オルガ村① 「俺が一体何をした・・・」
「大丈夫ですか、イツキ様・・・」
枕代わり膝を貸したまま、心配そうな顔で俺の顔を除き込んでくるクーリアに、力なく「何とか」とだけ返す。
クーリアの回復魔法の御蔭で何とか腫れの引いて来た瞼を開いて、横目で周囲を見てみれば――
「アンタね、話も聞かずに行き成り殴りかかるとか本気で何考えてんの!? しかも木槌! 殺す気な訳!?」
「ったりめぇだ! あんのクソゴミ屑ヤローはここで確実にぶっ殺す! それこそがアルマナリス様の神託よ!」
「冗談抜かすな勘違い暴走バカ! それに、アルマナリス様の恩名をそうホイホイ出すとか本気でバカなの!? むしろ脳みそないの!?」
「じゃっかぁしゃ~っ! 兎に角そこのゴミ屑ぶっ殺させろやこのトンチキがぁっ!」
等と実に・・・実に物騒極る事を騒ぎつつ、俺に向けて殺意と熱気の籠りまくった視線を向ける髭もじゃマッチョなちんちくりんと、それを羽交い絞めにしつつ大声で怒声を上げる背中に蝶の様な羽根の生えた小柄な女性。
更にそんな二人を見て、どうしたものかと頭を抱えるネリンさん。
「・・・マジで何なのさ、このカオス」
俺の口からそんな呟きが出るのも、むしろ当然の事だったと思う。
話は少し遡る。
まぁ、道中の事は深く考えないとして、取りあえず無事に目的地であるオルガ村に着いた訳だ。
あぁ、皆まで言うな。
問題があった訳じゃない。
そう、そんな訳じゃないんだ。
ただ・・・そう、年頃女子の団結の強さに、実年齢性別共に外れた俺が運転マシーンと化していたってだけの事だから。
うん、それだけなんだ。
それだけ。
っと、落ち込んでても仕方ないんで、着いたならさっさと行動しようって時に、クーリアが珍しくお願いをしてきたんだった。
聞けば、この村には両親の昔の冒険者仲間が住んでいるらしく、クーリアを身ごもった事で冒険者を引退、ニミル村に引っ込んだ後も手紙のやり取りや、時折回数こそ少ないもののニミル村まで訪ねてきたくれた事もあったそうだ。
「ですので、一応顔をだしておきたいんです。両親の事も伝えなければなりませんし、もしかしたら村が襲撃された事も知っているかもしれませんから。それなら、私の無事も伝えたいので・・・」
仕事中ってのもあって遠慮したみたいだけど、そう言う理由ならそっちの方が重要だと俺は思うし、ネリンさんもそれには同意。
なんで、マローダーを亜空間車庫に搬入したり、訪ねる予定の職人さんへの手土産を取り出したりなんかの雑事は俺が片づけるからと、クーリアを先に行かせる事にした。
そこから村までそう距離はないし、魔獣や盗賊の類が身を隠せる場所もないから大丈夫だろうって、商人として何度かここに来た事もあるネリンさんも言ってたしね。
で、何度も頭を下げた後、村に向かって駆けて行くクーリアを見送り、俺達――と言うか、俺は雑事を片づけた。
って言ってもマローダーの搬入と、亜空間車庫の性能を確かめるって意味も含めて用意した箱入りの焼き菓子を、置いておいた軽トラの二台から取ってくるだけだけどさ。
あぁ、当然軽トラとか車両関係は全部、地球時代に亜空間車庫への搬入に当たって綺麗に洗車してありますとも。
幾らなんでも、堆肥積んであった荷台を洗いもしないまま、箱入りとは言え菓子を置くとかあり得んし。
っても、亜空間車庫に搬入すると万全な状態――汚れた車体が綺麗になり、オイルや何かの汚れもなくなる――訳だから、別に洗う必要とかないかも知れんけどさ。
何でって言われると、それが俺の職業スキルだからな訳で。
俺の職業、ドライバ―には幾つかスキルが存在する訳だけど、その中に亜空間車庫ってのも含まれる。
どうもこの亜空間車庫、ドライバーの職業スキルの派生って扱いらしいんだよね。
で、地球時代に使える様になってからはちょくちょく開けては、色々車なんかを搬入したり、練習で使うからって搬出したりしてたし、こっちに来てからは毎日何かしらの用事――風呂、トイレ含めて――解放してるんで、何時の間にやらレベルが上がってた。
俺的にはテッキリ容積が増えるだけだろうなと思ってたんだが・・・確認してビビったよ。
『オートメンテナンスLv1』とか言う項目が増えてれば、そりゃ驚くだろう。
これ、レベルが上がって行けばその内、車体が壊れても亜空間車庫に突っ込んどいたら新品同然に治ってるとかあり得そうで怖い。
と、俺のスキル関係は取りあえず置いておいて、だ。
クーリアが村の何処に向かったのかは解らないけど、話は暫く掛かる筈。
だったら、その間に少しでも仕事の方は進めとこうって事で、俺とネリンさんは件の職人さんの下に行く事にした訳だ。
だって、襲撃の事もそうだけど、それを抜いたって久しぶりに知り合いに会う訳だから、積もる話もあるでしょ、そりゃ。
そんな感動のご対面な所に乗り込んで『仕事あるから後で』とか、そんな自己中な真似は流石に出来ん。
まぁ、そんな訳でネリンさんの案内の下、職人さんの工房兼自宅だと言う建物に向かっていると
「だっしゃーっ! 背のたけぇ黒髪の若造・・・っし、テメェかゴルァッ! 今すぐこの場で死に腐れやゴミ屑がぁッ!」
「ちょ、ま、待って! ボガディさん待って・・・! っ! イツキ様、逃げて! 逃げて下さい!」
デケェ木槌片手に、鼻息も荒く猛ダッシュをかます髭もじゃマッチョなちんちくりんと、その後を追いかけながら涙目で必死に俺へと逃亡を呼び掛けるクーリアの姿。
うん、正直、あの時逃げときゃよかったんだと、今なら思う。
だけどその時は余りに余りな状況に訳が解らず、困惑するしかなかった訳で・・・。
その結果――
「楽には殺さん! 往生しろや毒虫ぃぃぃぃぃっ!」
「は? ちょ、何・・・ごっはぁっ!?」
フルスイングされたドデカイ木槌は、俺の体を簡単にふっ飛ばし――
何故かこの時、俺の頭の中には『○t』印のハンマーをパートナーの女性に叩き込まれる狩人ではなく、妙にエコーの聞いた悲鳴を上げながら地面にバウンドを繰り返す、懐かしき格闘ゲームの敗北シーンが流れ、プツンと切れた。
と言う経緯で冒頭に至る、と。
で、現在はと言うと――
「ホンットーに申し訳ない。あの直聞き行動バカがとんだご迷惑を・・」
髭もじゃマッチョな襲撃者を羽交い絞めにしていた蝶の羽を生やした女性――ミルギニーナさんの工房、兼自宅にて頭を下げられていた。
っつか、直聞き行動バカって・・・。
偉く斬新な罵倒だけど、それはあれか?
聞いたら頭の中で判断するより早く、直で行動に移すバカって事なのか?
ちなみに、その直聞き行動バカはと言うと
「・・・・・・・・・・」
興奮し過ぎて話が通じないと判断したらしいミルギニーナさんの手により、『言語封緘』の魔法で一切の発言権を封じられ、『氷棺』の魔法で首から下を氷漬けにされた状態で部屋の隅に頃がされている。
ついでに言えばボガディって名前らしいよ、あのドワーフ。
で、そんなボガディ氏の惨状に若干引き気味の俺に対して、ミルギニーナさんは呵々大笑して気にするなと言い放った。
「良いの良いの。このバカは一度ああなったら何言っても聞きゃしないからね。こうやって熱くなった血を冷ましながら、発言封じて強制的にこっちの話が聞ける状態つくってやんなきゃ、何時まで経っても話が進まないのよ」
あぁ、うん、なんかそんな気はするけどさ。
なんかこう・・・、こっちが何か言おうとしたら大声あげて遮ってくるとか、口を開こうとしたした時点でぶん殴って発言自体を封じてくるとか。
・・・どこのガキだお前、もしくは、お前幾つだよと言いたい。
そして、そんな脳内年齢悪ガキ時代を更新し続けているらしいドワーフのボガディ氏と、その奥さんらしいハーフフェアリーだと言うミルギニーナさん夫婦が、ネリンさんの言っていた職人でもあり――
「本当に・・・父と母がボガディさんの事、バカディと呼んでいた理由が良く解りました。全くもぅ、話も聞かずにイツキ様にこんな酷い事して・・・」
と、未だ涙目のまま俺の看病を続けるクーリアのご両親、その親友夫妻だったらしい。
取り合えず状況を把握したいんで、クーリアに膝枕されて回復魔法をかけ続けられてる状態ながらも尋ねて見れば。
クーリアが村人に訪ねながらもこの家兼工房に着いた時、件のボガディ氏だけがカウンターに腰かけて酒を煽っていたそうな。
うん、なんかこの時点で突っ込みたい気もするけど、ドワーフに酒は付き物ってのはある意味お約束なんでスルーしておく。
で、突然訪ねてきたクーリアに訝しみながらも、以前に見た幼いクーリアと昔の冒険者仲間、エメルダ――クーリアの母親――に似た容姿から、それがクーリアと解ったボガディ氏は、驚きはしたものの親友達の娘の来訪を喜んだらしい。
と、ここまでは良いんだ。
そう、ここまでは。
ただ、久しぶりにあったクーリアの首には奴隷である事を示す首輪が付いていて、それに気付いたボガディ氏は激怒。
必死に事情を説明しようとするクーリアの話の中から、『村を全滅させられて捕まった』『性奴隷』『背の高い黒髪の男が主人』何て言う単語以外を聞き流し、聞きとった単語から『つまりはその男が犯人』『だったらそいつをブチ殺せばOK』『ぶっ殺したるわこんクソがぁ!』と言う思考を辿り、木槌片手に店を駆け出すボガディ氏。
何が起こったのかと一瞬呆気にとられたものの、即座に我に返ったクーリアはボガディ氏を停めるべく追走。
そしてその時、店に入るに当たって自分だと解る様にとローブを脱いでいたのが祟ってしまい――
『クーリアに何つー恥ずかしいカッコさせてやがるクソ外道!』
と更にヒートアップしたボガディ氏は、ずんぐりむっくりで手足が短く、パワーは兎も角動きは鈍い筈のドワーフの限界を怒りで突破して更に爆走。
クーリアが何とか追いついた時には既に時遅く、俺との邂逅を終えていたって事らしい。
で、その後もボガディ氏の暴走は収まらず、殴り飛ばされボロ雑巾と化した俺に、涙目で駆け寄ろうとするクーリアを抑えつけ、
『何やってんだ! そんなゴミ屑以下のクソ外道なんぞ放っておけ! アレさえ死ねばお前は解放されんだぞ!』
と妨害を続けていたでそうで、そこにやってきたのがミルギニーナさん。
自分の夫に抑えつけられて泣きながら、必死に倒れた俺に駆け寄ろうとする少女がクーリアだと気付き、そのタダならぬ様子と夫の直情的暴走理論を知っている事から、恐らく夫が暴走したと気付いて止めに入ったんだと。
その後は見ての通り、話の通じないボガディ氏に切れたミルギニーナさんが、暴走状態のままヒートアップを続けるボガディ氏を魔法で拘束。
俺に縋りついて泣き続けるクーリアを宥め、ネリンさんの協力の下に自宅に収容・・・で今に至ると。
つまりは話を聞かないボガディさんの、誤解と暴走の末にこうなったと言う俺からすれば酷く重い溜息を吐きたくなる顛末だと、そう言う訳だ。
あ~・・・今の聞いて余計に頭重くなってきたよ、マジで。
何か傷みと一緒に、疲労までドカッと来た感じ。
そんな俺に気付いたのか、クーリアはただでさえ潤んだ瞳をますます潤ませて、必死に俺を解放しようとし、終始外野扱いのネリンさんはやはりどうしたものかと困惑すると言う、嫌な状況が出来てるしで本気で頭が痛くなる。
その状況を一瞥してミルギニーナさんは大きく溜息。
「ったく、以前似た様な真似しでかして大ひんしゅく買ったってのに、なぁ~んも学習しないんだからねぇ、このバカは」
・・・おい、前にも似た様な事してんのかよ?
そう思うものの、痛みとだるさで言葉が出ない俺に、ミルギニーナさんは何かを察したのか続けてくれた。
「これはエメルダとガロッド・・・クーリアの両親と一緒にまだアタシらが冒険者やってた頃の事だけどね」
そう前置いて語られたのは、とある町の神殿前で獣人種の女奴隷の首に手を掛ける男の姿を見て、激怒したボガディさんが問答無用で飛び込んで男をぶちのめして見れば、実は虐待所か主人と奴隷の関係を越えて愛を育み、漸く奴隷解放期限を終えて結ばれるその日で、男は女性の首輪を外し婚姻の証である指輪を差し出そうと言う所だったらしい。
「当然、一生一度の晴れの日。しかも長年に渡って二人を苦しめてきた首輪を外して、いざ結ばれようってトコで邪魔した訳だからね。妻になろうって女奴隷は勿論、神官やら祝福に集まった連中からそりゃぁ文句を言われたわよ」
と、そこで再び溜息をついて、ミルギニーナさんは転がっているボガディ氏を冷めきった目で睨む。
「こっちは状況悟って青ざめてるってぇのに、このバカと来たら・・・『んなクソゴミ野郎放っとけ! 死んだ方が世の中の為だ!』って言って、急いで治癒しに駆け付けようとしてるエメルダの妨害してたのよ・・・」
それって、さっきのクーリアと・・・。
「そ、全く同じって訳。親子二代に渡って勘違いで治療邪魔するとか、ホンットどーゆー思考回路してんのか一度本気で頭割って見てみたい位ね」
ミルギニーナさんのそんな言葉に、俺とクーリア、ネリンさんも含め、四人同時に重い溜息を吐く。
なんっつー傍迷惑な人だ。
もはやそんな言葉も出てこない。
そして、その元凶であるボガディ氏と言えば――
「・・・・! ・・・・・・・・・! ・・・・・!」
体も動かない、口は動くが言葉は出ないと言う状況ながら、未だに俺を睨んでパクパクパクパク何かを言ってる。
まぁ、多分
『ザケた事ぬかすな! 全てテメェが悪ぃこたぁ解ってんだ! 素直に死ね!』
辺りだと予想する。
つーか、こんな状況になってすら人の話を聞こうとしないその信念――もしくは思い込みに、いっそ尊敬すら覚えるよこのオッサン。
ただ、俺の言葉は勿論、妻の言葉すらもが意味を為さないこの状況下でも
「っ! いい加減にして下さい! 私は! イツキ様に酷い事なんてされてない! 私の話も聞かないで勝手な想像しないで下さい! この・・・分からず屋!」
って言うクーリアの一言は、凄まじい効果を発揮した。
まぁ、アレだ。
例えるならドラゴンにドラゴンキラー、魔王に聖剣ってな具合に、今まで元気に無音の叫びを上げ続けていたボガディ氏を一気に黙りこませ、見る見る内に青ざめさせる程度には、効果を発揮した訳だ。
でもって止めは――
「勘違いでイツキ様を傷つける様な小父さんなんて大っ嫌い! もしイツキ様が助からなかったら、どうしてくれたんですかっ! この大バカぁっ!」
と言う、涙交じりの絶叫である。
あ~、うん・・・完全に精神的に逝ったわ、これ。
何か虚ろな目ぇして虚ろな笑い浮かべてるし。
そんなオッサンの姿を横目に、感情に任せて叫んだせいでとうとう本泣きを始めてしまったクーリアの胸に頭を抱かれながら、再び襲ってきた傷みと疲労に俺はまた意識を落したのだった。
・・・これ、何時になったら交渉に移れるんだろう。
不謹慎ながらもそんな考えが一瞬浮かび、即座に途切れた。