特異な職業② 「取り敢えずは試運転ってね・・・」
はてさて、今現在目的地に向かって荒野を疾走中のマローダー。
助手席にはいつもと違って、ネリンさんが座ってる。
と、この時点で解りそうなもんだけど、交渉は結局思った通りに進んでくれた。
まぁ、その為には俺の持つ神代機器――つまりはマローダーを始めとする車両群を見せる必要があったんで、これには少し悩んだんだけどね。
とは言え、運び屋をやろうってんならいずれは見せる事になるのも確かだし、下手に欲の皮が突っ張った相手なんかより、気心知れたネリンさんの方が安心出来るのも確か。
ついでに言うと、ネリンさんって女神さん――つまりはリネーシャ様を信仰する信者の方でもあった訳で、『リネーシャの寵愛』『世界樹の加護』なんて称号を持つ俺は彼女からすれば、ある意味神官よりも高位の存在って写るらしい。
それを知った最初なんて、跪いて拝もうとされた位だし。
うん、あれは焦ったよ・・・。
俺、異世界出身とは言え単なる一小市民ですよ?
当然、誰かに跪いて拝まれるとか、経験なんぞ在る筈もなし。
更に言えば、それがウサ耳の――あぁ、言い忘れてたけど、ネリンさんは兎系の獣人種族だ。ついでに言えば“今”の俺と同い年――の綺麗系美少女とか、本気で勘弁してほしい。
そりゃぁ、俺だって男だし。
可愛い子、綺麗な娘さんと仲良くなりたいってのはあるけどさ?
それって所謂彼氏彼女だとか、楽しくお話しながらお茶出来るって言う、ある意味対等なお付き合いな訳であって、決して崇め奉られて敬われる様な関係じゃない訳さ。
だから何とかネリンさんを説き伏せて、今まで通りに接してくれる様に頼み込んだよ。
それはもう、割と必死で。
だって、女神さんの御威光を背景に好き放題とか、ぶっちゃけ気が乗る以前に気が重い。
こっちで仲の良い知り合いなんて、クーリアを除けば今のとこネリンさんだけだし、俺としては極々普通にお友達としてお付き合いさせて貰いたい所である。
いや、男女間での友情は難しいって言うけどさ、そう思ったって悪くはないだろ?
とまぁ、そんな経緯で何とか態度を戻して貰えたネリンさんを連れて、今度は亜空間車庫への扉を開いて車両を説明。
積載量だの何だのを教えながら、俺達がこれからどんな商売をしたいのかを説明した訳だ。
当然、その時もネリンさんは見た事もない神代機器――それも明らかに神級指定確実だろう代物の数々に呆気にとられていたけど、まぁ、そこは『リネーシャ様の寵愛』持ちならって何とか自分を納得させたみたい。
驚きが一段落した後は、軽トラ、二トンダンプの常識――飽くまでセイリーム基準での常識だけど――外れの積載量と、亜空間車庫に搬入して移動する事で外の影響を受けない――空間的に切り離された亜空間倉庫では、気温や湿度の変化による傷みもないし、そもそも時間経過による劣化が起きない――と言う最大の利点に着目。
興奮に目をキラキラさせてましたとも。
聞けば
「そりゃ、食物なんかに比べればよっぽどマシですけど、布地とかだって外気に触れれば傷みますからね。湿気が多ければカビちゃいますし、強い日差しに晒され過ぎれば日焼けして変色だってします。普通は一部の品がそうなっても、必要経費って割り切らなきゃいけないんですよ? その心配が一切無用とか、私じゃなくても商人なら諸手を上げて・・・あぁ、いえ、場合によってはそれこそ礼金持参でお願いするトコです!」
だそうである。
一応、もっと小規模ならと言う前提はつくけど、似た様な事を売りにしてる冒険者もいるらしい。
これは、クーリアが以前言ってた『異能としての収納』持ちの事。
3級神代機器『収納シリーズ』は飽くまで重さと大きさに煩わされずに済むってだけで、時間による傷みだなんかは普通に持ち歩くのと変わらないんだそうな。
で、もう一方の『異能としての収納』の方は一種の固有魔法と考えられていて、時間と空間系が混じっているのか、俺の亜空間車庫と同じ様に収納した時点で時間が止まるんだってさ。
うん、まんまネット小説に出てくる、アイテムボックスそのままである。
その分、所持者の魔力由来になるって所も同じなんで、どうしても規模は小さくなるのはやっぱり相場な訳で、卵だの牛乳だのって言う生鮮食品を専門に扱う商人だとかにお抱えで雇われてる位なんだって。
まぁ、そりゃそんな能力を持ってる事と、冒険者としての実力は別物だしね。
下手に魔獣狩りだの盗賊退治に出張るよりは、自分以外にも護衛が居る商隊に保管要員として乗り込む方が安全だわな。
と、ずれて来たから話を戻して。
そんな経緯でネリンさんを説き伏せた俺達は、軽い準備を終えて街を出た。
一応、門のすぐ近くでマローダーに乗り込むのはちょっと考えものなんで、少し歩いて人気がなくなった辺りで亜空間車庫を開いてマローダーを搬出、乗り込んだ訳だ。
ただ、この改造マローダーは基本二人乗りが大前提。
本来なら拡張版のコイツは二人+十人が乗り込める仕様なんだけど、後部座席は全部取っ払って居住区に改造しちゃった訳だし。
なんで、ちょっと可哀想だけど今回のドライブ中、クーリアには居住区の方に居て貰う事になってる。
幾ら仲良くなってきたって言っても、流石に家族って範疇にはないネリンさんを居住区に入れるのは少し抵抗があるし、そうじゃなくても彼女にはマローダーの安全性やらなんやらを確りと見て貰うって目的があるしで、助手席に乗って貰った方が都合が良いって事もある。
そして今、走りだしたマローダーは目的地である『オルガ村』に向け、荒野を一路走行中な訳だ。
「それにしても・・・このマローダー、でしたっけ? 随分と静かなのに凄まじい速さですが・・・どれ位の速さなんです?」
フロント、サイドと二つの窓を視線を動かして見比べながら訪ねてくるネリンさんに、俺は一応スピードメーターを確認。
まぁ、そんなんは運転しなれた人間なら、感覚で大体解るもんだけど一応ね。
「ん~・・今んトコ、そんなにスピードだしてないからね。大体時速・・・あぁ、一時間走って40キロ進む位ってとっかな?」
「へぇ、一時間で40キロ・・・って、そんなにですか!?」
呑気に返した後、その内容に驚いたらしいネリンさんが勢い良くこっちに振り向く。
あぁ、うん、驚くのも解るけどあんまり暴れないでね?
一応、シートベルトは締めてるし、路面状況もそんなに悪くないから大丈夫だとは思うけど念の為。
何て事を考えながらも、俺は煙草を取り出して火を付ける。
「一応、出そうと思えばもっと出せるけど・・・今回は初めての道だってのと、あまり急ぐ必要もないってので、速度抑えてるんだ」
「・・・ちなみに、最高速度はいかほどで?」
「あ、それは私も知りたいです」
咥え煙草の俺の言葉に、ネリンさんは恐る恐る、椅子の間から顔を出したクーリアは興味深そうに訪ねてくる。
いや、まぁ隠す様な事じゃないから答えるけどさ。
「まぁ、スペック上は120キロまで出せるね。路面状況だの何だので変わってくるけど、振動だとかを気にしなければ、100キロ位は余裕かな? っと、後クー? 気になるのは解るけど、運転中は余り動き回らない様にね? ここ等は見通しも良いし、路面状況も悪くないから良いけど、速度出てたりすると危険だからさ」
そうやってクーリアに釘を刺しておくのも忘れない。
これだけ見晴らしの良い場所で、急ハンドルに急ブレーキなんてのは中々考え難いけど、それだって絶対にないって訳じゃないし、何より未舗装の路面な訳だからね。
何もない様に見えても踏んでみたらボコリ、とかあり得ない事じゃない訳で。
座席に座ってシートベルト閉めてる俺とネリンさんはまだしも、居住区のベッドに座ってるだけのクーリアはちょっと危ない。
クーリアにはこれからも俺と一緒に運び屋家業をして貰うつもりなんだし、この辺りで運転中の車の乗り方も覚えて貰わないといけないって言うのもある。
「あ、す、すいません・・」
俺の言葉を聞いて、慌ててベッドの方に戻るクーリアに苦笑がついつい浮かぶのを自覚しながら、俺は言葉を続けた。
「あぁ、良いよ。ま、運転中の車はそんなんだって覚えといてね? その内、慣れて来たらクーにも車の運転、覚えて貰うつもりで居るからさ」
うん、これも本当の事。
これから先、運び屋家業が軌道に乗ってくれば、一日二日ぶっ通しで運転しなきゃならないなんて依頼もあるかもしれないし、何より、クーリアだってずっと助手席に座ってるだけなんてのは暇な筈。
PC教えて経理関係頼むのも良いかもしれないけど、恐らくそれよりは操作が簡単な分、運転の方が楽だと思うんだ。
まぁ、最初は軽トラで初めてってのが妥当だろうって思ってるけど・・・うぅん、どうなんだろ?
異世界で道交法だの免許法だの関係ない訳だし、普段から使うマローダーから始めた方が逆に良いのか?
右ハンドルと左ハンドルじゃ、ペダル関係は兎も角としてシフトレバーが右左だしなぁ。
う~む、その辺も今度クーリアと話しとくか。
そんな風に飽くまでも軽く考える俺とは違い、クーリアはと言えば驚きと緊張でガチガチに固まってしまった。
「い、イツキ様? 今、私にもこれの使い方を教えると聞こえたんですが・・・気のせい、ですよね・・?」
何だろ?
いつもは比較的はきはきと受け答えしてるクーリアだけど、今回はなんかちょっとどもり気味だ。
そして何気なく隣へと視線を移せば、これまたネリンさんもポカンと口を開けて・・・いやちょっとネリンさん? 何に驚いているのかは知らないけど、女の人が口開けてってのはちょっと感心しませんよ?
いや、男なら良いのかって言われれば、それもそれでアレだけどさ。
「そんなに驚く事かな? コイツもそうだけど、車って奴は操作自体は簡単なもんだよ? 俺以外は扱えない訳じゃないんだし、他の人なら兎も角として、クーに教えるってのは普通だと思うけど」
うん、本気でそう思うけど・・・なんか違うか?
家族で一台の車を共有してて、今日は父親、明日は長男、その次は母親みたいに乗り回す家族なんてそう珍しくもないし。
戸籍上・・・って言うか、登録上じゃ主人と奴隷だとしても、俺の認識上じゃもう既にクーリアは家族だし。
現に亜空間車庫の解放権限だって擬似的にとは言え与えてるんだし、今更な気もするんだけど。
そう考えて首を捻る俺を見て、クーリアとネリンさんは助手席と居住区にも関わらず、器用に顔を見合わせる。
いや、ホントになんなのさ?
「ふ、普通・・・、それがイツキさんの普通ですか? ぶっちゃけ、異常を通り越して特異の領域に足を踏み込んでますが・・・それも、一歩じゃなくて五歩も六歩も」
オイオイ、そんな失敬な。
これでも一応常識人の積りですよ?
まぁ、織絵――血の繋がりがないとは言え、義妹と付き合ってた事とか言われると痛いけど。
で、こっちはクーリア。
「イツキ様、三級神代機器ですら、家族内で所有権を巡って争う事もあるんですよ? それなのに『家族だから』って言う理由だけで、神級指定の神代機器を・・・それも複数の扱いを許すとか、ハッキリ言ってあり得ない事だって解ってます?」
は?
そうなのか?
ってか、クーリアさんや、その『私、本気で貴方が心配です!』って大書きした表情はやめてくれんかね?
なんかこう、毛が生えている訳でもない俺のハートには、ザックザックとダメージを与えてくるんだが。
「・・・どうします、クーリアさん。この人、確実に解ってないですよ? ってか、普段からこんな感じだったりします、もしかして?」
「はい・・・。いえ、あの、とても優しく、暖かで良い方だと言うのは確かですし、そんな人に家族だって言って貰えるのは私としても嬉しいんですけど・・・」
「あ~、成程・・・。余りに良い人過ぎて、時々向けられる信頼と愛情が重い、と?」
あのですね、お二人とも?
そう言う内緒話は俺の見えない所で・・・いや、せめて聞こえんようにやって頂きたいんですが・・・。
地味にデカイよ、ダメージが。
そんな訳でオルガ村に着くまでの間、流れる音楽とクーリア、ネリンさんの内緒話をBGMに、疎外感と何処とない座り心地に悪さ、そして何とも言えない孤独感をお供に、実質初めてと言って良い気楽な異世界ドライブが続けられる事になった訳だ。
うん、気楽じゃないよね、これ。
別の意味で。
もはや最初の内緒話から外れ、和気藹々と話す二人の年頃女子を横目に見つつ、俺は再び煙草を取り出した。