かに食うとこだ』なんて客層を選べるほど、裕福な訳でもないと。
中にはそんな店もあるんだろうけど、普通の庶民が日常的に通うにはちょっとお高めだろうしね、値段とか。
うん、本格的に楽しみになってきたかも知れん。
「じゃぁ、片づけ終わって風呂入ったら、マローダーで曲選びでもしようか。持って来た曲はまだまだあるしね。クーも気に入ったのあったらコピーしてあげるから、軽トラの運転中に聞く奴も選んでみなよ」
軽トラのナビに入ってるのって、俺が適当に入れた曲だからなぁ。
幸い、クーリアが好きな系統のも入ってたみたいだけど、やっぱり自分の好きな曲を聞きながらって方が運転は楽しいもんだ。
その後、俺達は楽しく話をしながら協力して後片付けを終わらせて、順番に風呂に入って汗を流し、良い気分のままマローダーに乗り込んだ。
さぁて、良さ気な曲でも探すとしますかね。
隣に腰掛け、わくわくを示す様に耳をピクピクさせているクーリアを見ながら、俺はPCを起動させたのだった。