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文明の濫觴  作者: 烏木
第6章 交流を深めましょう
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第2話 造営準備

田植も四日目が終わり残すところ後一日。今のところ進捗に遅れは無く予定通り明日で応援は終われるだろう。久々の風呂とか色々思うところはあるけど、早いとこオリノコに建物をなんとかしたい。テントで寝袋はいい加減卒業したいものだ。

匠に進捗を聞いたら「だいたいはできているが、掘立と礎石(そせき)のどっちにするか迷ってる」との事。


掘立というのは“穴を()って柱を()てる”形態の事。

安普請の建物を掘立小屋とかいうが、ちゃんとした造りの掘立柱建物ならそれなりに持つ。伊勢神宮の正殿などは萱葺屋根の掘立柱建物なので定期的に建て替える式年遷宮というものがあるが、その間隔は二十年だからちゃんと造れば二十年以上持つと思って構わない。


礎石というのは建造物の(いしずえ)(土台・基礎)となり柱などを支える石のことで、転じて基礎を造ってその上に建物を建てる形態を礎石建物と言い、現代はほとんどが礎石建物になっている。基礎をコンクリートなどで造って石を使わなくなっても礎石建物と言うのは下駄を入れなくても下駄箱というのと同じと思ってくれればいい。ビルなどの入口付近に『定礎』と彫られた石が置かれていることがあると思うが、定礎というのは“礎石を定める”からきている。定礎は建築の最初期の工程だから工事始めという意味もあって記念として定礎碑を置いていたりする。まぁ見栄の部分もあると思うけど。


礎石建物の特徴としては、土と接触していて腐食が進む掘立柱とは異なり、柱が礎石の上にあるから腐りにくく地盤の沈降などにも抵抗力があるので建物自体の耐用年数が長い。状況次第だけど現存する世界最古級の木造建築物である法隆寺のように千年単位で持つ事もある。


「迷ってるって事は掘立にしたいんだろ」


普通に建てるなら礎石建物で、美浦も礎石建物にしている。

これだけだと掘立柱建物は無いと思えるが、伊勢神宮をはじめ神社は萱葺掘立という例が多くあることから“一時的かつ意味有り気”“社殿建築”という点からすれば選択肢として無いとまでは言えない。


「分かるか?掘立って採算度外視じゃなきゃ建てられないから」

「良いんじゃないか?現状だと礎石にしたって耐用年数は大して変わらんのだろう?」

「確かに……出端屋敷ほどじゃないがそれでも大差はない。よし、やっぱ掘立推しで行くか」


木材の乾燥など年単位で準備してきたなら耐用年数は大きく変わるが、そうじゃなきゃどちらの工法にせよ先に木が変形してしまう。それならやりたいようにやらせるのが吉だと思う。


社殿建築と一口に言っても祀っている神様や地方によってかなり形態が異なるのが奥深いところ。八百万の神なので八百万の形態が……とまでは言わないが、匠に付き合わされて神社仏閣巡りをした個人的感想だが一宮か二宮あたりはかなり独自色が強く、比較的新しい神様もユニークな例が多い。


勝爺が言うには神社は上古の建物を模しているタイムカプセルみたいな物らしく、一宮や二宮はその地方に在った建物を残してきたかのように地方色豊かなのだとか。上古の建物ということで、特に本殿などは萱葺屋根の掘立柱建築で鉄釘や土壁は使わないなどの特徴が見られることが多いらしい。御神体を祀っている本殿なんてほとんど見る機会がないから本当かどうかはアレだけど様式がたくさんある説明としては納得できる。


匠にしたら社殿建築≒掘立柱建物だけど、一般には掘立柱建物=掘立小屋=安普請というイメージがあるあたりで困ったんだろう。


「説明が面倒なら俺がやっとくけど」

「頼めるか?いつもすまんな」


それぐらいお安い御用だ。


■■■

田植が終わって雑務をこなしたらオリノコに帰る?向う?事となるが、今回のオリノコ行きでは道連れが増えている。


頭の上に鎮座している雉虎の毛玉。こんな事をするのはソピアしかいない。

下僕が一ヶ月以上留守にしたことにご主人様は(いた)く御立腹のご様子で、美浦にいる時はもちろんのことオリノコに出発する時も纏わりついて離れないから止むを得ず道連れに……


この間までチョコンとした感じだったのに、そろそろ成猫に近いからなのかいい加減重たい。三キログラムぐらいあるんじゃないかな?バックパックに後脚を乗せているからまだマシだけど諸々の負担が半端ない。

それと暑い。猫の体温は人間より一、二度高い三八~三九度ぐらいあるので後頭部から首にかけて熱源が乗っている事になる。冬ならば“猫襟巻(あった)かーい”とか思えたのだろうがこの陽気では辛い。

まぁそれ以外は特に問題もなく十日ぶりにオリノコに到達した。


「ご両人でしたか。おかえりなさい」

「ただいま。田植は無事終わったよ。留守にしてた間、何かあった」

「特には……って何持ってるんすか。焦りましたよ」

「鎌だけど」

「遠目には死神に見えましたって」


佐智恵に発注してた道具類の内で完成していた物を持ってきている。

大鎌(サイズ)もその一つでテストがてら美結さんが草刈しながら進んでいた。オリノコ民サイズで作ったから俺らには小さいかもって佐智恵に言われた品で俺には中途半端感があったが、美結さんなら何とか使える範囲で彼らなら大丈夫じゃないかとの評価。

これから草が生い茂る時季だから早いところ講習会を開いて草刈は彼らに任せてしまおう。


■■■

草の刈り方の次は木の伐り方という事でこれまでどういう風に伐っていたのかを聞いたところ幹の全周を石斧で削るとの事。ビーバーが木を倒すやり方に似ているのかな?ただ、このやり方はどの方向に倒れるか分からないなどの危険がある。


これまではそれほど木を伐る必要が無かったから伐採技術が開発されなかったのか、伐採技術が優れないから木材をあまり使わない状態になっているのかは分からないけど、今後は薪炭とか道具とか色々需要があるからここは改善しよう。


俺らが奈緒美の祖父から習ったやり方はチェーンソーでの伐倒方法だからここでは使えない。ただ、倒す側に受け口を作って反対側から追い口を入れるという考え自体は使える。もっとも追い口は斧より(のこぎり)を使う方が安全だし、鋸を使うなら(くさび)とかもあった方が安心できる。細い木なら別に良いが、ある程度太い木になると受け口と追い口を使う一般的な伐倒方法をオリノコでやるのは不安がある。


そこで太い木の伐倒には勝爺から聞いた方法を使おうと思う。

その方法というのは“三ツ紐伐り”とか“三ツ尾伐り”などと呼ばれる御神体を納めるのに使う御神木を伐り出すのに使う古式ゆかしい技法。匠のゼミの面々と一緒に石斧を使って何本か三ツ紐伐りで伐倒した事があるし、美浦ではエンジンチェーンソーの打ち止め以降は胸高直径(きょうこうちょっけい)二十五センチメートル以上を目安に三ツ紐伐りを採用している。


三ツ紐伐りのやり方は、先ず幹の三方から斧を打ち込んでツルと呼ばれる外周の三箇所を残して中心部まで刳り貫いてしまう。そして残していたツルの一つを断ち切れば、残り二箇所を結んだ線の直角方向に倒れる。倒す方向を決めればツルの場所も決まってかなり正確に倒せるのと、芯まで刳り貫いているので芯が裂けるのも防げる。


斧を垂直に振るのは案外簡単だけど水平に正確に振るのは思いのほか難しいから直ぐに会得させるのは無理かもしれないが時間をかければ大丈夫だろう。榊原くんは五日ぐらいで三ツ紐伐りができるようになったんだし。


木もそうだけど竹も何とかしないとな。

ただ、竹は硬いし滑るから柄鎌や鉈でバッサリというのはかなりコツがいる。それにいくら据物斬りとはいえ安全面の不安があるし、切り株もちゃんと処理しないと竹が枯れたり蚊が湧いたりもあるし、切株に躓いたり踏み抜いたりして怪我したりと問題がでてくる。

竹用に造られた竹挽鋸とかあると捗るけど、あんまり頼み過ぎるのも資源的に問題がでるし……当面は俺らというか俺が竹林整備しないと駄目かな?


■■■

「今日はこの木を伐ります」

「イイ コレモコ バキギ」

「どこに倒すのが良いですか」

「ドコ モコバキ ヨラ」

「ココ ヨラ」

「そうですね。ではそこに倒しましょう」


今日は通訳(?)のヤソくんをアシスタントにしての伐倒講習会。

地べたに絵を描くなどの手法も駆使してやり方を説明してから説明どおりに伐倒する。今回伐るのは胸高直径二十五センチメートルほどの推定樹齢六十年ぐらいの檜。


「それでは少し離れていてください」


伐倒方向を制御しようとしても思いもよらないタイミングや倒れ方をする事もあるし、斧がすっぽ抜けたりといった危険もあるから作業中はみんなには離れていてもらう。


安全祈願に手を合わせてから、刃の長さが七センチメートルぐらいの伐採斧としてはやや小振りの斧を振う。小振りなのはオリノコ仕様だそうだ。

穿っていくと檜の芳香が漂ってきてちょっとテンションが上がる。三方から均等に削っていって、一時間ぐらいかけてツルを残して刳り貫く事ができた。

木の状態を見たが、これなら倒れる事は無いだろう。お手本というほど上手い訳ではないが、みんなを呼んでこの状態のものを確認させる。


「そろそろ倒します」


もう一度避難させ安全を確認してから伐倒方向と反対側にあるツルに向かって斧を振り下ろす。三度四度と振り下ろしていくと檜はギイィっと音を発して傾きだした。

よし、狙いどおりの方向に傾いてる。

ここぞとばかりに斧を振り下ろしてツルを断ち切ったら斧を放っぽり出して安全地帯に避難する。それなりに大きいが大木というほどでもないので地響きとまではいかないが音を立てて倒れ伏す檜。


「ラー、スグ モコバキ」


言った場所に寸分違わず伐倒した事に吃驚されたが、自分でもここまで正確に伐倒できたのは吃驚している。


これで終わりではなく、伐った木の先端の梢を鉈で切り取って切株の真ん中に挿して手を合わせる。次世代の木が健やかに育つようにという願いを込めた儀式だとか言っていた。木の幹の芯の方の細胞は死んだ細胞なので切株の真ん中に挿しても活着する事はほぼ有り得ないのだが見栄えは悪くないし儀式と割り切っている。


檜は萌芽更新しにくいのでそもそも萌芽更新は期待していない。檜は挿し木で増やし易く上手い人がやれば九割方成功するとか言われているので、枝先から良い状態の梢を選んで確保しておく。時季を逸しているのでどうなるか分からないのと例えこの梢から育ったとしてもその檜が伐られるのは俺が死んだ後だろうけど。


今回伐倒した檜は俺らの住み家に使う。もっとも一本では足りないので三ツ紐伐りの訓練がてら伐ってもらう積りでいる。


それから薪炭用にクヌギなども必要になる。薪炭用はどちらかと言えば細い木の方が向いているのでこちらは通常の伐倒方法だな。三ツ紐伐りってある程度の太さがないと無理だから。斧の刃の長さより細いとツルが残せないでしょ?


もっとも今は伐倒した檜を運び出す方が先決。

小さく切って運ぼうかとも思ったのだが、どの寸法で玉切りすればいいのかが分からない。一本のまんまだと三百キログラムぐらいあるだろうけど、十人がかりなら一人あたり三十キログラム。何とかなるだろう。


それじゃぁ枝払いしようか。

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