再びの日常② 「さぁて、作りますかね・・・」
バナバの街の通りは、相変わらずの盛況ぶりを見せている。
食べ物系屋台のおっちゃんおばちゃんの元気な呼び声と、食欲を誘う良い匂い。
そんな中を通り抜けると、今度はお目当ての食材屋が見えてくる。
まぁ、ちょっとおかしな並び方な気はするけど、ギルドの区画整理に伴って、主要街道沿いに並ぶ屋台にも、区画訳が適応されてるんだわ。
俺達が最初に辿りついた通称『西の門』から見て、焼き串やらの調理系屋台、その次が野菜やらの食材系、でもって装飾品やらの小物系と来て、最後が食器だ何だの生活用品って具合に並んでる。
これは食い物やの匂いが商品に染みつくのを防ぐ為に、食材屋を挟んでワンクッション置いてるって言うのと同時に、食い物系の匂いで食欲を掻き立てる事で食材屋の売り上げアップも狙ってるって事らしい。
後、屋台通りでは酒の類は扱われていない。
これはある意味当然っちゃ当然な措置で、酔っ払って喧嘩でもされた揚句屋台を倒され火事発生、なんて事態を防ぐ為な訳だ。
同様に生活用品の類が食い物関係から一番遠いのも似た様な理由で、人って奴は食い物が絡むと結構ケンカっ早くなるからね。
割れ物なんかを扱ってる屋台は出来るだけ遠ざけた方が無難ってのと、利用者の性別や年代の違いも考慮したって所かな?
食い物関係の屋台を利用するのは、どうしたって独身男性――それも冒険者なんかの血の気の多い連中が多かったりするし、逆に生活用品はって言えば主婦やらある程度お年を召して落ち着いた人なんかが多かったりする。
まぁ、旅の必需品を買いに冒険者なんかも当然来るけど、比率で言えばまずこっちだ。
で、小物系が真ん中ってのもある意味簡単な理由。
どうしたって小物関係ってのはそれなりの人気も出る。
そんな屋台を中心に置く事で、他の屋台を見させるって目的だ。
小物目的って言ったって、小腹が減ってる時に食い物屋の屋台の傍とか通れば、そりゃぁついでに一本位ってなるもんだろうし、生活用品の方を通った時にあぁそう言えば、って具合に売れる事だってあるだろう。
とまぁそんな思惑の下、区画整理された屋台通りは今日もまた結構な人手でごった返している。
うん、繁盛してて良い事だ。
「おぅ、兄ちゃん! ウチの焼き串食ってけよ! コイツは取れたばっかのボアの肉だぜ!」
「それよりこっちを食べてきな、新鮮野菜とチーズを挟んだサンドイッチだよ! お譲ちゃんでも食べやすい一口サイズもあるからね!」
なんて景気の良い声を掛けてくる店主達を交わしながら、目的の食材売り場へ。
「あ~、そう言えば何気に始めてか? こっちに来るのって」
さて食材でも探しましょと思った俺だが、今更ながらに何処に何が売ってるのか解らないって事に気付いた。
でもってよーく思い出すとバナバに着いてからこっち、街中を見回りはしたけど食料関係って基本スルーしてた事を思い出す。
うん、まぁ基本宿で食うか、近くの料理屋かのどっちかだったし、そこまで気にしてなかったわ。
どっちかって言うと、地球にはない武器だの魔法書だのって方に興味が行ってたし、市場調査も兼ねて装飾品関係とかに時間裂いたからなぁ。
まぁ、解らなかろうが、順番に見てきゃ良いだけの話なんだけど。
何て事を考える俺に、クーリアも今までの行動を思い出したのか、小さく笑って頷く。
「そう言えばそうですね。私達、もう一月近くこの街で過ごしてるのに・・まだ見てない所ってあるものなんですね」
あぁ、うん。確かに。
あんだけ街中歩いた気だったけど、無意識にスルーしてたってトコも結構ありそうだなぁ、こりゃ。
・・・奴隷屋は意識的にスルーしたけどな。
今のトコ、クーリア以外に人を増やそうって気はないし、そもそも奴隷なんて買う気もないのに奴隷商行ってもねぇ・・。
流石に、売り者にされてる人達眺めて楽しむ様な感性は持ち合わせてない訳だし、下手に同情を寄せた結果、買い取らなきゃならなくなったってのもちょっとマズイしさ。
運び屋稼業だってまだまだ軌道に乗っても居ない上、そもそも旅の拠点になるマローダーは二人乗りでベッドも狭い。
そんな状況で態々人数増やしてもメリットなんて殆どない訳で、だったら態々奴隷商に出向いたって後味の悪い思いをするだけだろう。
まぁ、この街の奴隷商は正規の通常奴隷を扱ってる店な訳で、そんな見たら後味悪いって程酷い扱いはしてないんだろうけど、その辺りは気分的なもんって事で。
っと、一先ず奴隷屋云々は置いておくとして、だ。
食材が立ち並ぶ区画に来た俺とクーリアは、取りあえず端から順に見て行く事にした訳だ。
「あの、イツキ様? お料理をなさると言っていましたが・・・どの様なお料理なんですか?」
食材――今は丁度野菜を扱う屋台だ――を眺めていると、ふと思い出した様に尋ねてくるクーリア。
あぁ、そっか。
料理作るってのは言ったけど、何をってのは言わなかったな、そう言えば。
と言うか、ぶっちゃけ店の品ぞろえ見てからって思ってたから、特に何ってのは決めてなかったりもするんだけど。
「う~ん、そうだなぁ。逆に聞くと、クーリアは何が食べたい? あぁ、いや、俺の故郷の料理は知らないだろうから、肉が食べたいとか魚が良いとかあれば、それにするよ?」
そう言うと、クーリアは顎先に手をやって暫し考えこむ。
これが宿の部屋とか亜空間車庫だったら、小首を傾げて考えるクーリアの顔が見えるんだけど・・・今いるのは街の屋台通り。
フード付きのローブを羽織っちゃってるから、可愛い顔の半分が隠れちゃってて少し勿体無い気もするなぁ。
まぁ、男の視線にトラウマ持ってるクーリアに無理させるのも可哀想だし、仕方ないんだけどさ。
そんな事を考えながら、俺は考えこむクーリアに向かって言葉を続ける。
「じゃ、そうだね・・・まずは主食から決めてこうか。クーはパンとパスタ類、後ご飯・・・あぁ、これはマローダーで食べる時に出す、白い粒々した奴の事な。その中でどれが食べたいかな?」
再びの問いに、クーリアは少し考えてから「それなら、ご飯が良いです」と答える。
ふむ、ご飯か・・・。
じゃ、久々に炊く所から始めようか。
マローダーの慣らしも兼ねて、態々産地まで出向いて買った新米のコシヒカリがあるからな。
毎度お馴染み『S氏のご飯』では出せない、あの美味さを堪能して貰うのも良い。
「うん、じゃぁ主食はご飯で。で、次はおかずだね。野菜の類もしっかりと出すとして・・・メインにするのは魚? それとも肉?」
まぁ、18そこらの男の食卓なら、焼肉と飯だけってのもありだけど、健康を考えるなら当然野菜も欲しい所。
無難にサラダ系にするのか、それとも煮込みみたいな感じにするかは、それこそ食材次第ってトコかな?
汁物をシチューみたいなのにするのか、それともスープ系かでも変わってくるしね。
ま、それもメイン次第って気もするけど。
メインを魚で行くなら、ちょっとシチューの類は合わない気もするし。
「えっと・・・それじゃぁお肉で良いでしょうか?」
何故か疑問形で聞いて来るクーリアに、思わず苦笑が浮かぶ。
「良いも何も、クーが食べたいのはって聞いたんだよ? クーがそっちが食べたいなら、それで良いじゃない。別に悪い事じゃないんだしさ」
「あ・・・そう、ですね。はい」
フードで顔が隠れちゃってるけど、少し恥ずかしそうに笑っているのが解るクーリアを引き連れて、時折質問しながら食材を集めて行く。
その結果解った事だけど、このセイリームって世界の食糧事情は、かなりの部分で地球と似通ってる部分があるみたいだった。
まぁ、名前こそ違うのは当たり前として、明らかにこれはニンジン、これはキャベツって解る野菜も多い。
ただ、肉の方となると、やっぱりこっちは結構な違いが出てくる。
家畜化された豚や牛ってものが居ないのか、基本が猪肉、鹿肉から始まって恐らくは冒険者が狩って来たんだろう魔獣種の肉も並んでいた。
まぁ、魔獣種の肉となると、若干お高めだけどね。
取り合えず今回は、そんな並んだ肉類の中から無難に鶏肉をチョイス。
猪とか鹿とかも興味はあるんだけど、確か猪なんかは肉に若干の臭みがあってキチンと処理しないといけない、みたいな事を聞いた覚えもあるから今回はちょっと遠慮させて貰った。
いずれは試してみたいけど、今回は慣れ親しんだ鶏肉を使わせて貰うとしよう。
そんな具合に買い物を済ませ、パンパンになったエコバッグを手に宿に凱旋・・・はせずに、適当な裏路地に入って人気のない事を確認した後、亜空間車庫の扉を開く。
幾らなんでも、食材抱えて宿の部屋に入るってのはちょっと不自然だし、部屋から出てきた時に食材がないってのもやっぱり目立つ。
まぁ、『収納シリーズ』でも持ってるのか、位に思われるのが関の山だとは思うけど、こんな所で目立つ必要もないし、さっさと亜空間車庫に行ってしまうのが無難だろう。
で、亜空間車庫に着いた俺達は、早速調理を開始する事にした。
って言っても、亜空間車庫にあるのは基本は車、後は刈払機みたいなもんだけで、テーブルがある訳でも、ましてキッチンが付いている訳でもない。
なんで、最近クーリアの練習でもお世話になっている軽トラの荷台を、テーブル代わりにする事にする。
三方のあおりを全て卸してしまえば、まぁちょっと低いけどテーブル代わりにならない事もないし。
亜空間車庫に搬入した時点で綺麗になってるのは解ってるけど、一応、食材を扱うわけだからマローダーからもって来たタオルで一回水ぶき。
これも念の為って奴だ。
で、買って収納して在ったは良いけど、今まで一度も出番がなかった炊飯器をマローダーから持ち出して、荷台の一角にセット。
同じくキャンプ用のガスレンジを引っ張り出して来て、コイツもセットし、後は定番のまな板に包丁、お玉に鍋にフライパンとどんどん置いて行く。
どれも綺麗な状態でしまってあったけど、一応全部水洗いしてさぁ、調理開始だ。
まずは時間の掛かるお米から。
これから先、多分またこんな機会もあるだろうしと、クーリアに説明しつつ三十キロの紙袋の結びを解いて、一合枡を使って米を図る。
まぁ、一食分だし・・お変わり入れて二合も炊いとけば良いか。
俺もクーリアもそこまで大食いって訳じゃないし、最悪残れば握り飯にでもしてしまおう。
そう決めて、マローダー内のシンクで米を研ぎ、水を合わせて炊飯器にセット。
勿論新米なんで、水分は若干少なめにしておく事も忘れない。
一連の作業を眺めながら、クーリアはこれが前に食べたご飯になるのか、と少し興味深そうにしている。
まぁ、基本パン食の世界なら、ご飯の炊き方とかは初めてだろうしね。
珍しいのも解るかな。
で、後はマローダー内の電源から引っ張ってきた延長コードを、炊飯器の電源に繋いで炊飯ボタンを押すだけだ。
早炊きじゃなく、通常炊飯にしたからあと一時間はない位ってとこだろう。
で、その次に始めたのは鶏肉の下準備。
買って来た鶏胸肉を一口サイズに切って、醤油ベースのタレに漬けこむ。
と、この時点で解るかも知れないけど、今回作るのは鳥のから揚げ。
本当は一晩くらい付け込んだ方が、味が染み込んで美味しいんだけど・・・まぁ、今回は仕方ない。
一応、鶏肉の方には軽くフォークを刺して、味が染み込みやすい様に加工はしたから、それなりにまともなものには出来あがるし、良いとしよう。
実際、地球時代に家で俺が家事をやっていた頃は、そこまで時間がある訳じゃなかったからね。
から揚げ作る時は大体こうやってた訳だし、それで織絵も『美味しい』って言ってくれてたからまぁ大丈夫だろう。
幾ら兄貴大好き織絵嬢って言っても、流石にマズイ料理を美味いとか言い出す様な事はなかったし、逆に俺の料理が好きだからこそ、『もうちょっと○○が欲しいかも』とかって注文はくれてたしな。
ま、今となっては懐かしい話である。
なんて思い出に浸りながらも料理は続く。
キャベツを千切りに刻んで水に晒し、ざるにあけて水気を切る。
キャベツに含まれる栄養素には水溶性のもあるんで、本来はやらない方がいいんだろうけど、何となく流水に晒してからの方がシャッキリしてる気がするんだよなぁ。
いや、気のせいだって言われればそれまでだけど。
そんな感じで料理は続いて行き――
「おっし、これで終わり!」
無事、本日の夕食が完成を迎えた。
メニューは鶏のから揚げ(普通のから揚げと、チリソースを絡めたものの二種類)をメインに、ちぎったレタスの上に細切りにしたニンジンと大根にキャベツ、水で戻したわかめを乗せたサラダ、摩り下ろした生姜を隠し味に加えた豆腐と油揚げの味噌汁、それに炊きたてご飯である。
テーブル代わりの荷台に並ぶ品々に目を輝かせ、漂う匂いに耳をピクピクさせているクーリアを見ていると、少しばかりの満足感が湧いてくる。
だが、まだだ。
本当の満足感は食べた後、『美味しい』の一言が聞こえてからだ。
はてさて、異世界に来て最初の手料理。
審査員の評価は如何なものだろうかね?
思ったより長引いてしまいましたんで、食事シーンは次回になります。