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暴走おばあさん
作:雨宮雨彦


 その坂道は、猫坂の町を東から西へ貫くようにして一直線に走っていた。かなりの急坂で『一番坂』と呼ばれていた。猫坂市内で一番長く、一番きついからだそうだ。

 この坂の近くにオコウというばあさんが住んでいた。もう八十歳を越えていたがとても元気で、毎日自分で買い物に出かけていた。野菜や魚、ちょっとした菓子類を市場まで買いに行くわけだ。だがあの急坂ゆえ、一気に目的地まで着けるわけではない。オコウは古い乳母車を一台持っていて、それを押しながら歩いていたのだ。その乳母車はもちろん荷物を乗せて運ぶ役目をしていたのだが、上に木の板が渡され、ちょっと腰かけることができるようになっており、オコウは何百メートルかおきに立ち止まっては、よっこらしょと腰かけて休憩を取るのだった。そして数分間休み、また歩き出す。

 急坂のことであるから、オコウも用心はおこたらなかった。乳母車を止めてその上に腰かけるときには、必ず小石を拾い、車輪の下に押し込んで、車止めのクサビにしていたのだ。万が一乳母車が動き出したら大変なことになるではないか。

 その日もオコウは乳母車に腰かけ、坂の途中で休憩をしていた。暑い日なので、日影で汗をふいていたのだ。そこへどこからか野良猫が現れた。このあたりでよく見かける猫で、オコウとも顔なじみだった。オコウがときどきメザシの切れ端をやったりするものだから、すっかりなついてしまっていた。

 腰かけたまま手を伸ばし、オコウは猫の背中をなでてやった。猫はオコウにまとわりつき、のどをゴロゴロいわせ始めた。やがて猫は地面に腹ばいになり、目を閉じて動かなくなった。暑い日ゆえ、何もする気が起きないのだろう。だがそれも、大きなトラックが目の前を通り過ぎてゆくまでのことだった。黒い煙をいっぱい吐きながら、坂を登ってくるのだ。エンジンのやかましさで目を覚まし、猫はうさんくさそうにトラックを見やった。

 突然毛づくろいをする気になったらしい。背中をなめようと猫は振り向きかけた。そして乳母車の車輪にはさんである小石に気がついたのだ。たまたまきれいな色の小石だったのか、丸い形がネズミの背中を思わせたのか、それは誰にもわからない。ただわかっているのは、猫はその小石にがぜん興味を持ち、前足でつつく気になったということだ。

 だがいくらつついても、小石はびくともしなかった。オコウは乳母車に腰かけたまま、眠りこけている。あまりにもがんこな小石に対して、猫は腹を立てたようだ。口を大きく開けてかぶりつき、全身の力を込めて引っ張ったのだ。それでも小石は動かなかった。だが何回か繰り返しているうちに、突然すぽんと抜けた。

 猫は得意満面だった。すぐに小石を足元に置いて眺め始めたが、車輪止めを失った乳母車が動き始めていることには気がついていない様子だった。

 気がついていないという点では、オコウも同じだった。口を開け、かすかないびきをかいて、すやすや眠っている。乳母車は猫のそばを離れ、一番坂を駆け下り始めていた。

 オコウが目を覚ましたのは、乳母車がやたらと飛び跳ねるからだった。荒馬の背に乗っている夢でも見ていたのかもしれないが、突然かっと目を開き、キョロキョロと見回した。そして自分が置かれている状況に気がついた。両手で乳母車にしがみつき、叫び声をあげた。

「誰か誰か、これを止めておくれ」

 その声に、まわりにいるもの全員が振り返った。通行人、学校帰りの子供ら、道沿いの商店主とその客、パトロール中の警察官までいた。だがみんな驚いた顔をして、乳母車が風のように駆け抜けてゆくのを見送るだけだった。それ以外は何もできなかったのだ。

 乳母車は加速を続けた。何たる偶然か、道を外れて左右の家々に突っ込んでしまうことがなかったのは奇跡といえるかもしれない。丸石で舗装された上を、ガラガラと大きな音を立てながら走っていった。馬車二台と自動車一台、バスを一台追い越した。オコウの悲鳴が町の中に大きく響いた。

 乳母車は坂道を転がり落ちていった。もう少々どんなことをしても止めることなどできそうもないスピードがついている。そこへ突然、横道から大きな荷馬車が現れた。機械の部品を乗せ、背の高い二頭の馬が引いている。通りに姿を現し、乳母車の行く手をふさぐ形になった。

「ひいぃ!」

 オコウは悲鳴を上げた。だが小柄な女であったことが幸いした。すさまじい勢いではあったが、乳母車は馬の腹の下をくぐっていったのだ。腹の毛に触れられ、前後の足の間を何者かがつむじ風のように通り抜けていくのを感じ、馬たちはきょとんとした顔をしていた。

 乳母車は走り続けた。道路工事の現場が前方に見えてきた。コンクリートで舗装するために、大型のロードローラーが仕事をしている。蒸気で動く車なので、煙突からはうっすらした黒い煙を吐いている。オコウは思わず身体をぎゅっと縮めた。ロードローラーの巨大な車輪がどんどん近づいてくる。体当たりをするのはどうあっても避けられない。

 だがそこに救いの手が現れた。ロードローラーの少し手前では別の工事が進行中だったのだ。マンホールを作る工事らしかったが、掘り出した土から小石を取り除くためのふるいが道路の中央に設置されていたのだ。下部に荷馬車が入ることができるようになった長さ五メートルほどもある大きなもので、全体は三角形に近いクサビ形になっている。スピードを保ったまま、乳母車はそのふるいの斜面を駆け上がっていった。

 なんということであろう。やはりニュートンは正しかった。それが月や地球のような天体であろうが砲弾や弾丸であろうが、八十歳を過ぎたばあさんを乗せた乳母車であろうが、運動方程式は等しく成立するのである(力学の神に栄光あれ!)。

 オコウと乳母車は、どのような画家もため息をつかずにはいられないほど美しい放物線を描き、宙を舞った。そしてぎりぎりの高さではあったがロードローラーをかわし、その上を飛び越えることに成功したのだ。その後も坂道の傾きに救われてスムーズに着地することができたではないか。オコウのこうむった損害は、煙をほんの少し吸ってゲホゲホいったことだけだった。

 乳母車は走り続けた。そのまま踏切を通り抜けた。乳母車の車輪がレールの上を横切るときには雷のように大きな音がしたが、それで車輪が外れてしまうことも、乳母車がひっくり返ってしまうこともなかった。オコウは乳母車にしがみつき続けた。だが、いくらも行かぬうちにもう一つ踏切があるのだ。運悪くこの踏切には列車が接近中で、警報手が鐘を鳴らし、遮断機を半ば降ろしかけていた。接近していたのは、重く長い貨物列車だった。蒸気機関車が真っ黒な煙を吐きながら走ってくるのだ。その煙がもうすぐそこまで迫っている。

 遮断機の下を、乳母車はかろうじて潜り抜けることができた。そして機関車の鼻先をかすめ、数メートルという差で横切ることができた。驚いた機関士は急ブレーキをかけた。だがブレーキがきき始めるころには、乳母車は反対側の遮断機を潜り抜け、機関士の視界の外へ出ていきつつあった。

 オコウの冒険は終わりに近づきつつあった。坂はゆるくなり、もうほとんど平地といっていい場所まで降りてきていたのだ。それでも惰性があり、まだかなりのスピードがついたままではあった。

 冒険の終わりは突然訪れた。オコウが駆け抜けるその通りを、一個小隊の歩兵が行進中だったのだ。猫坂に駐屯している兵たちで、兵舎を出て、訓練のために練兵場へ向かうところだった。制服を着てヘルメットをかぶり、きちんと列を作っていた。指揮をとっていたのは中年にさしかかった軍曹だったが、若い部下たちに向かって命令を出した。

「あの乳母車を止めろ。ばあさんを救え」

 兵たちはすぐさま行動に移った。車道に飛び出し、行き来していた自動車や馬車、バスなどを急停車させた。そして兵たちは全員で手をつなぎ、まるで網でも張るように横一列になって、通りの端から端まで並んだのだ。用意ができたのは、乳母車がそこへやってくるほんの数秒前のことでしかなかった。少しでも遅れれば、どんなことになっていたか。この道はこの先、港に続き、何一つさえぎるもののないまま岸壁へつながっているのだ。オコウが泳ぎが達者であるとは誰も思わないだろうし、実際そうだった。

 乳母車はかなりの速度で兵たちに衝突した。あるおせっかいな物理教師が後に計算してみたところでは、時速五十キロ程度であったろうとのことだ。その勢いで乳母車は兵たちにぶつかっていったのだ。

 兵たちは持ちこたえるかと一瞬は思われた。だがいくら若く頑丈な男たちであっても、できないこともあるのだろう。乳母車を取り囲むようにして、兵たちは一斉にバタンと倒れてしまったのだ。まるで大風が板塀を一撃で倒すときのようなあんばいだったらしい。それでも互いの手を放してしまうことがなかったのは、さすが軍人というところであろう。あまりの勢いにずるずると地面の上を引きずられかけたが、それでも最後には乳母車を止めることに成功した。

 まわりの通行人たちが駆け寄り、すぐに介抱が始まったが、オコウは目を回しており、意識はなかった。すぐに病院へ運ばれ診察を受けたが、まもなく目を覚まし、大きなケガはどこにもないことがわかった。

 兵たちはすぐに自力で立ち上がった。彼らにも大きなケガはなかった。互いの無事を喜びあい、指揮官は訓練の中止を決定した。足取りも軽く、兵舎へ引きあげていった。

 この出来事は、翌日の新聞に大きく取り上げられた。念のため入院させられたオコウのところには、見舞い客が殺到した。オコウを助けた兵たちも人気を得、市長も勲章の授与を検討し始めた。

 この事件を記念して、猫坂では毎年夏になると『乳母車祭り』というものが開催されるようになった。祭りの日には一番坂は車両の通行が禁止され、踏切まで一時的に閉鎖されて、我こそはと自信のある若い連中が何十人も、思い思いの乳母車にしがみつき、一塊になって急坂を駆け下っていく様子を見ることができるようになったのさ。














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