異世界の街⑤ 「そろそろ決めとかないとなぁ・・・」
早いもので、バナバの街に着いて今日で一週間。
そんな今日は、朝食を取った後二人で宿の部屋に籠っていた。
うん、そこ。
卑猥な意味じゃないから、勘違いしない様に。
単純に色々話し合っとこうってだけだから。
転生から・・・って言うか、正確にはクーリアと出会ってからこっち、何だかんだとドタバタしてたんで、これからどうしよう、何をしようってのが全く決まってないんだよ。
で、クーリアの登録変更も終わり、服も買ったし靴も買った。
服屋『森の衣』ではホットパンツとニーソックスも売り出す事に決まり、アイディア料で、幾らか貰えるって話もついた。
神殿に行ってクーリアの技能覚醒も終わったし、当座の資金も初日に売ったアクセサリーで確保出来てる。
ただし、当面の目的が全くの未定。
これは流石にマズいだろってんで、今の内に少し話し合っとくかってのが今日の目的である。
「で、どうすっかね・・・。正直、何をやりたいとか今んトコないんだけど」
あの日から連続で借りている部屋のテーブルで向きあいながら、俺は咥え煙草のままで両手を頭の後ろで組んだ。
実際、俺はこのセイリームについてな~んも知らんからなぁ。
何処に行きたいかって言われても思い浮かばんし、やりたい事はって言われても右に同じ。
ぶっちゃけ、どんな職業があるのかって事すら良く解ってないのが現状だ。
「そうですね・・・。私としてはイツキ様と一緒に居られれば、それで満足ですけど・・・」
ベッド脇からゴソゴソと言うリュックを漁る音と一緒に、そんな言葉が返って来る。
視線を動かせば、俺が上げた下はホットパンツとニーソックス――今日は白いパンツに濃紺のニーソックスを合わせたみたい――、上は淡い水色のフリル付きの半袖シャツと言う恰好のクーリアが、ペットボトルの紅茶とグラス二つを手にして戻ってくる所だった。
うん、先日『森の衣』にホットパンツを一本、ニーソックスを一組、それぞれ見本品として上げたんだけど、持って来た残りはそのままクーリアに上げたんだよ。
何だか気に入ってたみたいだったし。
そうしたらクーリアが予想以上に喜んじゃってさ。
最初に決めた露出控えめの服を二着程残して、その他に上げた服に合いそうなものをって選び始めたんだ。
まぁ、こっちとしてもクーリアが喜んでくれる分には文句ないし、下世話な話になるけどホットパンツとニーソックスを売り込もうって言う身としては、そうやって有用性を示して貰えるのも有難いからね。
急遽、再びマローダーに走り、SDに落しておいた女性用ファッション誌のデータを印刷してきたりして、選ぶのを手伝ったりした訳だ。
その時はクーリアも店員さん――ネリンさんって言うらしい――も、肖像画なんて目じゃないリアルさを誇る写真にまずビックリして、その後は現代日本の多様性に富んだファッションに驚いていた。
そんな中でホットパンツルックを専門に特集していた記事を参考に、森の衣内にあった服の中でなるべくクーリアのイメージに合いそうなものを探したんだ。
その結果がこれ。
ストレートのまま背中に流された色素の薄い金髪は、淡い水色と相まって儚げな印象にも見えるけど、白と紺で揃えた活動的なパンツ姿が良い具合にそれを打ち消してくれていて、在り来たりだけど何処かの妖精みたいな感じ?
って、所詮は俺の貧弱な語謬と、並み以下レベルのファッションセンスでの評価だからね。
その道の人から見れば幾らでも突っ込み所はあるんだろうけど。
ま、似合ってるんだから良いじゃないかってのが俺の意見。
ただ、一つ残念な事と言えばこの服装自体は気に入っていても、人ごみみたいな知らない男の視線の前でってのはまだトラウマの方もあって怖いらしく、外に出る時はローブを羽織っちゃうって事かな?
宿の部屋とか亜空間車庫、マローダーの中みたいに俺と二人だけって時は殆ど抵抗ないみたいで、ずっとこの恰好なんだけどさ。
あぁ、うん。
宿の方は一応、あの日以来改善はされた。
隣の部屋に居た獣な冒険者さんには、『また昨日みたいに盛るんなら、ウチじゃなくて連れ込み宿にいっとくれ』と女将さん直々に通達が行き、その日も元気に盛る予定だったらしい件の冒険者は渋々ながら出てったからね。
いや、何だかぶつくさと『連れ込み宿のベッドは質が悪い』とか、『周りが俺ら以上に盛っててヤリ辛い』だとか文句言ってたけど、流石に俺達を始め睡眠妨害された客からの視線が痛かったのか、そそくさと宿を後にしたって訳。
で、暴走のきっかけになるおバカがいなければ、この宿もある程度は静かなものだ。
って言っても、それなりに盛る客も居ない訳じゃないんで、時折押し殺した嬌声が聞こえる事もあるけど、流石にそこまで取り締まる訳にもいかない。
魔獣の危険を乗り越えて街に着いた旅人なんかは、どうしたって街についたって安心感も手伝って性的にオープンになりがちだって女将さんも言ってたし、初日みたいな盛り方をされなければ、こっちもある程度の我慢は必要だって割り切るしかないみたい。
まぁ、この世界の宿、防音性とかないに等しい訳だし。
結局、眠れない程煩くないなら諦めて我慢しようって結論に達した訳だ。
なんで、あの日からは確りと宿のベッドで眠ってますよ。
っと、それはまぁ良いとして。
話を戻して今後どうしようって話な訳だ。
「取りあえず、何か職は探さんとならんよなぁってのが俺の意見かな? 流石にいつまでも持って来た宝石と、服のアイディア料だけが頼りってのは不安定過ぎだし」
そう、これも事実だ。
宝石も服飾関係のアイディアも両方まだまだ余裕はあるけど、だからってそれ頼りで仕事しないとか不健康すぎる。
ただ、だからって異世界転生物のテンプレネタ、冒険者ってのも考えもんだけど。
「う~ん、何とか俺の特典活かした仕事とかないもんかなぁ」
「特典、ですか?」
呟いた俺の言葉を聞いて、クーリアが小首を傾げる。
あぁ、そう言えば地球からこっちに転生してきたってのは言ったけど、特典については詳しく教えてなかったっけ?
んじゃ、せっかくだし、良い機会って事で詳しく教えておくとしよう。
転生の切っ掛けになった宝くじの当選と女神さんとの初邂逅。
告げられた一年の猶予と、それを使った転生準備に家族との別れ。
それを順を追って話して行く。
クーリアは時々質問してくるものの、後は至って真剣に聞いてくれていて、特に織絵との別れの際には少し目をうるませていた位。
うん、人の心に共感できるってのは優しい証拠。
覚悟の上での別れだったとは言え、クーリアみたいに目を潤ませる程共感して貰えると、俺としても心が軽くなるみたいで嬉しいかな。
まぁ、泣かせちゃったクーリアには御免なさいだけどさ。
取りあえず、クーリアの涙をハンカチで拭いてあげた後、特典について説明する。
「と、俺がこっちに来た経緯はそんな所。で、さっき言った特典っては亜空間車庫とリロードの魔法。この二つかな? あぁ、後はこっちの言葉が話せたり読み書き出来たりする位」
「え・・? あのマローダーと言う神代機器はリネーシャ様から授かったのではなかったんですか? 後、あの亜空間車庫にある神代機器も・・・。私、てっきりリネーシャ様の寵愛の証として授けられたものだと思っていたんですけど・・」
特典がリロードと亜空間車庫だけと知ったクーリアは、そう言って目を丸くしていた。
う~ん、アッチの世界の事を知らないとマローダーなんかの車両は、神器か何かにしか見えないのか・・。
どの車も普通に――まぁ、特殊な部類ではあるけど――売ってる奴なんで、俺的にはそこら辺が今一実感湧かないんだが。
「マローダーもそうだけど、他の車も普通に売ってるんだよ、地球ではね。まぁ、用途が限られてるからそれなりに特殊ではあるけど、俺以外でも持ってる人は沢山いるんだ」
って言ってもトラクターなんか持ってるのは農家の人だし、ユンボは土建関係、軍用車なマローダーに至っては幾ら市販されてるって言っても、民間人で持ってるってのは少ないだろうけどさ。
俺だって、こっちに来るって理由がなければ普通の乗用車か、でなけりゃ恰好よさを追求したスポーツカーにでもしてただろうし。
いや、勿論マローダーも好きだけどね?
日本の市街地走るならどうしたって乗用車か、ちょっと気取ってスポーツカーの二択だろう。
第三の愛車となった今ではむしろ、ガタイのデカさとオフロードを物ともしないパワフル過ぎる走りに魅了されちまってる訳だけどさ。
と、それは兎も角として。
兎に角、マローダーや亜空間車庫の車の類は神代機器じゃないって事は、言葉を重ねて何とか納得して貰った。
ただ他の人には説明が難しいし、もう一つの理由からも『リネーシャ様に授けられた神代機器』って事で通した方が良いってクーリアには忠告されたけど。
「安全を考えるならそうするべきです。分類上は兎も角、単に個人が所有しているだけの便利な神代機器と、リネーシャ様から加護の証として授けられた神代機器では意味合いも、影響力も違います」
とまずは純粋な個人所有と神からの下賜の違いを説明され、
「極端な話、個人所有と言うだけなら理由次第では王権等による接収が可能ですが、加護の証として授けられたとなれば王であれ、主席大神官であれ接収する事は出来ません。神の加護を否定し、王や神官こそが神よりも上なのだと宣言する様なものですから、民が納得する筈もありませんし、まず間違いなく加護を授けた神を敵に回す所事になります」
って具合に安全性についても説明されれば、こっちとしても反論は出来ない。
そもそも無理を通してまで『コイツは加護で貰ったもんじゃない! 最初っから俺の個人的な持ち物だ!』って主張する気もないから、別に良いんだけどさ。
それに、安全に使えるならそれに越した事はないし。
まぁ、車両の扱いはそれで良いとして、じゃぁ結局何をやろうって言う最初の論点に戻る訳だけど・・・。
う~ん・・・俺の特典のメリットなぁ。
まずは『リロード』での物資の補填が可能。
うん、まぁ、これはデカイわな。
実際、マローダーをこの世界で使えてるのは、この魔法の御蔭だし、これが無かったらとっくの昔に燃料切れで立ち往生だ。
何せ、一日中エンジン掛けっ放しで数日間生活してた訳だしね。
後は・・・亜空間車庫に仕舞ってある車両群が使えるって事か。
これもデカイのは確かだよなぁ。
マローダーは今更語るまでもないし、物資の輸送、農地の耕作、土木作業と持ち込んだ車両を使えば、人力なんて目じゃない早さと規模で出来てしまう。
それを使って・・・・。
いや、でもそれじゃぁちょっと限定的過ぎるか。
農耕作業なんて時期が限られてるし、土木工事だって年間を通してずっとあるかって言うと、保障は出来ないだろう。
日本で常に建築機器に需要があるのは、国主体の公共事業もさる事ながら、家屋の建築、解体なんかでの需要が年間を通して確保出来る程に、国民が豊かだってのが理由だからな。
その土台がないこっちじゃ・・・って、そもそも俺って本格的な土建屋やれる訳じゃないから、それ以前の問題か。
「移動に掛かる時間を節約できると言う利点が大きいですし、私としては冒険者で宜しいのではないかと思うのですが・・・。イツキ様は何か、冒険者と言う職に思う所が御有りなのでしょうか?」
考えこむ俺に、クーリアが遠慮がちに尋ねてくる。
まぁ、彼女の両親も元冒険者だったそうだし、彼女が産まれた頃には引退してたとは言え、両親の冒険譚を子守唄に育った彼女にしたら、気にもなるか。
って言っても、俺が冒険者を候補から外した理由って、多分クーリアが考えてるのとは違う理由だと思うけどさ。
なんで、安心させる意味も含めて自分の考えを言う事に。
「思う所ってよりは、純粋に向き不向きって事かな? 前にも言ったけど、俺は平和に育って戦闘ってもんに一切関わった経験がないからね。体は鍛えられてる様に見えるけど、これは水泳で鍛えたものだから、戦闘で役に立つかって言われるとちょっと、ね・・・」
スポーツで鍛えた筋肉と、武術で鍛えた筋肉は当然違う。
今の――18当時の――俺の体は、180丁度の身長と水泳で鍛えられてそれなりの厚みはあるにしろ、泳いでタイムを競うって事に特化した鍛え方をしてあるからね。
格闘家みたいに戦う為の体じゃないんだ。
それにもし格闘なんかをやってたとしても、こっちでそこまで役に立つかって言われると、俺としては疑問視したいトコだけどさ。
「そんな俺と、護身術を習っただけのクーリアの二人でもし冒険者をやったとして、不自由なく暮らしていけるだけのお金を稼げるかって言われるとね・・・。まず俺は未経験の武術を一から学んで戦える体を作らなきゃいけないし、クーリアは護身レベルから戦闘レベルまで武術を引き上げなきゃいけない。そりゃ、クーリアには女神さんの加護の御蔭で、樹の属性だけとは言え高い精霊適性を得られたけどさ。魔術にしても武術にしても、一朝一夕って訳にはいかないだろ?」
とまぁ、これが一番でかい訳だ。
戦闘未経験者――それも今から戦えるレベルになろうって奴が飛び込んで、満足のいく稼ぎを叩き出せる様な職業じゃないだろ、冒険者って。
「それは・・はい、そうですね・・。一応、薬草探しの様な初心者用の依頼もありますが、それだけで生活が出来るとは思えませんし、稼ぐ為に無理をして依頼を受ければ、命に関わる危険が増すのが冒険者ですし」
そう、それもある。
どうみてもハイリスク・ハイリターンの典型なんだよなぁ、冒険者って。
これがネット小説の鉄板ネタみたいに、レベル・スキル制の世界なら、雑魚を殺しまくってレベルアップ、もしくは神様チートの俺最強能力でどうにか出来るんだろうけど、このセイリームって世界は職業レベルと、それに付属する職業スキルこそあるものの、自分自身のレベルアップって概念がないんだ。
って事は、雑魚倒してりゃその内強い魔獣にも勝てる様になるさ、とか言えない訳で。
職業によっては戦闘向きのスキルもあるだろうけど、それ頼りでどうにかなる様なもんでもないと思う。
だって、飽くまでも戦うのは自分だし。
スキルを使おうが、自分自身の筋力と反応速度何て言う限界の壁を越えた攻撃とか出来る筈もなく、当然コツコツと経験を積んで戦闘のイロハを知って行かない限りは、運頼りの一発屋でしかない訳で。
そんな不確かなものに頼って、命をベットする生業でやって行こうってのはねぇ・・。
「と、後俺が気になるのは生活面が不安定って事かな。良い依頼が何時もあるとは限らないしさ。そうなると、武器や防具の手入れは欠かせない以上、それに金を掛けない訳にも行かないし、戦闘における機微ってのも長い間討伐依頼とかが無ければ、当然錆ついちゃうだろ?」
「まぁ、当然と言えば当然ですね。ゴブリン等の下級種が主と言うのも珍しくはないそうですから、強さを維持する為、そして稼ぎを得る為にも冒険者は街を転々とするんだそうです」
ま、そうだろうなぁとは思ってたよ。
一か所に留まって稼げる程に甘い職業じゃないだろうし、稼げる場所には既に名うての達人が居座ってるんだろうからね。
そんな理由もあるんで、俺としては冒険者って選択肢に固執したくない訳だ。
常に命を危険に晒してまで得たいってものは今の所ないし、いずれは何処かに拠点だって構えたい。
根なし草のままでフラフラとってよりは、帰る場所があってくれるなら、その方が旅だって楽しめると思うんだよ。
旅を終えて家に帰って、『今回はこんな事があった』『あんな事があった』って笑い合える瞬間が欲しいんだ。
勿論、今の段階じゃ夢だけどね。
だからこそ余計に職業には悩むんだ。
女神さんに貰った特典は出来るだけ有効に使いたいし、その方が周りとの差を付けられる訳だから、使わない手はない。
それは解ってるんだけど・・・。
「ん? 何か俺、考え違いしてたかも・・・」
ふとした思い付き、だけどそれは俺にとって起死回生の名案に思えたんだ。
「なぁ、クー。運び屋ってどう思う?」
だから俺は、半ば確信に近いものをもってクーリアにそう尋ねた。
漸く話が一歩・・いえ、半歩程進みましたかね。
ここに来るまでに結構掛かってしまったのが、筆者にも少し驚きです。