異世界の街④-1 「私はあの幸運を忘れない」
今回は一種の番外編・・・と言いますか、クーリア視点です。
~~クーリア~~
バナバの大通りを歩く事暫く。
宿の女将さんに紹介された服屋、『森の衣』は古着屋が立ち並ぶ一角に店を構えていた。
女将さんによると、ギルド主導の区画整理が進んだ際に扱う商品の系統別に区画を分けたんだそうで、それを聞いたイツキ様は頷いていたのを覚えている。
宿を出た際に伺うと、
「要は競争意識を持たせようって事だね。周りに同じ様な店が並んでれば、どうやったって目立たなくなる。だからその分、サービスだとか商品の並べ方なんかで差を出さないと、だんだん売れなくなってくるだろ? 商業を発展させたいギルドとしては、敢えてそうやって競争意識を出させて、その店独自のサービスなんかが出てくるのを期待してるんだと思うよ?」
と教えて下さった。
それを聞いて、成程と思う。
料理屋や武器屋が立ち並ぶ中、一件だけある服屋ならそれだけで目立っているのだから、従来通りの売り方でもやって行ける。
ただし周囲の店全てが同じ様に服を扱っているお店では、そう言う訳にはいかない。
どうしたって他の御店と値段や品質等で比べられてしまうから、粗悪品を扱う事は出来ないし、良い品だとしても余りに値を釣り上げ過ぎれば他の御店に客足は流れてしまう。
それに、売り方だってそう。
ただ並べて置いて勝手に選べと言う御店よりも、店員がキチンと対応してくれて、場合によっては安価で丈を直してくれる様なお店があれば、私だってそちらを選ぶ。
結果として、より良い物をより安く買える環境が出来る訳だ。
「言い方は悪いけど、商売なんて結局は競争だからね。より良いサービスをより安価で、そして良い品を適切な値段で売ってくれる店に人は集まる訳だし。そうすればボッタクリみたいな変な店は自然と淘汰されて潰れていくし、残った店だってそれに胡坐をかいて売り上げを伸ばそうって努力を怠れば、こっちも廃れていく。ちょっと強引ではあるけど、そう言う意味では良い方法なんじゃないかな?」
地球と言う異世界の知識なのだろうか?
そうやって説明してくれるイツキ様の言葉は、それ程学がある訳でもない私にも解り易く、そして納得のいくものだった。
思えば、この方と出会えたのは随分と幸運だった。
優しかった父を、母を、そして村の人達を皆殺しにされ、私自身は全ての衣服と共に人としての尊厳を奪われた。
その後の二カ月は、思い出すだけでも恥辱と恐怖に身が震えだす毎日だった。
狭い檻に閉じ込められ、『これを取れたら解放してやる』と言う奴隷商の言葉に、不信に思いながらも一縷の望みを託して鍵へと手を伸ばし続けるだけの日々。
身を隠す服も無く、狭い檻の隙間から手を伸ばす為に晒された私の体を、無遠慮に這いまわる奴隷商の粘つく視線。
一日二回の粗末な食事も、男達の前で自ら晒すかの様に高々と尻を上げたままで取らされ、時折与えられる体を洗う為の沐浴の時間も男達の視線の中でのもので、その度に向けられる好奇と性的な興奮を含んだ視線は、残された僅かな自尊心と女性としての尊厳を根こそぎ叩き壊そうとするかのようで。
日に日に抵抗しようとする自分を覆い潰そうとする諦観と絶望に、ただただ翻弄されるだけだった。
そんなある日――あの運命の日に、私はこの方に救いだされた。
いつも通り、馬車の中で奴隷商の粘つく視線に晒されていた私を、急に騒がしくなった護衛の声、何かに脅えた様な馬の嘶きが襲う。
檻から出られず、馬車の外を見る事も叶わない私には解らなかったけれど、ただ、何かの魔獣に襲われたのだろう位は予想できた。
その後は、護衛の剣士達の怒号と悲鳴、馬達や御者の男の断末魔の絶叫等が響き――気付いた時には、あの奴隷商も含め私の周りには誰も居なくなっていた。
その時の私は、正直に言えばこれで終われるんだと期待していた。
全てを諦めていたと言っても良い。
魔獣にただ喰い殺されて終わるのか、それとも苗床として使われ、犯され抜いた後に死ぬのか、その違いはあっても私と言う人物の終わりである事には違いがなかったから。
性奴隷として見も知らぬ男達に弄ばれ、犯されながら生きる事と、オークやゴブリンに犯され、子を孕まされる事にどんな違いがあると言うのだろう。
だから、馬車の天幕を開けて姿を現したイツキ様を見た時は、本当に驚いたものだ。
一糸まとわぬ姿のまま、全てを晒して檻に横たわる私を見て、まず浮かべた感情は怒り。
その後も下卑た視線を向ける事もなく、ただ脅え続ける私を優しく宥め、鎖を、手足の枷を外し、ご自身が羽織っていた上着を貸し与えて下さった。
信じられなかった。
私は希少種のハーフエルフ。
それは、一目見れば解る事。
そんなハーフエルフ――それも私の値札を見たのなら性奴隷だと解った筈なのに、決してそんな扱いをなさらず、あくまでも『人として』扱って下さった。
その後も『マローダー』と言う、信じられない様な神代機器の中に私を乗せて下さり、安全な場所に着いた後は衣服を、暖かな食事も与えてくれた。
その間も、私に対する扱いは性奴隷へのものではなく、どこまでも優しい年頃の女の子へ向けたもので・・・。
落ち着いた後、性奴隷に身を窶す事になった理由を話すと、イツキ様はその優しげな顔に一際激しい憤怒を浮かべ、労わる様に優しく抱き締めてくれたのを覚えている。
その時だろうか?
うん、恐らくはその時だ。
私に流れるエルフの血が、一際激しく反応したのは。
エルフは外見が良いだけの異性には、決して情を覚える事がない。
これは、種族として美しい個体揃いのエルフ故の感性で、外見の美しさには魅力を覚えないからだと純粋なエルフだった母からも聞いているし、人族だった私の父も外見で言えば強面で、もし夜道で父を知らない子供等が目にすれば、それだけで泣いて逃げ出すかもしれない顔立ちをしていた。
ただ、顔に似合わず・・・と言うか、心根は酷く優しく、常に他人を思いやり、時に多少の不利益を被ってでも人様の不幸を放っておけない様な人で、母は父のそんな所に惹かれたのだと言う。
だからと言う訳ではないが、私も幼い頃から内面の綺麗な人に心を寄せる傾向が強く、そんな私を見て母は『やっぱりクーリアにもエルフの血が流れてるのね』と笑っていたものだ。
そんなエルフの血が、今までにない位に強く反応した。
それは取りも直さず、目の前の男性が酷く心根の綺麗な人だと言う証で、 それが解った瞬間にはもう自分が目の前の男性に惹かれているのだと強く自覚していた。
だからだろう。
イツキ様には突然に思えたかも知れないけど、私としてはこの方しかいないと思えたから、気付けば『貴方の奴隷にして欲しい』と口に出していた。
当然、奴隷として売られた先で待っているだろう未来を回避したいと言う思いも、決してなかったとは言えない。
けれど、それ以上にこの方といれば私は私で居られる、一緒に幸福になれると言う直感もあったのだ。
結果、少し渋ってはいたものの、イツキ様は私を迎え入れてくれた。
その後に話してくれた事を聞いて、渋っていたのは奴隷制度のない異世界から来たイツキ様にとっては、奴隷を連れ歩くと言う制度自体に馴染みがない――もっと言えば、その地球と言う異世界でかつてあったらしい奴隷制度を知っている為、制度自体に嫌悪感があった為だと知った。
語られる全てが驚きの内容だったけれど、そんなもので私の気持ちが変わる事はなく、それが少しだけ誇らしくて嬉しかった。
今日はもう遅いからと寝る事になった時も、イツキ様は最初、一つしかない寝台を私に譲り、運転席と言う椅子で眠ろうとされていたものの、何とか説得して一緒に寝る事で同意して貰った。
この辺りも、変わっていると思う。
主によって様々だというけれど、それでも、奴隷に寝台を譲って自分が寝づらい椅子で眠ろうと言う主は中々いない。
大抵は奴隷を椅子に寝かせるか、酷い主であれば床に直接眠らされるかだと言うのは、冒険者だった両親が見聞きしたと言う話からも知っていたので、私としては椅子を借りられるだけでも有難い位の気持ちで居たのだ。
それが寝台を譲ろうと言うのだから、私がどれ程驚いたのか解って貰えると思う。
確かに寝台は狭くて、どうしたって体が密着してしまうけれど、その暖かさと父とはまた違う固い体の感触がひどく私を安心させ、気付けば二カ月ぶりの安らかな眠りに落ちていた。
その後も、イツキ様のとの日々は驚きの連続だ。
パソコンとか言う神代機器を通じて、なんとリネーシャ様とお話しする事が出来てしまった上、有難くも加護を頂く事まで出来てしまったし、亜空間車庫と言うイツキ様の固有空間では、マローダー以外にも神級クラスの神代機器が幾つも並んでいるのに驚いた。
更には、お風呂まで――それも、話に聞く貴族や豪商等が入ると言うお風呂よりも、余程便利で上等に思えるものが――付いていたし。
あっさりと、当然の様にそのお風呂を使う事を許され、使い方を教えて貰って初めて入ったお風呂は、正直私の想像を遥かに超えていた。
蛇口と言う所を捻って切り替えのレバーを倒せば、シャワーとか言う場所から細いお湯が無数に流れ出てくるし、シャンプーやリンスと言う石鹸で洗った髪は、まるで自分の髪ではないみたいに綺麗で滑らかになる。
ボディーシャンプーと言う液状の石鹸で体を洗ってみれば、見慣れた自分の肌が見違える様に綺麗になって驚いた。
体と髪を綺麗にし、暖かいお湯にゆっくりと使って新しい下着――ブラジャーとショーツと言うのだと教わった――を身につけ、こちらも新しいTシャツとズボンと言う服を着ると、二カ月に渡り男達の下卑た視線に凌辱され切った体が、まるで全て入れ替えられてしまったのではないかと思う程に軽くなる。
三食の食事だって美味しい。
香辛料をふんだんに効かせた料理は、イツキ様曰く『手抜きのお手軽品』だと言うけれど、今まで食べた事がない程に美味しくて、ついつい食べる手が進んでしまう。
その度に、優しい苦笑を浮かべたイツキ様が追加の食べ物を下さるのだ。
もしかしたらイツキ様は、私が食いしん坊なのだと思っているのかもしれないけれど・・・。
違うんですよ、イツキ様。
私は、貴方と一緒に食べるご飯が好きなんです。
確かに今まで食べた事もない程美味しい料理だけど、やっぱりそれを一際美味しいと感じさせているのは、一緒に食べるイツキ様の笑顔なのだ。
そして今、私は服屋に居る。
それも平民が普段使う様な古着を扱う店ではなく、新品の衣服を扱う店に。
昨日、水仔山羊で持っていた装飾品を売り払い、100万3000リームと言う大金を手に入れたのは、一緒にいた私も知っている。
けれど、そのお金を自分の為に使うのではなく、私の着る服を買う為に使おうと言うのには驚いた。
昨日区分変更の手続きを行って、通常奴隷となった私を裸で連れ歩いたりは出来ないのは確かだけれど、だからって一奴隷に新品の衣服を宛がおうと言うのは、珍しいを通り越して特殊な部類に入る。
余程の豪商か貴族、王族等が抱える奴隷の中には寵を受ける為、もしくは訪れる者への見栄えの為に新品の衣服を与える事もあるそうだけど、まさか私がそうして貰えるとは思っても居なかった。
だって、あのまま村で平民として暮らしていたとしても、服を買うのは古着屋が当然だったのだから。
まさか奴隷と言う最低辺の身分になって、平民の頃より贅沢が出来るなんて思う筈がない。
躊躇する私に『女の子は着飾ってナンボだよ。綺麗な服を選んだりとか、クーだって嫌いじゃないでしょ』とイツキ様は笑いながら言う。
嬉しい半面、そこまで気にしなくても良いのに、とも思う。
ただでさえ、この世界にはない綺麗で着心地の良い下着を何着も頂いているし、それに少し大きさは合わないけど、服だって頂いているのだ。
これ以上はまだ何もお役に立てていない身としては、少し申し訳がないと思うのだけれど、イツキ様は「家族なら当たり前だ」と取り合って下さらない。
そんなイツキ様は少しだけ強引で・・・。
だけど、やっぱり優しくて暖かい。
ごく自然に、それこそ呼吸するかの様に私に幸福を感じさせてくれる。
今だって服を選ぶ私の近くで、優しい瞳を向けてくれている。
あぁ、どうしたら良いのかな?
こんなに優しくて暖かい人に、私は何をして上げられるのだろう。
・・・何だってして上げたい。
望むのなら、私の体を捧げたって後悔しない。
奴隷商と護衛の男達の視線に晒され続け、直接的にではないにしろ嬲られた体ではあるけれど・・・。
きっとイツキ様は、そんな事は気にせずに受け入れてくれると思うから。
「うん、似合うね。気にいったなら、まずはそれを買おうか」
そう言ってくれるイツキ様に、満面の笑顔を返す。
「はいっ! ありがとうございます!」
だからイツキ様、いつか――
いつかで構いません。
いつか私を気にいってくれたその時には、私の事を求めて下さい。
私はきっと、一番の笑顔で迎える事が出来る筈ですから。