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鉄鋼車にて異世界へ  作者: 詩月凍馬
運び屋ヤムラ起業
19/57

特異な職業① 「さぁて、上手く纏めないとね・・・」

「んじゃ、まずは森の衣かな?」


 俺達の今後を決める話し合いから、明けた翌日。


 亜空間車庫でシャワーを浴び、スッキリと目を覚ました俺はクーリアにそう言って笑いかけた。


「はい。ですが・・・大丈夫なんでしょうか? イツキ様を疑う訳ではありませんが、そんな仕事は今まで聞いた事もありませんので・・・」


 そう言ってくるクーリアの顔はちょっと不安そうだけど、これはまぁ、仕方ないとも思う。


 俺が提案したのは、マローダーの機動力と亜空間車庫の積載能力を生かした運送屋。


 小物ならそのままマローダーに積み込んで、大量に荷があるなら二トンダンプか軽トラにでも詰み込んでそのまま亜空間車庫に搬入、目的地まで保管する。

 移動自体に使うのはマローダーだけど、軽トラと二トンダンプの積載量を舐めちゃいけない。

 馬車を使って隊列組むのと同じ位の貨物量は、一気に運べる筈だ。


 いや、まぁ、商隊の規模にもよるけどさ。


 ただ、商隊の規模が大きくなり、列が長くなればなるほど目立ってくるし、そうなれば当然目をつけるのが盗賊だとか魔獣だとかって輩である。


 幾ら護衛で冒険者を雇ってるって言ったって、隊列が伸びる分だけ護り難くもなるし、いざ逃げるとなっても逃げ難いなんて理由もある訳だから、当然商隊の規模なんて余程の事がない限り、そう大きなものにはならない筈。

 護衛に支払う報酬金だってバカにならないし、その隊列を維持する為の食糧と水、更には馬車を引く馬自体の餌だって考えなきゃならない。


 馬は草食だって言ったってどこもかしこも豊かな草原って訳じゃないから、場合によっては飼葉を積み込む必要だってある訳だ。


 そう言った全部を考えてみると、恐らく、一度に運べる貨物量は勝てる筈だと踏んでいる。


 そいて、一番の強みはマローダーの移動速度。


 一応、舗装された道路に加えて約20キロ毎に馬を交換、更に走り易い夏場って言う条件を揃えて、馬車が一日に走破出来るのは大体100キロ行くか行かないかって所らしい。


 当然、この中には振動による馬車の劣化や、御者や添乗者なんかは含まれていない。

 飽くまで最適な環境下で、一日走り続ける事が出来たならって言う計算だ。


 そもそも、夏場であっても馬車は時速7、8キロが最高速度らしいし、それとマローダーを比較しようって方がまず間違いなんだけどさ。


 で、それらの点を上げて行くと、まず間違いなく当たる筈だってのが俺の意見な訳で。


 一応、提案した時にクーリアに説明はしたし、その時はクーリアも『良いですね。やって見ましょう!』って言ってたんだけど、一晩寝たら興奮が冷めてちょっと心配になってきたみたい。


 でもまぁ、何か新しい事を始めようって時は、大体こんなもんだ。

 万全を期して準備をし、万難を排して挑むにしてもどうしたって不安は出てくるのが人情ってもの。


 そう言う意味じゃ、地球で活躍してる『運送業』を知ってる俺の方は結構気楽だったりする。


 荷物をトラックに載せて、そのトラックでそのまま移動って訳じゃないからね、預かった貨物が傷むとかまずないと思って良いし、こっちの交通事情は道路が整備されてないって点では劣ってるにしても、時間を遅らせる渋滞はないし事故の可能性だって低い。


 これで成功しなけりゃ、そもそも運送業自体が必要とされない世界って事だ。


 ま、そんな訳で運び屋ヤムラの初営業、兼商業登録に必要な実績を作りに行こうって訳である。


 向かう先は、もはや俺の中では馴染みになりつつある服屋『森の衣』。


 実はあの日以来、ちょくちょく顔を出してるんだよ。

 互いにね。

 俺達の方から訪ねる事もあれば、森の衣の店員――ネリンさんの方から宿に居る俺達を訪ねてくる事もあって、懇意にさせて貰ってるよ。


 ただ、どうしたって女の子のお話ってのに行きつくんで、俺としてはちょっと居心地が・・・。


『クーリアさん、こんな服も似合いそうですね』


『そう・・でしょうか? 私には少し派手な気もしますが・・』


『そんな事ないですって。クーリアさん、髪の色も明るいですし肌も凄い白

いんですから! ちょっと位派手な色でも十分に似合いますよ!』


 なんて会話を交わしてる女の子の脇に、ポツンと野郎が一人とか居づらくてしょうがない。


 だってのに


『それで、今試作しているブラジャーとショーツ・・でしたか? それなんですが、ここの素材は・・・って、イツキさん、聞いてらっしゃいます?』


『あ、あの流石に女性もの下着の御話は、イツキ様も戸惑うかと・・・』


『って言っても、イツキさん以外知らないじゃないですか。他に誰に聞けってんです?』


『そ、それはそうなんですが・・』


『そう言う訳なので! イツキさん! 覚悟決めて答えちゃって下さい! さぁ、さぁさぁさぁっ!』


 ってな事が度々あるんで、部屋を出て行く訳にも行かないって言う、ね・・・。


 御蔭で俺の精神はボロボロですよ。

 悟りの境地?

 んなもん、こんな程度で開ける様なら、世の中に『悟り』のスキル持ちが溢れかえってるわ! と、声を大にして言いたい。


 いえ、商売上必要な事なんで、仕方ないんですがね。

 割り切りますよ、えぇ。


 まぁ、ネリンさんがクーリアと仲良くなってくれたのは、素直に良かったと思うけどさ。


 って、何かずれてきてるから話を戻して。


 あの日に現品とデータを渡して以来、ネリンさんはホットパンツとニーソックスの試作に勤しんでいる。


 服飾関係のデータもかなり幅広く集めたんで、試作に必要なデータって意味ではもう殆ど揃ってるって言って良い筈だ。


 実際、ネットで『ホットパンツ 縫い方』ってキーワードで検索すると、型紙やら要所要所の縫い方だの注意点だのを表示したページが出てくる訳だし、取りあえず現品持ち込みした女性服に限って言えば、その辺りもSDにブチ込んできてあるし。


 なんで、後問題になるのって言えば、まずは素材。


 このセイリームにはデニム生地自体がないんで、まずその辺りは出来ない。

 なら編み方をって言われても、俺が持ってるデータの中に素材自体の作り方に関するものは殆どないんだよ。


 だって、飽くまでも俺が考えてたのは『型やら何やら持って行って、あっちの素材を使って作れば良いかな』程度だからね。


 生活に直結しそうな製鉄だの製紙だのなら兎も角として、動物の毛やら蚕みたいな虫の繭なんかから作られる糸の場合、そもそもの種類が違うだろって可能性もあったんで、こっちにデニムの織り方とか持ち込んでも、どこまで役に立つか予想が付かなかったってのもある。


 中世ヨーロッパに剣と魔法、加えて魔獣なんかのファンタジー要素を加えた世界なら、丈夫さなんかを考えて皮製品の衣類が多いんじゃって予想してたんだ。


 まぁ、実際にこっちに来て目にして、そこまで言う程革製品が多い訳じゃないってのは解ったけど、それはほら、予想と現実の違いって奴。


 取りあえず、そんな理由があるんで布地そのものについては諦めて貰った。


『伸縮性が高い』『通気性の良い』とかの特徴だけ教えて、こっちにある布地の中から選んで貰おうって訳だ。


 で、その次に問題になるだろう部分が、実を言えば今回の訪問に関わってくる部分。


 その手の店に行けば材料が全て手に入る日本と違って、こっちに元々ない部品なんかは『開発』しなけりゃならない訳だけど、裁縫職人のネリンさんだけじゃどうしても出来ない部分が出てくる。


 そう、ファスナーだ。

 こればっかりは金属加工が出来る人じゃないと、どうにもならないって所があるからね。


 そしてそれが今回の狙い。


 服飾店の人脈は広い。

 これは服に使われる部品――布地、ボタン、糸、金属飾りと上げて行けばキリがない程に、色々な材料が使われているからだ。


 だからそれぞれに関わる人と、繋がりを持つ事になる。


 より良い生地を仕入れる為に布織の職人と、装飾の金属飾りがいるなら鍛冶、または調金かもしれないけど、まぁ、そんな職人とってね。


 で、その全てをこのバナバの街の中だけでこなせてるとは思えないから、当然他の街や村からの輸入だってある筈だってのが俺の予想で、ファスナーみたいな縫製職人だけじゃどうにもならないもの入ってる服を渡せば、アイディアと交換で繋がりを付けてもらえたりするかなって思ったんだよ。


 実はこれ、運び屋をやろうって考え付く前からの狙いでもあったりする。


 今回は偶々、ホットパンツとニーソックスが受けてくれて、アイディア料って形で幾らか支払ってくれるって事になったけどさ。


 それってある意味、クーリアって言うモデルが居てくれたからな訳で。


 クーリアの存在とか、地球での準備段階では当然夢にも思ってない訳だから、どうしたってそれを基準に考えるさ、そりゃ。


 まぁ、手段を問わないなら、こっち来て直ぐに宝石売った金で綺麗目な女の子の奴隷買って、その子にモデルやらせて売り込むとかも考え付くけど、現代日本に生きてた俺の倫理観が大反対する訳だ。

 理由はどうあれ、女の子を金で売り買いするなんて~ってね。


 なら、アイディア料って形に交渉出来れば儲け物、そうでなければせめて別の職人を紹介してくれないかって交渉する積りだったんだ。


 うん、そう考えると随分順調に行ってくれたと我ながら思う。


 だって、考えとしては穴だらけだしね、こんなの。


 ま、今回は運良く行ってくれて、ネリンさんとの繋がりを持てたし、クーリアと仲良くなってくれたから結構懇意にさせて貰って、色々と提案したりってのもやり易い状況になってるんだ。

 それを活かさない手はないだろう。


 そうして到着した森の衣のドアを潜れば、やっぱり今日もお店に立っているネリンさんを直ぐに発見。


「いらっしゃいま・・・あら、イツキさんにクーリアさん。今日は何かお買い物で?」


 既に仲良くなってる現在、ネリンさんの物言いは結構砕けた感じになってる。


 この辺り、接客に関して言動や行動がマニュアル化されてないセイリームでは、個々人の判断によるからね。

 初見さんや地位が高い人には丁寧に謙った態度で、気心しれた常連さんにはフレンドリーにってのは、別に可笑しな事じゃない訳だ。


 飽くまで、店としての売り上げが維持できているなら、それで良い。


 日本みたいに『店員の態度がなってないぞ!』とか騒ぎたてる様な客って、余程悪質か、さもなきゃ最初っからイチャモン付ける気かのどっちかしか居ないのが、このセイリームに置ける一般の客層認識だ。


 そんな訳で、街中で友達にあった様な感じで声を掛けて来たネリンさんに、こっちも軽く手を上げて挨拶。


「こんにちは。いや、今日は買い物じゃなくってね。ちょっとネリンさんに提案をば」


 そうやって挨拶してる俺の隣では、クーリアがペコリと小さく会釈。


 店に来る時は大体クーリアはこんな感じ。


 奴隷がどうこうって訳じゃないけど、俺とネリンさんの会話を邪魔しない様に必要以上に会話に入ってこようとしないんだ。

 俺もそうだけど、ネリンさんもそんなのは気にしないって言ったんだけど、クーリア的には俺達の話てる内容とかを聞いて、少しでも商売の事を勉強したいんだって。


『えっと、ギルドによる区画整理の事とかを聞いた時に、私ってあんまりものを知らないんだなって思ったんです。だから学べる所では学んで行きたいなって』


 ま、そうやって言われたら俺も何も言えないし、クーリアが『奴隷だから』みたいに自分を蔑んで我慢してるんじゃなければ良いとだろう。


 自分から学びたいって思えるのは、良い傾向だと思うからね。


 なんで、俺は早速交渉を開始。


「ネリンさん、ファスナーの事なんだけど・・・」


 俺がそう言うと、ネリンさんの表情が僅かに曇る。


「あぁ、アレですか・・・。あれが一番の問題なんですよね、ホットパンツを再現するのに。縫い方だとかなんかは手間はかかりますけど再現はできますし、布地の方も色々と試して向いたものも検討が付いてるんですけど・・」


 あぁ、やっぱり。


 布地なんかに関して言えば、ネリンさんは専門家だからね。

 デニム生地がないって言ったって、別にホットパンツはそれだけを使ったものしかない訳じゃないし、こっちの世界風に大体これって見当は付けられたんだろう。


 縫い方も同じ。

 俺が持ってきたものはミシンを使った機械縫いだから、もの凄く縫い目も細かくて均一だけど、そこら辺は腕でカバー出来る。


 ただ、ファスナーだけはやっぱりネリンさんだけじゃ無理だよね。


 ま、だからこその提案なんだけどさ。


「まぁ、そうだろうなぁって思いまして。で、俺達、今回ちょっとした仕事をやってみようかなって思ってるんですが、一口乗って貰えません?」


 俺がやりたいのは、つまりはこう言う事。


 行き成りギルドに行って『運び屋始めっから』とか言った所で、実績もない所かそもそもがどんな仕事か解らない仕事が通るとは思えない。


 なら、まず欲しいのは実績だ。

 それもギルドの信用から信用を得られている人物に保障された、ね。


 なんで、ファスナーの件を出汁にって言うと言い方は変だけど、それを使ってネリンさんに腕の良い金属の加工職人を紹介してもらい、その人が住んでいる場所に俺達が彼女を乗せて運んで行く。


 本来は荷物だけを予定していて人を運ぶつもりはないんだけど、ま、最初だからね。

 道中を見て貰って俺達『運び屋ヤムラ』の配達速度、預けた貨物の安全性を体験して貰うんだ。


 って言っても、この一回で方が付くとは思ってない。


 だからこのホットパンツの一件――つまりはホットパンツが完成し、売りに出す事が出来るようになるまでは、『運び屋ヤムラ』がネリンさん専属の足になろうって訳である。


 実際に商品として売り出すのなら、一定量の布地を輸入しなければならないし、糸やなんかもこれに同じ。


 まぁ、出入りの商人もいるだろうから、本来はその人を通じて済ますのかもしれないけど、出来れば直接赴いて布地を選びたいってのはこの前聞いてたからね。


 なら、俺達が連れて行こう。


 布地の輸送?


 問題ない。

 軽トラ、二トンダンプ合わせて積載量は二トンと350キロ。

 ネリンさんのご要望の量がどれだけかは知らないけど、一度にこれを上回る量を買い込むって事はない筈だ。


 布地だって全てが手作業で作られてる訳だから、値段はそれなりのものになる。


 今までになかった新製品を売り出す訳だから、それだけの為に大量の一気買いってのもバカな話。


 この程度なら売れるだろうと言う最低限の個数を確保する為の布地を用意し、後はその売れ行きを見て材料になる布地を発注するってのがやり方になると思う。


 なんで、その工程の中の輸送の部分を俺達が受け持とうって訳だ。


 で、それで実績を作ったら、今度はそれを証拠としてギルドに掛け合う積りで居るのだ。

 その時は、ネリンさんに証人として安全性やらを証言して貰えれば、ギルドにも登録しやすくなるのではないと思うしね。


 さて、ある意味俺らの未来を分けるって言っても良いこの交渉。


 上手く纏めないとね。


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― 新着の感想 ―
[一言] ファスナーを舐めてはいけない! 日本がファスナーを自作出来たのは1970年代以降だよ? それまでアメリカからの輸入に頼ってたからね! それより足踏みミシンの商品化の方が早いよ? 朝鮮の似非従…
[一言] 本当は異世界行く時足踏みミシンと設計図と製法をコンピューターに入れて持って行くべきでしょう! 後、化繊の反物を!換金製品で、大量に持って行けば?
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