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鉄鋼車にて異世界へ  作者: 詩月凍馬
運び屋ヤムラ起業
22/57

オルガ村② 「いやぁ、やっぱり美味いねぇ・・・」

「いやぁ、だっはっは! って訳でだ! オレも確かに悪かったが、勘違いされるお前が一番悪い! って事でまぁ許せやせいね・・・ンバッ!?」


「ふざけてないでちゃんと謝って下さい! それに、イツキ様は何も悪くありません!」


 のっけからどういう状況だって言われそうだけど・・・。


 何とか意識を取り戻して体を起こした俺に、精神崩壊から立ち直り、拘束を解かれたオッサンが近づく。

 で、謝るのかと思いきや、『自分よかお前が悪いんだから別に良いだろ』的な事を言って、だからさぁ手打ちにしようじゃないかとか笑顔で抜かしたオッサンを、いい加減我慢の限界が来たらしいクーリアが平手打ちでハッ倒した、と。


 まぁ、こんな状況。


 いやぁ、バッシ~ン! って実に良い音がしましたとも。

 うん、スッゲェ痛そう。

 ・・・だからって、同情とかは一切湧かんけどさ。


 その後クーリアの一撃と、再びの『大っ嫌い!』に多大なダメージを負い、部屋の隅っこで壁を相手にブツブツと呟き続けるボガディ氏は取りあえず放置の方針で決まり、俺と俺の腕にくっついて離れないクーリア、ネリンさんは元々の目的である交渉を始める事にした。


 だって、待ってても時間の無駄っぽいし。


 復活したらしたで、また何か自己弁護理論を完成させてそうだしねぇ。

 その度その度、また振り出しに戻るとか、本気でやってられん。


 俺はさっさと交渉を終えて休みたいのだ。


 いや、大切な交渉だってのは解ってるけどさ。

 本気で体の方がついてきてない訳よ。


 その辺、魔法に詳しいハーフフェアリーのミギーさん――こう呼べと言われた――は、額を抑えつつ


『そりゃ、回復魔法の掛け過ぎだね。あんまり深い傷とか癒すとなるんだけど、体中の傷口が一気に活性化したせいで体力を消耗してるのよ』


 と教えてくれた。


 更には、


『そこまで高位の精霊魔法をハーフのクーリアが使えた事も驚いたけど・・・『聖樹の癒光(マナライトヒール)』をあんだけかけなきゃダメとか、どんだけボコったのよあのバカは。聖樹の癒光って樹属性の癒しじゃ結構位階が上なのよ?』


 とも。


 あ~・・・うん、つまりはホントの本気で俺を亡き者にする気満々だったと。

 そう言う訳だ、あのオッサンは。


 そんな嫌な確信をアッサリと抱かせてくれるミギーさんの発言に、俺はゲンナリ、クーリアはまたも涙目と、再びカオスな方向に流れ掛けた場を戻してくれたのはネリンさん。


 まぁ、さっきまでは殆ど空気と化してたけど、それはある意味仕方ないんでスルー。


 取り合えず、クーリアを落ち着かせる意味でも、俺の体を休める意味でもさっさと交渉を終えてゆっくり休め、とこう言う事になった訳だ。


「さぁて、ちゃっちゃと話を進めましょうか。あ、終わったら私は何時ものトコで宿を取らせて貰いますから、イツキさんとクーリアさんの二人はアレ使ってごゆっくり。お邪魔はしませんので」


 そんな中盤以降は余計じゃね? って言う発言を合図に始まった交渉は、開始直後にネリンさんの発言を深読みしたミギーさんが反応しかけた事で流れ掛けたが、そこは強引に交渉に引き戻させて貰った。


 ただでさえ疲れてんのに、色恋大好きな女の楽しみに付き合うとか御免こうむるっての。

 何やら文句を言いたげだったミギーさんも、傷は言えても体力的には満身創痍な俺と、ジットリとした瞳で見つめてくるクーリアには逆らえなかったらしく、渋々と交渉へと戻ってくれた。


 全く、この夫婦はどっちも今一面倒過ぎる。


 片や『直撃』ならぬ、『直聞き』バカの異名を取るザ・勘違い。

 片やそんな夫に痛めつけられた相手を肴に、色恋話に花を咲かせようとするゴシップ好きとか、どんだけだよ。


 まぁ、実際に交渉するのはネリンさんな訳で、俺達は傍に待機しているだけだけど、だからって実際を知ってる俺が席を外すのは問題があるし、オッサンがまた復活したらと考えると、唯一停められるだろうクーリアを外させるのも問題あり。


 だもんで、こみ上げてくる疲労感とだるさを堪えながら真面目な顔を作り、交渉をする二人の傍に控えている訳だ。


「・・・・と、こう言う訳でして、この『ファスナー』の部分を・・・・」


「出来るかどうかって言われれば・・・・・・・。けど、その場合・・・・」


 や、ヤバい。

 何か二人の会話が、断続的にしか頭に入ってこないんだけど。

 っつか、気を抜いたら一気に睡魔に意識を持ってかれそうだし。


 何とか意識を繋ごうと歯を食いしばれば、それに気付いたクーリアが心配そうな顔を向けてきて――


 結局、交渉自体はネリンさん有利のままに進んだそうだ。


 いや、一応俺も何とか起きてましたけどね?


 ぶっちゃけ、意識を繋ぐのに精一杯で話を聞いてる余裕なんてなかったさ。

 で、自分の夫がそこまで俺を痛めつけた事と、それが原因で我が子の様に可愛がってるクーリアをそこまで心配させてしまったって弱みがあるミギーさんは、普段の様には交渉を運べなかったらしい。


 まぁ、より自分に有利な結果を引き出すって意味では、怪我の功名って言っても良いのかもしれないけど、その『怪我』の部分を被った俺としてはもはや溜息も出てこないっていうね・・・。


 交渉が終わった後は、もはや問題がどうのなんか考える余裕もなく、そそくさと村外れに展開した亜空間車庫からマローダーを搬出。


 騒ぐ声一切を無視して居住区のベッドに潜り込みましたよ。


 一応、全身泥だらけだったんで、無理してシャワーを浴びはしたけどさ。

 そしてベッドに横になり、毛布を被った瞬間――

 一気に俺の意識は闇に沈んだんだ。





 そして、一夜明けた翌日。


 余程深い眠りについていたのか、何処となく重い体を引き摺りながら目覚めた俺は、取りあえずシャワーを一浴びして目を覚ます。

 服を着替えながら確認すれば、一応、体の方に違和感はない。


 クーリアの治癒魔法がしっかりと聞いてくれたって証拠だろう。


 ただ、恐らくは寝過ぎ・・・かな?

 体力を取り戻す為には必要だったんだろうけど、それでも普段の倍以上――14時間にも及ぶ睡眠は、寝過ぎた朝特有のだるさを感じさせていた。


 まぁ、木槌とは言え、あんだけボコられてこれだけで済んだのは、むしろ幸運なんだろうけどさ。


 そんな事を思いながら、だるさの残る体をストレッチで解し、何とか普段通りに動ける様になった俺はマローダーの居住区へ戻る。

 ベッドを見てみれば、目元を涙で濡らしたクーリアが未だに寝息を立てている。


 まぁ、こっちも仕方ない。


 昨日は色々と在り過ぎたし、殆ど今まで使ってなかった魔法を一気に使った事で、疲労が溜まったんだろう。

 それにもしかしたら、俺が心配で中々眠れなかったのかも知れないし。

 うん、これも優しいクーリアなら在り得る事だ。


 なので、俺が抜け出す時に乱れてしまった毛布を掛け直してやり、


「ま、まずは朝飯の準備かな?」


 普段は軽く済ませる朝だと言うのに、猛烈な勢いで訴えてくる空きっ腹を宥めつつ呟く。


 そういや、昨日の朝にパンとサラダを食べて以来全く何も食べていないんだし、そりゃぁ腹も減るだろう。


 思いの外このオルガ村が近かった事もあって、こっちに着いたのは丁度昼を回った辺り。

 こっちの宿なりで取るか、そうでなければ交渉終わりにって思ってた所に、ボガディ氏の襲撃を受けた訳だ。


 その後はもう言うまでもなく、俺は意識を失っては取り戻し、取り戻しては失ってとやってた訳で、当然飯など食ってる余裕なんぞ欠片もない。

 クーリアはクーリアでずっと俺に付き添ってたから、恐らくは食べてないだろうし・・・。


「こりゃぁ、朝からスタミナ重視のガッツリ系か・・・」


 ボヤキながら取りだしたのは、日本でスタミナと言えば・・・のウナギの蒲焼き。


 けっきょくこれもお湯で5分のレトルト品だが、産地の御取り寄せ品だけあって結構味は良い。

 それこそコンビニのウナギ弁当やら、スーパーで温めの蒲焼きを買ってくるより余程上手い。


 で、後は毎度お馴染み『S氏のご飯』を温めて丼に盛り付け、同じく温めた蒲焼きを乗せる。

 付属のタレをかけて山椒を振りかければ、まずは一品。


 うな重ならぬうな丼だ。


 こっちも付属のレトルト肝吸いにお湯を注いで、もう一品。

 流石にこれだと野菜も欲しいんで、取りあえずパックの漬物を一つ空け――まぁ、こんなもんだろう。


 幾ら腹が減ってるとは言え、これ以上喰ったら太るだけだし。


 と、そうこうしている間に匂いに釣られたのか、クーリアが小さく声を上げた。


「あ、うぅ・・・ん」


 お、そろそろ起きるか?

 そんな予感を裏付けるかの様に、クーリアが目を擦り擦り上体を起こした。


「あぅ・・朝、ですか・・・・って、イツキ様! イツキ様は!」


 いつもは顔を洗うまでは半分寝てるみたいな感じなのに、今日は一瞬で意識も覚醒してるみたいだ。

 まぁ、昨日あんな事もあったし、起きたら隣に居ない俺を見て心配がぶり返したって所だろうけど・・・。


「はいはい。俺は大丈夫だから、クーも落ち着いて」


 俺がそうやって声を掛ければ、凄い勢いでこっちを向くクーリア。

 で、そのまま


「い、イツキ様? 体は、お体は大丈夫なんですか!? 何かあったら、私・・」


 と詰め寄られましたよ、はい。


 うん、こう・・・心配してくれるのは嬉しいんだけど、流石にちょっと心配し過ぎな気もするなぁ。


 まぁ、そんだけボガディのオッサンに手酷くボコられてたって事なんだろうけど、昨日の段階で傷は癒えてたんだし、冒険者時代はエメルダさんと並んでパーティーの回復薬を担ってたって言うミギーさんも、『回復魔法を数がけし過ぎて体力を消耗してるだけ』って言われてたし、そんな死にかけたみたいな扱いは・・・。


 そう言って宥めてみたんだけど・・・。


「何を呑気な事言ってるんですか! 死にかけたみたいじゃなくて、本当に死にかけてたんです! 必死に回復魔法を掛けても血が中々止まらないし、それでもう一回かけようとするとバカディさんが邪魔して来ますし! わた、私がどれだけ心配したと思ってるんですかぁっ!」


 どうやら地雷だったみたい。


 その後、切々と俺がどんな状態だったか、どれほど心配したか・・・と語られそうになったのだが、丁度と言うか、運良くと言うか今日の朝飯はうな丼。

 その食欲を掻き立てる芳しき香りが、クーリアの意識を逸らしてくれたのだ。


 いや、まぁお説教の時間が食後に伸びただけかもしれないが、取りあえずは空腹を訴え、猛烈な抗議の声を上げている腹を宥められるのだから有難い。


 って言うか、ウナギは俺にとっても好物の一つ。

 その匂いを嗅ぎながら、そして視界の隅に捉えながらも食う事が出来ないとか、結構な拷問だと思う。


 金がなくて注文できないとか、別の人が頼んだのが見えただけとかなら諦めもつくけど、自分が食べる為に用意したのに、そのまま冷めていくのを眺めるだけとか、悲し過ぎるだろ、うん。


 と言う訳で、まずは食う。

 話は全部それからだ。


 いや、しっかりクーリアが顔を洗って食卓に着くまでは、当然待ちますけどね。


 まぁ、結論から言えば、うな丼はクーリアも大いに喜んでくれましたよ。

 醤油ベースのタレが焦げた芳しい香り、甘辛いタレの絡んだ弾力のあるウナギと、タレとウナギの油の染み込んだご飯に残り一味を加えてくれる、山椒の独特の匂いと絡み。

 この組み合わせが産んだその美味しさは、クーリアの内心に押し込められていた不安と怒りをふっ飛ばすには充分だった訳だ。


 そして食中に喉を潤し、食後の満足感を加速させてくれる肝吸いもまた、良い仕事してくれましたよ。


 濃い目に味付けされたうな丼の味を中和させてくれる、適度な塩の聞いた漬物と肝吸いの御蔭で、更にうな丼本来の濃い目の味付けが生きてくるし、うな丼の味付けが濃い目だからこそ、薄口に漬けられ、野菜本来の味わいを生かした漬物とウナギの肝と三つ葉、後は出汁と塩だけと言う肝吸いの味わいが生きてくる。


 いやぁ、地球時代も含めて久々に食ったけど、やっぱり良いねウナギって。


 丁度腹も減ってる事だしって事で、一人二つ分の『S氏のご飯』が盛り付けてあった丼の中身が、それこそ綺麗に消えましたよ。


 食後は熱い緑茶を注いで、ゆっくり一服。

 あぁ、何と言う至福の時間か!


 御蔭で昨日の騒ぎで消耗した分の体力は、確りと補充出来た。

 なら、次にする事は決まってる。


 そう、俺の体調不良とそれを心配するクーリアが原因で――いや、クーリアに関しては原因扱いするのはちょっと可哀想だけどさ、確かに――最後まで行き着く事の出来なかった交渉を再開するのだ。


 昨日決まったのは飽くまでもネリンさんとミギーさん――服飾商と彫金師の間の交渉であって、その間を取り持つ俺達『運び屋ヤムラ』に関してはまともに絡めていないんだ。


 そりゃぁ、実績作りだって事と今の所金銭に困ってないってのとで、今回は無料配送でも良いっちゃ良いけど、可能なら幾ばくであろうと稼ぎたいってのが普通だろう。


 って言うか、ここで『無料で良いですよ』とか言っちゃうと、今後の取引で『あの時は無料だったのに、この値段はどう言う事だ』とか難癖つけられかねん。


 ネリンさんがそう言う事するとは思わないけど、いざ実際に商売を起こした時、『おや、森の衣さんには初回送料を無料にしたのでしょう? なら、何故私は無料にならないのですかな?』とか言い出す輩はいるだろうしさ。


 ぶっちゃけ、この仕事で消費するのは俺達の時間だけって言ったって、毎回毎回新しい顧客が来るたびに無料配送とか、ちょっと勘弁してほしい。


 商売的に言えば、時間だってタダじゃないんだ。

 今回は実績作りって言うメリットがあるけど、新規顧客相手にそんな制度を作っても、こっちにメリットなんて在りはしない。


 だって、その次からも確実に利用してくれるとか、保障がある訳でもないし。


 俺がやりたいのは飽くまでも『商売としての運び屋』であって、無料奉仕のボランティアじゃないんだ。

 それに俺だけじゃなく、クーリアの今後の暮らしも掛かってる以上、『お金なんていりません』とか、気楽に言える事じゃないっての。


 そんな事を思いながら、マローダーを降りた俺達を待っていたのは――


「先だっては村の者がとんだ失礼を・・・何とぞ、何とぞ我らに御慈悲を!」


 地面に直接膝をついて土下座状態の村の衆と


「・・・・・・・・・・・・・・!」


 簀巻き状態で逆さに吊るされ、恐らくはまたミギーさんに『言語封緘』を喰らったのだろう、無音のままに口をパクパクと開け閉めするオッサン、そしてそのオッサンを酷く冷めた目で睨むミギーさんと言う、ある意味カオスな状況だった。


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[一言] まあ言訳一回に付きスタンバトンの中強度ショックを 足裏にバチンと呉れろ!クーリアにさせるとショックが3倍位か?
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