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文明の濫觴  作者: 烏木
第6章 交流を深めましょう
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第4話 建築儀礼

匠が木に細工を施し、俺が石を割る。

石を割るのは割った面が平らになり地面や他の石と噛み合うようになるからで、割栗石ってのは聞いた事があるかもしれない。現代では砕石を使うのが普通で砕石を割栗とか栗石と呼んだりする。


石割は破片が飛んだりするのでポリカーボネート製の保護メガネをつけての作業。たいていは当っても精々“痛”で済むのだが、目に直撃すると痛みにのた打ち回って一ヶ月ぐらい見えにくくなるのはラッキーな状態で、永続的な視力低下や最悪失明まで有り得る。破片が目に飛び込む確率は低いがゼロではないので冒険はしない。だから興味津々のチビッ子を遠ざけての孤独な作業……つまらん。


保護メガネも代用品というか新規作成も考えんといかんかな?

たくさんの細かい孔を開けた面とか……いっそポリカまでは言わんがアセチルセルロースあたりのメガネやゴーグル。


アセチルセルロースと言うのはセルロースをアセチル化したプラスチック(樹脂)で、原料は無水酢酸とセルロースなので作れる可能性がある。映画フィルムの基材として使われていたことから透明度に文句はないし耐衝撃性もあるので保護メガネとして使うことは可能だと思う。高温多湿の環境下だと徐々に加水分解してボロボロになるビネガーシンドロームが起きるし、自然界で微生物が分解できる生分解性もあるが、農業でマルチングシートに使われている事からも分かるように一年やそこらでどうこうなる訳じゃない。


課題は無水酢酸を合成するには有毒物質(製法によっては化学兵器の主原料)が必要だったり発生したりって事かな。純酢酸である氷酢酸と混同される事もあるけど、無水酢酸は酢酸とは異なる化合物なので合成が必要。無水酢酸を水と反応させたら酢酸になるけど、酢酸の水溶液から水を取り除いても氷酢酸にしかならない。

アセチルセルロースが酢酸セルロースとも呼ばれると言ってもセルロースを酢酸に漬ければできる訳じゃない。もしできたら御酢の醸造樽がアセチルセルロースになってしまう。


問題はアセチルセルロースを作れそうなのが佐智恵だけなんだけど、彼女だとアセチルセルロースよりセルロイドを作りたがるだろうって辺りか。

アニメのセル画のセルの語源はセルロイドのセルなのでセルロイドでも保護メガネを作ろうと思えば作れるが、セルロイドの主原料は無煙火薬の基剤として有名なニトロセルロースなんだよな。


■■■

竹を挿して縄で建築予定地を囲み、中央に祭壇擬きをあしらえ、祭壇前と予定地の四隅に盛り土を置く。うろ覚えだけど地鎮祭のつもり。


建物を建てる際に行われる主要な儀式に起工式、上棟式、竣工式の三つがある。

起工式は工事の始めに行われる物で、ニュースなんかでお偉いさんが鍬入れとかしている風景を見た事があると思う。民間だと神主さんが大幣(おおぬさ)をばさばさ振る神式の地鎮祭の方が多いと思うが、国や自治体のものは政教分離に五月蠅い面々もいるので安全祈願祭という名称でイチャモンを回避している面も否めない。厳密には地鎮祭は土地の神様に土地を使わせてもらう許しを得る儀式で、起工式は土地神様に加えて工匠の守護神様に作業の安全を祈る儀式なのだが、地鎮祭も起工式も安全祈願祭も内容的にはほとんど変わらない事が多く、どう呼ぶかは施主さんの意向によるところが大きい。

寺院の場合は仏式の地鎮祭が執り行われるそうだ。神仏習合の頃は神式と仏式のどっちでやってたんだろうか……


上棟式は地方によって棟上げ(むねあげ)建前(たてまえ)建舞(たてまい)などと呼ばれる物で、柱・梁・棟などの主要構造物ができ上がった時に行われる。祖父世代だと餅まきとか振舞い酒とかが普通にあったらしいのだが親父世代では開催率は低くなっている。


そして竣工式(落成式)は文字通り工事が完成したお祝いである。起工式や上棟式の費用は建物の取得費用に算入されて資産に含まれるが竣工式の費用は建物ができてからのものなので経費(損金)扱いというのは豆な。


この中で起工式(地鎮祭・安全祈願祭)は比較的開催率が高い儀式で、起工式をしないと工事関係者に嫌われる事もある。別に工事関係者が業突く張りという事ではなくて、安全を祈念しないのは縁起が悪いという事。


そもそも工事は危険な行為であり、ちょっとした過失や誰が悪い訳でもない事で人命にかかわる事故が起きうる物なのだ。安全対策が進んでいる現代でも労災の死傷者数の一割五分程度、死亡者数だと三割以上を建設業が占めている。就労者数の割合が一割未満な事を考えれば死傷率が二倍で死亡率が五倍ぐらいあることになる。現代でさえそうなのだから昔はいわんやで、工事関係者に普通の人以上に(げん)を担ぐ人がいるのも止むを得ないことだと思う。鉱山も、というか鉱山の方が危険度が高いので東雲義教()調べだが(職業としての)山師も験を大事にする傾向が見られる。


建設業の東雲家も験担ぎはあって、お茶漬けは“米が死ぬ”といって禁止だったので俺は家で食べた事が無い。米を汁で沈めるのは出水事故を連想させて縁起が悪いという事らしい。丼物やカレーライスはOKなんだけどね。東山家(匠んち)も似たような物があるそうだ。


“仏ほっとけ神かまうな”が信条の俺だが縁起や験担ぎの全ては否定しきれない。しきれないので地鎮祭を行う。


「祓え給え、清め給え、(かむ)ながら、守り給え、(さきわ)え給え」


塩や酒や餅を捧げた祭壇(擬き)に大幣(擬き)を振りながら唱え(ことば)神拝詞(となえことば))を唱える匠。

地鎮祭の祝詞(のりと)なんか知らないし匠も覚えてないってんで普通に参拝するときの唱え言で勘弁してもらう。気持ちが大事って事で。

酒は御神酒上がらぬ神はなしという事で、留守にしている飲兵衛御両人には申し訳ないが美浦から清酒を確保した。御神酒上がらぬ神はなしは御両人の口癖みたいなものだからいいよな。


「ハラタマ?」

「祓い給え。悪い物を追っ払ってくださいってお願いしているんだよ」


匠の祈祷の次は踊り。

オリノコ民はイベントや節目のときに踊る風習があり、事前にハツ村長から打診があったので“是非に”とお願いした。

始めに各家の代表が舞い、そこにどんどん加わっていく。最後はオリノコ民とオリノコ派遣班の全員で建築予定地を囲んでグルグル輪踊りに。何か楽しい気分になる。


最後はこういう式典に直会(なおらい)は付き物なので捧げ物のお下がりを全員でいただく。御神酒も振る舞ったけどみんな結構強い。()()貴重品だから大盤振る舞いはできないけど美味しく飲まれりゃ酒も本望だろう。


■■■

「どんな案配だい?」

「ぼちぼちって感じっす。まぁ今日中にいけるかと……あれでOKならですが……」

「後で確認しておくよ」


作業は伊達くんらに任せているが掘った穴の底を突き固めてから割栗石を小端立て(こばだて)に敷き詰めてもらっている。

小端立てというのは面積が一番小さい部分(小端(こば))を上下方向にして置く方法の事。例えばレンガだと一番長い辺が垂直になるように置く形になる。

基礎を造らない掘立柱建物でも穴底には細工している例も多いので、底面積は大してないし問題もなさそうなので割栗地業を採用する事にした。

割栗地業は割栗石を一つ一つ並べ立てる訳だから手間暇が掛かりコストパフォーマンスが良いとは言えない工法なので、規模にも拠るが現代では砕石地業や砂利地業の採用例は多い。


手間暇がかかる割栗地業にしたのは主に二つの理由がある。

一つは荷重の問題。直径二十センチメートルの柱に百キログラムの重さがかかると荷重は平米三トンに達する。たぶん柱だけで百キログラム近くあると思うので梁や屋根や床の重さが掛かるからそれ以上になる思う。柱が沈みこんで不等沈下しないよう現状で可能な範囲でできるだけの手を打つ。


もう一つは建築予定地の地盤。河岸段丘という事はかつては川底だったという事でもあるので堅固な地盤とは言い難い。地盤調査ができないので、できるだけ安全側に振っておきたいという事。軟弱地盤だと割栗地業は向かないので掘ってみてから決めたんだけどね。


作業が終わった穴を確認したが、レベルを取るのに小細工は要るだろうけど概ね大丈夫っぽい。一年ちょい前は石積みのいろはのいもできなかった事を思えば隔世の感を禁じ得ない。普通に生活してる高校生が石積みできる方がどうかしてるけど。


棟上げは人数が要るので前回の定期便で応援要請しておいたがこの調子なら予定通り行えそうだ。


■■■

「ソーレ!ソーレ!」

「もうちょい……ストップ!ストップ!……そっち填まったか!?」

「オッケー!」

「こっちも填めた。詰めるぞ」

「オーキードーキー……せっせのせ!っせ!っせ!」


柱を立てるのも梁や筋交を持ち上げたり組み込んだりするのも仮組み中の物を支えるのも全て人力だから大勢の人間が必要になる。そして棟梁の指揮の下に一致団結しないと組みあがらない。棟梁()の指示に従ってオリノコ、美浦の有志連合が作業にあたる。


建築中の建物は非常に弱くて下手するとちょっと強風が吹いただけでも倒壊してしまう事もあるから色々と支えが必要になる。しかし、柱と柱を梁で繋ぎ桁や筋交で変形しないように組み上げると互いに支え合って負荷を分散して受け止めるのでちょっとやそっとでは崩れなくなる。だから多人数で一気呵成に組み上げるという事が行われていた。当然ながら仕口やらなんやらは事前に加工しておく必要があるし、応援の手配も要る。ここらも段取り八分って事で棟梁は職人としての腕だけじゃなく工程管理と同業者間の調整などを差配する能力が求められる。


そうして組み上がった建物は自立した強度を得て主要な構造物ができあがった状態になり、建物の誕生を祝い、応援者の労を(ねぎら)う意味も込めて行われるのが上棟式。


これは船舶で言えば船体が完成して水に浮ける状態になったという事と同じなので建物における上棟式は船舶における進水式にあたるものなのだが、現代では建機の発達や工法の違いや施主さんの無関心などもあって上棟式の開催率は以前に比べて低くなっている。


個人的な考えだが、人間に例えると起工式が結婚で上棟式が赤ちゃんの誕生で竣工式が子供の成人(独り立ち)という風に解釈してもらえたらって思う。


地鎮祭より人数が多いので地鎮祭以上に盛り上がった上棟式。

次のイベントは竣工式と……本当にやるのかって気がするが雪月花(アメケレミメ)のお迎え儀式。

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