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文明の濫觴  作者: 烏木
第5章 ファーストコンタクト
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第10話 肝が冷える

一夜明けた今日は駄目押しでオリノコ近辺の地形を再確認している。

大まかに言えば西から東に流れるオリノコ川(仮)が形成した谷底平野(こくていへいや)の南端近辺の微高地にオリノコ集落がある。

谷底平野というのは河川の侵食作用よりも堆積作用の方が上回って谷底が埋め立てられてできる地形の事。河川が谷を侵食しながら蛇行を繰り返してできる事もあるが、河川が蛇行するというのは河川の浸食力と土砂の運搬力が弱くなる平坦な地形で起きるので鶏が先か卵が先かとも言える。


ただ、オリノコ川の流量からすると谷が大き過ぎる気がするので無能谷じゃないかと思っている。

昔は大きな川だったのだが河川争奪で他の川に上流部を取られて水量が激減してしてしまうと川の大きさに不釣り合いな大きさの谷が残される。こういった地形を無能谷(不適合谷とも)と呼ぶ。

上流部を奪われて水量が減るので浸食力や運搬力が落ちて谷底平野が形成されたというのが蓋然性の高い仮説だが、縄文海進で海水面が上昇したため河川勾配が緩くなり形成された可能性もある。


何でこういう考察をするかというと、水害の危険度を見積もるため。

増水時にどこまで水がくるのか。

平年はどの位?十年に一度、百年に一度、千年に一度はどこまで?


感覚的に言えば、十年に一度は“これは()()に凄いな”、百年に一度は“ここまでのものはちょっと思い出せない”、千年に一度は“伝承に言われていたのはこれだったのかも”という感じ。


何かを造るときの目安の一つに“百年に一度の災害に耐える”というものがある。

欲を言えば千年や万年に一度の災害にも耐えたいのだが、利便性やコストなど色々とトレードオフがあるので百年から数百年に一度あたりがターゲットになりやすい。

百年に一度だと六十年間に一度でも発生する確率は四割から五割ぐらい。二度以上発生する確率は一割以上ある。これのどこが百年に一度だと思うかもしれないが、年間発生確率一%で六十年間で一度も発生しない確率(〇.九九の六十乗)を計算をして貰えれば大狂いしてないのが分かると思う。

子供の頃にできた物が定年になるまでに二度も三度も壊れたら安心できないでしょ?だから百年に一度程度は耐えてもわらないと困る。


そうは言っても費用対効果もあるから十年に一度を耐えるにも費用が嵩んだり利便性が損なわれるようなこともある。そういう場合には壊れることを前提にして壊れたら安価に作り直すという手法もあるにはある。流れ橋(ながればし)なんかがその代表例だろう。橋脚(きょうきゃく)は頑丈に作るが橋桁(はしげた)は増水時には流失する事を前提にしていて流されたら橋桁を掛け直す。中には橋桁をワイヤーなどで繋いでおいて橋桁も回収して再利用する事もある。


技術や資材や労力に制限はあるが、土地利用に制限は無いので色々と妄想が浮かんでしまう。


“水土を制し大地に千年万年先まで残る刻印を刻む”


いかんいかん。不遜に過ぎるな。

それに破局噴火があるかもしれないのだ。もっと地に足のついた構想にせねば。

しかし雪月花ご要望の意味有り気な船着場や居所ねぇ……こちらも大概不遜だと思うけど。


■■■

「そろそろ川から離れる。腹ごしらえはどうする?」

「大休止にしましょう。江戸川さん、山菜の供出をお願いしても?」

「モチのロン。その為に採ったんだから」


払暁に出発した俺らは八時過ぎにオリノコ川と大川の合流点の手前に到達した。ここらで朝食としようという訳。

オリノコ集落からここまでがだいたい四キロメートルぐらい。普通の道なら一時間内外で到達できるのだが、目印を付けながらというのもあるが道なき道を進んでいるので二時間半ぐらい掛かっている。


川から離れるのは合流点付近の右岸が崖になっていて川沿いを歩けないから。ここらから南東方向に進んで尾根を越える。

南東という事は(たつみ)。オリノコに行く時は北東の(いぬい)になるな。巽乾峠(そんけんとうげ)とでも名付けるか。


小倉百人一首の喜撰法師の歌にもあるので南東の方角を巽(辰巳)とも称したというのは一般教養の内だと思っていたのでマニアックな知識だと指摘された時は唖然とした。


北を子として十二支を時計回りに当て嵌めると東が卯で南が午で西が酉となる。

鬼門の北東は丑と寅の間なので(うしとら・ごん)、南東は辰と巳の間で(たつみ・そん)、裏鬼門の南西は未と申の間で(ひつじさる・こん)、北西は戌と亥の間で(いぬい・けん)といった具合。


南北を結ぶ経線を子午線と言ったりしない?

それと八卦では北西の乾が天で南西の坤が地を象徴するので、運を天に任せて一世一代の大勝負に出ることを乾坤一擲と言ったりする。色々な言葉のバックボーンにこの手の物が結構あるのだが一般教養ではないそうだ。


「東雲さん、また阿呆なことを考えてますね」

「ん?……いや、これから越える所の名前を考えていたんだが」

「何と名付けるお積りですか」

「南東と北西を結ぶから(たつみ)(いぬい)で巽乾峠とか」

「却下です。そんな分かり難くて言い難くて紛らわしい物は駄目です」

「バッサリだねぇ」

「だいたい東雲さんが凝った名前にすると捻りが効き過ぎて三回転ぐらいしないと意味にたどり着けない物になるのですから……東雲さん的には犬に“いぬ”と名付けるレベルの何の捻りもない命名じゃないと他者にとっては意味不明になります。例えば……出っ張りという事に着目して岡崎、山崎、岩崎とか、植生から杉岡、大杉といった単純な物の方が分かり易いとは思いませんか?」


朝食ができるまでの間、ネーミングセンスの駄目だしを受ける。


朝食後、出発に備えて方位磁針(コンパス)で方位を確認する。

将司の観測によると偏差(磁気偏角)は西偏で約七度との事なので方位磁針が指す北は本当の北から左に約七度ずれている。アナログ時計の長針(分針)の一分が六度なので西に七度となると真北を十二時に合せると方位磁針が指す北はだいたい五八分五〇秒ぐらいの位置になる。

日常生活上は“磁北はほぼ北”と言っても差し支えないが、タンジェント七度は約一二%なので百メートル進むと十二メートルもずれてしまう。

オリエンテーリングとかだと地図に補助線として磁北線を引いたりして方位磁針が指す磁北と地図が示す方位としての北の違いを認識しておかないと迷う事もある。


「文昭、あそこに岩の露頭があるのは分かるか?」

「白っぽい奴か?」

「そうそう、それとその上にでかい杉があるだろ」

「おう」

「その二つとここの岩と中州の灌木、この四つを結ぶ線が目安な」

「了解だ」


方位磁針とランドマークで目安を取ってから丘に踏み入る。

森林の中では木に登らないとランドマークを確認できないが無いよりはマシというもの。

現状では山や特に森林に入るというのは遭難と紙一重の危険な行為でもある。平時の美浦でも決して一人では立ち入らないよう組み分けしているのはそういう事。


■■■

色々と工夫はしたのだが、尾根というか峠というか丘というか判断に迷う高台を越えるのに一日かかってしまった。九時に麓を出発したのに大川にたどり着く頃には日はすっかり傾いていた。


「すまんかった。思ったより時間が掛かってしまった」

「いいじゃありませんか。確かに“怪しい”って言っていましたしね。今晩はこの辺りで休みましょう」

「おう気にすんな。ただ単に踏破するだけならもっと早かった筈だしな」


言い訳をさせてもらえば、幾らなんでも遠望しただけで深い藪や沢や崖の位置が全て分かる筈がない。

何度かそういうのにあたって行きつ戻りつしていたからこんなにかかった。今回踏破に成功したルートを辿れば次回からは二時間もあれば越えられるだろう。

でも、八時間は掛かり過ぎだな。今後恒常的に使えて荷車とかが通れるルートというのに引き摺られた事も否めない。

先ずは徒歩で通えるルートを確立してから荷車が通れるルートと進めてもよかったかも。反省が必要だ。


夕食後に雪月花から体制案について打診があった。

生命線でもある農業指導だが、戦力になるのはエース級の奈緒美と悠輝(秋川父)さん、主力級の朱音(秋川母)さん、美結さん、それから何枚か劣るが大林さんあたり。これを美浦とキャンプ場とオリノコの三箇所に割り当てる。


それと念の為に要員の護衛というとアレだが腕っ節の立つ者――楠本夫婦、文昭、伊達くん――の誰かを付ける。


建物などは各自で何とかしてもらう。

キャンプ場はRC(鉄筋コンクリート)造の建物もあるのでよっぽどの事がなければ二、三十年は余裕で持つから手を出す必要がない。

オリノコも建物については常駐者の居所を除けば差し迫った状況にあるわけでもない。


ここまでは予想の範疇なので後はバイネームがどうなるか辺りだったのだが、困った事もあるようだ。


「ワンゲルさん達は引き離します。既に機能不全に陥ってますが、このままだと他に悪影響を及ぼしかねません。上級生と下級生をキャンプ場とオリノコに分けようと思っています」


女の園に関わって良い目にあった例が無いので深入りは避けてきた俺でも不仲と分かるぐらいだから、上級生と下級生の間の壁はヒマラヤ山脈級になっているのかもしれない。


「もう物理的に分けないと駄目なぐらいになってんのか……辻本さんと柳原さんはどうすんだ?裏切り者って浮かないか?」


二人は何とか抑えようとしていたのだが功を奏さなかった。そうなると分けたら次のターゲットになりかねない。


「お二人は美浦で頑張ってもらいます。あの中で現実が見えているのはお二人だけですから」

「それってさぁ言っちゃなんだけど厄介払いだよね?」

「そう見えるかもしれませんね」

「押し付けられる方の身になりやがれ」

「安心してください。策はありますから。あまり褒められた手ではありませんが結果オーライにできるのではないかと思っています」


その策というのは色々ある装飾を外してぶっちゃけると“男を宛がう”だった。

上手く行くの?ってかそれ男が言ったら社会的に死ぬぞ。まぁ雪月花が行けると踏んでいるって事はきっといけるんだろうけど。


四月の屋外って夜はまだ寒いよね。身震いしたのはきっとその所為に違いない。

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