第9話 交渉……なのか?
四人で駄弁っていたら血相を変えた男が走ってきた。鯨面の形状から鑑みて、ハのやの者で成人しているとなると……ハロくんだね。脳波レベルは測れないだろうけど。
「ハロ、どうした?」
声を掛けると俺ら――というか多分雪月花――がいるのを見て明らかにほっとした表情を浮かべる。舟が無くなっているから帰ったと思ったそうだ。
雨が上がったから相談していたけど、気が付いたら舟がいない。地獄の蜘蛛の糸が突然無くなったようなものだ。焦ったんだろうな。
明後日の朝に出発するから何かあるなら明日までにと伝えるとすっ飛んで帰っていった。
期限を切られたので方向も決まり易いだろう。そうか、雪風を帰したのは揺さ振りの一つか。後になれば気付くし得心もするけど、ここらは到底及ばないな。
実際“指示に従うから助けてくれ”と各家の代表が揃って言いに来たのはその日の夕方であった。ただ、サのやからは先代のサナが来ているあたりサニは納得してない感があるが止むを得ないだろう。
雪月花が全員に同じ事を言って回るのは大変だから籤引きでオリノコの代表を決めると言って各家に籤を引かせた。
そして当り籤は当然ながら(?)ハツが引いた。
「では、ハツさんを村長とします。みなさんは何かあれば村長に言ってください。村長はそれを私達に伝えてください。よろしいですね?」
指示に従うと言った手前もあるのか不満な表情は見えない。
「秋までに栗の代わりになる食べ物を用意します。それまではこれまでと同じく食べて良いですよ」
「食べて良い?」
「ええ、食べて良いです。心配でしたら、魚を獲る道具を作らせていますので……そうですね、月が細くなるまでには魚を食べられるようになります。東雲さん、良いですね?」
「はい。良いですよ」
シナリオなしのアドリブで振るなよ。脊髄反射でそう答えたけど、本当に大丈夫かどうかは知らない。ただそう答えないと駄目な場面だし、十中八九いけるとは思っている。
「皆さんも良いですね。種や道具を持ってきますので一度帰りますが、また来ますので心配しないでください。では終わりますね。そうそう、村長には言っておく事がありますからハツさんは残ってください」
ハツさんに残ってもらったが大部分は基本的には全員に聞かせても問題ないような内容の物が事が多い。
一つ目は漁網は最初は提供するが作り方や直し方は教えるから次からは自分達で作る事。魚を与えるんじゃなくて魚の獲り方を教えるって感じかな?
二つ目は畑では稗と麻の他に粟、蕎麦、ジャガイモ、サツマイモといった作物を育てる事。栽培方法はかなり変わると思うが従って欲しい。耕起とか水遣りとか肥料――今年は肥料作りまでかな?――とか色々違うと思う。
それと稗の脱稃方法を変える事。
稗の脱稃方法には「黒蒸し法」「白蒸し法」「白乾し法」と言われる方法がある。
普通の穀物は乾燥させて摩擦や打撃で籾を剥す「白乾し法」と同じ方法で脱稃できるが、稗でそれをやると脱稃はできるが多くの労力が掛かるし実が砕ける割合が高くなる。
乾燥させるまでは一緒だけど、その後に一度蒸してもう一度乾かしてから脱稃するのが「白蒸し法」で、浸漬して水分を吸収させ直してから蒸して改めて乾燥させてから脱稃するのを「黒蒸し法」という。
手間と燃料が掛かるが楽に脱稃できて実が砕ける率が低いのが黒蒸し法なのだが、名前の通り実が黒色に近くなるので見栄えはあまりよろしくない。糠にあたる部分の栄養が実に移行するので栄養価の面でも良いらしいけど。
白蒸し法は黒蒸し法と白乾し法の中間。白乾し法ほど砕けないけど黒蒸し法よりは砕ける。色味は黒蒸し法よりは良いが白乾し法には及ばないって感じ。手間や燃料も両者の中間。
最後に雪月花が色々と動機付けとかやっていた。
同じ話をするにも誰が誰に何時どの順番で話すのかでその後が変わってくるんだとか。何となくは分かるし事例解説してもらえば分かるけど、ある目的を達成する為にどうやれば良いのかはよく分からん。
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ハツ村長も戻ってもらったので、気になっていた事を聞こう。
首長にすると言っていたハツが偶々六分の一を引き当てた。そんな偶然があって堪るものか。そもそも籤引きは雪月花が言い出して雪月花の想定通りの結果がでたのだから絶対何かした筈だ。
「どんな手品使ったんだ?」
「運否天賦に任せたという事にしておきましょう」
「……手品を使ったのは否定しないんだな」
「種明かしはしないのが原則では」
「サーストンの三原則かよ」
手品師の心得として『何が起きるかを事前に言わない』『同じ手品を繰り返し見せない』『種明かしはしない』といった物があってサーストンの三原則と呼ばれている。ハワード・サーストンが言ったかどうかは怪しいけどね。
「いいじゃないですか。籤引きで決めるのは日本の昔からの伝統です。東雲さんと同名の方も籤で征夷大将軍になっていますし」
「悪御所ネタはお腹一杯」
室町幕府の第六代将軍足利義教は先々代の同母兄義持(義持の子で先代の義量は既に死去していた)が後継指名を拒んで死去したため、後継候補の兄弟四人で籤引きして将軍になった。他にも色々とエピソードのあるお方で、籤引き将軍、悪御所、万人恐怖、第六天魔王などと渾名された評価の分かれる人物。渾名から分かるように一般的には悪い評価なのだが凄く高く評価する人もいる。
中学生あたりだとよろこんでネタにするので正直お腹一杯なんです。
それと現代でも選挙で得票数が同数だったら籤引きで当選者を決めると公職選挙法にあるので『どうしても決めれなければ籤引き』は日本の伝統なのかもしれない。PTAとか自治会の役員は籤で決めている例もあるとか……
「ここの施設としては船着場と川船が欲しいですね」
ともあれ言う気は無いようだ。
「……はぁ。尤もとは思うが材料と人手と時間の優先順位次第じゃね?俺の視点だとプライオリティは低いんだが」
「何れ必要になるでしょう?駐在場所も必要でしょうから駐在場所と船着場を意味有り気に作って欲しいのです。私としてはプライオリティは結構高いです」
「匠に言って社殿建築にでもするか?」
「それは良い案です」
それで良いのか正教徒という言葉は飲み込む。
「……船着場、住居、会合所、作業場だな。見繕っとく」
「よろしくお願いします」
「それと秋以降に水田を造る場所も頭の端に入れておいてください」
「……秋?」
「瑞穂を見せてからの方が捗ります」
「そゆことね」
現状で“稲作だ!”と言ったところで説得力も何もないし、今年の田植えができる水田を造るのも不可能ではある。
今年はともかくとして来年の秋以降は食糧が自給できるようにしさえすれば手は離れるという事か?そう上手いこといくのか疑問はあるが、来年秋以降の食糧援助が不要になる事は間違いないだろう。
だがしかし、罠の存在には気付いているぞ。
「そうすると一年半ぐらい拘束される事になるがどうすんだ?」
「そこは色々とご相談とおはなしの世界ではないでしょうか」
「…………」
「めんどい話は終わった?」
「何かあるか」
「戻りは明日?明後日?」
「明後日の朝にしましょう。よろしいですか?」
すみません。更新が不定期になるかと思います。