再びの日常① 「さぁて、何すっかなぁ・・」
オルガ村を訪れてから、既に早二週間。
ファスナーの方は、流石に鍛冶に優れた妖精族の血を引くミギーさん+ついでにドワーフのオッサン。
地球から持ち込んだ品に比べてやや大きめで、開け閉めの際の滑りが若干モタつく気はするけど、それさえ除けばキチンとファスナーと解る品物に仕上げて見せたのだから大したものだ。
実際に手がけたミギーさんは
「いやぁ、久しぶりに腕がなったわよ。難しかったけど、これは楽しい仕事だったね」
と楽しそうに笑い、それを受け取ったネリンさんは
「うわぁ~、凄い! 見事に再現されてますよ、これ! よぉっし! これでホットパンツが仕上げられます!」
と気炎を上げる勢いで意気込んでいた。
とまぁ、そんなこんなでホットパンツに関しては、順調に売り出し準備に掛かっている状況だ。
一応、縫製機械が発達していない様なら、最悪の場合は足踏み式ミシンかなんかの仕組みと設計をオッサンに教えるってのも想定してたんだけど、どうやらこっちの世界でも仕組みは違えどミシンってものはあるらしい。
正確にはミシンって言う名前じゃないらしいけど、その機会は魔石を動力源とした魔力機械で、一応縫製関係の職人は個人所有が出来る程度には広まってるそうな。
いやまぁ実際、そんなもんでもなければ、服飾商なんて手間暇掛かるだけでそう儲けが見込めないんだろうけどさ。
その辺りは、変に文明レベルを上昇させたくないと思う俺からすれば、素直に助かった所である。
風呂だとか食事、服何かみたいなもんなら兎も角、製鉄に製紙、果ては武器関係でのレベル上昇って、そのまま戦争での犠牲者数を上げる結果になる訳だし、どうしても慎重になるんだよなぁ。
地球でやってる進んだ製鉄理論と、それに基づいた製鉄方式なんかを開示すれば、そりゃぁ人々の暮らしのレベルだって上がるとは思うよ?
今は高くて使えないって部分にも鉄が使える様になるし、そうなれば建築物の安全性だって上がるだろうし、鉄製品が値下げされれば、それだけ家計も楽になるってのは解るんだ。
だけどさぁ、製鉄ってそのまま戦争に直結しかねないもんじゃないか。
より易く、より大量に良質な鋼鉄製の装備が揃えられる様になれば、欲深な領主なんかの中には他に攻め入る事を考え出す奴だって絶対に出てくる。
一応、この世界にはファンタジーではお馴染みのオリハルコンにミスリル、ヒヒイロカネなんて魔導金属の代名詞もある訳だけど、これはまぁ、お約束通りに希少な上、そもそもがドワーフやフェアリーの一部にしか精錬方法が伝わってないって言う貴重品。
そんなものを持っているのは、それこそ王軍の中でも極一部の限られた実力者か、余程腕利きの冒険者位なもんで、そんなものを当てにするよりはより上質な鋼鉄が普及した方が、財政的にみても軍部には都合が良い訳で。
で、期待通りにそれらが揃えられたとなれば『これぞ好機! この機会を以って領地を広げるべきだ!』とか抜かすバカは絶対いるだろ、そりゃ。
まぁ、そんな懸念もあるんで、俺としては地球の品を広めるのにはどうしても慎重にならざるを得ない訳だ。
だからこそ、服を商品として仮定しながらも材料を調べてこなかったってのもある。
だって、警察の特殊部隊なんかが防御服に使ってる様な、ケプラー素材だなんだをもしこっちに持ち込んだとすれば、それだって戦争を助長しかねないし。
飽くまでこんな形でこんな服もあるんですよ、って位に留めた方が安全だろう。
服だの料理法だのが広がった所で、戦争勃発とか本気で考え難いしさ。
ミシンに関してもまぁ、似た様なもんだな。
急速に経済が発展した国ってのは、どうしたって軍備に力を注ぎがちになるってのは、もはや地球の歴史を紐解いてみれば明らかな事。
例え服飾関係とは言え、今まで手縫いだった品がミシンでの大量生産が可能になれば、それだけでも経済効果ってのは大きい筈だ。
まぁ、これはちょっと形は違うにしても、日本の富岡製糸場なんかを想像すれば解る事だと思うけど、より安価で大量に製糸を行える様になった事で、日本の経済は大きく発展を遂げた。
同時期に鉱山なんかの製鉄関係が栄えたって事もあるけど、それを抜きにして考えたって日本の近代化を支えた立役者の一つってのは間違いない。
で、その頃の日本の政治はってぇと、ご存じの通りの富国強兵制度の真っ最中な訳で、それを支えた経済基盤ってのはここら辺りが影響してるって訳だ。
だもんで、俺としては『たかがミシン』と気楽には考えられないって現状が。
幾ら異世界来ました~って言ったって、『戦争に参加して成り上がるぜ!』なんて考えはないからさ。
俺としては異世界の色んな風景を眺めて楽しんだり、地球と違って色々な種族が生活してる異世界で、平和にノンビリ生きたい訳よ。
まぁ、だからこそ最初の商売に服を選んだんだし。
いや、クーリア達が予想外に喰いついたからってのも確かだけどね?
と、まぁ、その辺りは良いとして。
アイディア提供したホットパンツやニーソックスが上手く行っている今、俺達がやる事って言うと実はあんまり多くない。
時々、オルガ村のミギーさん達の所にネリンさんを運んだり、試行販売用の布地を取りにネリンさんと産地に出向いた位で、後は殆どノータッチ。
そうなると、必然的に暇を持て余す訳で・・・。
幾らなんでも、アイディア提供しときながらさっさと別の街に移動って訳にも行かないし、街中で出来る事なんてそう多くない。
かと言って、クーリアの運転練習だって無理に時間を長くとれば良いって訳でもないし。
実際、クーリアの運転練習は天気のいい日に一日三時間位って決めていて、最初に乗ってから約二週間弱が過ぎた今、クーリアは結構普通に軽トラを運転できる様になってるからね。
後は本気で慣れしかないって状況だから、その内、折を見てオルガ村辺りまでクーリア運転の軽トラで行ってみるのも良いかもしれない。
クーリア自身も、最初こそ遠慮か何か解らないけど緊張気味だったものの、運転自体は楽しいみたいで最近は軽トラを運転しながら、付属のカーナビの演奏に合わせて鼻歌を歌ってる事もある位。
なんで、何回か『軽トラはクーに上げようか?』って聞いたんだけど・・・それは流石に遠慮された。
やっぱり、神級指定の神代機器ってのがネックになってるっぽいなぁ、あれ。
まぁ、クーリアにも亜空間車庫の開閉権限は擬似的に与えてあるし、軽トラは必要なら好きに使って良いって言ってあるけどね。
亜空間車庫に入ってる車って基本鍵は付けっ放しだから、車庫から搬出すれば即座に運転可能なんで、やろうと思えば俺なしでも軽トラ召喚→運転の流れは出来る訳だ。
今の所、そんな機会がなさそうな感じだけどさ。
あぁ、後亜空間車庫って言えば、最近は俺とクーリアの運動場代わりにもなってるんだよ、アレ。
車に乗るだけだと運動不足になりがちだし、待機が基本な現状では余計に深刻な問題なんだ、運動不足って。
動いてないから腹は減らない、眠れないから始まって、男女問わず一番の敵とも言える肥満って奴も手ぐすね引いて待ってる訳だし、健やかに毎日を過ごしたいなら適度な運動は必要不可欠。
な訳で俺、杖術始めて見ましたよ、はい。
体を動かすにしたって、ただの運動じゃ芸がない。
圧倒的に力が物を言うこの世界において、何時までも護身の一つも出来ないまんまとか、普通に危険な訳である。
ならって言っても早急に力を付けるとか無理だし、幾ら戦う事があるかもってのは認めたにしろ、積極的に殺しに行きたい訳でもない。
そんな俺に丁度良かったのが、杖術って訳だ。
日本で言うと警察が使ってる警杖術が有名だけど、ネット関係で検索を掛けると杖術ってのはかなりの数がある。
剣と魔法のファンタジーなら戦う可能性もあるなってんで、杖術関係の書籍やら動画やらは持ち込んだデータの中に入ってるから、それを参考にしつつ、似た様な護身術――短杖術って言われるコッチの世界の杖術を習っていたクーリアに教わって、日々鍛錬に精を出している訳だ。
朝、朝食前の二時間と夜の夕食前に二時間。
計四時間のそれは、鍛錬と呼ぶにはちょっと甘過ぎるかもしれないけど、運動って意味では十分な程。
まぁ、俺だってせっかく女神さんが18当時に戻してくれて、一番スタイルが良かった頃の体を脂肪で見る影もなくさせたくないし、直接戦闘になったらクーリアを前に出して頼りっきりとか情けなさすぎなんで、短いながらも気合は入る。
っつっても、武道は一日にしてならずな訳で、日々僅かずつの上達を期待して、地道に杖を振り続けるしかないんだけどさ。
ちなみに俺の本装備となるその杖は、ミスリル性の逸品である。
これ、実はオッサンが問答無用で俺をボコった事に対する謝罪って事で、ミギーさんがくれたんだよね。
『まぁ、寵愛の加護持ちどうこうっての抜いたって、どうみても今回はあの直聞きバカが悪い訳だしね。お詫びって事で貰ってちょうだいな。あぁ、大丈夫。お金の方は元凶の酒代から差っ引いとくから、遠慮はいらないわよ』
って笑ってたけど・・・ミスリル製の武器は高いってのは、それこそファンタジーものを知ってる人間としてはもはや常識な訳でして。
恐縮しきりな俺だった訳ですが、その隣でクーリアはと言うと
『ありがとうございます、小母さん。イツキ様はこれと言った装備を持っていませんでしたし、とても助かります』
と笑顔でお礼をば申し上げておりましたよ。
だもんで、それを聞いてたオッサンは尚更消沈。
うん、アレはもう俺への殺意と憎しみがMax越えてたね、絶対。
俺、血の涙とか本気で初めて見たよ・・・。
っと、ちなみに言うとクーリア用に『ミスリルの短杖』も用意した。
いや、こっちは確り代金払いましたとも。
手にした事で初めて知ったけど、この世界のミスリルって、非常に軽いって言う特徴を除けば硬度的には普通の銀と対して変わらないんだ。
つまり、金属としては非常に柔らかい。
だから加工自体は簡単らしいんだけど、普通の銀にはないとある特徴を持っていて、それが『魔力を通すと、一気に硬度が跳ね上がる』って言うもの。
元々、銀製品自体魔力の通りは良いらしいんだけど、その中でもミスリルは群を抜いて通りが良く、硬度の上昇率も銀に比べて数倍と遥かに高い。
俺が頂いたミスリルの杖は、長さ120cm程の細い円柱状に加工したミスリルの表面に、魔力の通りを良くする為の魔流紋――魔力を流す為の回路――を刻みこみ、更に硬度の維持をしやすくする為の魔石を嵌めこんだ一品で、買おうと思ったらそれなりの値段がするそうだ。
クーリア用に買ったミスリルの短杖も同じ作りで、こっちは60cm程の長さの品が金貨で30枚と言う結構な高値がしている事を考えると、相当なもんだってのは良く解ったよ、うん。
とまぁ、そんなもんを頂いたからには俺だって、何時までもど素人やってる訳にもいかないんで、尚の事気合も入るってもんである。
ミスリルじゃ流石に軽過ぎるんで、鍛錬の素ぶりの時には別に買い求めた鉄製の杖を使ってるけど、これがまた腕だけじゃなく全身に効くんだわ。
御蔭で最近、毎日が筋肉痛ですよ。
って言っても、別にそれが嫌って訳ではなく、水泳やってた頃を思い出してなんだか気分が良いんだけどさ。
あの頃もキッツイ練習毎日こなして、それこそ毎日の様に疲労困憊、翌朝は筋肉痛なんてのはザラだったけど、それを乗り越えた後は今まで以上に体が動いてくれて、それが楽しくてまた練習に打ち込むってのの繰り返しだった。
水泳と杖術で分野は違うけど、何となくそれを思い出して練習に対するノリも似た様な感じになってたりする。
そのせいか、最近滅茶苦茶腹が減るんだよ。
いや、良い事なんだけどね?
確り運動してお腹減らして、上手いもん確り食って確り寝る。
充実してるともさ、そりゃぁ。
ただ、宿で食おうと思うと、値段がどうこうって以前に味付けが単調で飽きるってのが問題な訳で・・・。
宿だけじゃなく、ネリンさんお勧めの食事処なんかも行ってみたんだけど、味付け自体は変わっても、あまり単調って意味では変わりがない。
この辺は料理人の腕ってよりは、使える調味料に限りがあるってのが正解だと思う。
流通自体がそもそも不安定な訳だから、生命維持に必要不可欠な塩以外に関しては、どうしたって後回し――でなければ割高の高級品扱いになってしまう。
特に胡椒みたいな、この辺りでは取れない様な調味料となれば尚の事。
だから基本的にこの世界の料理は素材の味を活かし、塩とハーブで調理したものが一般的で、各種香辛料の効いた料理となると高級扱いな訳だ。
と、そこで思いついた訳だよ。
別に食いにいかんでも、自分でつくりゃいいじゃんってさ。
今までレンジでチンやらお湯で何分のお手軽レトルトに頼ってたけど、別に俺は料理が出来ないって訳じゃない。
って言うか、入社して家を出るまでは織絵に食わしてたのは俺な訳だし、並み以上程度には料理は出来るんだ。
更に言えば、カレールーだの香辛料各種だのは、マローダーに積載済み。
中世の流通レベルって考えれば、それこそ香辛料なんて割高だってのは解るから、そりゃぁ詰み込んで来ますとも。
なんで、それを使って好きに料理してやろうって事にした訳だ。
野菜はこっちの市場を巡ればそれなりの値段で手に入るし、もし流通してない様なのでも一応、マローダーの冷蔵庫には多少のストックはある。
もし使い切ってもリロードで補充出来るから、どうしても残さなきゃって理由もないし、食べたいものを食べるって事の方が、俺的には重要だ。
それにレトルト品で大喜びしてたクーリアに、もっと美味しいものを食べさせて上げたいってのもある。
今でこそ織絵には劣るけど、それなりに料理上手で鳴らした身だ。
こっちにないレシピ使って、美味しいもんを作ってやろうじゃないか。
そう決めた俺は、クーリアを伴って意気揚々と朝市に繰り出した。